12-第2話:時化の予感と「海軍カレー」風
【本日の呉料理:『呉海軍カレー』】風
力仕事の職人たちにスタミナをつけてもらうため、飯蔵が大きな鍋で煮込んだ特製カレー。じゃがいもや牛肉がゴロゴロ入った濃厚でスパイシー&フルーティーなカレーに、職人たちが白飯をおかわりしまくる!
第2話:時化の予感と「海軍カレー」風
【AM 08:30 | ポルトー南海岸・新防波堤建設現場】
工事が始まってから二週間。 新防波堤は海に向かって着実にその姿を伸ばしていたが、現場の空気は初日の活気とは打って変わり、重くピリピリとした緊張感に包まれていた。
「おい! その石の置き方、ズレとるばい! しっかり見んか!」 「なん言いよるとか! 潮が速くて足場が滑るけん、仕方なかろうが!」
連日の過酷な石材運びと慣れぬ立ち仕事で、職人たちの蓄積した疲労はピークに達していた。さらに悪いことに、沖合の空にはドロリとした低い雲が広がり、波頭を白く泡立たせる嫌なシケ(時化)の風が「ヒュウゥゥ」と吹き始めていた。
「風速毎秒一二メートル。気圧も下がっております。今夜から明日にかけて強い時化が来ますな」 竹定規の竹千代がカチリと音を立てて警告する。
「みんな疲れとるし、イライラして怪我でもしたら大変じゃわぁ……」 ひよりは呉弁でつぶやくと、作業着の腕まくりをし直した。
【AM 11:00 | 付喪神たちのサポートと、ひよりの失敗談】
ひよりは職人たちの安全を守るため、現場の誰よりも泥まみれになって動き回った。
「みんな、足元に気を付けてね! 散らかった木くずや石ころはうちが片付けるけぇ!」
ひよりが汗を流して現場を清掃する横で、裁縫用糸切りバサミの糸吉が空を舞った。
「チョキチョキ! 糸吉の『滑り止め粘着シート網』ーッ!」
波しぶきで濡れてツルツルと滑りやすくなった石畳や足場に、糸吉がハサミから細く丈夫な粘着糸を網目状に張り巡らせていく。
「お、おい! 足がピタッと吸い付いて全然滑らなくなったばい!?」 「うわっ、転びそうになったばってん助かったたい!」
さらに、作業を終えてへたり込む職人たちの元へ、三つ仕切りバケツの洗三が元気に駆け寄る。
「みんな、お疲れ様! 洗三の『清涼・浄化お水スプレー』だよ!」
洗三が汲んできた清らかな水が、職人たちの泥だらけの手足や顔を優しく洗い流していく。ひんやりとした聖なる水が疲れた身体を癒し、職人たちの表情が少しずつ緩んでいった。
「ふぅ……ありがたいだばい。ひよりちゃんも付喪神たちも、自分たちの仕事じゃないのにここまでやってくれて……」
休憩時間、ひよりは職人たちと一緒に石畳の上に腰掛け、持ってきたお茶を飲みながら笑った。
「ううん! みんな怪我したらぶち悲しいけぇね。それにね、うちも昔、呉のお手伝いで大失敗したことがあるんよ!」
「ひよりちゃんが失敗だばか?」
「ほうよ! 小さい頃、お家の大掃除でお庭の池の掃除を手伝っとったらね、足をすべらせてバケツごと池にドボンと落ちちゃって! 助けてくれたお父さんまで道連れにして泥だらけにしてしもーたんよ!」
「ガハハハハ! お父さんまで巻き込んだんかだばい!」 「そりゃ派手にやったたいねぇ!」
ひよりが恥ずかしそうに呉弁で身振り手振りを交えて語ると、職人たちの間にドッと大きな笑い声が弾けた。ピリピリしていた現場の空気が、まるで温かな日差しが差し込んだかのように和らいでいく。
【PM 12:30 | 昼食タイム・飯蔵特製『呉海軍カレー』】
「カッカッカ! さあさあ職人の諸君! シケの寒さと連日の疲労を吹き飛ばす、本日の特製スタミナご馳走ができましたぞ!」
大童の姿となった木製しゃもじの飯蔵が、大鍋から立ち上る凄まじく香ばしい匂いとともに現れた。
「うおっ!? なんだこのたまらん匂いはだばい!?」 「香辛料の香ばしい香りが鼻を突き抜けるたい!」
職人たちがワッと群がる前で、飯蔵が大鍋の蓋を豪快に開けた。
「本日の昼食は、ひより様の故郷・呉の伝統が誇る『呉海軍カレー』でございますぞ!」
お皿いっぱいに盛られた白飯の上に、濃厚な深みのあるルウがたっぷりと掛けられていた。中には大きめにカットされたゴロゴロのジャガイモ、甘みのあるタマネギ、人参、そしてホロホロに煮込まれた極上の牛肉が惜しみなく入っている。
「海軍カレー……!? カレーってのはあの辛い料理だばいね?」 石工頭のダン吉がスプーンを取り、ルウと白飯をすくって口に運んだ。
次の瞬間、ダン吉の身体がビクッと震えた!
「う……美味い……!! なんじゃこの深いコクはぁぁぁっ!?」
一口目のスパイシーな香辛料の刺激のすぐ後に、果物や野菜をじっくり煮込んだフルーティーな甘みと、牛肉の旨味が口いっぱいに広がる! 辛すぎず、絶妙な濃密さが喉を通り抜けていく!
「美味すぎるばい! 辛さの中にコクと甘みがあって、ご飯が無限に進むたい!」 大工頭の源造も大スプーンで豪快にカレーを頬張り、一瞬で一皿を平らげてしまった。
「おかわりだばい! 飯蔵のオッチャン、ご飯大盛りでもう一皿くれだばい!」 「俺もおかわりたい! ルウをたっぷりかけてくれ!」
職人たちが我先にと大盛りのおかわりを求め、大きな炊飯鍋があっという間に空になっていく。
ひよりもうれしそうにカレーを口に運び、「んん〜〜っ! これこれ! 呉のカレーはトロッとしてお肉が大きくて、ぶち美味しいんよ!」と笑顔を弾けさせた。
「飯蔵殿、この深みのある甘みとコクは、一体どのような隠し味が?」 文机の硯水が尋ねると、飯蔵が髭を揺らして誇らしげに答えた。
「カッカッカ! 呉の海軍カレーは、各艦艇(船)ごとに独自の秘伝レシピがあるのですぞ! 本日はリンゴとハチミツ、そして隠し味に手作りのバターと牛乳を加え、丸一日かけて牛肉をトロトロに煮込んだのです! 長い航海や激しい訓練で疲れた水兵たちのスタミナを補うための、栄養満点のご馳走なのですぞ!」
「過酷な現場で働く俺たちのためのカレー……! 身体の底から熱い力が湧いてくるだばい!」 ダン吉は涙を拭い、力こぶを作ってみせた。
【PM 05:00 | シケを乗り越える強い絆】
午後、時化の風はいよいよ強まり、高い波が建設中の防波堤に打ちつけ始めた。
しかし、ひよりたちの温かいサポートと、特製カレーでスタミナをみなぎらせた職人たちの手際に、もはや迷いや焦りはなかった。
「よし! 今日の作業はここまでだばい! 資材をしっかり縛って、時化に備えるぞ!」 ダン吉の威勢のいい号令のもと、職人たちは声を掛け合いながらテキパキと養生作業を完了させた。
「ひよりちゃん、今日のおかげで誰一人怪我なく、シケの前に現場を固められたばい!」 源造が太い手でひよりの頭をなでなでした。
「うん! 明日のシケもしっかり乗り切って、最高の防波堤を作ろうね!」
ひよりが呉弁で元気に答えると、朱色の袴の紅緒や飯蔵、付喪神たちも誇らしげに胸を張った。
吹き荒れるシケの風の中、新防波堤の建設現場には、どこよりも温かく強い職人たちとひよりの絆がしっかりと根を張っていたのだった。




