10【前編】:弟子入り? 亜人少女ミミとの出会い(出会い・後輩指導編)
【前編】:弟子入り? 亜人少女ミミとの出会い(出会い・後輩指導編)
【AM 09:00 | 港町ポルトー・冒険者ギルド「潮風の錨亭」前】
昨夜の温かな歓迎大宴会の余韻がほんのりと残る朝。ポルトーの街は、雲ひとつない快晴の青空と爽やかな潮風に包まれていた。
「ふぁぁ〜〜あ……! よく寝たぁ! 昨日はいっぱい笑っていっぱい泣いたけぇ、お腹がすいたわぁ」
ひよりは宿屋「海猫亭」を出て、背中のリュックを「よっこいしょ」と背負い直すと、呉弁の鼻歌まじりで冒険者ギルド「潮風の錨亭」の掲示板へと向かっていた。
今日は急ぎの依頼を受けるつもりはなく、どんな仕事があるかをのんびり眺めるだけの「お散歩日和」の予定だった。
しかし、ギルドの前に到着したひよりの目に、異様な光景が飛び込んできた。
依頼板の前で、頭の上に生えたピンと立った大きな「猫耳」と、不安げにパタパタと揺れる「しっぽ」を持つ、小柄な亜人の少女が一人、背伸びをしながらうんうんと唸っていたのだ。
少女の年齢は十二、三歳ほど。栗色のツインテールに、小さな身体には不似合いな、ボロボロで重そうな鉄の短剣を腰にぶら下げている。
「う〜〜ん……これもダメ、あれもダメやき……! Fランクのあたいが受けられる依頼、薬草摘みとドブ掃除しかないがやき……! こんな地味な仕事ばっかりやりよったら、いつまでたっても強くなれんやき……!」
土佐弁風の語尾で焦り気味につぶやく少女は、自分よりも大きな依頼板の羊皮紙を一枚、強引にビリッと破り取ろうとした。
その瞬間——。
「あっ、危ないよ!」
背伸びをしすぎた少女はバランスを崩し、盛大に後ろへ倒れ込んできた!
「ひえっ!? ど、どくだちやき〜〜っ!?」
すかさず、ひよりが駆け寄る。
「はい、受け止めたよ! 大丈夫かいね!?」
サッと抱きかかえて受け止めると、少女は猫耳をピクピクと動かし、大きな琥珀色の目を丸くしてひよりを見上げた。
「あ、あたた……た、助かったやき……。って、あんた……!」
少女はひよりの顔を見るなり、跳び上がるようにして距離を取った。そしてひよりの背中のリュック、そして腰に差した道具たちを食い入るように見つめる。
「あんた……! 噂の『Fランクから一気にギルドの有名人になった、付喪神使いのひより』やき!?」
「えっ、あ、うん。天照ひよりじゃけど……ちゃんとお怪我はないかいね?」
「怪我なんかどうでもいいやき!」
少女は目を輝かせると、ドカドカと勢いよく詰め寄り、ひよりの両手をガシッと力強く握りしめた。
「あたいの名前はミミ! 見ての通りの猫人族の新人冒険者やき! ひよりお姉ちゃん、お願いがあるがやき!」
「な、なんねミミちゃん……? お願いって?」
ミミは胸を張り、土佐弁風の威勢のいい声をギルド前に響かせた。
「あたいを……あたいをひよりお姉ちゃんの『弟子』にしてほしいがやき!!」
「で、弟子ぇぇぇぇぇッ!???」
ひよりの驚愕の悲鳴が、朝の港町に響き渡った。
【AM 10:00 | 港の波止場ベンチ・ミミの事情】
「……なるほどねぇ。そんな事情があったんね……」
波止場のベンチに腰掛けたひよりは、洗三が汲んできてくれた冷たい湧き水を一口飲みながら、しんみりと頷いた。
ミミは、膝の上で自分の猫耳としっぽを丸めながら、ポツリポツリと話し始めていた。
「あたいには、二歳下の妹がおるがやき。けど、妹は生まれつき身体が弱くて、いつも床に伏せっちゅう……。街の医者に見せたら、東の国から輸入される高級な『精霊薬』を買えば治るって言われたがやき。でも、それには金貨三枚もかかるがやき……!」
ミミはぎゅっと小さな拳を握りしめた。
「薬草摘みや雑用じゃ、銅貨数枚しか稼げんやき……! だからあたい、早く強くなって、BランクやAランクのデカい魔物を倒して、大金を稼ぎたいがやき! でも、ギルドの誰もあたいみたいな子供をパーティーに入れてくれんくて……」
話を聞いていたひよりの背後で、文机の付喪神・硯水がそっと浮遊し、眼鏡を光らせて囁いた。
『ふむ……ひより殿。ミミ殿の妹を想う気持ちは本物。ですが、焦るあまり自分の実力に合わぬ高難易度の依頼を受けようとしておりますな。このままでは魔物に返り討ちに遭うのが目に見えております』
「うん……うちもそう思うわ」
ひよりはミミの目線を合わせるように、ベンチの上でかがみ込んだ。
「ミミちゃん。妹さんを助けたい気持ちはぶち分かるよ。じゃけどね、焦って自分が怪我したり、死んでしもーたら、妹さんは誰が守るんかいね?」
「うっ……! そ、それは……」
言葉に詰まるミミに、ひよりは優しく微笑みかけた。
「弟子にするのは照れくさいけぇ無しじゃけど……今日から数日間、うちと一緒に『冒険者の基礎』のお勉強をしてみんかいね? ちゃんと基礎を覚えたら、安全にお金を稼ぐ方法も教えてあげるよ!」
ミミの大きな目がパッと輝いた。猫耳が嬉しそうにピンと立つ。
「ほ、本当やき!? ひよりお姉ちゃん、ありがとやきーっ! あたい、何でも言うこと聞くやき!」
ガバッと抱きついてくるミミに、ひよりは「あはは、苦しいわぁ」と笑ったのだった。
【PM 01:00 | 港の練習広場・『竹千代』と『紅緒』の基礎レッスン】
昼食を済ませたひよりたちは、港のすみっこにある静かな練習広場へとやってきた。
「よーし! まずはミミちゃんの今の力をチェックするよ! 竹千代、頼めるかい?」
「了解いたしました。対象者ミミ殿の身体能力および動作解析を開始します」
竹定規の付喪神・竹千代がシャキーンと実体化し、手に持った三十センチの竹尺を凛と構えた。
ミミは竹千代を見るなり、「うわっ、定規が喋ったやき!?」と目を丸くさせたが、気を取り直して腰の重い鉄の短剣を抜いた。
「ふんっ! あたいの必殺の一撃を見せるやきーッ!」
やぁぁぁっ! と叫びながら、ミミが身の丈に合わない重い短剣を大振りで振り下ろす。
しかし、足元がグラつき、刃は明後日の方向の空を切った。
カチリ。
竹千代がすかさず竹尺でミミのつま先と腰の位置をトンと叩いた。
「姿勢崩壊。原因:足幅が適正値より十二センチ狭く、重心が右に三〇パーセント偏り過ぎています。さらに、手に持った短剣の重量が、ミミ殿の腕力に対して三百グラム過剰です」
「にゃ、にゃんと!? 体重と剣の重さまで見抜かれたやき!?」
続いて、朱色の袴を纏った神刀の紅緒が静かに歩み出た。
紅緒はミミの持っている短剣をそっと見つめ、悲しそうに目を細めた。
「ミミ殿……この短剣、手入れが全くされておりませんね。刃はこぼれ、刀身にはサビが浮き、柄の目くぎも緩んでおります。これでは、強い一撃を繰り出せないばかりか、戦いの最中に刃が折れて貴女自身が傷つくことになります」
「うぐっ……! だって、手入れの仕方なんて知らんかったがやき……」
しゅん……と耳と尾を垂れ下げるミミ。
ひよりはミミの肩を優しく叩いた。
「ミミちゃん。強い冒険者はね、みんな自分の使う『道具』をぶち大切にしとるんよ。道具を愛して、自分の身体の一部みたいに扱えるようになって初めて、本当の強さが手に入るんじゃけぇね」
【PM 04:00 | 道具のお手入れと、『ぬくもり』のぬくもり】
ひよりは自分のリュックから、今日のために職人街で買い揃えておいた「小さな砥石」と「手入れ用の油」、そして「柔らかい布」を取り出した。
「さ! 今日はまず、ミミちゃんの大切な相棒……この短剣をピカピカにお手入れすることから始めようかいね!」
「えっ……手入れ……?」
ひよりとミミは並んで芝生の上に座り、短剣の手入れを開始した。
神刀の紅緒が横につき、砥石の当て方や油の引き方を優しく指導していく。
「研ぎ石はこうして一定の角度で保ちます。焦る必要はありません。短剣に『いつも守ってくれてありがとう』と心を込めながら滑らせるのです」
「い、いつもありがと……やき……」
ミミが慣れない手つきでシュッ、シュッと短剣を砥石滑らせていく。
ひよりが隣で笑顔で見守り、糸切りバサミの糸吉が「チョキチョキ! 持ち手の紐のほつれも糸吉が綺麗に直してあげるチョキ!」と、柄の革紐を器用に巻き直してくれた。
夕方が近づき、港からの海風が少し冷たくなってきた頃。
ひよりの膝の上で、朱色と黄色のモコモコカバーを着たトタン湯たんぽの『ぬくもり』が、ポカポカとした温かな熱を放ち始めた。
「ほら、ミミちゃん。手が冷えてきたじゃろ? ぬくもりを抱っこしてみぃね」
ひよりがぬくもりをミミの膝の上に乗せてあげると、ミミは目を見開いた。
「うわぁぁ……! なにこれ、ぶち温かいやき……! お腹も心もぽかぽかしてくるやき……!」
『ミミ殿、焦らなくてよいのですぞ。ひより様と一緒に、一歩ずつ進めばよいのです』
ぬくもりからの優しい声に、ミミの瞳からボロボロと大粒の涙があふれ出した。
「あたい……妹のことばっかり焦って……自分の剣のことも雑に扱って……ダメな奴だったがやき……! うぅぅ……っ!」
「ダメなんかじゃないよ」
ひよりは泣じゃくるミミの小さな身体を、優しくギュッと抱きしめた。
「妹さんを助けたい思いは、ぶち立派じゃけぇね。明日から、うちと一緒に地道なお仕事をいっぱいやって、お金を貯めていこうね!」
「うん……! うんやき……! ひよりお姉ちゃん……っ!」
夕陽が赤く染めるポルトーの港で、小さな亜人少女とひより、そして付喪神たちの温かな師弟(?)の絆が、静かに芽生え始めたのだった。




