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29 消しゴムと修正テープ

一月の身を焦がすような次元の歪みによる魔物の活性化暴走。お正月早々、故郷である広島県呉市の実家へ禁忌の手段で一時帰省した代償として発生した、王都近くの煉獄魔窟のシステムエラー。


それを、補修和紙の障壁展開、澱粉糊の完全密閉、そして万力クランプの絶対空間矯正という「実家の第四・第五蔵の職人道具コンボ」によって物理的にガチッと挟み込み、見事な大団円で美味しい極上特大焼き芋の山を死守してから数週間。


二月の足音が近づくルミナス魔法学院の敷地内には、寒風に負けじと咲き誇る新春の魔導椿が、真っ赤な大輪の花を咲かせていた。橘ひよりたちの物語は、激動の二年生編もいよいよ後半。しかし、冬の穏やかな日常を享受しようとするひよりの前に、再び「王都の政治的な理不尽(バグプロット)」が、眩い純金の封蝋を施された一通の羊皮紙となって舞い込んできた。


「……はぁ? ちょっと待って。何これ。また!? また王都の『天上の鏡面舞踏大宮殿』からの、うさんくさい、いかにも胃がシクシク痛くなりそうな超豪華晩餐会の招待状が私のリュックに直接テレポートしてきてるんだけど! 見てよ硯水さん、この封筒の隅っこに小さく刻印された、あの第一皇子ルフェス殿下の不敵な獅子のマーク! あの一文字ハッキング事件で砂消しゴムに顔の文字を削られて、ダンスの特訓で大恥をかかされたあの『嫌がらせ特化型プリンス』、まだ私に対する執着のプロットを諦めてなかったわけ!?」


放課後の暖房が効いた二年生A組の教室。橘ひよりは窓際の席で、手にしたきらびやかな招待状をこれでもかとペシペシ叩きながら、不機嫌そうに頬を膨らませていた。


「何をそこまで因果の再燃に怯えるト書き通りの表情をしているのだ、ひより。

お主が王宮の契約システムをヤスリがけで破壊し、昨年末の学園祭でもB組を組体操で叩き潰してきたのだから、王都の最高権力者であるルフェス殿下が、お主という『生ける規格外のバグ(特異点)』を危険視し、今度こそ絡め手で完全に無力化しようと策略を記述してくるのは当然の流れだ。

むしろ、今回の晩餐会はお主を『国家反逆の嫌疑』という濡れ衣のプロットで公式に拘束するための、極めて巧妙な政治的罠として設計されているようだな」


私はひよりの机の横、新しい二月の魔導ココアが置かれたマグカップの影に、依り代である文机を精神体として静かに実体化させ、滑らかな万年筆のインクを走らせながら応えた。


私の名は『硯水(けんすい)』。千年の歴史を持つあの蔵の奥で、高貴なる王族たちの身勝手な権力闘争、罪なき市井の人間を陥れるための卑劣な誓約文書、そして歴史の裏で繰り返されてきた「お上品な罠が仕掛けられた宴」の不条理な因果を静かに見つめ続けてきた、文机の付喪神だ。


「もう! なんで異世界のお金持ちって、すぐに私みたいな『実家が神社の平凡な女子高生』を巻き込んで、難解な政治劇(中二病プロット)をやりたがるわけ!? 私、ただ二月の呉のれんが通りのチョコレートフェアに思いを馳せながら、ルミナスの購買部で売られる『二月限定・王宮特製トリュフショコラ・タルト(生チョコたっぷり)』をのんきに貪り尽くしたいだけなのに! ルフェス殿下の嫌がらせなんか、砂消しゴムのカスにして裏庭のゴミ箱にシュートしてやりたいわ!」


「いや、ひよりの姉ちゃん。今回の王子の嫌がらせは、今まで以上にガチで陰湿みたいなんだぜ……」

ひよりの筆箱の隙間から、おみくじ箱の付喪神である『吉凶(きっきょう)』が顔を出し、木箱の体をガタガタと気まずそうに鳴らした。


「購買部の情報網によるとさ、ルフェス殿下は今回の晩餐会のために、王宮の絶対禁忌とされる【言語剥奪の沈黙誓約(サイレント・コーダー)】って呪導装置を用意したらしいんだ。ひよりの姉ちゃんが宮殿の一歩でも敷地内に入った瞬間、その呪いが起動して、ひよりの姉ちゃんの『声(詠唱)』と、リュックの奥から付喪神の仲間を呼び出す『召喚の命令(デッドストックの起動ボイス)』を、物理的に完全に封印しちまうシステムなんだって!」


「……え!? 私の声と、デッドストックの起動が封印される!? ――って、それって、私の声が出なくなったら、お腹がいっぱいになった時の『おいしーい!』の叫び声も、ルファス君に向かって『このツンツン頭!』ってツッコミを入れることもできなくなっちゃうじゃん!」


ひよりが喉を両手で押さえ、顔を真っ青にして絶叫する。その瞬間、彼女の背後の影から、一筋の清らかな、だがどこか芯の強い凛とした少女の気配が立ち上った。


「その嫌がらせ、私が身を挺してでも、お姉様の盾となって完全にお防ぎいたしますわ!」


「……え!? だ、誰!?」


振り返ったひよりたちの前に立っていたのは、年齢はひよりより二つ年下、十四、五歳ほど。


夜空をそのまま紡いだかのような美しい漆黒のドレスに身を包み、ルフェス殿下と同じ高貴な「極光のオパール」の瞳を持ちながらも、その表情にはお淑やかさと不退転の決意を宿した、非の打ち所がない美少女だった。


「お初にお目に掛かります、異世界の聖巫女、橘ひよりお姉様。

私は王都ルミナス第一王女、ルフェス・ルミナスの二つ下の妹――『セシリア・フォン・ルミナス』と申します。私は、兄である第一皇子ルフェスの、あまりにも度を越したあなた様への不敬極まる嫌がらせと卑劣な手段に、王族としての誇りをかけて、完全に異議を唱えるために参りました!」


「はえええ!? だ、第一王女様!? なんでそんな偉い人が、私の味方になってくれるの!?」


ひよりが目を丸くして後ずさりする。セシリア王女は、ひよりの両手をそっと優しく包み込むように握り締め、その極光の瞳をキラキラと輝かせた。


「当然ですわ! 私はかねてより、兄の冷徹な政治ゲームに隠れて、この学園都市や世界樹の街を、誰も見たことのない『古き日本の生活道具の知恵(デッドストック)』で豪快に救い出し、いつも満面の笑みで美味しいものをもぐもぐと召し上がるあなた様の、あまりにも自由で美しいお姿に、心から憧れておりましたの!

あのような陰険な兄の『言語剥奪呪』など、王家の血を引く私の【王女の絶対拒絶権限(ロイヤル・バイパス)】を以てすれば、一時的にその呪いのターゲットを私へと肩代わりさせることができますわ。……さあ、ひよりお姉様! 私と共に、あの傲慢な兄の鼻を、今度こそ木っ端微塵に明かしてやりましょう!」


「セシリアちゃん……! なんて、なんて良い子なの! それに、私のことを『お姉様』って呼んでくれるなんて、まるで呉の神社の裏庭に咲いていた可愛い早咲きの桜みたい! よーし、決定! セシリアちゃんを絶対にルフェス殿下の魔の手から守って、二人で王宮の極上トリュフショコラを山分けして、最高のハッピーエンドを接着してやるんだからぁぁぁーーーッッ!!」


ひよりの純情と、可愛い妹分(ファン第第一号)を守るための猛烈な日常防衛本能が、新学期早々、極限の出力で大爆発した。


第二章:王都晩餐会の罠と「静寂の呪い」


王都の中心に聳える「天上の鏡面舞踏大宮殿」。 その豪華絢爛な大晩餐会会場は、すでに王都中の上級貴族たちや、ルフェス殿下の息がかかった冷酷な近衛魔導師たちで埋め尽くされていた。


「クハハハ! よくぞ来たな、落ちこぼれ召喚士、橘ひより! そして、我が愚かなる妹セシリアよ。よもや、私への反逆のために橘ひよりの手引きをして、この晩餐会へと乗り込んでくるとはな」


会場の最上段、純金の玉座に腰掛けた第一皇子ルフェスが、不敵な笑みを浮かべて魔法杖を掲げた。その杖の先端には、古代の暗黒金属で鋳造された、巨大な『言語剥奪の沈黙誓約(サイレント・コア)』が怪しく明滅していた。


「お兄様! このような不敬極まる罠でひよりお姉様の声を奪い、国家反逆の濡れ衣を着せようとするなど、王宮の誇りが許しませんわ! 今すぐその呪いを解除なさい!」


セシリア王女が毅然としてルフェスの前に立ち塞がり、自らの胸元から、王女の印たる『絶対拒絶の魔導ブローチ』を光らせた。


「フン、お前のその『肩代わり魔法』など、最初から計算の内だ。お前が橘ひよりの呪いを引き受けたその瞬間、お前たちの二人は連帯保証人として、同時にすべての魔力と発言権を失い、この大宮殿の地下深くにある『言語無き永久地下牢』へと強制収容されるプロットが完成するのだ! ――【言語剥奪の沈黙誓約・起動(サイレント・サイレンス)】!」


キィィィィィン!!!!!


次の瞬間、ルフェス殿下の杖から、目に見えない不気味な「黒いインクの鎖」のような呪いの波動が放出され、ひよりとセシリア王女の喉の周りを、凄まじい力で締め付け始めた。


「……っ、あ、あぐ……! こ、声が……出ない……!」


セシリア王女が自らの喉を押さえ、顔を真っ青にして膝をつく。


彼女の『絶対拒絶のブローチ』は、ルフェスが用意した古代の呪導装置の圧倒的な「沈黙の質量」の前に一瞬で青黒く腐食され、その魔力を完全に封じられてしまったのだ。


「ひ、ひよ……おねえ……さま……!」


セシリアの声が、物理的にただの吐息へと変換され、一音の言葉すら紡げなくなっていく。


ひよりの喉からも、自らの魂と付喪神たちを繋ぐ「言葉(詠唱)」の波動が急速に吸い取られ、彼女の実家のリュックのチャックが、不気味な黒い沈黙の封印によってピシリと凍りつき、開くことすらできなくなってしまった。


「ははは! 見たか! これで橘ひより、貴様はただのしゃべることもできず、実家のお宝を呼び出すこともできない、無力な人形となったのだ! これより、この二人を『王宮撹乱の罪』として、永久の暗黒牢へと連行する! 近衛兵、捕らえよ!」


ルフェスの命令と共に、白銀の鎧を着た近衛魔導師たちが一斉に魔法剣を抜いて、ひよりたちを包囲し始めた。


「……っ!?(ちょっと待ってよ! 私の可愛いセシリアちゃんをいじめて、私の喉をカチカチにして、特製ショコラタルトを食べられないようにするなんて……そんな理不尽な嫌がらせ、私は絶対に、口をパクパクさせた状態からでもブチ抜いてやるんだからぁぁぁーーーッッ!!)」


ひよりは声が出ない極限のパニックの中、自らの「言葉を必要としない、魂の奥底に眠る呉の日常への執念(食欲)」を爆発させ、喉を締め付ける黒い鎖に向けて、渾身の黄金の魔力を、声を出さずに『ジェスチャー(たい焼きをハネさせるポーズ)』だけで実家のリュックへと叩き込んだ。


「なるほどな。言葉(音声)という表面的なインターフェースを剥奪し、人間の『意志の伝達』そのものをシステムから消去しようとする、極めて傲慢な王族の嫌がらせプロットか。

……ひより、案ずるな。人間の『声に出さずとも、言葉をしっかりと形にし、間違った記述をその場で完璧に消し去って、正しい真実をしっかりと世界に接着する』という日常の規律の前には、王宮の古代呪いなど、ただの一線の防衛すら維持できない。

……我が神社の東の第三蔵の最奥――千年の間、人間のありとあらゆる『間違えて書いてしまったラブレターの黒歴史』や『不当な契約書に無理やりサインさせられそうになった大危機』、そして歴史の裏で誰かが勝手に書き換えた『不吉な罪状のインク』を、その絶対的な『一擦りによるインクの完全消去』と『澱みない白い塗膜による正しい歴史の上書き』という二つの日常の知恵によって、一瞬で元の真っ白な無垢へと還し続けてきた、あの『最高級の文字修正コンビ』を呼び出すのだ!」


私はひよりの胸の奥の精神世界で、万年筆のインクを激しく走らせながら告げた。


「(東の第三蔵の、文字を消して直す道具……あ! おじいちゃんが昔、神社の古い宿帳の書き損じを、ゴシゴシって擦り消したり、お母さんがお習字のお手本の汚れを、上からシュッと白いテープをあてがって、何事もなかったかのように綺麗に消し去っていた、あの……!)」


「そうだ。あれらは、世界を破壊する暗黒魔法ではない。だが、人間の『書かれてしまった間違った文字は、上から強く擦り、白い幕で覆って、その上から正しく書き直せばいい』という、あまりにも力強く、そして温かい生活の知恵から生まれた最強の修正兵器たちだ。……ひより、彼らを呼び出して、その上品ぶった第一皇子の『沈黙の誓約』を、歴史のインクごと綺麗に擦り消してやれ!」


第三章:新付喪神現る!「プラスチック消しゴムの絶対摩擦と修正テープの白膜上書き」


ひよりは声が出ない喉を片手で押さえながらも、自らの本体リンクから極限まで密度を高めた黄金の魔力を、大宮殿の鏡の床へと、無言のまま力強く踏み付けた。


ズガァァァァァン!!! ゴシゴシゴシゴシ……!!! シュルシュルシュルシュル……!!!


空間に、極めて滑らかな最高級プラスチックが、紙の上の間違った鉛筆の線を跡形もなくゴシゴシと擦り消していくような爽快な音と、極薄の白い転写テープが、歪んだインクの文字の上にスーッと一糸乱れぬ正確さであてがわれ、真っ白な新しいキャンバスへと張り替えていくような、耳心地の良い『精密な文字修正の音』が響き渡った。


光の中から出現したのは――長年の使用によって端々が丸くなり、青と白と黒の美しい三色のスリーブに包まれながらも、圧倒的な「インクの吸着消去力」を保っている、伝統的な『事務用・特大プラスチック消しゴム(けしごむ)』と、先端に極小のギヤと透明な転写ヘッドを持ち、どんな細かい文字の配列もピンポイントで真っ白な帯で覆い隠して上書きできる『最新鋭・超長尺修正テープ(しゅうせいてーぷ)』の一対だった。


「おやおや、随分と底意地の悪い、真っ黒い文字(呪い)がお嬢さんと可愛い王女様の綺麗な喉を締め付けているようだねぇ。……これじゃあ、せっかくの二月の美味しそうなトリュフショコラが、呪いの味で台無しになっちまうよ」


消しゴムの表面から立ち上る、爽やかな新しいビニールの香りと、整えられた空間の煙の中から現れたのは、全身を青と白のスマートなブレザーに包み、右手に一本の細い鉛筆を小粋に弄びながらも、その瞳の奥に「完全なる文字消去の絶対計算」を宿した、いかにも知性的で都会的な青年の姿をした付喪神――


名を『消太郎(けしたろう)』という。


千年の間、神社の境内で発生したあらゆる「帳簿の膨大な計算ミスの修正」や「不適切な契約書の文字消去」の最前線に担ぎ出され、どんなに激しい魔法の文字であっても「我が身体が擦った場所は、すなわち絶対不変の『未記述(白紙)』である」という、強烈な『摩擦消去』の執念から神格を得た、プラスチック消しゴムの付喪神だ。


「そしてそしてぇ! 鉛筆の線を消すだけじゃ、古代の頑固な沈黙インクは消えないからね! ボクがスーッと真っ白なテープで覆って、お姉様たちの喉を綺麗な白紙に戻してあげるよ、ひよりちゃん!」


修正テープのギヤの隙間から、シュルシュルと音を立てて飛び出してきたのは、頭に透明なテープのヘルメットをかぶり、両手に白いテープのローラーを構えて空中を軽快に滑走する、いかにも活発で几帳面な少年の姿をした付喪神――


名を『白丸(しろまる)』という。


彼は、近代のオフィスや学校が爆発的に栄えた時代から、何万件もの間違ったインクの文字や、印刷のエラーを、そのテープの動きによって一瞬の誤差もなく「真っ白な無(余白)」へと収束させてきた、修正テープの付喪神であった。


「消太郎さん、白丸君! あのルフェス殿下の呪いのせいで、私とセシリアちゃんの声が消されちゃったの! あの喉を締め付ける黒い文字を、ゴシゴシ擦り消して、白いテープで綺麗に張り替えて!」


「おう、合点承知の助だ、ひよりのお嬢さん! 僕の身体(消しゴム)が擦る因果はね、古代王室の沈黙魔法だろうが暗黒の誓約だろうが、絶対に滑り落としはしないのさ!……ただ『ここに照準を合わせ、間違って記述された呪いの文字を根元から吸着消去する』。――【神域消滅・三色鋼鉄摩擦(しんいきしょうめつ・さんしょくこうてつまさつ)】!」


消太郎が、自らの本体である特大プラスチック消しゴムを両手で力強く構え、ひよりとセシリア王女の喉を締め付けていた『沈黙の誓約』の青黒い文字の鎖に向けて、空中でゴシ、ゴシ、ゴシィィィィン!!!!!と力強く擦り付けた。


その瞬間、どんな解呪魔法であってもビクともしなかったはずの、喉にまとわりつく古代王室の呪いのインクが、消太郎の放つ「絶対消去の摩擦力」に触れた途端、まるでただの『鉛筆の書き損じ』のように、パラパラと灰色の消しゴムのカスになって空中へと削り落とされ、跡形もなく消滅し始めたのである。


「な……何だと……!? 我が王室の誇る、絶対に解読不可能・消去不可能なはずの『沈黙の誓約』の文字が、ただの『四角い合成ゴムの塊』の摩擦の前に、消しカスのように物理的に削り取られていくというのか……!?」


ルフェス殿下が、純金の玉座から立ち上がり、その極光の瞳を驚愕に大きく見開いて絶叫した。


「それだけじゃないよ! はい、ボクの番! シュルシュルシュルシュル、スーッスーッ!! ――【神域上書き・純白速乾白紙テープ(しんいきじょうがき・じゅんぱくそっかんはくしてーぷ)】!」


白丸が、驚異的なスピードで宙を舞い、消太郎が擦って薄くなった残りの暗黒インクの配列、そしてルフェスが持つ呪導装置の表面に向けて、その白い転写ヘッドを一寸のズレもなくスーッと滑らせた。


不思議なことに、白丸がテープを引くたびに、呪導装置から発せられていた黒い呪いの波形が、上から


「一ミリの隙間もない完璧な白い極薄プラスチックの帯」


によって完全に覆い隠され、世界の記述(システム)から『最初からその呪いは存在しなかった』かのように、完全に白紙化されていったのである。 次の瞬間、ひよりとセシリア王女の喉を締め付けていた不快な冷たさが一瞬にして消え去り、二人の喉には、元の温かい体温と、鈴を転がすような美しい歌声のビートが、何倍もの魔力を伴って一瞬で強制復元された。


「……あ! あ、あ! ――やったぁぁぁ!!! 声が出る! 声が出るよ、セシリアちゃん!」


「ひよりお姉様……! 素晴らしいわ! 私の声も、元の綺麗な歌声に戻っておりますわ! お兄様の卑劣な呪いが、ただの消しゴムと白いテープの前に、跡形もなく消え去りましたのね!」


セシリア王女が、ひよりの胸に飛び込んで大喜びする。


「ガハハハ! どんなに高貴な呪いの文字だってな、ワシらの上から擦られりゃあ、ただの消しゴムのカスよ! さぁお嬢ちゃんたち、不敵な王子の鼻を、その美味しいショコラで塞いでやりな!」


消太郎が爽快に笑う。呪いが完全に消滅した大晩餐会会場には、一瞬にして元の煌びやかなオーケストラの旋律が響き渡り、パニックに陥っていた貴族たちからは「おお……! 橘先輩が、一瞬で王宮の禁忌を巨大な文房具(?)で消し去ったぞ!」と、割れんばかりの歓声が沸き起こったのだった。


第四章:皇子の悪あがきと「不当な罪状の強制上書き」


だが、第一皇子ルフェスは、自らの呪いを消し去られただけで折れるほど生易しい男ではなかった。


「くっ、言語の剥奪が効かぬというなら、この王宮の『絶対法秩序システム(ロイヤル・コード)』そのものを稼働させ、お前たちの名前を、国家反逆罪の『永久罪人登録(ブラックリスト)』へと、この公式誓約書を通じて今すぐ直接書き加えてくれるわ!」


ルフェスが懐から、王都の最高法権限を宿した公式の羊皮紙――『国家審判の絶対誓約書』を取り出し、ひよりとセシリアの名前の横に、国家反逆の真っ赤な血文字(バグコード)を、最高出力の魔力で直接書き込み始めた。


カチ、カチ、カチ、チキィィィン!!!


大晩餐会会場の空間が、まるで水面に投げ込まれた石のように、グニャグニャと激しく波打ち始めた。


「な、何てことだ! あいつ、あの王宮の最高法を盾にして、会場の中の『歴史の因果関係』を強制的に書き換え、セシリア王女を『王政復古の反逆者』、橘(ひより)を『不法侵入の魔物召喚士』へと無理やり上書きしようとしているんだ!」


いつの間にか会場の隅に控えていたルファスが、激しい空間の歪みに耐えながら、声を枯らして叫ぶ。ひよりとセシリアの足元からは、見たこともない古代の不気味な黒い✕の紋章(罪状の呪い)が次々と触手のように伸び上がり、二人の華やかな衣装を、汚れた囚人のボロ布へと無理やり書き換えようと締め付け始めていた。


「うわっ、ちょっと待って! ドレスが、ドレスが変なボロきれに変わっちゃう! 私の、私の二年生としての思い出が、全然知らないお化け屋敷みたいな国家反逆者の記憶に侵食されていく……! 頭がぐるぐるして、自分が何枚のチョコレートタルトを食べたのか分からなくなりそう……!」


ひよりが頭を抱えて鏡の床の上に膝をつく。セシリア王女もまた、その華奢な肩を震わせながら、お姉様の腕を必死に握り締めていた。


「不味いな。相手は個人の嫌がらせではなく、国家の絶対法そのものを『強制的な罪状の上書き(パラドックス)』によって捻じ曲げようとしている」


私は文机の前に立ち、万年筆を強く握りしめた。私の現実改変で『歴史は変わらない』と記述するには、ルフェス殿下が命を賭して発動している国家の法秩序の質量が大きすぎる。


「ひより、自分を見失うな! 世界がどれほど頑固な古代のルール(バグ)によってお主とセシリア王女の今を上書きしようとも、人間の『一度間違えて汚れてしまった紙も、上から強固な白い膜で覆い隠してしまえば、そこは完全に新しい真っ白な世界として再出発できる』という日常の再生の規律の前には、歴史の歪みなど一歩も侵入できない。

……我が神社の東の第五蔵の引き出しの奥――千年の間、地域の小作人たちの不当な土地の契約書や、代々の神主たちが書き間違えた重要な儀式のスケジュールの汚点を、その絶対的な『白いテープによる空間遮断と速乾性の上書き』という一念の物理重量によって、一瞬で何もない綺麗な白へと塗りつぶし続けてきた、あの白丸の『究極のパワーアップ形態』を呼び出すのだ!」


「引き出しの奥の、白く塗りつぶす道具……あ! 白丸君の持っている、あのテープが、もっと、もっと大きくなって、すべての間違った記述をまるごと覆い隠す、あの……!」


「そうだ。あれは、魔法の消滅呪ではない。だが、人間の『間違えた過去は、白いテープを引いて、上から新しく書き直せばいい』という、あまりにも力強く、そして便利な生活の知恵から生まれた兵器だ。……ひより、彼を呼び出して、お主たちの『国家反逆の呪い』の上に、絶対的な白の結界をブチまけてやれ!」


第五章:過去遮断と「修正テープの絶対白膜」


ひよりは混濁しかける意識の奥底から、自らの「セシリアちゃんを守るというお姉様としての責任感」と、

「二月の美味しいトリュフショコラへの執念」

を爆発させ、足元の不気味な黒い紋章に向けて、渾身のデッドストックの光を放った。


「デッドストック、フルパワー!! 我が家の書斎に眠る、すべての間違いを一瞬で白紙の無に還すお宝、出てきて私たちの『今』を、白いお布団のテープで包み込んじゃってぇぇぇーーーッ!!」


パカッ!!! シュルシュルシュルシュル……!!!


大晩餐会会場の空間に、巨大なテープのカートリッジが回転し、中のヘッドが滑らかに滑り落ちていくような、あまりにも軽快で、だが同時にあらゆる黒いインク(呪い)を恐怖させるような音が響き渡り、純白の魔法陣がステージの床一面に展開した。 光の中から出現したのは――最高級のチタンホワイトの顔料を極薄のフィルムにふんだんに塗布し、長年の使用によってヘッドの周囲にうっすらと白い膜が固まりながらも、圧倒的な隠蔽力と速乾性を保っている、あの修正テープの


付喪神『白丸(しろまる)』が、スタジアム全体を丸ごと一削りできるほどに巨大化した姿だった。


「……あらあら、随分と泥遊びが好きな、真っ黒い文字(罪状)が、お嬢さんたちの綺麗な名誉を汚そうとしているのねぇ。……我が『白丸』の前に、塗りつぶせない暗闇など、ただの一滴も存在しないのよ」


白丸が美しく微笑むと、手に持った巨大な修正テープの転写ヘッドを、ひよりたちの足元の歪んだ床、そしてルフェスの持つ『国家審判の絶対誓約書』の真上に向けて、ドボドボドボォォォォォッ!!!!!と、大晩餐会会場全体を純白のテープで染め上げるほどの圧倒的な隠蔽力で滑らせた。


ジュゥゥゥゥゥゥッ!!!


凄まじい神聖な摩擦の光と、清々しい新品の文房具の香りが大宮殿全体に立ち込める。


なんと、ルフェス殿下が書き加えていた「国家反逆罪」の青黒い魔力インクの文字が、紙に定着するよりも早く、白丸の放った真っ白な『修正テープ』の帯に触れた瞬間に、まるでカンナで削られた一本の綺麗な「木の屑」のように、くるくると丸まりながらシステムから完全に切り取られ、跡形もなく消滅してしまったのである。


それどころか、ルフェスの持っていた『国家審判の絶対誓約書』の紙面全体が、白丸の絶対的な「白紙化」のテープの前に真っ白に塗りつぶされ、自らの記述していた不当な罪状のルールを見失い、過負荷(エラー)を起こして


「パァァァン!」と


派手な音を立てて木っ端微塵に爆発してしまった。


「な……何ということだ……! 我が王宮が誇る絶対の法秩序システムが、ただの『白いプラスチックの修正テープ』の隠蔽力の前に、自分の名前すら忘れて自壊したというのか……!?」


第一皇子ルフェスが、爆発の衝撃で玉座の階段の上から転げ落ち、すべての魔力を失って呆然とした涙をこぼした。


「ふふ、これでよし。……どんなに偉大な公式の権限(魔法)であっても、上から『白』のテープで塗りつぶされてしまえば、ただの存在しない木屑ですからね」


白丸は静かに微笑むと、一組の文房具の姿に還ってひよりの新しい筆箱へと綺麗に収まったのだった。


大晩餐会会場の緊迫した空気は完全に消え去り、そこには、二月の穏やかな夜の鐘の音だけが、美しく響き渡っていった。ひよりたちの国家反逆の噂も、王宮の公式記録も、すべてが消太郎と白丸のコンボによって「最初から存在しなかったプロット」へと強制終了(リセット)されたのである。


終章:至高のトリュフショコラと、呉の冬空を想う


二月の最大の危機と、ルフェス殿下の「陰湿な言語剥奪嫌がらせ」を、プラスチック消しゴム(消太郎)と修正テープ(白丸)という、異世界のどんな超常魔法の系譜にも存在しない不条理な日常道具コンボで完全解決したひよりたち。

王宮の不当な誤解も完全に解け、セシリア王女は

「……お兄様、おいたが過ぎますわよ。これからはひよりお姉様に、一生の忠誠を誓って、王宮の特製ショコラを毎日献上することを誓いなさい!」


と涙ながらに叱責し、ルフェス殿下は青い顔のまま

「……すまない、これからはおとなしくする……」と、その場で全面降伏を誓った。


その日の夜。星が瞬き始めた、大宮殿の特等バルコニー席。

ひよりはテーブルの上で、ついに守り抜いた最高の報酬――セシリア王女が王室の最高権限で用意してくれた、まばゆい光を放つ『二月限定・王宮特製トリュフショコラ・タルト(生チョコたっぷり特大タワー)』を前にしていた。


「おいしーーーい!!! 何これ、濃厚な生チョコのクリームが口の中でジュワッて弾けて、ココアパウダーのほろ苦さが上品で、呉のれんが通りのどんな高級チョコレート屋さんで食べるスイーツより美味しいよ!」


ひよりはタルトをこれでもかと頬張り、頬をリスのようにパンパンに膨らませながら、最高の笑顔を浮かべていた。


「フ、フン、当然さ。今回は君のその『よく分からない実家のからくり消しゴムと白いテープの力』に、王室の秩序どころか僕のヴァルカン家のカニの在庫まで救われちゃったわけだからね。……まぁ、その、セシリア王女が君のことをそこまで気に入ってるなら、僕が君の『お姉様』としての威厳を保つために、新学期の勉強を付き合って教えてあげてもいいぞ」


ルファスはすっかりネクタイを緩め、自らの分のショコラを大事そうに口に運び、どこか幸せそうに微笑んでいる。


「ひよりお姉様! 私、お姉様とこうしてお鍋(タルト)を囲んで『美味しいですわね』って言い合える今が、人生で一番、一番ハッピーですわ! ショコラ、最高に美味しいですぅ!」


セシリア王女も、口の周りをココアパウダーだらけにしながら、ひよりの腕にギュッとしがみついて笑っていた。 ミーナも、お皿をピカピカになめる勢いでショコラを平らげ、尻尾を千切れんばかりに激しく振って大喜びしていた。


「ふむ。理不尽な嫌がらせ(バグ)を消去し、正しい日常のステップで最高の報酬を掴み取る。これ以上ない見事な二月編のプロットだな、ひより」


私は文机に向かい、この『第二十九幕・二月の王都晩餐会編』の最後の一ページに、満足のいく文字を刻み終え、万年筆を静かに置いた。 「仕上げは終わった、硯水さん?」 ひよりがテラスから差し込む、王都の美しい夜景を見つめながら覗き込んでくる。私は微笑み、表紙に力強い文字でこう書き込んだ。


『名もなき神社のデッドストック・第二十九幕~二月の王都大晩餐会・ルフェスの言語剥奪嫌がらせを、プラスチック消しゴムの絶対摩擦と修正テープの白膜上書きにより、セシリア王女を救い出して極上トリュフショコラ・タルトを堪能してみた~』


「ふふ、完璧な大団円だ。さあ、ひより。二月でのささやかなお上品なハプニングもこれにて一段落。明日からはまた、このルミナス魔法学院で、新しい美味しい春の日常のプロットの始まりだ」


「うん! よーし、三月になったら、今度はみんなと一緒に、春の美味しいお団子とたい焼きで美味しい日常をたくさん作っちゃうぞ!」


窓の外では、静かに、優しく二月の満天の星空が世界を包み込み、王宮の暖かい魔導の光がひよりの黒い髪を美しく照らし出す。


「パパ、ママ。私ね、二年生の二月に、実家の消しゴムさんとおテープさんのお宝の力を使って、意地悪な王子の嫌がらせをゴシゴシ消し去って、可愛い妹分の王女様と一緒に、世界一美味しいチョコタルトを食べちゃったよ。だから……いつか本当に私が呉の家に帰れた時は、小さなお店のトンカツダブルと中ご飯、パパの奢りで、絶対に家族みんなで、お腹がはち切れるくらい食べさせてね!」


少女のどこまでも明るい笑い声と、千年の時を超えてリュックの中で賑やかに笑う付喪神たちの声は、ぬくもりに包まれた学園都市の夜空へ、遠い、遠い故郷の空へと、どこまでも、どこまでも響き渡っていった。



みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?

少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。

励みになりますので、☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。

これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

今回は女子高生のお話です。

よろしくお願いします。

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