19_妖精を視る方法
「『妖精の輪』から安全にきのこを採りたい」
その一念で妖精を視るための方法を探すために、マシェルは家にある書物を調べていくことにした。
ルスラが書庫を管理しているため、中は埃っぽくなく古い紙の香りが漂い落ち着く場所となっている。
(ルスラさんが内容を元に分類してくれてるから、すごく調べものがしやすいわ)
調べものを始めて数日、手がかりは見つけられてはいないが、本を闇雲に探さなくて良いというだけでとても気が楽だった。
蔵書はこの国以外のものも多数有り、その中の大半が東の方にある大国のものばかりだ。
令嬢の嗜みとして外国語もいくつか学んでいた上、父が東方のきのこに関する書物を頻繁に贈ってくれたこともあり、あまり苦労せずに読むことができたのは僥倖だった。
かなり珍しい内容の本もあるため、うっかり読みふけってしまいつつも、書物の内容に目を通しては仕分けをしていく。
「どう?なんか見つけられた~?」
シオンが本を戻すついでに、マシェルの調査の進捗を確認しに来たようだった。
「妖精が視えやすくなる条件について、書いてある本はありました。」
「どんな条件があったの?」
「夏至や冬至、春分や秋分などの時節の前後や、黄昏時や明け方が視えやすいと書いてありました。
あとは森や水辺、古びた遺跡や墓地などを妖精は好むとも」
「……確かにっ!言われてみれば確かにそうかもっ……」
(気付いてなかったのね)
シオンの知識の幅を良くも悪くもまだ測り切れないな、と内心で苦笑いをする。
「時間や場所の境界が曖昧になっている時に視えやすくなるってこと?」
「その可能性が高いです。なので妖精に関する魔法だけではなく、時間や場所の境界が曖昧になる魔法の記載も無いか確認しています」
シオンの仮説に頷き、マシェルが積んでいた本をいくつかシオンに渡した。
それをシオンは受け取って、パラパラと頁をめくり流し読みする。
「ふーん、なるほどなるほど。また分かったことがあったら教えてね!」
そう言って一人で相槌を打ってからマシェルに本を返し、元々目当てだったと思われる別の本を手に取り書庫を出て行った。
再び一人になり本に目を戻し、本の仕分けを進める。
(……オニ?を視る薬……?)
東方の文字で書かれた書物に、そんな一文を見つけた。
(オニ……は確か東方でお化けとか幽霊とか、この世のものじゃない生き物?のことよね?)
『オニを視る薬』の材料は柳の樹液や山査子の葉、ホウズキについた朝露やダツラなどが記載してあった。
その柳や山査子という文字に既視感を抱き、一冊の別の本を手に取った。
(昔この本を読んだ時に、似たような材料を使った薬の記載があったような……)
それは碑文館が解読した古代魔法について書かれている本だった。
(この本、一冊で金貨二十枚はする高価なものよね。そんなものが何故あるのかしら?)
碑文館の本が高いのは、本の収益を碑文館の運用資金に充てられるからだ。
本の内容も貴重ではあるが、碑文館から最新の本が出る度に、各国の貴族や王室が富の象徴として挙って買うような代物である。
エマニティス家にも過去百年分の碑文館の本が書棚に収めてあり、書斎の一角から凄まじい威圧感を放っていた。
マシェルは湧き出た疑問や思い出を振り払うように頁をめくり、目当ての記載を探す。
(『精霊の姿を見る薬』、これだわ。昔、解読されてから国を挙げて実験したけど、失敗した記録があるものだわ)
それはマシェルが生まれるよりずっと前に解読が成功した魔法だった。
二十年前に、実際に精霊を祀る王都の大神殿で実験することとなったが、結果として何も見ることが出来ず失敗とされた。
失敗理由を調査する際に碑文館と国で調査方針や責任の所在で衝突し、結局まともに調べられないまま御蔵入りしたと何かの本で読んだ記憶がある。
実験が失敗した翌年から本には載らなくなったので、今マシェルが読んでいるものは少なくとも二十年以上前の古いものだ。
(『オニを視る薬』は飲み薬でこちらは塗り薬だけど……。……材料は、四葉のクローバー、柳の樹液、山査子の朝露……似ているわ。)
一般的に精霊は自然を象り人々に崇められる、人よりも遥かに上位の存在とされている。
対して妖精は人や動物、虫などにもなり切れない低俗な思念の欠片と考えられており、精霊とは全く異なるものと認識されている。
(だけど『オニ』の記載を見る限り妖精に近いものに感じるわ。もしかしたら……解読誤りや精霊の解釈誤りの可能性もあるのかも……)
自分の仮説を確かめるために、『オニ』の記載がある本をいくつか読み込んだ。
(書物だけで結論付けるのは早計よね。うん、実際に『精霊の姿を見る薬』を作ってみましょう)
論より証拠と、薬作りに必要なものを紙に書き写していく。
・四葉のクローバー※白花が咲く種のもの(カップ一杯分)
・柳の樹液(カップ四分の一杯分)
・山査子につく朝露(小匙二つ分)
・白樺についたヤドリギ(一塊)
・スノードロップの花びら(三枚)
(これらは今から集めなければいけないわね)
その他にもきのこやハーブが少量、オリーブなどのオイルも材料として必須だが、それらはこの家にあるものだった。
(まずは四葉のクローバー。量がたくさん必要なようだから)
思い立ったが吉日と、早速探しに森にでかけた。
クローバーはその辺に生えているので、すぐに集まるだろうとマシェルは高を括っていた。
しかし季節は秋、そもそも花が咲いているクローバーが少ない。
三時間ほど森中を探したが、小さな四葉のクローバーが三枚しか見つけられなかった。
しかも白花が咲く種かどうか不明なものだ。
(……足りない。そして、この材料をよくよく見ると今の時期に集めるのが難しいものがあるわ……。初春に咲くスノードロップの花びらは無理だわ……)
国を挙げて実験したからこそ揃えられた材料だったのか、と肩を落とし浮かれていた己を自覚した。
「なんか元気無くないか?」
夕食時にルスラが声をかけてきた。
「どしたの?妖精を視る魔法、見つけられなくて落ち込んでるの?」
シオンも尋ねてきて、マシェルは『精霊の姿を見る薬』の話をした。
「そんな薬、碑文に書いてあったんだ。確かに精霊と妖精は同じもんだからうまくいくんじゃない?」
「え、同じ?」
しれっと大切なことを告げるシオンに思わず聞き返した。
「うん、精霊は長く生きてうまい具合に力をつけた妖精だよ。
え、今の人たちそんなことも知らなかったの?!てっきり常識だと思ってたわー……。えー??精霊になるくらい長生きしている妖精が居ないから、本の記述だけでみんな勘違いしてるのかなー?」
「……勘違いですか。では神殿で見えなかったのは……」
「見えなかったのはそもそも居なかったからでしょ。王都の大神殿の中でやったんだよね?
あんなピカピカテカテカしたとこに妖精が居るわけ無いじゃん。この森の西にあるウラーツ山の神殿なら見れたかもねー」
確かに王都の大神殿は五代前の王と碑文館の意向により、大理石の像や螺鈿細工、金箔や金細工がふんだんに使用された豪奢なものへと改修されていた。
改修によって精霊信仰の聖地としての威厳と目を引く観光地としての人気の両方を得たが、妖精が好むような環境ではないのは言われてみれば明白だった。
「でも妖精が視える薬の作り方が分かったなら良かったじゃん。なんでそれで元気無くすの?」
シオンが首を傾げたので、ルスラとシオンに薬の材料を書いた紙を見せた。
「そりゃ今の時期に大量の四葉のクローバーとスノードロップの花は無理だ。俺も知らない」
困惑しながらルスラは頭を掻いた。
森やこの辺の地理に詳しいルスラが言うなら、やはり難しいのだろうと思う。
「え?これあたし揃えられるよ」
「「え??」」
あっけらかんと放たれたシオンの言葉に、ルスラとともに再度聞き返してしまったのだった。




