30 ホッチキスと目玉クリップ
三月、ルミナス魔法学院の広大な学園都市は、春の柔らかい陽光とほのかに甘い桃色の風に包まれていた。 九月のグルメ・ダンジョン、十月の料理対決、十一月の学園祭、十二月のスリラーダンス、一月の呉への里帰りと次元の歪み騒動、そして二月の王都大晩餐会……。
天照ひよりは、土の下に眠る山奥の実家「天照神社」の蔵からリュックに詰めてきた付喪神たちの知恵と力、そして持ち前の異常な食欲と日常防衛本能によって、数々の理不尽な危機を爆発的なハッピーエンドへと上書きしてきた。
二月の大晩餐会で不当な言語剥奪の罠を仕掛け、プラスチック消しゴムの消太郎と修正テープの白丸によって逆に自らの罪状を消去され、全面降伏した第一皇子ルフェス殿下。
彼はそもそもルミナス魔法学院の生徒などではなく、王都の宮殿に君臨する最高権力者であった。 四月からは、ひよりを「お姉様」と慕うふたつ年下の第一王女セシリアが新入生としてルミナス魔法学院に入学してくる。
ひよりたち二年A組にとっても、いよいよ修了式を迎え、最高学年三年生へと進級するための最後の一日となっていた。
修了式の朝、学園の特級スイーツ厨房からは「二年A組全員無事進級」のお祝いとして、特大の『三月限定・春一番の三色桜もち&イチゴ大福パフェ』が振る舞われる手はずになっていた。
道明寺のモチモチ感と塩漬けの桜の葉、そこに完熟イチゴと生クリームが山盛りになった特製パフェ。 ひよりの胸は、進級への誇りとパフェへの膨大な情熱でいっぱいだった。
しかし、修了式を直前に控えた二年A組の教室へ、ツンツン頭のルファスが青ざめた顔で跳び込んできた。
「おい、天照! 大変だ! 王都のルフェス殿下から『緊急出頭命令』が届いたぞ!」
「えっ、出頭命令!? パフェはどうなるの!?」
「パフェどころじゃない! 王都からの魔導通信で、僕たちの進級書類が差押えの危機なんだ!」
ルファスの叫びと同時に、教室の広場に設置された王宮直通の緊急魔導通信機が、禍々しい音を立てて怪しく光り始めた。 二月の大晩餐会で敗北し、妹のセシリア王女からも叱責された第一皇子ルフェス殿下。
彼は学園には来ておらず、王都の「天上の鏡面舞踏大宮殿」の執務室から、嫌がらせの最終手腕を行使してきたのだ。
王都の古代魔導書庫に眠る『超古代書架整理陣』。 ルフェス殿下は自らの王族権限を用いて、王都から遠隔で学園の通信整理システムをジャックし、「二年A組の修了審査に重大な疑惑あり」として、学園の地下大図書館に保管されていた『二年A組全員の公式進級書類』を王都へ強制転送・回収しようと試みたのだ。
だが、季節外れの魔導寒波による魔力逆流と、王都からの理不尽な強制アクセスが重なり、システムが深刻なバグを起こした。 整理魔法は「未整理の紙はすべて不純物」と誤認識し、学園地下の超古代大図書館から何万枚もの羊皮紙や魔導書を噴出させ始めたのだ。
廊下の床から、何万枚もの黄色く変色した羊皮紙が津波のように溢れ出してくる。 壁や天井はめくられる本のように幾重にも折りたたまれ、学園全体が巨大な『鋭利な紙の立体迷宮』へと変貌していった。
犬耳の少女ミーナが、悲鳴を上げながら廊下から逃げてきた。
「ひよりさん! 廊下が全部パタパタめくれる紙の壁になってますぅ!」
「私たちの進級書類は!? 二年A組の四十人ぶんの成績表はどこ!?」
「迷宮の最深部で、王都へ転送される前に紙の怪物たちがシュレッダーの口を開けて待ってますぅ!」
「そんなの絶対に許さない! 進級書類が消えたら、三年生になれないじゃん!」
ひよりが叫びながら廊下へ飛び出すと、目の前に分厚い紙の壁が立ちはだかった。 紙の表面には、王都のルフェス殿下の印章と共に、不気味な黒いインクの文字が自動で刻まれていく。 『※王都からの命令により進級書類は回収・破棄します。接近者は改行して押し潰します』
ルファスが魔法杖を構え、火炎魔法を放った。
「燃え尽きろ! プロミネンス・フレイム!」
しかし、炎が紙に触れた瞬間、緊急魔導通信機から王都の魔力が逆流し、巨大なエラー表示が浮かび上がった。
『※王都からの著作権保護呪縛により火気厳禁。改行して増殖します』
ボォッと炎が赤インクの文字に書き換えられ、紙の壁は三倍の厚さになって迫ってきた。
「くっ! 王都のルフェス殿下が回線越しに仕掛けた自動防衛プログラミングか! 攻撃を全部『改行』や『文章の増殖』に変換してきやがる!」
「王都に引きこもったまま、そんな嫌がらせのシステムを遠隔操作してくるなんて卑怯すぎるよ!」
「王都からの呼び出しも嫌だし、攻撃すればするほど壁が増えるなんて、完全に理不尽なバグじゃない!」
ひよりたちは後退を余儀なくされた。 紙の壁は次々と教室を呑み込み、生徒たちを分断していく。 迷宮の奥からは、古いインクの匂いをさせた『文字化けの紙兵士』たちが群れをなして押し寄せてきた。 彼らの手には、鋭い紙の刃と、書類をシュレッダーへ落とすための巨大な竹ヘラが握られていた。
「グオオオ! 王都の命により全書類を分解! 白紙に戻して破棄せよ!」
「きゃあああ! 進級書類が引き裂かれちゃう!」
ミーナが悲鳴を上げる。 紙兵士の刃が二年A組の進級書類に届き、黄金の印章が捺された羊皮紙が、ビリビリと派手な音を立てて二つに破き飛ばされた。
「あああっ! 私たちの二年間の思い出が! 成績表がぁぁぁ!!」
ひよりの頭の中で、ブチンと何かが切れる音がした。 呉の学校でも、学期末にはプリントやテストを綺麗に揃えてファイルにまとめていた。 遠く王都からの理不尽な呼び出しや嫌がらせで、大切な成績表が引き裂かれ、ゴミとして破棄されるなど、ひよりの日常防衛本能が絶対に許さなかった。
「ちょっと待ちなさいよ! 散らかった紙は、端を揃えて、上からギュッと挟んで、カチャンって金属の針で留めれば、ただの一冊の本に戻るんだからね!」
ひよりの叫びに応えるように、帯の影から文机の付喪神・硯水が静かに現れた。
「その通りだ、ひより。 千年の歴史を持つ天照家だが、蔵に眠るお宝は古代の品ばかりではない。 明治や大正、昭和の時代、おじいちゃんやお母さんが神社のお札や決算書を整理するため、愛着を持って使い込んできた文具たちにも、強力な付喪神が宿っている。 王都からの不当な干渉も、散らばる紙の因果も、金属の力で一冊に束ね直すのだ」
「うん! おじいちゃんが使ってた、あのカチャンって留める頑丈なやつ! お母さんが分厚い書類をバチンって挟んでた、あの黒い目玉のやつ! デッドストック、起動! バラバラの紙をまとめてぇぇぇーーーッ!!」
第二章:ホッチキスと目玉クリップの絶対結合
ズガァァァァァン!!! カチャン! カチャン! バチン!
重厚な金属音が空間に轟いた。 U字型の鋼鉄針が何百枚もの厚い紙を貫通して折り曲げる爽快な音と、漆黒のバネ鋼が強烈な復元力で分厚い束をガッチリ挟み込む頼もしい音が響き渡る。
光の中から出現したのは――天照家のおじいちゃんが何十年も愛用し、手にしっくり馴染む重厚なフォルムを持つ『事務用・特大鋼鉄ホッチキス』と、お母さんが神社の決算書をまとめていた『大型・特撰目玉クリップ』の一対だった。
「おやおや、散らかり放題の紙だねぇ。綺麗に束ねてやろうかい」 ハッピ姿の職人の付喪神――ホッチキスの『留め丸』が腕をまくる。
「ボクがバチンと挟んで、ペチャンコにしてあげるよ!」 大きな目玉クリップの帽子をかぶった少年――目玉クリップの『挟蔵』が威勢よく叫んだ。
「二人とも、お願い! みんなの進級書類を留めて!」
「おう! 端を揃えて一気に貫く! ――【神域結合・鋼鉄十号針大貫通(しんいきけつごう・こうてつじゅうごうはりだいかんつう)】!」
留め丸が特大ホッチキスを連打した。 カチャン! カチャン! カチャン!
銀色の光の針が空中を高速で貫いていく。 王都からの遠隔呪縛で暴走していた紙の壁や文字化けの紙兵士たちが、針で貫かれた瞬間に一寸の狂いもなく正しいページ順へと強制整列させられた。 炎魔法すら改行して増殖させた絶対拒絶の紙の迷宮が、留め丸の銀針の前に「カチャン」と音を立てて小さく折りたたまれ、ただの一冊の文庫本サイズへと強制圧縮されていく。
「な……なにぃ!? 王都の呪縛が、ただの本に閉じ込められていく!?」 魔導通信機の向こうで、王都から遠隔操作していた近衛魔導師たちが驚愕する。
「次はボクの番! ――【神域圧着・特大目玉金剛挟み(しんいきあっちゃく・とくだいめだまこんごうはさみ)】!」
挟蔵が巨大なクリップの腕を展開し、引き裂かれていた二年A組四十人ぶんの進級書類と、王都からの転送魔法陣を上と下から一気にバチン!と挟み込んだ。
バチチチチッ!
不思議なことに、挟蔵がガチッと挟み込むたび、破れていた進級書類の破片が一ミリのズレもなく完璧に吸着・結合され、元の黄金の印章が捺された完璧な証明書へと蘇っていった。 暴走していた転送システムも、挟蔵の強力なバネの圧力によってペシャンコに押し潰され、王都からの理不尽な呼び出し命令書ごと、綺麗に整理された一冊の『図書館利用マニュアル』へと小さく圧縮されてしまった。
「ああっ!? 王都からの出頭命令ごと、ただのクリップに潰されたぁ!?」 王都からの遠隔干渉は、あっけなく完全解決してしまったのだ。
第三章:全員進級と春のパフェ
「みんな、お待たせ! 進級書類、元通りだよ!」
ひよりが完成した書類を教頭先生に差し出した。 留め丸の銀針と挟蔵のクリップで美しく留められた四十人ぶんの書類。 教頭先生がメガネを直して確認する。
「お、おお……! 破れていた書類が完璧に接合されている! 王都からの不当な呼び出しも撤回された! これより、二年A組四十人全員の、三年生への『完全進級』を正式に認める!!」
ドカン! ドカン! 祝砲の花火が上がり、会場は大歓声に包まれた。
「やったー! みんな一緒に三年生になれたよ!」
「ああ、天照。君のおかげで助かったよ」 ルファスもホッとした笑みを浮かべる。
「ひよりさん、最高ですぅ! 尻尾が止まりません!」 ミーナが大喜びで抱きついてきた。
その日の夕方、ルミナス魔法学院の特等テラス席にて。 ひよりの前には、特大の『三月限定・春一番の三色桜もち&イチゴ大福パフェ』が置かれていた。
「おいしーーーい!!! モチモチの桜餅と甘酸っぱいイチゴが合体して、最高にハッピー!」
ひよりは大きなイチゴ大福を頬張り、満面の笑顔を弾けさせた。
「フン、相変わらずの食い意地だな。 だが、全員無事進級できてよかった。三年生になってもよろしくな、天照」
「四月に入学してくるセシリア様にも、このパフェを食べさせてあげたいですね!」
「ふむ。散らばった紙を針とクリップで留め、見事な大団円だな」 硯水が満足そうに頷いた。
「さあ、ひより。二年編はこれにて無事幕引きだ。 四月からは最高学年だな」
「うん! 三年生になったら、セシリアちゃんたち新入生も一緒に、もっと楽しい日常を作るぞ!」
ひよりは土の下に眠る呉の天照神社と、パパとママの顔を思い浮かべながら、笑顔で誓った。
「パパ、ママ。私ね、無事に三年生になれたよ! いつか呉に帰れた時は、ちゃんこ鍋と串カツのあの店ヘパパの奢りで絶対にいっぱい食べさせてね!」
少女の明るい笑い声と付喪神たちの賑やかな声が、春の夜空へ、遠い故郷の空へと、どこまでも爽やかに響き渡っていった。
みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?
少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。
励みになりますので、☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。
リアクションボタンもよろしくお願いします
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
今回は女子高生のお話です。
よろしくお願いします。




