喧嘩の流儀
第15話:喧嘩の流儀
【1】
国庫庁主催タッグマッチ、一回戦の第二カード。
青コーナーに現れた二人の男を見て、会場は再び沸き立った。
一人は、洗練された銀色のアーマーを纏い、端正な顔立ちに不敵な笑みを浮かべるマサト。もう一人は、小柄ながらも全身から爆発的な殺気を放つ、タトゥーだらけのアーマーを纏った山本のりふみ。
「美しいな。……でも、ここは僕たちの独壇場だよ」
マサトが華麗なシャドーを披露すると、会場の女性ファンから悲鳴に近い歓声が上がる。彼らは国庫庁が「格闘技の黄金時代」を再現するために作り出した、最高傑作の特異点ボクサーだった。
対する赤コーナー、長崎・佐世保の力武と菊池。
彼らは歓声に応えることもなく、ただ汚れたタオルを肩にかけ、無機質な鉄のような瞳で相手を見据えていた。
「力武、ありゃあ見世物ばい。……俺たちの街なら、一秒で刺されるツラしとる」
菊池が低く吐き捨て、地面に唾を吐いた。
【2】
ゴングが鳴った瞬間、リングを支配したのはマサトと山本の圧倒的な「華」だった。
マサトの超高速のローキック(からくりによる衝撃波)が菊池の脚を叩き、山本の爆発的なタックルからの右フックが力武のガードを跳ね上げる。
「どうした、長崎! 造船所の鉄板より、僕たちの拳の方が硬いようだよ!」
マサトの華麗な連打が菊池を追い詰める。山本の野生的なラッシュが、力武のウォッチを『マイナス一ヶ月』ずつ正確に削り取っていく。会場は「神の子」と「銀狼」のワンサイドゲームに酔いしれていた。
だが、竹原だけはリングサイドで不気味に笑っていた。
「……見ろ、拳士。あいつら、まだ『ボクシング』をしとらんぞ」
拳士は肩を冷やしながら、その言葉の意味を理解した。力武も菊池も、急所を打たれているにもかかわらず、その表情には焦りも苦悶もなかった。あるのは、ただ「獲物を観察する」冷徹な静寂だけだった。
【3】
「——飽きたばい。……菊池、そろそろよかか」
山本の猛攻を受けながら、力武が重い口を開いた。
その瞬間、リングの空気が凍りついた。
力武は山本の必殺の右を、避けるのではなく「左手で握りつぶした」。からくりの出力を無視した、生身の握力。ボーン、という鈍い音が響き、山本のアーマーに亀裂が入る。
「ボクシングは綺麗じゃでも……喧嘩は、こうやるたい」
力武の右拳が、山本の顔面ではなく「喉元」を正確に突き刺した。
ボクシングの反則。だが、国庫庁のルールさえも、彼らの佐世保仕込みの暴力の前では無力だった。山本のウォッチが異常を検知し、警報を鳴らす。
【4】
一方の菊池も、マサトの華麗なステップを「足を踏みつける」という原始的な方法で封じた。
「お洒落な靴ば履いとるね。ばってん、動けんとばつまらんばい」
動きを止められたマサトの顎を、菊池は下から抉るような肘打ち(エルボー)で跳ね上げた。
「ぐ……っ、きさま、これはボクシングじゃ……!」
「知らん。俺たちは、相手の息が止まるまで叩くだけたい」
そこから始まったのは、試合ではなく「解体」だった。
力武のパンチは、一点を撃ち抜くのではなく、相手の肉体そのものを粉砕する質量を持っていた。山本のウォッチから寿命が溢れ出し、リングが青白い血のような光で染まる。
【5】
「カァァァン!」
二ラウンド終了。
リング上に立っていたのは、返り血を浴びたように赤く染まった、力武と菊池だった。
マサトと山本は、もはや「伝説」の面影もなく、ズタズタになったアーマーと共にキャンバスに這いつくばっている。
力武は、観客席で肩を負傷したまま見つめる拳士に、視線を向けた。
「……広島のガキ。見たか。これが俺たちの『ステゴロ』ばい」
力武のウォッチが、奪い取った寿命を飲み込み、不気味な黒光りを放つ。
『寿命移譲を完了しました。 +12年』
小松原拳士は、その圧倒的な暴力の前に、戦慄を隠せなかった。
アリのようなシステムでも、マサトのような技術でもない。
ただひたすらに、相手を「壊す」ためだけに磨かれた、最底辺の喧嘩。
「倍賭け」の準決勝。拳士たちの前に立ちはだかるのは、人間の形をした「鉄の塊」だった。




