5.「私、絶対に二人が胸を張れるような娘になるから!」
「……テナはもう、決めたのね?」
夕食を終えた後、テナはシェラさんとジークさんに「話したいことがある」と切り出した。
そして、商人に箒をプレゼントされてから――さすがに部屋に侵入されたことは、ジークさんが激怒しそうなので言わなかった――今日テナが魔法を使い、サントルースの入国許可証をもらったところまで順を追って説明した。
シェラさんはジークさんに何も伝えていなかったようで、テナが魔法使いになれると知ると顎がはずれそうなくらいに口を開けて固まっていた。
そして、シェラさんの問いかけにテナが答えるより早く、我に返ったジークさんが声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 勝手に話を進めるな! 俺は…俺は認めない! テナが一人でサントルースに行くなんて!!」
ダンッと食卓に両手を叩きつけ、ジークさんはシェラさんに険しい目を向ける。
「だいたい! その商人だって怪しい! テナの身内に魔法使いはいないだろ!? もし本当にテナが魔法を使えたんだとしても……」
声を荒げたジークさんの勢いが不意に途切れた。視線をさまよわせ、そして無言でテナを数秒見つめる。
「……本当に、使えたのか?」
テナはわかりやすく狼狽えるジークさんに苦笑し、こくりと頷いた。
「……私、魔法使いなんて大嫌いです」
二人はきっと、とっくに気づいていただろうけど。
――四年前。テナが十一歳になったばかりのあの夜の出来事を、今でも鮮明に覚えている。
喉に刺さる煙の匂い。
母に頼まれていたトマトやキャベツ、大根が入った籠がどさりと地面に落ちる。
「お父さん……、…お母さん!?」
テナの家が、燃えていた。周辺の家も全て炎に包まれ、周囲では大人たちが慌ただしく走っている。
そこに、一人の魔法使いの男がやって来た。男が呪文を唱えると、燃える家の周囲に土の壁が立ち上がる。
――魔法使いが、助けに来てくれた!
テナは男の元へ駆けより、炎の中に両親がいることを必死に訴えた。
「中に、お父さんとお母さんがいるの! お願いします、助けてください!! お願い、助けて…!!」
火の粉が雪のように舞い落ちてくる中、魔法使いの男がテナへ体を向けた。
青藍の瞳は暗く、冬の海のように冷たかった。
「手遅れだ」
熱に浮かされたように頭がぼんやりする。霞む視界の中、最後に感じたのは冷たい土の感触だった。
「……私は両親を見捨てた魔法使いが大嫌い。だけど、だからこそ、私は――」
ゆっくりと視線を上げ、まっすぐに二人を見つめる。
テナは震える声を落ち着かせるように、大きく息を吸った。
「助けを求める人を絶対に見捨てない、必ず救える魔法使いになりたい……!」
ジークさんはしばらくテナを見つめたまま、何も言わなかった。
食卓に置かれた手が、ゆっくりとおろされる。その手をシェラさんがそっと両手で包み込んだ。
「見守るのも親の役目よ」
「……子どもの成長は、早いな」
ジークさんはシェラさんと見つめ合うと、軽く息を吐いた。
「必ず、テナ自身が胸を張れる魔法使いになれ」
「っありがとう、ございます…!」
両親を亡くしてすぐ、テナの引き取り手として名乗りを上げたのがこの二人だった。
母の従兄弟にあたるジークさんと、奥さんのシェラさん。
子どもがいない二人は、テナを本当の子どものように可愛がってくれた。
シェラさんの瞳が潤む。
ジークさんは眉間に皺を寄せ俯いたが、テナはしっかり見ていた。俯いたジークさんの頬を伝い、もじゃもじゃのお髭に触れたその涙を。
翌朝。目を覚ましたテナは、部屋の真ん中にぽつんと一冊の本が置かれていることに気がついた。
本の上には手のひらサイズの紙の切れ端が乗せられている。
「なにこれ…?」
切れ端には短いメッセージが綴られていた。
名前はなく、見覚えのない字で書かれた内容に、すぐに送り主がわかった。
“魔箒使いになったお祝いに。使う魔法には気をつけて”
本をぱらぱらと捲ってみると、何を意味するのかもわからない言葉が並んでいる。
ページごとの左列には、テナが初めて見る外国の文字。右列はテナにも読める共通語の文字が並んでいる。
切れ端に書かれた内容から、おそらく魔法を使うための呪文だとは思う。だが、どんな魔法かまでは書かれていないので、テナにはどれが気をつけた方がいい魔法なのか見分けがつかない。
……どうせなら、もうちょっとわかりやすく書いて欲しかった。
とりあえず、すぐに必要なさそう――というか使えないので、この本について考えるのは後にした。
昨夜、家族三人で話し合った結果、テナは一週間後にはこの町を出ることに決めた。
というのも、商人からもらった入国許可証には期限が書かれていたのだ。期限は二ヶ月後。
テナの住む町からサントルースまで、順調に進んでも一ヶ月はかかる。旅の途中に何があるかわからないので、余裕をもって早めに出た方がいいとシェラさんに言われ、テナは一週間で旅の支度を終えて出発することが決まった。
それからはあっという間だった。
定期馬車を使うにしても、さすがに一ヶ月分の荷物を持っていくことはできない。
どの町で食料を買い足し、どの町で宿をとるか。治安の悪いエリアなど、町の人たちや商人からもたくさん情報を集めた。
シェラさんやジークさんも手伝ってくれたので、手描きの地図の余白はびっしりと文字で埋まった。
出発日当日。
シェラさんとジークさんは馬車乗り場まで、テナを見送りに来てくれた。
「忘れ物はないか? お金は持ったか? 許可証は? 食料もあるな?」
「家を出る前に一緒に確認したでしょ」
「そうだな。…知らない人についていったらダメだぞ。夜は出歩かないで、ちゃんと日が出てるうちに町に入るんだ。宿屋以外は泊まらない。それから…」
「わかったって! 昨日も聞いたよ! ……もう、子どもじゃないんだから」
いつも通りのジークさんに、テナはつい頬を膨らませた。
二人のやり取りにシェラさんはくすくす笑うと、そっとテナを抱きしめた。
「テナ、立派な魔法使いになってね。……ちゃんと、顔を見せに帰ってくるのよ?」
テナの耳元で囁かれた声は、少し震えていた。
シェラさんがそっと腕を解くと、今度はジークさんに抱きしめられる。シェラさんよりも力強い抱擁に、一瞬息が詰まった。
テナが文句を言おうと口を開けると、ジークさんが話し始めた。
「いつでも戻ってきていい。危ないと思えば、絶対にすぐに引き返せ。お前が生きていれば、俺たちはそれでいい」
「……うん」
夜明け前の薄暗さで、二人の顔は鮮明には見えない。
「お嬢ちゃん! そろそろ出発するよ〜」
御者のおじさんの声に、テナは急いで馬車に乗り込む。
「私、絶対に二人が胸を張れるような娘になるから!」
ゆっくりと馬車が動きだした。
徐々に目頭が熱くなる。それでもテナは目に力を入れ、顔を上げて手を振り続けた。
二人の姿が小指の先ほどになり、やがて影すら見えなくなっても、テナの視線はしばらく動くことはなかった。
「今でも十分、私たちの自慢の娘よ」
小さくなっていく馬車を見つめ、最後にシェラさんはそう呟いた。




