13-第3話:ほっこり解明と、夏の夜の星空お茶会
第3話:ほっこり解明と、夏の夜の星空お茶会
【PM 11:55 | 港町ポルトー・冒険者ギルド「潮風の錨亭」宿直室】
「オイ〜〜〜〜テ〜〜〜〜ケェ〜〜〜〜〜〜……!!」 「オ菓子ヲ……オイ〜〜〜〜テ〜〜〜〜ケェ〜〜〜〜〜〜ッッ!!」
ギルド宿直室の窓の外、屋根の上、そして廊下の闇の奥から、地獄の底からの怨霊の叫びのような不気味な声が幾重にも重なって響き渡っていた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ! 降参だばい! もう参っただばい! 怪談なんて二度とやらないだばいーッ!!」 津軽弁の弓手ヤンが、涙と鼻水で顔をグチャグチャに濡らしながら、ひよりの作業着の裾にすがりついて絶叫した。
「堪忍してぇぇぇッ! ひよりちゃんの呉の呪い、ぶち恐ろしいわぁぁぁッ! 俺の持っとる干し肉も銅貨も全部置いていくから、命だけは助けてぇぇぇッ!」 調子乗りな関西弁の盗賊トニも、泡を吹きそうな顔でひよりの背中に抱きつき、ガクガクと全身を震わせている。
「う、うおぉぉぉぉぉんッ! 母ちゃん! 母ちゃぁぁぁんッ! 俺はまだ死にたくたいぇぇぇぇッ!」 九州弁の暴れ獅子こと剣士マルコに至っては、プライドも何もかも投げ捨て、大剣を放り出して畳にひれ伏し、子供のように大声をあげて号泣していた。
三人組のパニックは、まさに限界突破の頂点に達していた。
「ちょっとみんな! 落ち着いてみぃね! 誰も命なんか取らんし、呪いなんかじゃないけぇ!」
ひよりは呉弁で呆れ顔になりながら、手元にあったランタンのつまみを回して光量を一気に引き上げた。パッと明るい黄金色の光が部屋全体と、開け放たれた窓辺、そして廊下を優しく照らし出す。
「ほら! 幽霊なんかおらんよ! 窓の外も部屋の中も、よぉ見てみぃね!」
ひよりがランタンの光を向けると、そこには三人組が想像していた恐ろしい亡霊や悪魔の姿など、影も形もなかった。
畳の上で繰り広げられていたのは、拍子抜けするほど平和で、あまりにも可憐な「小さな妖精たちのお遊び」だった。
数匹……いや、十数匹もの透明でぷにぷにした「港の海の精霊たち」が、部屋の中に押し寄せていたのだ。 一匹は三つ仕切りバケツの洗三に湧き水を貰って「ぽや〜♪」とお腹を膨らませて転がり、別の数匹は朱色と黄色のモコモコカバーを着たトタン湯たんぽの『ぬくもり』の上に重なるようにして乗っかり、「ぽやぁぁぁ〜〜♡」と温もりに骨抜きにされてデロデロに溶けていた。
さらに別の精霊たちは、神刀の紅緒の朱色の袴の裾を引っ張って「ぽやぽや!(お姉ちゃん遊ぼ〜!)」とおねだりし、裁縫用糸切りバサミの糸吉が繰り出す光の糸に「きゃっきゃっ!」と飛びついて遊んでいたのだ。
そして、窓の外や廊下で「おいてけぇ〜!」と大合唱していた精霊たちも、ひよりの語った呉の怪談のフレーズが気に入っただけで、ひよりたちの手元にある「甘いお菓子」が欲しくて、一生懸命に覚えたての言葉を真似していただけだったのだ。
「ぽや〜っ! オイテケ〜っ! オ菓子オイテケ〜っ♪」
精霊の一匹が、ひよりの膝の上にぽんっと跳び乗り、短い手をバタバタさせておねだりポーズを決めて見せた。
「……え?」
押し入れの陰や畳の上にひれ伏していた冒険者三人組の動きが、ピタリと止まった。
マルコが号泣で真っ赤になった目をこすり、ヤンが鼻水をすすり、トニがぽかんと口を開けて、ランタンの光に照らされた光景を凝視する。
「な……なんだばい……? 幽霊じゃ……ないだばか……?」 ヤンが引きつった声を漏らす。
「お、怨霊の叫びじゃなくて……このちっちゃいぷにぷにが、お菓子を欲しがって鳴いてただけなんか……!?」 トニが脱力して、ペタンと床に腰を抜かした。
九州弁のマルコは、自分が大号泣して母ちゃんを呼んでいたことに気づくと、一瞬で顔面をリンゴのように真っ赤に染め上げた。
「な……な、なんたい……! 俺は最初から分かっとったたい! この海の精霊たちがイタズラしておるだけだと、最初から見抜いておったたい……! 泣いてなんか……泣いてなんかおらんたい……ッ!」
マルコが必死で涙を拭いながら強がってみせるが、ひよりは「あはは! マルコさん、さっき『母ちゃん助けてぇ』って絶叫しとったじゃん!」と呉弁で容赦なく突っ込んだ。
「うぐぅぅぅッ! 言うなたいひよりちゃん! 男のプライドが丸潰れたいぇぇぇッ!」
宿直室の中に、ドッと温かな爆笑の渦が巻き起こった。 恐怖は一瞬にして吹き飛び、蒸し暑い熱帯夜の気配すらも、さわやかな潮風とともに心地よく和らいでいったのだった。
【AM 00:30 | 飯蔵の特製夜食と『冷やし白玉ぜんざい』】
「カッカッカ! 皆々様、恐怖の大騒ぎでさぞやお腹が減ったことでございましょうぞ!」
ギルドの厨房から、特大木製しゃもじの付喪神・飯蔵が、大童の姿で重厚な木箱を抱えて戻ってきた。
「飯蔵! お夜食作ってくれたんかいね!?」 ひよりが目を輝かせると、飯蔵は胸をドカンと叩いて豪快に笑った。
「もちろんでございます、ひより様! 本日の真夜中の甘味は……冷たさと甘さで疲れた体と冷や汗を吹き飛ばす、特製『冷やし白玉ぜんざい』でございますぞ!」
大鉢の中に盛り付けられていたのは、洗三が汲んできた清らかな超冷水でキュッと締められた、ツルツルと輝く真っ白な白玉団子。そこへ、北海道産の極上小豆をじっくりと煮詰めた冷たい甘さ控えめの小豆あんがたっぷりと掛けられ、彩りに塩茹での赤エンドウ豆と、小さな氷の粒が散りばめられていた。
「うわぁぁぁぁぁ……! ぶち美味そうじゃんかぁぁぁッ!」 ひよりが呉弁で歓声を上げる。
「う、美味そうだばい……! 恐怖で冷や汗をかきすぎて、甘いものが欲しくてたまらなかったんだばい!」 ヤンがハシとスプーンを手に身を乗り出す。
「よし! 精霊ちゃんたちにも、おすそ分けじゃね!」
ひよりは小さな木皿に白玉団子と小豆あんを取り分け、膝の上の海の精霊たちの前に置いてあげた。
精霊たちは興味津々で木皿を覗き込み、ぷにぷにの手で小さな白玉団子を摘んで、パクリと口に運んだ。
モグモグ……。
一秒の静寂の後——
「ぽやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ♡♡♡」
精霊たちの全身が、まるで星くずのようにピカピカと虹色に発光した! モチモチとした白玉の食感と、小豆の優しい甘さに大感激したらしく、精霊たちは「ぽやぽや〜! ぽやぽや〜!」と狂喜乱舞して手を取り合い、くるくるとダンスを踊り始めた。
「ハハハ! 喜んどるでぇ! このぷにぷに、ほんまに可愛いやないか!」 トニも白玉ぜんざいを一口頬張り、「うっま!! 小豆が冷たくて、白玉がプリプリで最高や!」と大絶賛した。
マルコもヤンも、冷たいぜんざいを夢中になってかき込み、一瞬で鉢を空にしてしまった。
「う〜ん! 飯蔵のぜんざいは最高じゃね! 白玉がモチモチしてぶち美味しいわぁ!」 ひよりもうれしそうに頬を緩ませ、冷たい白玉の味に舌鼓を打ったのだった。
【AM 01:15 | 天球儀ステラの星空投影と、呉弁の合唱】
お腹がいっぱいになり、すっかり打ち解けた冒険者三人組と、海の精霊たち、そして付喪神たち。
部屋の燭台の明かりを少し落とすと、手のひらサイズの天球儀の付喪神・ステラが、ふわりと宿直室の中央の天井近くへと舞い上がった。
『皆様……冷たい甘味の後は、夏の夜の星空をお楽しみください』
ステラの透明な水晶体から、清らかな青と黄金の光線が放たれた。 次の瞬間、宿直室の天井と壁一面に、ポルトーの夜空に輝く満天の「立体星空図」と、光る星くずの粒子が美しく映し出されたのだ!
「うわぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!」
ひよりからも、マルコからも、ヤンからも、トニからも、感嘆の吐息が漏れた。
部屋全体が、まるで宇宙の真ん中に浮かんでいるかのような幻想的な空間へと変貌を遂げる。 光る星くずの粒子がフワフワと降り注ぎ、海の精霊たちは「ぽや〜っ☆」と歓声を上げて、星の光を追いかけるように空中をポコポコと跳ね回った。
「ステラ……ぶち綺麗な……。まるで呉の休山から見下ろした夜景みたいじゃわぁ……」 ひよりが膝の上でぬくもりを抱きしめながら、呉弁でうっとりとつぶやく。
すると、精霊の一匹がひよりの肩の上にちょこんと乗り、ひよりの顔を覗き込んで言った。
「ブチ・キレイ・ジャネ〜♪」
「えっ? あはは! うまく呉弁言えたねぇ!」 ひよりが笑うと、他の精霊たちも一斉に真似をし始めた。
「ブチ・キレイ・ジャネ〜♪」 「オイテケ〜♪ ブチ・ウマイ・ジャネ〜♪」
精霊たちが可愛らしい声で呉弁のフレーズを楽しそうに大合唱すると、部屋の中に再び明るい笑い声が弾けた。
九州弁のマルコが、冷えたお茶を飲みながら満足そうに背もたれに寄りかかった。
「……ハッ。最初は怪談でひやりとするつもりだったが……最後はこんなに温かくて綺麗な夜になるとは思わんかったたい」
「そうだばいね……。怖かったばってん、最高に楽しい夜になっただばい」 ヤンも笑い、トニも「ひよりちゃんと付喪神たちにおったら、どんな怪談もコメディになってまうな!」と笑い飛ばした。
【AM 02:00 | 夏の夜の終わりと、静かな潮騒】
夜風が少しだけ冷たさを帯び、宿直室の窓から心地よく吹き抜けていく。
すっかり満足した海の精霊たちは、洗三やステラ、ひよりに「ぽや〜♪(また遊ぼうね〜!)」と手を振りながら、窓の外の静かなポルトーの海へと帰っていった。
冒険者三人組も、「ひよりちゃん、宿直がんばってな!」「お邪魔しただばい!」と爽やかな笑顔で手を振り、自分の部屋へと戻っていった。
静けさを取り戻した宿直室。
ひよりは、畳の上に座り直し、職人街で買い求めた高級生漉き和紙と、文机の硯水から借りた極上松煙墨を取り出した。
朱色と黄色のモコモコカバーを着たトタン湯たんぽの『ぬくもり』が、足元でポカポカとした優しい熱を伝えてくれている。
ひよりは、今夜の楽しかった出来事を思い浮かべながら、故郷のパパとママへ向けて日記を優しく書き始めた。
【天照ひよりの異世界冒険日記〜夏の夜の怪談お茶会〜】
パパ、ママへ。
今日はギルドの宿直のお仕事じゃったよ! 途中で近所の冒険者さんたちが遊びに来て、みんなで「怪談大会」をしたんよ。
最初はぶち恐ろしい足音や黒髪の幽霊が出た思うて、マルコさんたちが泡を吹いて倒れそうになったんじゃけどね…… 実は全部、港の可愛い「海の精霊ちゃんたち」のイタズラじゃったんよ!
うちが呉の『おいてけ掘り』のお話をしたら、精霊ちゃんたちが気に入って「おいてけぇ〜」って呉弁を真似し始めてぶち可愛かったよ。 最後は飯蔵の作った冷やし白玉ぜんざいをみんなで食べて、ステラの星空を見ながらお茶会をしたんよ。
怖かったけど、ぶち笑って、ぶち温かい夏の夜になったよ。 明日もポルトーの街で、みんなと元気に過ごすけぇね!
ひよりより
日記帳を大切に仕舞うと、ひよりはそっと大きなあくびを噛み殺した。
「ふぁぁ……今日はよく笑ったけぇ、ごっつう眠くなってきたわぁ……」
「ひより様、どうぞお横になってください。朝まで私どもがお守りいたします」 神刀の紅緒が朱色の袴を静かに揺らし、ひよりの肩に柔らかい毛布をかけてくれた。
竹千代が「室温・湿度ともに適正値。快適な睡眠環境であります」と囁き、おみくじ箱がカコンと優しく音を立てる。
「みんな……ありがとね……おやすみ……」
窓の外からは、港を優しく包み込む穏やかな潮騒の音が聞こえていた。
広島呉弁の少女・天照ひよりと、愛おしくも頼もしい八百万の付喪神たち。 怖くて、おかしくて、そして何よりも温かなポルトーの夏の夜は、満天の星空とともに、静かに、そして優しく更けていくのであった。




