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28 補修和紙と澱粉糊と万力クランプ

一月の凍てつく冷気が街を包み込む中、ルミナス魔法学院は本来であれば、新春の精霊光臨祭の穏やかな余韻に浸っているはずだった。


三日間の正月のうち、たった十二時間だけという神社のデッドストックたちの総力戦――

……三尺砂時計の砂刻翁が展開した絶対隔離刻限により、小さな姪っ子の身体を借りて遠い故郷の広島県呉市の実家へと奇跡の里帰りを果たした天照ひより。


パパとママに涙ながらの「ありがとう」を伝え、天照家特製の広島風お好み焼きの味を魂に刻み込んで異世界へと戻ってきた彼女は、これまでにない活力と巫女としての決意に満ちあふれていた。


しかし、世界の理(システム)というものは、どれほど付喪神たちの日常の知恵が優れていようとも、完全に『死者は還らない、次元は交わらない』という絶対のセパレート規律を無視した代償を、あまりにも冷酷な「バグの反動」として請求してきたのである。


「ちょっと待ってよ! 何これ、正月早々、学園のメインストリートに設置された『王都周辺魔導環境警告盤』が、見たこともない真っ黒なインクをぶちまけたみたいにエラーの文字を点滅させてるんだけどぉぉぉーーーッッ!?」


新学期が始まったばかりのルミナス魔法学院、二年A組の教室。天照ひよりは、窓の外に見える巨大な警告用魔導水晶が、禍々しい紫色の稲妻をバチバチと放ちながら「特級危険・因果の歪みによる魔物完全活性化」という最悪のプロット(警報)を出力しているのを見て、完全に魂の抜けた顔で絶叫していた。


「何をそこまで因果の天秤のト書き通りの絶望を記述しているのだ、ひより。

お主が先月、あの千年に一度の禁忌の方法を使って世界の壁を逆跳躍し、呉のれんが通りの空気を吸ってきた代償だ。

神様の砂時計でどれほど時間を隔離したとしても、次元の膜に開いた『ほんの針の穴ほどの小さなひずみ』から、世界の裏側に渦巻く悪性の魔力(バグコード)が噴き出し、王都のすぐ近くにある最高警戒ダンジョン『深淵の煉獄魔窟(れんごくまくつ)』の魔物たちを通常の数百倍の出力で活性化させてしまったのだ。

……蔵の奥に眠る古き仲間たちも、お主のその『実家への愛の質量が大きすぎて世界を傾かせる』というあまりにも極端な主人公体質には、あきれ果てて言葉を失っておるぞ」


私はひよりの机の横、冬の冷たい結露が滴る窓ガラスの影に、依り代である文机を精神体として静かに実体化させ、滑らかな万年筆の先から羊皮紙に文字を刻みながら応えた。


私の名は『硯水(けんすい)』。千年の歴史を持つあの蔵の奥で、人間の様々なる「一つの禁忌を犯したことで、ドミノ倒しのように発生する想定外の大不祥事」「何かを得るために何かを支払わねばならない不条理な世界の等価交換」「引き出しの奥に隠された秘密が、外の世界を大混乱に陥れる喜劇と悲劇」を見つめ続けてきた、文机の付喪神だ。


「簡単に言わないでよ、硯水さん! 私がお好み焼きを食べたい一心で世界の壁に穴を開けちゃったのが原因なのは認めちゃうけど、だからって王都近くのダンジョンが暴走して、お正月早々、街の人たちや可愛い亜人の子供たちが魔物の大群に襲われちゃうなんて、そんなの完全に私の逆恨みイベントじゃん!

しかも、購買部の噂によると、活性化した魔物のボス『暴食の超巨神オーク』が、王都が新春限定で備蓄していた『一万本の上質魔導サツマイモ(特大サイズ)』を丸ごと強奪して、ダンジョンの最下層でドロドロのデスメタル焼き芋大会を開こうとしてるらしいんだよ!?

私のせいで世界が危機に陥るのも、サツマイモが魔物の胃袋に消去されるのも、絶対に認めないからね!」


「ひよりの姉ちゃん、それだけじゃないんだぜ。オイラ、さっき教頭室の裏の通信水晶をからからと覗いてきたんだけどさ……」


ひよりの新しいボア付き筆箱の隙間から、おみくじ箱の付喪神である『吉凶(きっきょう)』が顔を出し、木箱の体をガタガタと慌ただしく鳴らした。


「今回のひずみは、単なる魔物の活性化じゃ済まなくなってるみたいなんだ。魔物たちが浴びている『因果の歪み光線(ノイズ・レイ)』は、学園や王宮の正規の討伐魔法を『ただのインクの滲み』として認識して無効化しちまうんだ! このまま今日の夕方までにダンジョンの暴走を止めないと、王都の防衛結界が内側から白紙化(リセット)されて、ひよりの姉ちゃんのリュック(実家のゲート)もろとも、世界の記述から消去されるって、王宮のカタブツ騎士どもがパニックになってるんだぜ!」


「……え!? 私のリュックが消去されたら、もう二度と呉のパパとママにお土産の魔導パフェを持って帰ることができなくなっちゃうじゃん!」


ひよりの瞳の奥に、再びあの「食欲と家族愛による世界の変革」を告げる猛烈な炎がパッと灯った。


「吉凶君、ルファス君、ミーナちゃん! そんな理不尽な世界のバグ、私は絶対に返品するわよ! 私が呉に帰ったせいで開いた穴なら、私の神聖なるサツマイモとリュックを守るために、その歪みごと力任せにブチ抜いて、完璧なハッピーエンドの蓋をして見せるわよ!」


「ひゃぅっ!? ひよりさん、自分のやらかした禁忌を完全に棚に上げて、サツマイモへの執念だけで魔王顔負けの戦闘モードに入ってますぅ!」


いつの間にか教室に入ってきたミーナが、犬の耳をパタパタさせながら怯えた声を上げる。しかしひよりはすでに、防寒用の赤い和装マフラーをハチマキのように頭に巻き付ける勢いで、暴走するダンジョンが聳える王都近郊の荒野へと、堂々の第一歩を踏み出した。


第二章:深淵の煉獄魔窟と「活性化のノイズ」


王都近郊に聳える『深淵の煉獄魔窟』の入り口は、すでに冷酷な青黒い魔力の霧で完全に覆い尽くされていた。


「おい、天照! 先行していた王宮騎士団の第一部隊が全滅――いや、全滅というか、魔物たちの放つ『因果の歪み(ノイズ)』に触れた途端、彼らの武器や鎧がただの紙切れのようにクニャクニャに変形して、一歩も進めなくなってしまったんだ!」


ツンツン頭の少年――ルファスが、顔を真っ青にして魔法杖を構えながら走ってきた。彼の手にある魔導通信機からは、ザザザザ……と、世界の記述(システム)が処理しきれずにエラーを起こしている警告音が、不気味に響き渡っていた。


「ルファス君! 王都のサツマイモは!? 無事なの!?」


「だからサツマイモの心配をしてる場合か! 中を見てみろ! 君が世界の壁に開けた穴から漏れ出た『次元のひずみ(バグ)』が、ダンジョン中の魔物たちに結合して、彼らの肉体を通常の何十倍もの質量へと強制肥大化させているんだ! このままでは魔物の群れが王都へ溢れ出し、すべてが白い無(ゼロ)に還されてしまう!」


ルファスの言う通り、洞窟の奥からは、見たこともない巨体に変貌したオークやトロールたちの咆哮が、大地を激しく揺らしながら響いてきた。

彼らの身体の表面からは、真っ黒な『ひずみの触手(✕マークのノイズ)』が何千本も伸び上がり、周囲の空間や大地の因果関係を締め付け、世界の記述から削り取ろうと白く塗りつぶし始めていたのだ。


「大変です! 活性化した魔物たちが放つ『白紙化の咆哮(リセット・ハウル)』は、学園の正規の防衛魔法や属性障壁を『ただのインクの汚れ』として認識するため、どんな上級魔法を使っても、その前進を止めることはできません! このままでは天照先輩のリュックの中身も、私たちのこれまでの思い出も、すべてが白い無に還されてしまいます!」


セリア生徒会長が遠隔通信魔法で懸命に指示を送るが、絶対的な「次元のひずみ」の前には、王宮の魔法騎士たちの剣も紙切れのように無力化されていく。


「ちょっと待ってよ! 私が呉に帰ったのが原因なのは悪いと思うけど、だからって私の夏のプリンや冬のサツマイモ、みんなとの思い出まで『なかったこと』にされる筋合いはないってば! こんな不条理なエラー、私は絶対に辞退するからね!」


ひよりの日常防衛本能が、世界のシステムに対して極限の出力で爆発した。


「ひより、その通りだ。相手が『次元のひずみという表面的なエラーを盾にして、人間の日常を強制的に白紙化しようとする不条理なシステム』か。

以前の砂消しゴムや定規たちが使えないというなら、今回はより本質的な『間違って開いてしまった空間の穴そのものを根底から塞ぎ、歪んだ記述を正しい枠組みへと強制固定する』ための、あの蔵の秘宝を呼び出すしかないようだな」


「えっ? 砂恵さんや竹千代さん以外にも、開いちゃった穴や歪みを直接直せるお宝が、まだ蔵に残っているの……!?」


「もちろんだ。我が神社の東の第四蔵の引き出しの奥――千年の間、人間のありとあらゆる『障子紙にうっかり開けてしまった無様な穴』や『経年劣化でガタガタに歪んでしまったお宮の建具の隙間』、そして歴史の裏で誰かが勝手に書き換えた『不当な条約文の余白の破れ』を、その絶対的な『強固な紙による空間の完全閉塞』と『澱みない液状の糊による分子レベルの接着固定』という二つの知恵によって、一瞬で元の美しい密閉状態へと強制補正し続けてきた、あの伝統的な二つの文房具を呼び出すのだ」


「東の第四蔵の、開いた穴や隙間を綺麗に塞ぐ道具……あ! おじいちゃんが昔、神社の古い障子を張り替える時に、風がヒューヒュー通る穴の上に、ポン、ポンって可愛い花の形に切り抜いた白い紙をあてがって、穴を完全に無くしていた、あの美しい……。それに、お母さんが破れた神社の古文書を直す時に、竹のヘラでドロッとした白い液体を塗って、一ミリの隙間もなくピタッて貼り合わせていた、あの小さな……!」


「そうだ。あれらは、世界を破壊する暗黒魔法ではない。だが、人間の『間違えて開いてしまった穴は、正しい補修紙で塞ぎ、上質な糊で固め直せば、必ず元の綺麗な障壁へと蘇る』という、あまりにも力強い生活の知恵から生まれた道具たちだ。……ひより、彼らを呼び出して、その生意気な次元のひずみを、根元から補修してやれ!」


第三章:新付喪神現る!「補修和紙の障壁展開と澱粉糊の完全密閉」


ひよりは悲鳴を上げて後退する王宮騎士たちの波を逆流し、狂ったようにひずみのノイズを放つ魔物たちの前に毅然と立ち塞がった。


「デッドストック、起動! 我が実家の蔵の奥、千年の間、どんな破れた穴も絶対に許さず、間違った隙間を綺麗に塞ぎ直してきた、最強の補修コンビ、おいで!」


ピシィィィィン!!! トロリ、トロリ……!!!


空間に、最高級の和紙が空気を心地よく震わせながら広がるような音と、丁寧に炊き上げられたお米の糊が紙の表面を滑らかに満たしていくような、あまりにも耳心地の良い『精密な修復の音』が響き渡った。


光の中から出現したのは――長年の保管によって深い気品ある白色を保ち、どんな激しい風のエネルギーも一分の狂いもなく受け止める伝統的な『美濃特撰・障子補修和紙(ほしゅうわし)』と、厳選されたお米の澱粉をじっくりと練り上げ、どんな細かい隙間もピンポイントで埋め尽くせる『天然由来・最高級澱粉糊(でんぷんのり)』の一対だった。


「おやおや、随分と不躾な、風通しの良すぎる穴(ひひずみ)が、お嬢さんの綺麗な和装を汚そうとしているねぇ。……これじゃあ、せっかくの新春の美しいお宮の空気が、台無しになっちまうよ」


補修和紙の表面から立ち上る、爽やかな楮(こうぞ)の香りと、天日に干された古い紙の煙の中から現れたのは、清楚な白い着物を身に纏い、長い髪を上品な水引で結った、いかにも几帳面で優美な女性の姿をした付喪神――


名を『紙紗(かみしゃ)』という。


千年の間、神社の境内で発生したあらゆる「台風による障子の破れトラブル」や「経年劣化による襖の隙間風」の最前線に担ぎ出され、どんなに激しい次元のひずみであっても「我が身をあてがった場所は、すなわち絶対不変の『完全なる閉塞障壁』である」という、強烈な『空間閉塞』の執念から神格を得た、補修和紙の付喪神だ。


「そしてそしてぇ! 紙をあてがっただけじゃ、隙間風は止まらないからね! ボクの出番だよ、ひよりちゃん!」

紙紗の影から、トロリと飛び出してきたのは、可愛い竹のヘラを両手に持ち、すばしっこく宙を舞う少年の姿をした付喪神――

名を『トロリ丸(とろりまる)』という。


彼は、文字や帳簿が普及し始めた時代から、破れた重要文書の修復や、神聖な儀式に使う大幣(おおぬさ)の組み立てを、その滑らかな体で紙の繊維を傷つけることなく「分子レベルで完全に密着させる」という、驚異的な『完全接着』の執念から生まれた、澱粉糊の付喪神であった。


「紙紗さん、トロリ丸君! あの次元のひずみの穴から漏れ出たノイズが、ダンジョンの魔物たちを暴走させて、私のリュックとサツマイモを消去しようとしてるの! あの嫌な✕マークの開いた穴を、正しい和紙でパチンと塞いで、間違った隙間をトロリと糊で固めて!」


「おう、任せときな、ひよりのお嬢さん! 私の身体(和紙)が展開する障壁はね、次元の裂け目だの真理のバグだの、そんな小賢しい歪みに揺らぐほどヤワじゃないのさ!……ただ『ここに紙をあてがい、開いた穴を無理やり真っ白な規格で塞ぎ込む』。――【神域閉塞・美濃花吹雪障壁(しんいきへいそく・みのハナフブキしょうへき)】!」


紙紗が、自らの本体である美しい補修和紙を両手で力強く構え、次元のひずみからオークたちに向けて伸びていた【ひずみの触手】に向けて、空中を一閃するように振り下ろした。


その瞬間、オークたちが放っていた「あらゆる魔法防御を無効化する白紙化の咆哮」が、紙紗の和紙の表面に直接命中した。普通なら、どんな障壁であっても一瞬でデータへ分解されるはずだった。

しかし、紙紗の補修和紙は、魔力による障壁ではなく『千年の人間の「破れた穴は、上から新しい紙で塞げば元通りになる」という、絶対的な生活の知恵の物理閉塞』そのものであったため、白紙化のプログラムは和紙の繊維の前で「強制的にただの未記述の白い余白」へと屈折させられ、ひずみのノイズとしての意味を失って洞窟の天井へと虚しく跳ね返っていってしまった。


「な……何だと……!? 我がダンジョンの魔物を狂わせるはずの次元のノイズが、ただの『白い紙切れ』によって、進行を強制的に遮断されたというのか……!?」


魔物の背後から現れた、今回のひずみを利用して王都を転覆させようとしていた過激派の呪詛師たちの表情が一瞬にして崩れ、その目を驚愕に大きく見開いて後ずさりした。


「それだけじゃないよ! はい、ボクの番! トロリトロリ、トロリトロリッ!! ――【神域密閉・純米澱粉接着粘着(しんいきみっぺい・じゅんまいでんぷんせっちゃくねんちゃく)】!」


トロリ丸が、驚異的なスピードで次元のひずみの中心、空間にポッカリと開いていた『呉への跳躍の残り香(バグの穴)』へと肉薄し、その竹のヘラで、空間の裂け目に最高級の澱粉糊をもの凄い勢いでトロリと塗布し始めた。


不思議なことに、トロリ丸がヘラを動かすたびに、空間の裂け目は一切傷つかないにもかかわらず、その上に漏れ出ていた不気味な青黒い次元のノイズだけが、サラサラとした白い澱粉の粉のようになって虚空へと密閉されていく。


「ああッ!? バカな、世界の記述を引き裂くはずの『次元の穴』が、ただの植物性の糊で物理的に密着させられて消えていく……!? 止めてくれ、それ以上塞がれたら、魔物たちの活性化バフが完全に切れて、ただの大人しいオークに戻ってしまう!」


呪詛師たちが悲鳴を上げるが、トロリ丸の手の動きは止まらない。ひずみの穴が完全に塞がれたダンジョンには、一瞬にして元の静かな冬の光が差し込み、パニックに陥っていた王宮騎士たちからは「おお……! A組の天照先輩が、今度は和紙と糊の付喪神で、世界のひずみを無理やりパチンと張り替えちゃったぞ!」と、割れんばかりの歓声が沸き起こったのだった。


第四章:因果の激突と「空間の強制上書き」


だが、ダンジョンの活性化した魔物たちの元締めである『暴食の超巨神オーク』は、自らの放ったノイズを曲げられ、穴を塞がれただけで折れるほど生易しくはなかった。


「グオオオオオオン!!! ――オオオ、オオオオオオッ!!!」


巨神オークが自らの巨大な胃袋を叩くと、その口から、かつて世界が分断された時の絶望の怨念を封じ込めたという、不気味な黒い魔力の波――『活性化の深淵(マッド・バースト)』が、津波のようにダンジョンの床一面へと噴き出し始めた。


カチ、カチ、カチ、チキィィィン!!!


ダンジョン全体の空間が、まるで水面に投げ込まれた石のように、グニャグニャと激しく波打ち始めた。


「な、何てことだ! あいつら、強奪した一万本のサツマイモのエネルギーを完全に体内で燃焼させて、ダンジョンの中の『歴史の因果関係』を強制的に書き換え、天照(ひより)の存在そのものを『世界を崩壊させる大罪のバグ』へと無理やり上書きしようとしているんだ!」


ルファスが激しい空間の歪みに耐えながら、声を枯らして叫ぶ。ひよりの足元からは、見たこともない古代の不気味な黒い✕の紋章(活性化の呪い)が次々と触手のように伸び上がり、彼女の実家のリュックを、世界のゴミ箱へと無理やり書き換えようと締め付け始めていた。


「うわっ、ちょっと待って! リュックが、リュックが変な黒いゴミ箱に変わっちゃう! 私の、私のパパとママとの思い出の詰まったリュックが、全然知らないお化け屋敷みたいなバグの記憶に侵食されていく……! 頭がぐるぐるして、自分がお好み焼きを何枚食べたのか分からなくなりそう……!」


ひよりが頭を抱えて洞窟の地面に膝をつく。彼女の脳裏に、夕焼けに染まる呉の灰ヶ峰の景色と、赤黒い炎に包まれて崩壊していく見知らぬ次元の狭間の景色が、激しく衝突しながら火花を散らしていた。


「不味いな。相手は空間の穴の閉塞だけでなく、歴史の因果そのものを『強制的な魔物の暴走の上書き(パラドックス)』によって捻じ曲げようとしている」


私は文机の前に立ち、万年筆を強く握りしめた。私の現実改変で『歴史は変わらない』と記述するには、巨神オークが自らの命とサツマイモの出力を賭して発動している世界の反動の質量が大きすぎる。


「ひより、自分を見失うな! 世界がどれほど頑固な次元の歪みによってお主の今を上書きしようとも、人間の『一度間違えて開いてしまった穴や歪みも、上から強固な当て木をし、釘を打ち込んで完全に固定してしまえば、そこは完全に新しい真っ白な世界として再出発できる』という日常の再生の規律の前には、歴史の歪みなど一歩も侵入できない。…

……我が神社の東の第五蔵の引き出しの奥――千年の間、地域の寺子屋の子供たちが大暴れして壊してしまった本堂の頑固な柱のヒビ割れや、代々の神主たちが使い古して歪んでしまった重要な祭壇の隙間を、その絶対的な『強固な金属の板による空間遮断と固定』という一念の物理重量によって、一瞬で何もない綺麗な規格へと固定し続けてきた、あの小さき文房具を呼び出すのだ」


「引き出しの奥の、固く締め付けて固定する道具……あ! 私が小学生の時、図工の宿題で木箱を作っていた時、おじいちゃんが『これを使えば、どんなに歪んだ木の板だって、絶対に曲がらないようにガチッと挟み込めるぞ』って言いながら、金属のネジをグルグル回して板を挟み込んでいた、あのカタツムリみたいな形の……万力(まんりき)のクランプ!」


「そうだ。あれは、魔法の消滅呪ではない。だが、人間の『間違えて歪んだ過去は、強固な万力で挟み込んで、新しく正しい形に矯正すればいい』という、あまりにも力強い生活の知恵から生まれた兵器だ。……ひより、彼を呼び出して、お主の『リュック消去の呪い』の上に、絶対的な固定の結界をブチまけてやれ!」


第五章:空間矯正と「万力クランプの絶対固定」


ひよりは混濁しかける意識の奥底から、自らの「パパとママとの約束、そして九月の美味しいモンブランへの執念」を爆発させ、足元の不気味な黒い紋章に向けて、渾身のデッドストックの光を放った。


「デッドストック!! 我が家の書斎に眠る、すべての歪んだ空間をガチッと挟み込んで固定するお宝、出てきて私の『今』を、鋼鉄の腕で包み込んじゃってぇぇぇーーーッ!!」


パカッ!!! グルグルグルグル……!!!


大空間に、重厚な金属のネジが力強く回され、鉄の顎が物質を容赦なくガチッと挟み込むような、あまりにも頼もしく、だが同時にあらゆる空間の歪みを恐怖させるような音が響き渡り、頑強な鋼鉄の魔法陣がダンジョンの床一面に展開した。


光の中から出現したのは――最高級の鋳鉄を使用し、長年の使用によって表面に渋い油光りを纏いながらも、圧倒的な締め付け力と固定強度を保っている、伝統的な『作業用・特大鋼鉄万力クランプ(クランプ)』だった。


「……あらあら、随分と行儀の悪い、グニャグニャと歪んだ空間ばかりのトカゲ(魔物)が、お嬢さんの綺麗な思い出を汚そうとしているねぇ。……我が『万力』の前に、矯正できない歪みなど、ただの一ミリも存在しないのさ」

クランプの先端から立ち上る、独特の機械油のツンとした匂いと、一瞬で空間を締め付けていく鋼鉄の煙の中から現れたのは、全身を頑丈な黒い革の作業着で包み、瞳の奥に絶対的な『固定』の拒絶を湛えた、大変に力強くも冷徹な職人の姿をした付喪神――


名を『鉄顎(てつあご)』という。


千年の間、神社のあらゆる重要な建築物の歪みや、絶対に動かしてはならない呪いの岩の上にガチッと金属の顎を置き続け、どれほど激しい大地の揺れあろうとも「我が挟み込んだ場所は、すなわち世界から完全に隔離された『不動の空間』である」という、強烈な『空間矯正』の執念から神格を得た、万力クランプの付喪神だ。


「鉄顎さん! あの巨神オークのせいで、私の歴史とリュックがバグの中に消去されちゃうの! 私の『今の存在』を、絶対に歪まないようにガチッと挟んで守って!」


「お安い御用だよ、ひよりの坊や。我が身体(クランプ)が刻む鋼鉄の締め付け力はね、空間の反動なんぞに侵食されるほど薄くはないのさ。……さぁ、お嬢さんの『日常』の周りに、絶対の鋼鉄の顎を降ろさせてもらうよ!――【神域矯正・万物固定鋼鉄顎(しんいききょうせい・ばんぶつこていこうてつあご)】!」


鉄顎が、自らの本体である巨大な鋼鉄クランプを逆さに構え、ひよりのリュックと、空中を舞う『暴食の超巨神オーク』の真上に向けて、ガチィィィィィン!!!!!と、ダンジョン全体を鋼鉄の締め付け力で染め上げるほどの圧倒的な固定力で撒き散らした。


その瞬間、ひよりを締め付けていた古代の黒い触手(活性化の呪い)が、鉄顎の放った「鋼鉄の結界」に触れた途端、まるで強力なプレス機に挟まれたかのように「ミシミシミシッ!」と音を立てて完全に平坦化され、彼女のリュックは元の綺麗なルミナス魔法学院の二年生のリュックへと一瞬で再固定された。


それどころか、巨神オークの膨張していた肉体全体が、鉄顎の絶対的な「空間矯正」のクランプの前にガチッと挟み込まれ、自らの肥大化した魔力のルールを見失い、過負荷(エラー)を起こして「パァァァン!」と派手な音を立てて元の通常サイズの可愛いオークへと縮んでしまったのである。


「な……何ということだ……! 次元のひずみを利用して王都を滅ぼすはずの巨神オークが、ただの『万力クランプ』の締め付け力の前に、自分の魔力の形すら維持できずに自壊したというのか……!?」


呪詛師たちは爆発の衝撃で洞窟の壁へと崩れ落ち、すべての魔力を失って呆然とした涙をこぼした。


「ふふ、これでよし。……どんなにド派手な次元の反動であっても、上から『万力』でガチッと固定されてしまえば、ただの動かせない石ころですからね」


鉄顎は静かに微笑むと、一組の文房具の姿に還ってひよりの新しい筆箱へと綺麗に収まったのだった。


第六章:二年生の冬休みと、呉の海を想う


里帰りの禁忌によって開いた「次元のひずみと魔物の活性化エラー」を、補修和紙(紙紗)、澱粉糊(トロリ丸)、そして万力クランプ(鉄顎)という、異世界のどんな超常魔法の系譜にも存在しない不条理な日常道具コンボで完全解決したひよりたちの一学年。


活性化システムが爆発した結果、ダンジョンの魔物たちは元の大人しい生態系へと戻り、強奪されていた一万本のサツマイモも『全て無傷で王宮へと返還』という、実質的な大勝利(日常の死守)を収めることになったのだった。


その日の夕方。冬の心地よい夜風が吹き始めた、いつもの大食堂のテラス席。


ひよりはテーブルの上で、ついに守り抜いた最高の報酬――王宮からお礼として内緒でプレゼントされた、ホクホクの湯気を放つ『最高級魔導サツマイモの極上特大焼き芋(生クリーム&ハチミツ添え)』を前にしていた。


「おいしーーーい!!! 何これ、お芋の蜜が口の中でジュワッて弾けて、生クリームのまろやかさが上品で、呉のれんが通りで食べるどんな冬の焼き芋より美味しいよ!」


ひよりは焼き芋をこれでもかと頬張り、頬をリスのようにパンパンに膨らままがら、最高の笑顔を浮かべていた。


「フ、フン、当然さ。今回は君のその『よく分からない実家の和紙や万力の力』に、またしても王都全体が救われちゃったわけだからね。……まぁ、その、天照さん。新学期の授業の時は、僕が付き合って魔法の制御を教えてあげてもいいぞ」


ルファスはすっかり胸元の二本線章を誇らしげに揺らしながら、自らの分のお肉を大事そうに口に運び、どこか幸せそうに微笑んでいる。


「ひよりさん、ルファスさん! この焼き芋、食べると頭がすっきりして、次の試験は全部満点が取れそうな気がしますぅ!」

ミーナも、お皿をピカピカになめる勢いで焼き芋を平らげ、尻尾を千切れんばかりに激しく振って笑っていた。


「ふむ。理不尽な次元の反動を修正し、正しい日常のステップで最高の報酬を掴み取る。これ以上ない見事な一月編のプロットだな、ひより」


私は文机に向かい、この『第二十ハ幕・一月の次元ひずみ暴走編』の最後の一ページに、満足のいく文字を刻み終え、万年筆を静かに置いた。


「推敲は終わった、硯水さん?」

ひよりがテラスから差し込む、夕暮れの学園都市の美しい夜景を見つめながら覗き込んでくる。私は微笑み、表紙に力強い文字でこう書き込んだ。


『名もなき神社のデッドストック・第二十ハ幕~一月の次元のひずみによる魔物活性化ハプニングを、補修和紙の障壁展開と澱粉糊の完全密閉、万力クランプの絶対固定により、システムを粉砕して焼き芋を堪能してみた~』


「ふふ、完璧な大団円だ。さあ、ひより。一月でのささやかな次元騒動もこれにて一段落。明日からはまた、このルミナス魔法学院で、新しい美味しい新春のプロットの始まりだ」


「うん! よーし、二月になったら、今度はバレンタインの美味しいチョコで美味しい日常をたくさん作っちゃうぞ!」


窓の外では、静かに、優しく一月の星空が世界を包み込み、王宮の暖かい魔導の光がひよりの黒い髪を美しく照らし出す。


「パパ、ママ。私ね、お正月の里帰りの後にちょっとしたバグが起きちゃったけど、実家の補修和紙さんとトロリ丸君、鉄顎さんのお宝の力を使って、魔物の暴走システムをガチッと固定して、世界一美味しい焼き芋を食べちゃったよ。だから……いつか本当に私が呉の家に帰れた時は、またお母さんの手作りのお好み焼きと、パパ入れてくた紅茶を食べさせてね!」


少女のどこまでも明るい笑い声と、千年の時を超えてリュックの中で賑やかに笑う付喪神たちの声は、ぬくもりに包まれた学園都市の夜空へ、遠い、遠い故郷の空へと、どこまでも、どこまでも響き渡っていった。

みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?

少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。

励みになりますので、☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。

これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

今回は女子高生のお話です。

よろしくお願いします。

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