20_薬作り
薬の材料について相談した翌日、マシェルとルスラが朝食の準備をしているとシオンが山盛りの籠を持って台所にやって来た。
「はいこれ」
そして籠を台所の作業台に無造作に置いた。
「!」
驚きでマシェルは息を飲んだ。
隣にいるルスラも驚き、目を見開いている。
籠には四葉のクローバーとスノードロップの花がどっさりと入っていた。
「これはどうやって手に入れたのですか?」
「これでも巷で噂の『緑の賢者』だからね。このくらいは私の趣味の庭で揃えられるよー」
シオンが胸を張る。
「大丈夫か?なんか変な魔法とか使って出したやつじゃないか?」
ルスラが恐る恐るクローバーを摘んだ。
「確かにあたしの魔法で出すこともできるよ。ほら」
唐突にシオンは頭から何かをブチリと毟る。
その手の中には季節外れのライラックの花があった。
「本気出したら青い薔薇だって出せるよ!けどマシェルの薬は強い魔法で無理矢理出したやつで作ると、うまくいかない気がするんだよねー。
庭の維持に魔法は使ってるけど、それ以外はちゃんと自然に育ててるから薬作りには問題無いと思うよ。あ、でも趣味の庭は教えられないからねー」
ルスラが「それなら大丈夫か」と納得し、ライラックをシオンから受け取ってカップに活ける。
マシェルは普段ちゃらんぽらんに過ごしているシオンが、気を遣って材料を用意してくれたことがとても嬉しく感じていた。
「シオン、ありがとうございます。何かお礼をさせてください」
「実はマシェルが作る薬、どんなのが出来るか気になってるんだよねー。うまく作れたら少し分けてよ」
シオンは薬を分けてもらう約束を取り付け、朝食の摘み食いをすると台所を出て行った。
シオンが去った後、
「山査子の朝露が必要なんだろ?今朝は霧が出てるから朝露採ってこいよ」
とルスラがマシェルに声をかけてくれた。
マシェルはその言葉に甘え、日の光が朝露を消してしまう前に、山査子の朝露を確保することができた。
また柳の樹液とオリーブオイルはルスラが薬草の在庫として持っていたので、必要分を買い取らせてもらう。
そうして集まった材料をマシェルは台所の作業台に一通り並べた。
窓はぴっちり閉めて陽の光が入らないようにしており、ランプの灯りが室内をぼんやり照らしている。
部屋の隅にはシオンが座っており、珍しく静かにマシェルのやることをじっと興味深そうに見ていた。
マシェルは一通り道具と材料が揃っているか指差し確認し、作業に着手した。
まずハーブや乾燥したキノコをすり潰し混ぜ合わせておく。
それから柳の樹液をかまどで温めつつ、朝露を入れ練り混ぜる。
二つがよく混ざったところでかまどから降ろし、少しずつオリーブオイルを混ぜ合わせた。
オリーブオイルを入れ終わったものを壺に移し替え、その壺にクローバーとスノードロップの花びらと、最初にすり潰したものを、順番を間違えないように注意しながら入れていく。
そして壺の中身をゆっくりと混ぜながら魔力を流す。
(最初は時計回りに二回、それから反時計回りに三回)
「【淡くなり、曖昧になれ、異なる境界の光を示し給え】」
呪文を唱え終えると、壺の封をした。
「出来上がり?今の状態だとクローバーのオリーブオイル漬けが仕上がっただけに見えるけど?」
想定したより呆気ない作業だったのか、シオンがキョトンとした顔をする。
「ここからこの壺を取ってきたヤドリギで覆います。あとは七日間、決まった時間に魔力を流しながら先程の呪文を唱える必要があります。」
「決まった時間ていつなの?」
「夜明けと真昼、黄昏時と真夜中、あとその中間の各時間です。」
「ということは…一日に八回もやらなきゃなの?!時間管理もできるの?」
「時間は太陽の動きとこれで把握します」
マシェルはげんなりしているシオンに、手の平大の彫金細工が施された丸い金色の時計を見せた。
時計の文字盤には一から十二までの数字と針が一本だけついている。
シオンはそれを見ても何か分からず首を傾げた。
「これは最新式のゼンマイで動く時計です。この針が一周することで十二時間測れます」
「これ時計なのかー!しかも半日分測れるのに砂時計や小さい日時計くらい小さーい!すごーい!!」
シオンがキラキラした瞳で時計を見つめた。
「このゼンマイ式時計だけでは少し時間がズレることがあるので、日時計も合わせて使って時々ズレを補正しようと思ってます。なので日時計お借りしますね?」
「いいよいいよー。好きに使っちゃってー」
マシェルのお願いをシオンは二つ返事で了承してくれた。
そこからマシェルの薬作りの真の山場が始まった。
始めの三日間は特に時間と薬の管理に負担を感じていなかった。
しかし四日目の朝、マシェルの顔を見てルスラは眉間にシワを寄せる。
「なんか顔色悪いっていうか……クマがすごいな……」
マシェル自身も朝から気怠さを感じていた。
「想定してたより魔力の消費が多いのと、細切れ睡眠による睡眠不足が祟っているようなの……」
日頃の研究や家事をしつつ、一日八回の魔法は想定よりもマシェルの魔力を消費させ、疲弊させた。
(先日見つけたバケキノコの実験も今しか出来ないから、どうしても無茶して魔力を使いすぎてしまうのよね……)
また小まめに時計を確認しなければいけないことも、マシェルが想定した以上に睡眠時間と気力を削るものだった。
「寝ている間に時間が過ぎてしまうのではないかと気が気ではなくって、熟睡するのが怖いの……。もっと大きな機械式の時計であれば時を知らせる音が出るのだけど……」
少し痛みを感じる頭を誤魔化すために、マシェルは指でこめかみを揉んだ。
「時計の見方を教えてくれるなら、日中は俺が時間になったら起こしてやるよ。家事も俺が代わりにやるから、今週は休め」
(ルスラさんにいろいろ任せてしまうのは申し訳ないけど……ここで失敗して振り出しに戻る方が問題よね)
ルスラの申し出にマシェルは逡巡したが、甘えることにした。
「申し訳ないけどお願いするわ。今度埋め合わせはさせてね」
「冬に向けた保存食作りで目一杯こき使ってやるから、任せとけ」
ルスラはニヤリと笑って請け負ったのだった。
ルスラのお陰で短時間でも日中は熟睡できる時間を確保できたので、幾分気持ちも体も楽になった。
そうして無事に七日目を迎え、その日の夕方に最後の呪文をマシェルは唱えた。
「……ついに……ついにできました!!皆様のお陰です!!」
覆っていたヤドリギを取り除き、壺を抱きしめてマシェルは快哉を叫んだ。
「おー!おめでとう!」
シオンが拍手し、祝福する。
「……なんかいつもより声デカくないか?」
「うーん、寝不足と魔力不足と達成感で珍しくタガが外れてるんじゃない?」
ルスラとシオンがこそこそ話しているが、マシェルは何一つ気にならなかった。
「これで触媒用きのこを心置きなく収穫できるはず!!早速森に行って確認しましょう!シオン、ついてきてください!」
「おー、任せろー」
マシェルとシオンの二人で手を取り合い、足取り軽く壺ごと薬を持って森に向かおうとした。
「待て、さすがに待て。シオンも止めろよ」
ルスラが外に出て行こうとする二人を引き留め、マシェルの首根っこを摑まえる。
「今日は止めろ。顔色も悪いし、疲れ切っている時に森に行くのは危ないって」
「行けます!元気です!」
「……もうその反応がおかしいことに気付いてくれ」
ルスラはそのままマシェルを引きずって部屋へ連れて行く。
小柄なのに意外と力強いルスラにマシェルは引きずられるままとなり、抗いきれず寝台に寝かされてしまった。
寝台に入ると途端に睡魔に襲われる。
「森には明日行け」
ルスラのその言葉を聞きつつ、マシェルは落ちる瞼に抗えないままストンと眠りに落ちてしまった。
翌日、マシェルが目を覚ますと太陽は大分高くなっていた。
寝台の中で昨日のやり取りを思い出し、自分の言動が可笑しなことになっていたとしばらく羞恥に悶えた。
「よう、調子はどうだ?」
身支度を終え、台所にやってきたマシェルにルスラが声をかけた。
「……昨日は止めてくれてありがとう……」
昨日の醜態を思い出してルスラの目を見れず、マシェルは小さな声で礼を伝えるほかなかった。
「うん、顔色はまだ少し悪いが、受け答えは問題無いから大丈夫だな」
ルスラがそんなマシェルを見て安心したように微笑んだ。
そこにシオンがやってきて、マシェルに駆け寄る。
「マシェルー!今日は森に行こう!日中でも妖精見れる場所知ってるから薬を試してみよ!」
「はい、私も早く確認したいです」
マシェルは頷きつつもチラリとルスラを見ると、ルスラは「行って良し」と言うように頷いた。
「では早速行きましょう」
今度こそ薬を試せる、と内心意気揚々とマシェルは出かける準備をした。
そして、いざ森に向かわんと家の扉を開けると――
「あ!マシェル嬢!あなたが出迎えてくれるなんて!」
外には輝くような笑顔を浮かべたフォルティオ・ケドラスが立っていたのだった。




