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201人目の魔箒(まほう)使い  作者: ソレナリノニート


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2/7

2.「私は魔法使いが嫌いなんです!」

 


 パチパチパチ…と手を叩く音が止んだ。


 数秒の沈黙。

 唖然と男を見つめていたテナは、はっと気づいた。目の前に現れた男が、箒をくれた商人だったことに。

 商人と目が合うと、ふっと喉の奥が軽くなった感覚がした。


「……お、お断りします!」


 いつの間にか声が戻っていた。

 言いながら、テナはぷかぷかと目の前に浮かぶ箒の柄をつかみ、商人の胸元へ押しつける。


「それはできない」

「…なぜですか?」

魔箒まほうきが君を選んだから」

「意味がわかりません」


 どれだけ返そうとしても、商人は受け取ってくれない。

 というかそもそも、なんでこの人ここにいるの。

 わけのわからない状況に、テナは混乱と苛立ちを滲ませながら商人をじろりと睨みつける。


「その魔箒は四千年前、大魔法使いルーゼウス様が亡くなる前に作ったものだ」

「はあ……?」


 大魔法使いルーゼウス…? どうしよう、なんか語り始めたんだけど。

 困惑するテナを気にする様子もなく、商人は話し続ける。


「持ち主を魔法使いにできるが、魔箒は持ち主を選ぶ。魔箒が君を選んだのなら、魔箒には君が必要なんだ」

「私には必要ありません。魔法使いになんて、なりたくありませんから!」


 突っぱねるテナに、商人は軽く息を吐いた。


「ヴィリストは理解が遅いというのは、過去の魔箒使いたちから学んでいるが……君は相当頭が固そうだ。仕方ない、今夜はいったん引き下がろうか」

「……はい?」


 どこかテナを馬鹿にしているように聞こえたのは気のせいだろうか。


 商人がやれやれと困った顔で首をふると、その身体がふわりと持ち上がる。

 テナを見つめたまま窓の方へ進むと、窓枠に足をかけ外へ飛び出した。


「…っ!」


 急いで窓際に駆けより下を覗き込む。だがそこには生い茂る緑が広がるばかりで、人影は見当たらない。

 テナはしばらく、商人が消えた窓の外を茫然と見つめていた。


「私が魔法使い…? いやいやいや、そんなわけ」


 商人の言葉を思い出し、その言葉のばかばかしさに首をふる。


「……もしかして、夢?」


 だって、テナは魔法使いの血を引いていない。魔法使いになれるわけがないのだ。


 頭では夢だったのかもと思い始める一方で、テナの手にある箒の柄の感触が、今起こった出来事が現実であると突きつけていた。






「テナちゃん! ポルックの塩焼き一つ!」

「はぁーい!」

「こっちはポルックのスープと硬パン二つ!」

「はぁい!」


 お昼時の食堂は、いつも六卓全ての席が埋まる。この日も注文を受けたり料理を運んだり、いつも通りの忙しさに、テナは昨夜のことをすっかり忘れていた。


 そして、忙しさのピークが過ぎた頃。お客さんがいなくなったタイミングを見計らったかのように、あの商人がやってきた。


「こんにちは! まだ営業時間中かな?」

「…営業は終了――」

「まだやってますよー! うちは初めてですよね? メニューは日替わりなんです。…テナ、あとの説明任せるね!」


 断ろうとしたテナが言い終える前に、テナと一緒にテーブルを拭いてたシェラさんが答える。

 そのまま溜まった洗い物をするため、シェラさんは厨房に引っ込んでしまった。

 仕方がないので、テナは商人を席まで案内する。


「今日のメニューはポルックのスープと硬パンでいす」


 実は他にもメニューはあるのだが、テナが選んだのは一番手間がかからずすぐに出せるものだ。

 テナの態度に商人は怒ることなく、にこやかに頷いた。


「もちろん。楽しみだなぁ」


 こちらの毒気を抜くような笑顔に、身構えていたテナは拍子抜けする。


 …魔法使いになれ、とかまたわけのわからないことを言われるのかと思ってたのに。


 テーブルに料理を置いてすぐ、スープとパンにがっつく商人を少し離れたところから眺める。



「君さ、なんで魔法使いになりたくないの?」


 おいしそうに食事を味わう姿に油断していた。

「魔法使い」という言葉に、テナは思わず顔を顰める。


「私は魔法使いが嫌いなんです!」

「へぇ、珍しいね? なんで?」

「なんでって……っ」


 商人と目が合う。その赤い瞳に、あの日の記憶が蘇る。

 ――炎に向かって伸ばし続ける手。紫紺のローブを纏う魔法使いの男。テナを見つめる青藍の瞳。



「…魔法使いに、憧れなんてない」


 言葉を詰まらせ答えたテナに、商人はこてんと首を傾げる。少しして、商人の視線がテナの背後に止まった。


「彼女は魔法使いになれるのに、なりたくないみたい。どうしたら魔法使いになってくれると思う?」


 商人の視線の先を追いテナが振り返ると、いつからそこにいたのか、シェラさんが腕を組んで立っていた。

 シェラさんは鋭い瞳で商人を見つめ口を開いた。


「そもそも、テナが魔法使いになれるってのは本当なの? 私はこの子が小さい時から知ってるけど、身内に魔法使いがいたなんて聞いたことない」

「なれるよ。彼女は特別だから、魔法使いの血を引いていなくてもなれる」


 商人はシェラさんを見つめ、はっきりとそう言い切った。



「……そう。もし、あなたの言葉を信じるんなら」


 シェラさんは途中で言葉を切り、テナの方へ近づく。そして、俯いて二人の会話を聞いていたテナの頭に手をのせた。


「私はテナが魔法使いになるの、ありだと思うけどね」

「シェラさんっ!」


 テナは頭に乗せられた手をふり払い、シェラさんを睨みつけるように見上げる。

 そんなテナの様子に、シェラさんは苦笑した。


「テナのことよく知ってるから言ってるの。テナは昔、力ある者が力ない者を助けるのは当然だと言った。なら――」


 シェラさんの人差し指が、とんっとテナの額に置かれる。


「魔法使いになれるテナは、“力ある者”と言えるんじゃない?」


 額に当てられた指の奥、シェラさんはまっすぐにテナを見つめていた。

 どこか突き放すような、甘えを許さない口調にテナは目を逸らすこともできずに固まった。



「――思いついた! ならこうしよう。テナは魔法使いをよく知らない。だから、よく知ってから決めるのはどう?」


 突然、商人が両手を合わせて声を上げる。

 ふっと緩んだ空気にテナは少しだけ、マイペースで能天気な商人に感謝した。


「…どうやって?」


 テナの疑問に、商人はにっこり笑う。


「職場見学、しにいこう!」

「……職場見学?」


 ぱちりと目を瞬かせる。

 この商人と話していると、理解が追いつかないことが多すぎる、とテナは今更ながら感じていた。





 笑顔のシェラさんに見送られ、テナは大きな箒を背負った商人の男とともに教会に向かっていた。

 ちなみに、商人の背にある箒は昨日テナがもらった――というより、押しつけられたもの。

 職場見学に必要だから持ってくるようにと商人に言われたのだ。


 昨日レイが言っていた、今この町に魔法使いが来ているのはどうやら本当らしい。

 商人はテナを魔法使いの元まで連れていき、その仕事ぶりを見せてくれると言う。…なぜ箒も持っていくのかは謎だけれど。


「……本当に見せてくれるの? 危なくないの?」

「僕がいれば大丈夫さ!」


 自信満々にそう言う商人に、つい怪しげな視線を送ってしまったのは許してほしい。

 そもそも、テナはこの商人のことをよく知らない。だが昨夜、二階にあるテナの部屋の鍵の閉まった窓をあけ、宙に浮かんでいた姿からなんとなく見当をつけていた。

 あんな不思議な力を使えるのは、魔法使いしかいない。

 …やっぱりこの商人(ひと)――


「テナ!」


 こっそり商人を観察していたテナは、名前を呼ばれて周囲を見まわす。

 すると、少し離れたところからレイの母親――ローラさんが、テナの方へ走ってきた。


「ローラさん、お久しぶりです。どうしたんですか?」


 テナの前で止まったローラさんは、肩で息をしながら額からたれる汗を手のひらで拭う。

 そして、焦りの滲む顔をテナに向けると、息が整うのもまたずに口を開いた。


「レイが――!」



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