冒険者編 ポルトー8【前編】:忍び寄る暗雲と大灯台の危機(嵐の前夜・防衛準備編
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第1章:不穏な潮風とギルドの緊急招集
【AM 10:00 | 港町ポルトー・冒険者ギルド「潮風の錨亭」】
美食祭での『がんす』準優勝の余韻が冷めやらぬポルトーの街であったが、この日の朝の空気はどこか重く沈んでいた。
雲ひとつない秋晴れの空だったはずが、沖合の地平線からはドロリとした鉛色の暗雲が急速に湧き上がり、湿った冷たい風が波止場を吹き抜けていく。
「ひより様、空気が急激に湿気を帯びております。気圧の低下速度、毎時十五ヘクトパスカル。これは……タダの雨ではありません」
リュックのサイドポケットで、竹定規の付喪神・竹千代がカチリと音を立てて警告を発した。
ひよりが冒険者ギルド「潮風の錨亭」の扉を開けると、そこは緊迫した空気でごった返していた。ギルドマスターが気象魔導士たちの報告を聞きながら、額に汗を浮かべている。
「ひよりちゃん、良いところに来てくれた! 緊急事態だ!」
マスターはひよりの手を握ると、羊皮紙の大海図を広げた。
「数十年ぶりに超大型の魔導台風『深淵の爪痕』がポルトーを直撃する! それだけでも大問題なんだが……真の問題は別にある。この台風の混乱に乗じて、光を嫌う凶暴な飛行魔物『翼手竜』の巨大な群れが、港の命である『ポルトー大灯台』を破壊しようと狙っているという情報が入ったんだ!」
文机の付喪神・硯水がそっと浮遊し、眼鏡を光らせて解説に入る。
『ひより殿、ポルトー大灯台は単に船の目印というだけでなく、強大な魔導光によって港全体に防護結界を張り、海の魔物の侵入を防いでいる要衝にございます。もしあの灯台の魔導レンズが破壊されれば、嵐に乗じて巨大な海の魔物たちが港内に雪崩れ込み、ポルトーは壊滅いたしますぞ』
「そんなんぶち大変じゃん! 灯台が壊されたら、港の人らも街もみんな大変なことになってしまうよ!」
「ああ! だからこそ、ポルトーで最も信頼できるB級冒険者のひよりちゃんたちに、大灯台の特別防衛警備を頼みたい! 報酬は特別手当込みで金貨五枚(約百万円相当)だ!」
「やる! うちとみんなで、絶対に灯台を守り抜いてみせるけぇ!」
ひよりの呉弁の決意に答えるように、腰の『おみくじ箱』がカコンと力強い音を立てた。
第2章:『おみくじ箱』の託宣と大灯台への着任
【PM 02:00 | ポルトー外港・大灯台】
ひよりは防寒具をしっかり着込み、港の東端の断崖絶壁にそびえ立つ「ポルトー大灯台」へと向かった。
白亜の巨塔は高さ五十メートルを超え、頂上では巨大な魔導水晶が眩いばかりの聖なる光を絶え間なく沖合へと放っている。
「うわぁ……近くで見るとぶちでっかい塔じゃねぇ」
ひよりは腰から『おみくじ箱』を取り出し、両手で包み込んで力強く振った。 シャカシャカシャカ……カコン!
木札が跳び出し、黒地に金色の文字が浮かび上がる。
「本日の運勢……『小吉』! 『嵐の前に備えよ。目に見えぬ網と温かき火が、暗闇の羽ばたきを退けん。油断は大敵なり』! よっしゃ、準備をしっかりせぇってことじゃね!」
大灯台の最上階・レンズ室に入ると、老灯台守のハインツさん(津軽弁風の頑固オヤジ)が厳めしい顔で迎えてくれた。
「なんだばい、ギルドが送ってきた警備ってのは、こんなちんちくりんの女の子だばか? 嵐のガーゴイル群は恐ろしいんだぞ! 灯台の光が消えたらおしまいだばい!」
ひよりは胸を張り、呉弁で元気に挨拶した。
「ハインツのおじさん、大丈夫じゃよ! うちには頼もしい仲間(付喪神)がいっぱいおるけぇ、指一本灯台には触れさせんよ!」
朱色の袴を纏った神刀の紅緒が実体化し、静かに礼をした。
「ハインツ殿、ひより様の仰る通りです。我ら八百万の付喪神が、命に代えてもこの灯台と貴方を守り抜きます」
老灯台守は紅緒の放つ神聖な気品に気押され、「む……むう、大口叩くだけの器量はあるようだな……よろしく頼むだばい」と少し表情を和らげた。
第3章:付喪神たちの総力防衛準備
【PM 05:00 | 暴風雨の前兆と仕掛けの設置】
空はすっかり濃い鉛色に染まり、風の音が「ヒュウゥゥゥ……」と不気味な悲鳴を上げ始めた。波が断崖に激しく打ちつけられ、白いしぶきが灯台の窓を濡らす。
「みんな! 嵐が来る前に、できる限りの準備をするよ!」
ひよりの号令のもと、付喪神たちが一斉に実体化し、防衛陣地の構築を開始した。
まず動いたのは、裁縫用糸切りバサミの糸吉だ。
「チョキチョキ! 糸吉のハサミ技・『防空クモの巣ネット』ーッ!」
糸吉が風に乗りながら灯台の外壁を駆け巡り、先端の鋭いハサミから「因果の粘着糸」を縦横無尽に繰り出した。灯台の頂上から中腹にかけて、目に見えないほど細く強固な粘着網が幾重にも張り巡らされていく。これで飛来したガーゴイルの速度を殺し、絡め取ることができる。
続いて、三つ仕切りバケツの洗三が、灯台の床や窓枠にバケツの水を開けた。
「洗三の『防水・浄化コーティング』! 嵐の雨水や、魔物の吐く毒液から灯台を護るよ!」
洗三の聖なる水が木や石の隙間に染み込み、魔導のバリアとなって灯台を包み込む。
さらに、天球儀の付喪神・ステラが、灯台のレンズの横で可憐に輝いた。
『ひより様、万が一灯台の魔導水晶に負荷がかかって光が弱まった時は、わたしの天球儀の光を同調させて、光量を三倍に増幅できます!』
「ステラ、ぶち頼もしいわぁ!」
「カッカッカ! ひより様、夜戦に備えて腹ごしらえも完璧でございますぞ! 昨日の『がんす』をたっぷり挟んだ特製スタミナサンドイッチです!」
木製しゃもじの飯蔵が、大皿いっぱいの料理を準備して笑うのだった。
第4章:忍び寄る冷気と『ぬくもり』のぬくもり
【PM 08:00 | 暴風雨の到来】
夜が訪れると同時に、超大型台風『深淵の爪痕』がポルトーに上陸した。
バシャアァァァァンッ!! ゴオオォォォォッ!!
猛烈な暴風雨が叩きつけ、灯台全体がミシミシと鳴りを上げる。窓の外は完全な漆黒。たたきつける雨と波しぶきで、一メートル先すら見えない狂暴な世界と化していた。
外の気温は急降下し、灯台の部屋の中まで凍えそうな冷気が忍び寄ってくる。
「ひ、ひえぇぇ……ぶち寒いよ……! 息が白くなってきたわぁ……」
ひよりが身体を縮こまらせていると、朱色と黄色のモコモコカバーを着たトタン湯たんぽの『ぬくもり』が、ポカポカとした黄金色の暖かな光を放ちながらひよりの膝の上へと跳び込んできた。
「ぬくもりぃ〜っ! あたたかいよ〜っ!」
ひよりがぬくもりを胸いっぱいに抱きしめると、トタン湯たんぽの深い情熱の熱が、じんわりと身体の芯まで染み渡り、寒さを一瞬で吹き飛ばしてくれた。
『ひより様、私めのお湯の温度はただいま八十度。どのような猛吹雪であれ、ひより様のお身体を冷やさせはいたしませぬ』
「ぬくもり、ほんまにありがとね……。あんたが居てくれてよかったわぁ」
ひよりはぬくもりの温かさに包まれながら、力強く頷いた。
第5章:闇からの羽ばたきと開戦の汽笛
【PM 10:00 | 暗雲の中の影】
嵐が猛威を振るう深夜十時。
老灯台守のハインツが、恐怖に顔を歪めて窓の外を指さした。
「出、出ただばい……! ガーゴイルの群れだばい!」
暴風雨が吹き荒れる漆黒の夜空。 灯台が放つ聖なる光の筋の中に、不気味な紫色の目を光らせた黒い影が、一匹、十匹、百匹……と雪崩のように浮き上がってきた!
岩のような硬い皮膚と、コウモリのような巨大な翼を持つ飛行魔物『翼手竜』の群れだ! その数は数百を超えている!
「ギシャアアアアアッ! 光ヲ消セ! 灯台ヲ壊セ!」
ガーゴイルたちが、猛烈な風に乗って大灯台の最上階・レンズ室に向かって一斉に急降下してきた!
「来た……! みんな、準備はええかい!?」
ひよりが呉弁で叫ぶと、リュックの横で神刀の紅緒がキィン……と透き通るような刃音を立てて実体化した。
「ひより様、お下がりを! ポルトーの港の光……そしてひより様の笑顔、指一本傷つけさせはいたしません!」
暴風雨が吹き荒れる大灯台の上で、港の運命を賭けた嵐の夜の大決戦が、今まさに幕を開けようとしていた!
【ひよりの日記】
パパ、ママへ。 ポルトーにぶちでっかい台風が来て、大灯台を守るお仕事を引き受けたよ! 嵐の中で寒かったけど、ぬくもりが抱きしめてくれたけぇぽかぽかじゃったよ。 今から灯台を狙う巨大な悪魔の群れと戦うよ! 紅緒やみんなと絶対に港を守ってみせるけぇね! ひよりより




