21_贈り物
「マシェル嬢、これは何だろうか?」
「これは柘榴を模した小物入れのようです」
町の定期市を歩きながらフォルティオが陶器でできた小物を指さし、マシェルが答えているのをルスラは見ていた。
(何故こうなった……)
ルスラは数時間前の出来事を思い返していた――
「マシェル嬢とシオン殿とルスラ君には世話になったので、改めてお礼をしたいと思い来たんだ」
ルスラが出したお茶を飲みながらフォルティオはニコニコと言った。
突然訪ねてきたフォルティオに家の出入口ではなんだから、と居間に入ってもらったが、フォルティオの存在で普段より居間が明るく感じる。
(顔がいいと照明がわりにもなるんだな……)
ルスラはぼんやりとフォルティオの顔を見つめた。
フォルティオの右目には眼帯がされていたが、本人の美しさには少しの翳りも、いや全快したのか最後に見た時よりも三割増になっているように見える。
「すでにケドラス侯爵家より報酬は受け取っておりますので、どうかお気になさらないでください」
マシェルがやんわりと断るが、フォルティオはそれに対し首を横に振る。
「実際に世話になったのは私なのだ。私が礼を尽くさねばならないのが道理だろう?この近くの町で何か君たちへの礼の品などを共に買いに行こうと思ったのだ」
(律儀なんだか融通がきかないんだか……)
ルスラは心の中で溜息をついた。
「今日はマシェルとシオンは予定があるのです。また後日にしていただけないでしょうか」
貴族令息に無礼だという自覚はありつつも、ルスラは声をかけた。
「予定がある?では私がその手伝いか護衛をするのはいかがだろうか?」
(……手強い)
フォルティオの返事を聞き、ルスラは内心頭を抱える。
マシェルは一見するとニコニコ微笑んでいるが、その目の奥は虚無があるように見えた。
そこでシオンが口を開いた。
「それでは今日の用事は私の方で済ませておきましょう。マシェルとルスラはお言葉に甘えて町に行ってきなさい」
「シオン殿、いいのか?」
「主に看病していたのはこの子たちですから。では私は行ってきますね」
シオンは満面の笑みで答えながらマシェルとルスラを切り捨て、さっさと家を出て行ってしまった。
「「……」」
ルスラとマシェルは沈黙するほか無かった。
「では今から、共に町に行こう」
フォルティオだけが何も気付かず無邪気な笑顔を浮かべていた。
フォルティオは意外にも町を歩く変装の準備をしていた。
輝くような金髪は長めの栗色の鬘で隠され、右目の眼帯と顔周りの髪で顔の造りが分かりにくくなったせいか二十代くらいの顔が良い騎士、という見た目になった。
ルスラとマシェルはフードやローブで顔を隠しつつフォルティオの従者として振る舞うことにした。
「普段のマシェル嬢の姿で良かったのだが……」
フォルティオは不満気だったが、念には念をということで我慢してもらう。
さらに念のためいつも行く町ではなく、ルスラが馬車を借りて森からさらに離れた町に向かうことにしたのだった。
――そうして現在、いつもの森の最寄りの町とは異なる町で定期市を散策している。
今日来た町はいつもの町より人や物流が多いようで、定期市はとても賑わっている。
フォルティオとすれ違う人がたまにフォルティオを見て顔を赤らめたり見惚れたりし、変装しているとはいえ元の地顔の良さはなかなか隠し切れないようだった。
ルスラもマシェルも目立ちたくないので、ひたすら己の存在感を薄くするよう腐心する。
「マシェル嬢は何か欲しいものはあったか?」
「ではこのガラス瓶を」
フォルティオに尋ねられ、マシェルは小さなガラス瓶を何本か指差した。
薄っすらと黄や緑の色がついてはいるが、比較的透明で造りも良いように見える。
そして飾り気は無いがガラス製であるため、なかなかの値段となっている。
「こちらの細工が美しいものの方がいいのではないか?」
フォルティオがそう言って差し出したのは、黄色いガラス瓶に橙色のガラス細工の花がついた美しいものだった。
「いえ、こちらが良いのです」
「マシェル嬢は慎ましい性格なんだな」
透明なガラス瓶を欲するマシェルに、フォルティオは感心しているようだった。
「こんな素敵なものをありがとうございます」
マシェルは本当に嬉しかったのか、口元に柔らかい笑みを浮かべてフォルティオに礼を言った。
それを見てフォルティオは頬を染める。
(何故こうなった……)
ルスラはガラス細工を眺めながらそんな二人を横目に見た。
どう見てもルスラはお邪魔虫である。
「そういえばルスラ君は何か欲しいものはあったか?」
思い出したようにフォルティオはルスラにも尋ねた。
「では黒糖をください」
(こういう時に遠慮するのも勿体無い)
ルスラもマシェルを見習って、普段はなかなか手を出しにくいものをねだることにした。
「甘いものが好きとは、年相応に可愛らしいところもあるのだな」
フォルティオがルスラの頭をフードごとわしわしと撫で繰り回し、黒糖の他にも蜂蜜や干した果物を購入し渡してくれた。
さすが侯爵令息なだけあってフォルティオは気前がとてもいいと感じた。
一通り買い物を終えた後、昼食をとろうと再び歩き始めると、不意に後ろからざわめきが聞こえた。
「その荷物を返してくれ!」
身なりの良い老人が、倒れ込み手を伸ばし叫んでいた。
老人の前から、何か抱え込んだ男がルスラたちの方に走ってくる。
フォルティオは朗らかな表情から、一瞬でキリッとした顔つきになり、
「スリかひったくりだな。マシェル嬢とルスラ君は下がってくれ。」
ルスラとマシェルにそう一声をかけると、男に道を譲る形で一歩下がった。
「どけぇっ!!っ?!」
人混みに向かって叫びながら走る男の後ろに、フォルティオは飛びかかった。
ゴッという非常に痛そうな音を立てて、男は倒れ込む。
倒れた男をフォルティオは素早く抑え込み、男が抱え込んでいた荷物を取り上げた。
「荷物を取り返してくださり、ありがとうございます」
倒れ込んでいた老人が足を引きずりながらフォルティオの所にやってきて、礼を言った。
「ご老人、足を痛めたようだな」
フォルティオは荷物を老人に渡し、少し考え込んだ。
「すまない、誰かこいつを町の番所に連れて行ってくれないか?」
道行く人にフォルティオは声をかけ、捕まえた男を引き渡した。
それから老人に向き直り、輝くような笑みを見せる。
「ご老人、私がおぶってあなたを家まで届けよう」
「良いのですか?報奨金がもらえるかもしれないのに……」
「困った民を助けるのが騎士の務めだからな」
おずおずと尋ねる老人に、フォルティオは真っ直ぐな瞳と声で答えたのだった。
(……いいのは気前だけではないか)
一連の騒動をマシェルと眺めているだけだったルスラは思い直した。
(……普通に出来た人間だよなぁ)
ルスラから見たフォルティオは多少強引な部分はあるが、顔良し・性格良し・家柄良しの完璧な人間に見えた。
「今日は付き合ってくれてありがとう。助けてくれた礼にはなっただろうか?」
町から戻り馬車を降りたところでフォルティオがマシェルに尋ねた。
「はい、このような素晴らしいガラス瓶をいただき嬉しい限りです。ご老人を助けた後に食べた食事も美味しかったですし」
「そうか、それなら良かった」
頷くマシェルにフォルティオは喜色を浮かべた。
そんなフォルティオがいきなり脇から抑え込まれた。
「フォルティオ様、ようやく見つけましたぞ。屋敷を勝手に抜け出してこんなところにいるとは」
以前フォルティオを迎えに来た騎士たちだった。
「……あ、いやしかし私自ら礼を尽くさねば……」
「相手のご迷惑になると侯爵様がお話されていたでしょう」
食い下がろうとするフォルティオに年配の騎士が言い聞かせた。
「ささ、早く戻りますぞ」
「侯爵様からお叱りを受けることは覚悟してくだされ」
騎士二人がかりでフォルティオを引きずっていく。
「もう少しだけ待ってくれ!」
フォルティオが騎士を振り払い、マシェルの元へ駆け寄ってきた。
「これを君に」
そう言って何か箱をマシェルに握らせ、すぐに迎えの騎士の方を振り向き戻っていく。
「また会いに来る!」
そう言ってフォルティオは馬で騎士たちとあっという間に去ってしまった。
「何を受け取ったんだ?」
ルスラがマシェルに尋ねると、マシェルは箱を開けた。
箱の中には金でできた花の髪飾りだった。
花の真ん中には橙色の宝石がついており、否応にもフォルティオを彷彿とさせる美しいものだ。
「……」
マシェルはそれを再び箱に戻す。
「おい、つけてみないのか?」
ルスラはこういったものは試しに髪に当ててみるものだと思っていたので、何故仕舞ってしまうのか分からなかった。
「こういった装飾品は、恋人や婚約者に贈るものなの」
マシェルの声は淡々としていた。
「ああいった方にはすでに婚約者がいるはずよ」
そう言い切ったマシェルの声はあまりにも淡々としすぎていて、ルスラにはマシェルが何を思っているのか読み取ることが出来なかった。




