13-第1話:熱帯夜の宿直室と「首なし海賊の足音」
第1話:熱帯夜の宿直室と「首なし海賊の足音」
【PM 09:00 | 港町ポルトー・冒険者ギルド「潮風の錨亭」宿直室】
じっとりと肌にまとわりつく湿気と、波止場から吹き込む生ぬるい夜風。ポルトーの街は、風も途切れがちな蒸し暑い熱帯夜を迎えていた。
「ふぁぁ〜〜あ……あつぅ……。ポルトーの夏も、呉に負けんくらい蒸し蒸しするねぇ」
ひよりは畳敷きの宿直室の真ん中で、パタパタと扇子を仰ぎながら呉弁でつぶやいていた。
今夜はギルドの夏期特別警戒として、ひよりが「宿直警備」を担当する日だ。部屋の隅では、三つ仕切りバケツの洗三が冷たい湧き水をなみなみと湛え、昭和レトロなトタン湯たんぽのぬくもりはカバーを脱いで涼しげに横たわり、手のひらサイズの天球儀ステラがフワフワと部屋の天井近くを漂っていた。
そこへ——
バタンッ!
宿直室の扉が勢いよく開かれ、ガチャガチャと音を立てて三人組の若手冒険者たちがなだれ込んできた。
「ひよりちゃーん! あまりの暑さに耐えかねて、涼みに来たばい!」
大声を上げたのは、腰に大剣を差した強がりな九州弁の剣士・マルコだ。その後ろから、細身の弓を抱えた小心者な津軽弁の弓手・ヤンと、薄着の革鎧を着た調子乗りな関西弁の盗賊・トニが、汗だくの顔でズルズルと入ってくる。
「お邪魔するで〜! ギルドの部屋の中で、ひよりちゃんところが一番涼しそうやったからな!」
「外は風がなくて死にそうだばい……ん? ひよりちゃん、今夜は宿直だばか?」
ひよりは扇子をパタと閉じ、呉弁で苦笑いした。
「ほうよ。うち今夜はギルドのお泊まり警備なんよ。三人とも、そんなに汗だくになってどしたん?」
「へへっ、決まっとるやろ!」 トニがニヤリと口の端を上げ、胸を張った。
「この熱帯夜を吹き飛ばす最高の方法……それは『怪談大会』や! 怖い話を聞いてヒヤッとしたら、エアコンがなくても一気に涼しくなるんやで!」
「えぇ〜〜っ、怪談話ぁ……? うち、おばけはちょっと苦手なんじゃけど……」
ひよりが少し身を引くと、九州弁のマルコが豪快に自分の胸をドカンと叩いた。
「ガハハハ! ひよりちゃん、心配はいらんたい! この俺、九州の暴れ獅子マルコ様がついとる! 幽霊やら化け物やらが出たら、俺の大剣が一刀両断にしてやるけん、安心して聞いておけばよかっ!」
「マルコ、威勢がいいのは最初だけだばい……」とヤンがボソッと呟いたが、マルコは「うるさいたい!」と一蹴し、部屋の中央にどっかりとあぐらをかいた。
「よし! ほんならトップバッターは俺がいかしてもらうたい! ポルトーの港に昔から伝わる、本物の恐怖の怪談……『首なし海賊のドスドスという足音』の話たい……!」
【PM 09:30 | マルコの怪談と、忍び寄る重い足音】
部屋の燭台の明かりが、ゆらゆらと怪しく揺れる。 マルコは声を低く落とし、身乗り出しながら九州弁で語り始めた。
「……あれはな、月も出らん暗い嵐の夜のことたい。このポルトーの東波止場に、かつて処刑された伝説の海賊『悪魔のバルバロッサ』の亡霊が出るとよ……」
「バルバロッサ……だばか?」ヤンがごくりと生唾を呑み込む。
「そうたい。奴は頭を切り落とされて海に捨てられたけん、『自分の首』を探して今でも夜な夜な波止場を彷徨っとると。その足音がな……普通の足音じゃなか……」
マルコはギロリと部屋を見回し、おどろおどろしい声で囁いた。
「片足が義足の木足になっておるけん……板張りの廊下を歩くたびにな……『ドス……ドス……ドス……』っちゅうて、腹に響くような重〜い足音を立てて近づいてくるとよ……! そして、部屋の扉をギィッと開けて……『俺の……首は……どこだぁぁぁ……』っちゅうて……!」
「ひえぇぇ……ぶち怖いやんかぁ……」 ひよりが思わず抱きかかえた『ぬくもり』に顔をうずめる。
マルコがドヤ顔で「どうたい! 涼しくなったろ!」と言い放った、まさにその瞬間だった。
——ドス……。
「……ん?」 トニの動きがピタリと止まった。
——ドス……ドス……。
宿直室の外、誰もいないはずの暗い廊下の奥から、地響きのような重く不気味な足音が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる音が響いてきたのだ!
ドス……ドス……ドス……ッ!!
「「「「……!?????」」」」
部屋の中の全員の血の気が、一瞬で引いていく。
「ま、マルコ……お、お前……仕込みのカラクリか何かだばか……!?」 ヤンの声がガタガタと震え、弓を握る手が激しく動揺している。
「し、知らんたい! 俺は何も仕込んでなか……ッ! 冗談抜きで誰もいらんはずたい……ッ!」 さっきまで大口を叩いていたマルコの顔面が、みるみるうちに蒼白になっていく。
ドスッ……!!
足音が、宿直室の扉のすぐ目の前でピタリと止まった。
静寂。
ギィィィィィッ……。
木製の扉が、手前にゆっくりと開いていく——。
「「「「ひぃぃぃぃぃぃぃぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!???」」」」
「出たばいぁぁぁぁッ! 首なし海賊が出ただばぁぁぁぁッ!!」 「マミーーッ! 助けてぇぇぇぇッ!!」
マルコ、ヤン、トニの三人組は白目を剥いて叫び声を上げると、重なるようにして将棋倒しになり、部屋の押し入れの中へ「ギャーッ!」と崩れ落ちていった!
【PM 09:45 | 扉の向こうの正体と、ほっこりお友達】
「きゃあぁぁぁぁっ!?」
ひよりが目をぎゅっと瞑って『ぬくもり』を盾に構えていると、開いた扉の足元から、プルプルとした可愛らしい水音が聞こえてきた。
「ぽや? ぽや〜〜っ♪」
「……え?」
ひよりが恐る恐る目を開けると、そこに立っていたのは、恐ろしい首なし海賊などでは全くなかった。
そこにいたのは、背丈三十センチほどの、全身が透明な海の波の泡とクラゲでできた、ぷにぷにした質感の**「小さな港の海の精霊(波の妖精)」**だった!
精霊は、三人組が話していた「首なし海賊」の姿を真似しようとしたらしく、自分の頭の部分を水の中にひょこっと隠し、手にした小さな貝殻を床に「ドス! ドス!」と打ち付けて足音を再現していたのだ。
そして、ひよりたちの驚く顔を見るなり、首(頭)をポコッと水の中から突き出し、両手を腰に当てて「どやぁ〜〜っ!」と言わんばかりの誇らしげなポーズを決めた!
「ぽやぽや〜っ!(どう? 怖かった〜!?)」
「……なぁんだぁぁぁぁっ! び、ぶち驚いたわぁ〜〜〜ん!」
ひよりは膝から崩れ落ち、ほっと大きな溜め息をついた。
すると、部屋の隅にいた三つ仕切りバケツの洗三と、天球儀のステラが目輝かせて駆け寄ってきた。
「うわぁぁぁ! ちっちゃくてプルプルしてて、ぶち可愛い〜〜っ!」 洗三がバケツを揺らして大喜びする。
『ふふっ、この子は港の潮風と波の泡から生まれた、悪戯好きな海の精霊さんですね! 悪意は全くありませんよ!』 ステラが可憐に宙を舞い、精霊の周りをくるくると旋回した。
精霊は洗三とステラを見ると、嬉しそうに「ぽや〜っ♪」と手足をバタバタさせた。
「君、喉が渇いてるの? 洗三の美味しい冷たい湧き水、あげるね!」 洗三がバケツから清らかな湧き水を汲んであげると、精霊は「ぽやぁぁぁ♡」と大歓声を上げて湧き水をゴクゴクと飲み干し、身体をさらにプリプリと輝かせた。
すっかり洗三とステラ、そして精霊は意気投合し、部屋の真ん中で「ポコポコ」「ぽやぽや」と楽しそうに手を取り合ってダンスを踊り始めたのだった。
【PM 10:00 | 押し入れの中の恐怖は続く】
「ひよりちゃん……生きてるだばか……? 俺たち、もう食べられちゃっただばか……?」
押し入れの布団の隙間から、ガタガタと震えながらヤンが半泣きで顔を覗かせた。
「ヤンさん、大丈夫よ! 海の精霊ちゃんがイタズラで足音を真似しとっただけじゃけぇ!」
ひよりが笑いながら手招きするが、恐怖でパニックになった三人組の耳には届かない。
「アカン……ひよりちゃんが幽霊に洗脳されて笑顔になってるでぇぇっ!」 「ひぃぃぃっ! 次は俺たちの番だばいーッ!」
マルコたちは押し入れの奥へさらにスクラムを組んで縮こまり、「南無阿弥陀仏! 神様仏様ポルトー様ーッ!」と意味不明な悲鳴を上げ続けるのだった。
可愛い海の精霊と、震え上がる冒険者たち。 熱帯夜の宿直室で繰り広げられる少しおかしな怪談大会は、まだまだ始まったばかりであった。




