魂の質量
青白い炎が、視界のすべてを焼き尽くさんばかりに荒れ狂っていた。
オーバークロックによって物理限界を超えたアリの拳が、拳士の左頬を掠める。肉が裂け、ウォッチの警告音が悲鳴のような高音を奏でる。だが、拳士は目を逸らさなかった。ここで退けば、これまで燃やしてきた「一秒」がすべて嘘になる。
「……終わりだ、システム野郎!」
踏み出した足が、キャンバスを抉る。伊勢谷が削りに削り、ボロボロになったアリの防御機構。そのわずかな澱みに、拳士は18歳で止まった肉体の全質量を叩き込んだ。
アリの右ストレートが拳士の肩を砕くのと、拳士の右拳がアリの顎を貫くのは同時だった。
だが、衝撃の質が違った。
アリのオーバークロックされたエネルギーが、拳士の拳を支点にして行き場を失い、そのままアリ自身の内部へと逆流してゆく。
「バギィィィィィィィィン!!」
白銀のアーマーが内側から弾け飛び、青い火花がリングを彩った。吹っ飛んだのは、ヘビー級の巨体だった。
マットに沈む音と共に、リングが大きく波打つ。
そして——静寂。
心臓の鼓動すら聞こえそうな静寂の中で、審判のカウントだけが淡々と刻まれた。アリのウォッチはすでに機能を停止し、回路から黒い煙が立ち昇っている。
「——テン! 勝者、小松原・伊勢谷タッグ!」
『寿命移譲を完了しました。+6年』
激闘の対価が、ウォッチに刻まれた。だが、拳士に余韻を味わう余裕はなかった。砕けた肩の激痛と、命を限界まで燃やした反動で、視界がチカチカと点滅している。
「……よくやったよ、小松原くん。僕の計算以上の、あまりに不合理な一撃だ」
伊勢谷が、ボロボロになったジャージの袖で額の汗を拭いながら、拳士の肩を支えた。
「不合理、か。……最高の褒め言葉だぜ、伊勢谷」
会場が熱狂と罵声に包まれる中、拳士は観客席の一点を見つめた。
そこには、立ち上がってこちらを睨みつける力武と菊池の姿があった。称賛など微塵もない。あるのは、ギラついた飢えだけだ。
「終わったばいね、広島のガキ。……よか一撃やったばってん、俺たちの喧嘩は、あんなに綺麗には決まらんばい」
力武の低い声が、騒音を突き抜けて届いた気がした。
拳士は、血の混じった唾を吐き捨てた。
「……ああ、分かってるよ。次は、お前らを引きずり下ろしてやる」




