12-第3話:潮の嫌がらせと「肉じゃが」
【本日の呉料理:『呉発祥の肉じゃが(甘辛醤油煮)』】
深夜作業の合間、焚き火を囲んで食べる温かい肉じゃが。ホクホクのじゃがいもと牛肉、糸コンニャクに味がしっかり染み込んだ甘辛い故郷の味が、職人たちの冷えた心と身体を芯から温める。
第3話:潮の嫌がらせと「肉じゃが」
【PM 11:00 | ポルトー南海岸・新防波堤建設現場】
工事も中盤戦に差し掛かったある夜。ポルトーの南海岸は、静まり返った漆黒の闇と冷たい海風に包まれていた。
「くそっ……! 干潮の引潮に合わせて土台を組もうとしとるのに、石組みが波で削られて崩れそうになっとるばい!」
石工頭のダン吉が、松明の火に顔を赤く照らしながら焦りの声を上げた。
さらに悪質なことに、潮の満ち引きに乗って波間に潜む小さな悪戯魔物『潮ウニ(トゲトゲ・シーアーチン)』の大群が押し寄せ、積み上げた石材の隙間にびっしりと巣を作ろうと邪魔を立てていたのだ。
「ギシャシャッ! ココハ俺タチノ巣ダァ!」
潮ウニたちが吐き出す滑りやすい粘液のせいで、石組みの固定がうまくいかず、このままでは明日の満潮で土台ごと崩落してしまう危険があった。
「みんな、落ち着いて! 深夜の干潮はあと二時間が勝負じゃ! 今夜のうちに土台を補強して、潮ウニたちには出ていってもらおうかいね!」
作業着の袖をまくり上げたひよりが、力強い呉弁で現場の職人たちを鼓舞した。
【AM 00:30 | 深夜の緊急補強作業と付喪神たちの真価】
「ステラ、暗闇を照らしてつかぁさい!」
『はい、ひより様! わたしに任せてください!』
手のひらサイズの天球儀の付喪神・ステラが夜空へと舞い上がった。ステラの天球儀から放たれる柔らかな真昼のような「黄金の星光」が、真っ暗な現場と足元の海底を隅々まで明るく照らし出した。
「うわっ……! 昼間みたいに足元がはっきり見えるだばい!」
「これで深夜でも安全に石を組めるたい!」
さらに、石材の隙間に群がる潮ウニたちに向かって、朱色の袴を纏った神刀の紅緒がしなやかに舞い降りた。
「ひより様のお仕事の邪魔をする不届き者……刃を向けるまでもありません!」
紅緒は刀を鞘に納めたまま、流れるような体さばきで鞘の柄頭を使い、石の隙間の潮ウニたちを傷つけることなく「トントンッ!」と手際よく追い払っていく。精密な牽制によって、潮ウニたちは「ギギャッ!?」と悲鳴を上げて沖合へと逃げ出していった。
「よし! 今じゃ! 一気に親石を打ち込むぞ! そーれ、はいやーっ!」
ひよりと職人たちが呼吸を合わせ、重い補強石をピッタリと隙間に打ち込んでいく。
作業が一段落した頃、潮風による冷え込みが職人たちの体温を奪い始めていた。手の指先が寒さでかじかみ、金槌を握る手も震え始める。
その時、ひよりのリュックから、朱色と黄色のモコモコカバーを着たトタン湯たんぽの『ぬくもり』がぽんと飛び出した。
『職人の皆様、私めのぬくもりをお使いくだされ!』
ぬくもりがポカポカとした優しい熱を放ち、ひよりが「ほら、ダン吉さん、手をお当てぇね」と渡してまわった。
「あぁぁ……! なんて温かいんだばい……! 凍えそうだった指先にじんわり熱が戻ってくるだばい……!」
「ありがたい……これでまた力が湧いてきたたい!」
職人たちはぬくもりの熱で手を温め、無事にすべての緊急補強作業を完了させることができたのだった。
【AM 02:00 | 深夜の焚き火と飯蔵特製『呉の肉じゃが』】
補強作業を終え、海岸に炊かれた大きな焚き火の周りに、疲れ切った職人たちとひよりが腰を下ろした。
「カッカッカ! 深夜の激闘、本当にお疲れ様でございます! 冷え切ったお身体を芯から温める、極上の深夜飯ができましたぞ!」
大童の姿となった木製しゃもじの飯蔵が、大鍋から立ち上る醤油と出汁の甘辛い香ばしい湯気とともに現れた。
「うわぁぁ……! ぶちええ匂いがするわぁ!」
ひよりが目を輝かせると、飯蔵が大鍋の蓋をパッと開けた。
「本日の深夜飯は、ひより様の故郷・呉が発祥とされる伝統の味『呉の肉じゃが(甘辛醤油煮)』でございます!」
大きな木鉢に取り分けられたのは、出汁が中心までじっくり染み込んで黄金色に輝く大きなホクホクのジャガイモ、旨味たっぷりの牛肉、味の染みた糸コンニャク、そして甘みのあるタマネギだ。
「肉じゃが……!? ジャガイモと牛肉を醤油で煮込んだ料理だばいね?」
石工頭のダン吉が、湯気立つジャガイモをハシでつついて口に運んだ。
次の瞬間、ダン吉の表情がとろけるように和らいだ。
「ほ、ほっくり……! 旨味が中に凝縮されておるだばい……!!」
出汁と甘辛い醤油の味がジャガイモの芯までしっかり染み込んでおり、口の中でホロホロと崩れていく! 牛肉のコクとタマネギの甘みが一体となり、冷え切った身体の奥底までジワ〜ッと優しい温もりが広がっていくのだ。
「美味い……美味すぎるばい! この甘辛い味が、疲れた身体に染み渡るたい!」
大工頭の源造も夢中になってハシを動かし、ホクホクの肉じゃがを一口で頬張った。
ひよりもうれしそうに肉じゃがを口にし、「んん〜〜っ! これこれ! 呉の肉じゃがは、お醤油の甘辛さと牛肉の旨味が最高なんよ!」と満面の笑顔を浮かべた。
「飯蔵殿、呉の肉じゃがには何か特別な歴史があるのですか?」
文机の硯水が尋ねると、飯蔵が髭を揺らして誇らしげに語り始めた。
「カッカッカ! さようでございます! かつて呉の海軍鎮守府に着任した名将が、イギリスで食べたシチューの味を再現しようと料理長に命じたのが始まりと言われておりますぞ! 当時はワインやバターが手に入らなかったため、日本の伝統である醤油と砂糖とみりんで煮込んだ結果、この『甘辛い肉じゃが』が誕生したのです!」
「洋食を日本の味で再現した料理……! だからこんなにも懐かしくて温かいんだばい!」
ダン吉は大粒の涙をこぼし、「おかわりだばい! お肉もジャガイモもおかわりくれだばい!」と鉢を差し出した。
【AM 04:00 | 勝利の静寂と朝焼けの予感】
甘辛い肉じゃがでお腹を満たし、すっかり温まった職人たちは、無事に守り切った防波堤の土台を見つめて満足そうに息をついた。
東の地平線がかすかに白み始め、静かな潮騒が夜明けの訪れを告げている。
「ひよりちゃん……そして付喪神のみんな。今夜はあんたたちが居なかったら、防波堤の土台は海の底に沈んでただばい。本当にありがとうだばい」
ダン吉が心からの感謝を込めて頭を下げた。
「ううん! ダン吉さんや源造さん、みんなが諦めずに一緒に頑張ってくれたけぇよ! 防波堤、ぶち頑丈になったね!」
ひよりが呉弁で元気に微笑むと、朱色の袴の紅緒やステラ、ぬくもり、そして付喪神たちも誇らしげに顔を見合わせ合った。
夜明けの波音の中、新防波堤の現場には、どんな荒波にも負けない強い絆と温かな誇りが、静かに、そして確かに息づいていたのだった。




