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201人目の魔箒(まほう)使い  作者: ソレナリノニート


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4.「どう? 魔法使いになりたくなった?」

 

「獲物の横取りは規約違反よ」


 咎めるような口調にテナの身体が固まる。

 何も答えないテナに女性はため息を吐くと眉を寄せる。


「まったく、あなた新人? それにしては……」


 言いながら、女性の視線がテナからレイに移り、その顔に残る涙のあとに目を止めた。


「……まあいいわ。今回は見逃すけど、次に同じことをすれば協会に報告させてもらうから」


 協会……?

 女性の言葉をゆっくりと頭の中で反芻する。


 女性は固まるテナとレイに構うことなく、ゴブリンの前にしゃがむと、腰から取り出したナイフで頭に生えた角を切りはじめた。

 小ぶりなナイフはどう見ても硬い角を切れそうにないのに、まるでバターを切るように滑らかに刃が入っていく。


 この女性は誰なのか――いや、魔法使いであろうことはわかる。…町に来ている魔法使いとは、この女性のことなのだろうか。だけど、どうしてここに?


 次々に浮かぶ疑問にテナが言葉を探していると、手早くゴブリンの角を切り終えた女性が立ち上がった。


「あ、あのっ…!」


 咄嗟に声をかけるが、女性はチラリとテナに視線を向け、無言で箒の柄の先を強く地面に叩きつけた。


 箒の穂から青白い光が放たれる。細かな水滴が降りそそぐような光を浴びながら、赤い唇がかすかに動いた。

 星空のようなきらめきを帯びた青白い光は、徐々にその白さを増していく。


 眩しさに耐えきれず、テナはぎゅっと目を閉じた。



 しばらくして、瞼の裏で光がおさまるのを感じたテナはゆっくりと目をあける。

 目の前にいたはずの女性はいつの間にか姿を消していた。

 その場には、体が二つに別れたゴブリンの死体と血溜まりだけ。


「あの人、魔法使い?」


 今まで静かに状況を見守っていたレイが、ぽつりと呟いた。


 ……魔法使い。魔法使いなんて、大嫌いなはずなのに。

 今し方、テナは魔法使いに命を救われた。そして、魔法使いにしか使えない魔法をテナが使ったことで、レイが助かった。


 魔法使いは、嫌い。そう思いながらも、テナはしばらくの間、女性がいた場所から目を離せなかった。

 






 ぱちんっと、乾いた音が辺りに小さく響く。

 命の危機を免れ、母親を見つけたとたんに駆け出したレイは、頬を張られた衝撃でたたらを踏んだ。


「どこに行ってたの!! どれだけ心配したかと…!!」


 ローラさんがレイの肩を両手でつかむ。鼻がぶつかりそうな距離で怒鳴りつけられたレイの目から、涙が堰を切ったようにあふれ出した。


「ごめんなさぁぁああいっ、ひっぐ、ぐずっ、ごめん、なさいぃ〜っ、ひっく」


 大声で泣きじゃくるレイの姿に、ローラさんは肩に置いた両手を離すと、その手を小さな背中へまわす。

 二人の様子を静かに見守っていたテナは、しばらくしてゆっくりと口をひらいた。


「あの……ローラさん。レイはローラさんのために、魔法使いを探していたみたいなんです」

「……え?」


 魔法使いの女性が消えた後、レイは「魔法使いに会いに行かなきゃ」と、どこか焦った様子でそう言った。

 事情を聞いたテナに、レイは少し悩んだあと、ゆっくりと話し始めた。

 最近ローラさんは体調が悪く、寝込むことが多かった。


「魔法使いに、お母さんを元気にしてって頼むの!」


 魔法使いが森に現れた魔物を討伐しに行くと、町の人が話しているのを聞いた。

 そして昨夜は門の近くで夜を明かし、開門と同時に森へ向かったのだとレイが教えてくれた。



「レイ……」

「ぅぅううう〜っ、ごめっなさいぃぃ〜」


 テナの話を聞き、俯くレイを見つめるローラさんの瞳がじわりと潤む。


「っばかね! ちょっと体調を崩しただけで、病気もしたわけじゃないのに。…次に同じことしたら、追い出すからね!!」


 叱りながらも、涙の止まらないレイの頭をなでるローラさんの手はとても優しかった。





「初めて魔法を使った感想は?」


 ローラさんとレイが手を繋いで歩く後ろ姿を見つめるテナに、商人が楽しげに話しかける。


「どう? 魔法使いになりたくなった?」


 商人の背中には、先ほど森でテナが手にした大きな箒。

 テナが同じように持つと先端が地面に擦れてしまうそれも、背の高い商人の男が背負えばそれなりに様になっている。――つまり、魔法使いに見えた。


「…あなたが使えばいいと思う」


 商人が魔法使いだと言っていたわけではないけれど、箒を見つめていたせいか、テナはついそう口にしていた。


 …そういえば。この商人が魔法使いだったとして、自分の箒はどうしたんだろう?

 テナの心の中を読んだかのように、商人はあっさりと答えた。


「それはできない。僕は魔法使いじゃないからね」

「――え?」


 目を丸くするテナに、商人はにっこり笑って続ける。


「君はこの魔箒で魔法を使った。もうこの魔箒は、君にしか使えない」


 なにそれ、そんなの聞いてない…!

 目をさらに見開き固まるテナをよそに、商人はローブの袖を漁ると、二枚の紙を差し出した。


「はいこれ。魔法使いの国――サントルースへの入国許可証。もう一枚は、サントルースにある魔法協会までの地図だよ」


 テナは目の前の二枚の紙をじっと見つめる。


「僕は一緒について行くことはできない。だからこれを渡しておくね」


 何か言おうと口を開いたものの、結局言葉にならず、静かに口を閉じる。

 そしてゆっくりと手を伸ばした。

 テナが紙を受け取ると、今度は箒を差し出される。


「……」


 当たり前のように渡される箒に、思わずため息が出た。

 受けとろうとして、つい先ほど、この箒で魔法を使った時の感覚を思い出す。

 もしかして、魔法を使うと毎回あの感覚を味わうことになるの?

 テナは無意識に顔を顰め、箒を受け取る手が止まった。


 ――ふと、今朝シェラさんに言われた言葉が頭を過ぎる。


『魔法使いになれるテナは、力ある者と言えるんじゃない?』


 …ここで断ったら、テナもあの日の魔法使いと同じだ。


 大きく息を吸う。

 そして、赤い瞳をまっすぐに見つめ返し、テナは差し出された箒の柄を両手でしっかりと握りしめた。




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