6.「ふざけてません。魔法協会に登録しに来たんです」
「……で、師匠はいねぇ、契約精霊すらいねぇ。それで? 魔法協会に登録したいだとぉ?」
カウンターに肘をつき、気怠そうに足を組みながら、無精髭を生やした男はそう言った。
着崩れた身なりに片手には煙が漂う煙草。
見るからにガラの悪いこの男は、魔法協会の窓口職員だった。
煙草の煙にテナの鼻に皺がよる。
…この男これまでの態度からも、とても窓口職員に向いているとは思えない。
そう思った瞬間、男の眉間に皺が寄る。
「んなのできるわけねーだろ!! ふざけんな!!」
「っぅわ!?」
男はどんっとこぶしをカウンターの上に叩きつけ、テナを睨んだ。
その眼光の鋭さに、テナは思わず後退りそうになる足に力を入れ踏みとどまる。
「ふざけてません。魔法協会に登録しに来たんです」
テナの言葉を聞いた男は鼻を鳴らす。
「…嬢ちゃん、もしかして魔法使いになりたいのか? なら、この国の国民はみんな魔法使いだ。つまり、嬢ちゃんが登録するのは魔法協会じゃなくて、国民登録所だ」
男は呆れたようにそう言うと、もう話は終わりだとひらひらと手を振り再び煙草をふかし始めた。
最初は男の怒鳴り声に何事かと集まっていた周囲の視線が、男が手をふるとその視線も次第に逸れていった。
テナはじっと男を見つめ、再び口を開く。
「でも、魔法協会に登録しないと依頼が受けれないって聞きました」
「ぁあ? そらそうだ。実力の保証もされてねーやつに仕事を任せられるかよ」
「なら私の登録はここで合ってます」
「……はぁ〜。ったく、最近のガキは常識も知らねーのかよ」
男は片手で頭をがしがしとかくと、その手でびしっとテナを指差した。
「いいか? 魔法協会の登録は、師匠の推薦で受けられる試験に合格する必要がある。……だいたい、契約精霊もいねーのに魔法が使えるわけねーだろ」
……そうなの? でも魔法、使えたんだけどな。
どれもテナが初めて聞くことばかりだった。というかあの商人、ちゃんと教えてくれないと困る。
目をぱちぱちと瞬くテナに、今度こそもう話は終わりだとでもいうように、男は明後日の方に顔を向けて煙草を味わう。
これ以上この男は話を聞いてくれなそうなので、とりあえず今は引き下がることにした。
旅を始めて一ヶ月半。
ちょうど昨日の夕方、テナはサントルースへたどり着いたばかりだ。
旅は正直大変だった。ぼったくりは朝飯前。宿は取れず馬小屋を借りたり、御者にお金を盗まれかけ、魔物と遭遇して魔法で討伐したことで感謝され、逆にお金をもらえたり。
ものすごく濃い一ヶ月半だった。
ちなみに、サントルースの別名は魔法使いの国と言われている。国民全員が魔法使いの血を引いているからだ。国民登録には魔法使いの血を引いているかが重要だと、旅の途中で聞いた。
そして魔法協会に登録することで、世界中から集まる様々な依頼を受けられるようになるそう。
観光客や旅人、商人など、それなりに人で賑わってはいるが、その中でもサントルースの国民はすぐにわかった。目や髪色が暗く、黒色や焦茶色が多い。また、他国と比べて凹凸の控えめな顔立ちをしているのだ。
そして、テナの背にあるような大きな箒を背負っている人もちらほら見かけた。
昨日到着した時には魔法協会の受付窓口が閉まっていたので、今日改めて朝早くに来てみたのだが…。
「師匠ってどうやって見つけるの…?」
テナはさっそく、大きな壁に直面していた。
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広場にある石畳のベンチで頭を抱えていたテナの足元に、ころころとリンゴが転がってくる。
こつんと靴先に当たったリンゴ。そして二つ目、三つ目…と続けて転がってくる。
目を丸くして視線を上げると、箒に跨る一人の女の子がテナに向かって突っ込んできた。
「っわぁー! ごめん避けてー!!」
箒の柄の先端が勢いよく迫り、テナは咄嗟にベンチから立ち上がり横に跳んだ。
ゴンっと鈍い音とともに、先ほどまでテナが座っていた石畳のベンチの真ん中にしっかりとヒビが入っていた。
……あ、あぶなかった! そういえば女の子は!?
はっと地面に転がった女の子に駆け寄る。
サントルースの国民にしては、明るめの茶髪を頭の上で二つ括りにしている――今は転んだせいで鳥の巣みたいになっているが――十歳くらいの女の子だ。
「いったたた、……あっ、ごめんな! 最近精霊と契約したばっかでまだ慣れてへんくて!」
女の子は起き上がると、テナが初めて聞く独特のイントネーションで話し始めた。
「怪我せんかった!?」
「うん、大丈夫。あなたは?」
「ぜんぜんへーき! 箒で転ぶのいつものことやねん。やからまだ上空制限も見習い以下しか許可も出てない……て、そんなことよりリンゴが!!」
突然女の子がはっと地面に視線を走らせる。慌てた様子でちらばったリンゴを集め始めたので、テナも拾うのを手伝った。
三つは無事だったが、ぐちゃぐちゃに潰れてしまったもののほうが多い。
潰れたリンゴを拾い、女の子はベタベタになった手で空を仰いだ。
「やってもうたぁ! また師匠に怒られる〜! どうしよう! 誰か“復元”の魔法使える人おらんかな!?」
今度はベタベタの手で頭を抱えようとして――さすがに頭がべたべたになることに気づいたのか、両手をブンブン上下に振りまわす。
「んな人都合よくおるわけないよな? 復元の魔法、さすがに使われへんよな!?」
ベタベタの手を幽霊のようにこちらに向け、迫ってくる姿にテナは思わず後ずさる。
だが、女の子の表情に浮かぶ切実さに、その瞳がテナの箒に向けられているのに気づいた。
「え〜と、できないかもだけど。あなたが手伝ってくれるのなら……もしかしたら、使える……かも?」
女の子の瞳が見開かれる。
希望を見つけたかのように、女の子はさらに一歩、テナへ迫った。
ちょ、ちょっとそんなに近くで手をふらないで…!
振りまわされる手を避けながら、テナは肩にかけていた鞄の中から一冊の本を取り出す。
「うわあ! それなんの本!?」
「たぶん、ここに書かれている魔法は使えると思うの。だけど私にはどんな魔法かわからなくて……あなたにはわかる?」
本の向きを変え、女の子に見えるようにゆっくりとページを捲っていく。
やがて女の子は服で雑に手を拭うと、自分の手でページを捲り始めた。
旅の途中も、どんな魔法かわからないまま使うのは怖いのでテナが使った魔法は一つだけ。レイを助けた時の、ゴブリンを倒した魔法だ。
結局他の魔法は一人では怖くて試すこともできなかった。
テナが考え込んでいた間、女の子のページを捲るスピードが早くなる。
気づけばその瞳は細められ、幼い外見には不釣り合いな厳しいまなざしが本へと向けられていた。
「見つかりそう?」
「……えっ、あ、うん。……あったん、やけど」
女の子が求めていた復元の魔法の呪文も、この本に書いてあったようだ。この本すごいな。
だが、せっかく求めていた魔法が見つかったのに、女の子の返事はどこか歯切れが悪そうだった。
「……ほんまにここに書かれてる魔法、全部使えるん?」
「えーと、たぶん? 使ったことがないからわからないけど」
「そっかぁー……」
不思議そうに首を傾げるテナに、目が合った女の子はぱっと笑顔を向けた。
「あー、そう魔法! これが復元の魔法。呪文は“ レスタラトーティス”って書いてる!」
女の子が指で示した、本の左列に書かれた見慣れない文字を覗き込む。
やっぱり、テナには読めなかった。
ひとまず胸元に括りつけている紐をほどき、背負っていた箒を両手で持つと箒の穂を地面に向ける。
レスタラトーティス、レスタラトーティス……
ふと、商人が『大事なのは発音だ』と言っていたことを思い出す。
……正しい発音なんて、本ではわからないじゃん。
そう思いながら心の中で唱えていると、頭の中で自分以外の、小さく呪文を唱える声が聞こえた。
その声に耳を傾けるうちに、自然とテナの口が動いた。
「レスタラトーティス」




