12-第1話:着工の槌音と「呉のうどん」風
【本日の呉料理:『細うどん(呉風)』】
長時間の立ち仕事で疲れた職人たちとひよりのために、飯蔵が昼食に振る舞う。ゆで時間が短く、甘めの出汁がしっかり絡む柔らかい細うどん。疲れた身体にじわっと染み渡り、職人たちが「美味い美味い」と大絶賛!
第1話:着工の槌音と「呉のうどん」風
【AM 08:00 | ポルトー南海岸・新防波堤建設現場】
「カンカンカンッ!」「そーれ、引けぇぇい!」
ポルトーの南海岸には、朝早くから威勢のいい槌音と大工たちの掛け声が響き渡っていた。 荒波が打ちつける断崖沿いでは、港を冬の時化や高波から守るための巨大な「新防波堤」の建設工事——一ヶ月におよぶ大規模な公共事業が、まさにスタートを切ったところだった。
「うわぁ……! ぶちでっかい石がいっぱい並んどるねぇ!」
ひよりは作業着の袖をまくり上げ、呉弁で目を輝かせながら現場を見渡していた。 今回、冒険者ギルドから引き受けたのは、現場周辺の安全護衛と、建設に使用する石材運搬の手伝いという一ヶ月がかりの長期依頼だ。
しかし、現場に集まった職人たちは、ひよりの姿を見るなり眉をひそめた。
「おいおい……ギルドがよこした護衛ってのは、このちんちくりんな女の子とかだばい?」
腕組みをして不満げに唾を吐いたのは、石工頭のダン吉(津軽弁風)だった。その隣では、刺青入りのハッピを着た大工頭の源造(博多弁風)が、太い腕を組んでフンと鼻を鳴らす。
「そうたい。現場は重さ数トンの石が飛び交う危険な場所ばい。女の子や変な道具を連れたお嬢ちゃんに、何の役に立つっちゅうとか?」
現場の職人たちから注がれる、冷ややかで半信半疑の視線。
だが、ひよりは少しも怯むことなく、ペコリと深く頭を下げて元気に挨拶した。
「初めまして! 天照ひより言います! 今日から一ヶ月間、現場の安全を守って、石運びもお手伝いさせていただきます! うちも、うちの道具(仲間)たちも力仕事には自信があるけぇ、何でも命じてつかぁさい!」
「む……」
丁寧で爽やかな挨拶に、源造もダン吉も毒気を抜かれたように顔を見合わせた。
「よし! ほいじゃあ仕事開始じゃ!」
ひよりは早速、職人たちが四苦八苦して運んでいた巨大な角石の元へ走っていった。見た目からは想像もつかない冒険者としての腕力で、重い石材の角をしっかりと抱え上げ、汗を流しながらテキパキと指定の位置へ運んでいく。
「な……なんちゅうパワーだばい!? あの小さくて可愛い身体のどこにそんな力があるんだばい!?」
「おいおい、手際も凄かぞ……!」
ひよりの熱心で泥まみれになりながら働く姿勢に、職人たちの目が少しずつ変わり始めていた。
【AM 11:00 | 『竹千代』の真価と職人たちの驚愕】
工事が進むにつれ、最初の難所がやってきた。 海へ突き出す基礎部分の石畳の設置だ。波の影響でわずかでも角度が狂えば、潮の力で全体が崩れてしまう。
「くそっ、波が邪魔で正確な水平が取れんばい!」 源造が水準器を手に汗をかきながら苦戦していた。
その時、ひよりのリュックからシャキーンと音がして、三十センチの竹定規の付喪神・竹千代が実体化した。
「水平度の計測および設置角度の補正、我にお任せを」
「うわぁっ!? 定規が喋ったばい!?」 ダン吉が目玉を飛び出させたが、竹千代は静かに竹尺を石畳の隙間に突き当てた。
「角度補正数値を算出。東側中央の石材、三ミリメートル沈下。北西の角石を右へ一点五度傾斜させることで、波圧抵抗を最小限に抑えた完璧な水平度が一〇〇パーセント達成されます」
「な、なにぃ……!?」
源造たちが半信半疑で竹千代の指示通りに石を微調整すると——なんと、激しい打ち寄せる波が見事に削がれ、石畳がピタリと隙間なく噛み合わさったのだ!
「す、凄すぎるばい……! ミリ単位の狂いもなく完璧に噛み合っただばい!」 「おいおい、この竹定規……ただの道具じゃなか! 伝説の棟梁以上の計測技術を持っとるばい!」
職人たちから、割れんばかりの歓声と驚嘆の声が上がった。
「ふふん、竹千代はぶち凄いのよ!」 ひよりが呉弁で胸を張ると、竹千代も「計測誤差、ゼロ。お褒めに預かり光栄です」と誇らしげに目盛りを光らせたのだった。
【PM 12:30 | 昼食タイム・飯蔵特製『呉の細うどん』】
午前の過酷な立ち仕事と力仕事が終わり、職人たちは疲れ切って石畳の上にへたり込んでいた。
「はぁ〜……疲れただばい……腰が砕けそうだばい……」 「腹が減って力が出んたい……」
そんな職人たちの元へ、芳醇で甘いお出汁の香りが漂ってきた。
「カッカッカ! 職人の諸君! 初日の疲れを吹き飛ばす、特製のご馳走ができましたぞ!」
大童の姿となった木製しゃもじの付喪神・飯蔵が、大鍋から立ち上る湯気とともに姿を現した。
「飯蔵、今日のお昼は何を作ってくれたんかいね?」 ひよりが尋ねると、飯蔵は胸を叩いて豪快に答えた。
「ひより様! 本日の昼食は、ひより様の故郷・広島県呉市の名物『細うどん』でございますぞ!」
大きな木鉢に取り分けられたのは、通常のうどんよりもずっと細く、ツルツルとした柔らかい麺。そこへ、煮干しと昆布で取った甘めの黄金出汁がたっぷりと注がれ、刻みお揚げとネギ、蒲鉾が添えられていた。
「細いうどん……? うどんってのは讃岐みたいに太くてコシがあるのが一番だばい?」 ダン吉が不思議そうにズズッと一口すすった。
次の瞬間、ダン吉の目がカッと見開かれた!
「な……なんんだこの優しいうどんはぁぁぁっ!?」
細い麺が出汁をたっぷりと吸い上げており、噛む必要もないほどスルスルと喉を通っていく! ほんのり甘く深い出汁の旨味が、疲れた身体の隅々まで染み渡っていくのだ!
「美味い……! 美味すぎるばい! 喉越しが最高で、疲れた胃袋にスッと入ってくるたい!」 源造も夢中になって鉢を抱え、一気に出汁まで飲み干した。
ひよりもうどんを口に運んで「んん〜〜っ! これこれ! 呉のうどんはこの柔らかさと甘いお出汁が最高なんよ!」と満面の笑顔を咲かせた。
「飯蔵のオッチャン、このうどん、ゆで時間も短いんじゃないか?」 職人の一人が尋ねると、飯蔵が誇らしげに髭を揺らした。
「カッカッカ! さようでございます! 呉は昔から海軍の街や港街として栄え、忙しい職人や水兵たちが『注文したらすぐ食べられて、短時間で消化に良く、力が出るように』と生まれたのが、この『細うどん』なのですぞ!」
「港の男たちのためのうどん……! だからこんなに身体に馴染むんだばい!」 ダン吉は大涙を流し、「おかわりだばい! 三杯くれだばい!」と鉢を突き出した。
【PM 05:00 | 初日の終わりと芽生えた絆】
夕陽がポルトーの海を真っ赤に染める頃、初日の作業が無事に終了した。
朝方までひよりたちを軽視していた職人たちの顔には、すでに深い尊敬と親しみの色が浮かんでいた。
石工頭のダン吉が、照れくさそうにひよりの元へ歩み寄ってきた。
「ひよりちゃん……朝は失礼なことを言って悪かっただばい。あんたとこの道具たちは、最高の仲間だばい! 明日からもよろしく頼むだばい!」
大工頭の源造も、太い手でひよりの肩をポンと叩いた。
「そうたい! 一ヶ月間、怪我なく最高の防波堤を作ろうたい!」
「はい! ダン吉さん、源造さん! こちらこそ、明日からもよろしくお願いします!」
ひよりが呉弁で元気に答えると、朱色の袴の紅緒や飯蔵、付喪神たちも温かく微笑み合った。
ポルトーの海を守る新防波堤の建設。 その最初の一歩は、香ばしいうどんの出汁の香りと、職人たちとの温かな絆とともに、最高のスタートを切ったのだった。
「あんたが『道具を大切にして、一生懸命に街や人を守ろうとする姿』を見たとき……俺たち、自分たちの初心を思い出したとよ。あんたは俺たちの希望たい。ポルトーに来てくれて、本当にありがとうな」
「レンさん……っ!」
ひよりの目から、ぽろぽろと大きな涙がこぼれ落ちた。
「うち……うち、みんなと出会えて本当に良かった……! 異世界に来て、ぶち不安じゃったけど……みんな温かくて、ポルトーが大好きになったよ……!」
呉弁で泣きじゃくるひよりを、朱色の袴を纏った神刀の紅緒が優しく抱きしめた。
「ひより様……貴女の心の優しさが、こうして皆様の心を解きほぐしたのです」
昭和レトロなトタン湯たんぽの『ぬくもり』も、朱色と黄色のモコモコカバー越しにぽかぽかと温かい熱を放ち、ひよりの膝を優しく温める。
『ひより様、私めも胸が温かさでいっぱいでございます……』
【PM 09:30 | 宴の深まりと後編への予感】
「さあさあ! 泣くのはおしまいだばい!」
ガルバが泣き笑いのような顔で、再びジョッキを掲げた。
「ひよりちゃん! 今度はあんたの故郷『呉』の話を聞かせておくれよ! どんな良いところなんだばい!?」
「うん! 聞いてつかぁさい! うちの故郷の呉はね、海がぶち綺麗で、大和ミュージアムがあって、美味しい『がんす』があってね……!」
ひよりは涙を拭き、満面の笑顔で故郷の思い出を語り始めた。
裁縫用糸切りバサミの糸吉が「チョキチョキ!」と空を舞い、竹定規の竹千代がレンの大斧のサイズを勝手に測って「全長一メートル八〇センチ、完璧な手入れです」と報告し、天球儀のステラが酒場の天井に綺麗な星空を映し出す。
夜が更けていくポルトーのギルド「潮風の錨亭」。
新人とベテラン、人と付喪神の垣根を越えた温かな宴は、まだまだ静かに続いていくのだった。




