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201人目の魔箒(まほう)使い  作者: ソレナリノニート


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1/7

1.「おめでとうございまーす! なんとぉ! 君はっ、二百一人目の魔箒使いに選ばれましたぁ!!」

 


「テナー! トマトが足りないの! 急いで買ってきてくれない?」


 厨房から聞こえてきた声にテナは金色の瞳を瞬かせ、箒を動かす手を止める。

 箒を壁際に立てかけ厨房へ顔を覗かせると、緑の髪の中年女性が木箱を見下ろしながら、野菜の残りを確認していた。


「シェラさん、何個いりますか?」

「明日の朝には四箱届くから、今日一日もつくらい!」


 なら二十個あれば十分かな。

 シェラさんに頼まれたテナは、急いで市場に向かう用意を済ます。

 肩先ではねるにんじん色の髪を後ろで束ね、大きめの籠を手に取る。お金の入った麻袋は首から下げて、服の中へしまえば準備は終わり。


 手を洗ってから市場に行こうと井戸に向かう途中、シェラさんの旦那――ジークさんとすれ違った。


「買い出しか? ちゃんとお金は足りるか? …また市場で迷子になるんじゃないぞ」

「ちゃんと持ってます! さすがに市場で迷子になりませんよ…」


 もじゃもじゃのお髭を見つめていたテナの瞳が呆れた眼差しに変わる。

 首からぶら下げた紐をつまんで、ジークさんが見えるように少し持ち上げた。


「いやあ、でもあったろ? 昔お金をスられた挙句、帰り道もわからないと市場のど真ん中で泣き続けて――」

「いつまでその話するんですか! …あれから四年も経ってるんですよ、私」


 テナが頬をふくらまして顔を背けると、頭上からくぐもった笑い声が聞こえた。


「っあぁ、そうだな。お前は立派に成長している」


 包み込むような優しい声。顔を上げると、柔らかく細められた緑の瞳と目が合い、じわりと頬が熱くなる。


「……シェラさんとジークさんのおかげでね。じゃ、急がなきゃ市場が混んじゃうから。行ってきます!」


 井戸で手を洗うこともすっかり忘れ、テナは市場へと走りだした。





 市場はテナの働く食堂から、二つ通りを過ぎた場所にある。

 入り口付近は野菜や肉など食料が多く、さらに奥へ進むと、雑貨や道具などが売られている。

 あちこちから飛び交う客引きの声に気を取られ、目を向けた瞬間、走っていた子どもとぶつかった。


「わっ、大丈夫!?」


 テナはよろめく程度で済んだが、女の子はバランスを崩し、前のめりに地面に倒れ込んだ。

 慌てて女の子のそばにしゃがんで顔を覗き込む。すると、女の子が勢いよく顔を上げた。


「ごめんテナ! 前を見てなくて!」

「レイ!」


 レイは両親とよく食堂に食べに来る子で、テナより七つ下の八歳の女の子だ。


「どこか痛いところはない? ちゃんと前を見ないと危ないよ?」


 普段から妹のように可愛がっているせいか、テナは無意識にレイの頭を撫で、顔にかかる赤茶色の髪を耳にかけてあげる。


「大丈夫! もうっ…そんなに子どもじゃないから!」


 むっと唇を尖らせて顔を背けながらも、大人しく頭を撫でられる姿に笑みがこぼれる。

 そうかそうか、レイも大人ぶりたい年ごろだよね。


 つい微笑ましい気持ちで見つめていると、突然レイが何かを思いついたように「あ!」と声をあげた。


「よかったらテナも今から一緒に行かない?」

「どこに?」

「魔法使いに会いに!」


 レイの言葉に目を見開く。


「この町の教会に、魔法使いが来るの!」


 興奮気味に話すレイ。周囲にもその声が聞こえたのか、次第にざわめきが広がっていく。


「こんなとこに、魔法使いが?」

「ママー! 私も見たいー!」

「冗談だろ? 魔法使い様がこんなど田舎の町に来るわけねーって」

「ほんとだよ!」


 隣から聞こえた肉屋の店主の疑うような声に、レイが噛み付いた。


「私見たもん! 森から帰ってくる途中で、でっかい馬車とその上を箒に乗って飛んでる魔法使い!!」


 レイの言葉に再び周囲が熱をもち、目を輝かせた。

 教会へ向かって足を進める人の姿もあり、周囲にはどこか落ち着かない空気が漂う。

 顔を上げたレイがテナの腕を掴んだ。


「テナもいこう――」

「行かない!」


 語気を荒く声を張り上げ断るテナに目を丸くしたレイと目が合いはっとする。


「あ……え、と。…私は、仕事で忙しいからいいや」

「そっか…仕事じゃ仕方ないね。テナのとこのご飯は美味しいから、また行くね!」


 レイは残念そうに眉を下げたが、すぐに笑顔で手をふり駆け出した。

 小さくなっていくレイの後ろ姿を見送り、テナはゆっくりと息を吐き出し、歩みを進める。


 ――魔法使い、ね。

 周囲の様子とは裏腹に、テナの唇は皮肉げに歪む。

 頭に浮かぶのは、轟々と燃え盛る炎を見つめる一人の男の姿。

 ……魔法使いなんて、大嫌い。



「……あ、通り過ぎちゃった」


 気づけば野菜売り場を過ぎてしまい、雑貨などがたち並ぶ場所まで来てしまった。

 急いで戻ろうとふり返ったテナの視界に、ふと地面に置かれた()()が目についた。

 それは、大人の背丈ほどある大きな箒だった。


 こんなに大きな箒は初めて見た。

 つい興味を惹かれたテナは、箒が寝かせられた目の前の地面にしゃがみ込む。

 年季の入った美術品のような雰囲気。黒みを帯びた茶色の柄の部分は、テナの片手では持てないほど太い。柄の部分よりも少し色褪せた穂は、頑丈そうな細めの枝。


 ふと、ちょうど今朝使っていた箒の穂があちこちに跳ねていて、掃除に時間がかかることを思い出す。

 …新しい箒は欲しいけど、これは見るからに高そうだし両手で持つ必要があるから使いにくそう。


 観察に満足して立ち上がろうとすると、それまで静かにテナを見ていた露店商人が口を開いた。


「ねえ、そこの君。この箒が気になるの?」

「え…はい。とってもかっこいい箒だと思います」


 突然声をかけられたことに驚き、戸惑いながらもテナがそう言うと、商人は目ぶかに被っていたフードをぱさりと外した。

 柔らかな茶髪に、きらきらと輝く赤い瞳が印象的な男だ。


「そうだろうそうだろう! なんたってこれはあの方が…げふんげふんっ…失礼。これはとある天才職人が作った、最高傑作の箒なんだ!」

「…はあ、?」

「四千年以上も前に作られたというのにこの美しさ、この輝き…! 数多の命が蓄えられたこの箒は、まさに神が作ったまほ…っげふんげふん。……まあ、君はこの素晴らしき出会いに感謝して、一度その箒を手に取るといい」

「……」


 ……どこから突っ込めばいいのか。

 魔法使いで興奮するレイより、教会に通い詰める魔法使い信者のような崇拝ぶり。……しかも、箒に。

 今もさあさあ、とテナに箒を勧めながら、その赤く潤んだ瞳は箒に固定されている。


 様子のおかしな商人に、テナは口元を引き攣らせながらも考える。

 この箒が気になっていたのも確かだし、この商人は触ったからといって押し売りするようにも見えない。

 なら、せっかくだし触らしてもらおう、とテナは右手を箒に伸ばした。


 そっと柄に触れると、でこぼことした感触はあるものの、思ったより表面はつるつるしている。

 そのまま箒を右手で軽く握りしめ――バチッ


「いたっ!?」


 手のひらから身体中に走る強い痺れ。

 思わず尻もちをついたテナは、そのまましばらく動けなかった。

 咄嗟にじんじんする右手のひらを確認するが、特に怪我は見当たらない。


 ……なに、今の?

 唖然とするテナに、商人の驚きを含んだ声が聞こえた。


「――やっと見つけた」


 顔を上げると、赤い瞳を細めた商人と目が合う。


「ねぇ、よかったらその箒、君が貰ってくれないかい?」

「え…?」


 困惑するテナに、商人は続ける。


「もちろんお金はいらない。ただ、大切に使ってくれればそれでいいから」


 …あ、怪しすぎる。

 必要ないとテナは断るが、商人は譲らなかった。


「い、いりません…」

「そう言わずに! どうか!」


 商人は食い下がり続ける。

 それでも首を横にふると、突然商人はしょんぼりと肩を落とし、沈んだ声で話し始めた。


「実はこれ、僕の主人の遺品でね。君なら大切にしてくれると思ったから…」


 俯き目頭をおさえる商人に、テナは言葉を詰まらせる。

 その間も、亡き主人との思い出を語り続ける商人。涙ながらに語る商人の口は止まる様子がない。


 ――数分後、とうとうテナは折れた。


「……たいせつに、使います」


 商人の顔がぱあっと輝く。その笑顔につられ、テナの口元も自然と緩んだ。

 箒を持ってみるとテナの背丈よりも長いが、見た目ほど重さはないようでほっとする。


 箒の柄の真ん中あたりに黒い紐がぐるぐると巻かれていて、長く垂れた紐を肩へ回し、胸元で結べば背負えるようだ。


 タダでもらうのは申し訳ないので、せめてお礼ができればとテナが働く食堂を伝え、にこにこと満面の笑みを浮かべる商人に背を向けた。





 ――その日の夜。

 テナの寝ている二階の角部屋の窓が、ぎしぎしと音を立てた。


 物音で目が覚めたテナは窓へ顔を向け、うっすらと目を開ける。


「おめで……」

「…………っぅぎゃぁぁあああ!!」


 目の前の光景に、一瞬で眠気が吹き飛んだテナが叫び声を上げた。


 鍵を閉めていたはずの、全開に開いた窓。そして月明かりに照らされる、真っ黒のローブを着た怪しい男。


 テナの部屋は二階だ。窓の外には登れる木もない、見晴らしのいい部屋だ。

 つまり、窓のすぐ外にいる男は浮いている。

 男がテナを見つめ、再び口を開いた。


「おめ……」

「ぎゃぁぁあああ!!」

「……」


 パニックで叫び続けるテナに、男が大きくため息をはく。


「……はぁ、これだからヴィリストは」


 靴底を窓枠に乗せ部屋に入ると、黒い手袋をした指をテナの方へ向け、さっと横へはらった。


「っ!? …!」


 とたん、テナの口から声が出なくなる。はくはくと動く口から漏れ出るのは空気だけ。

 ますます混乱するテナの目の前に、今朝、商人からもらった箒がふわりと飛んできた。



「おめでとうございまーす! なんとぉ! 君はっ、二百一人目の魔箒まほう使いに選ばれましたぁ!!」



 静まり切った部屋に、ぱちぱちぱち…と、手を叩く乾いた音が鳴り響いた。





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