19 ペーパーナイフと鉋(かんな)
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五月の爽やかな魔導五月晴れが終わり、六月の訪れと共に、学園都市ルミナスには、この世界の風物詩である『精霊の涙雨』と呼ばれる、淡い紫色の魔法の雨がしとしとと降り注ぐ季節がやってきていた。
先月、放課後の中庭で全力で熱唱していた呉のローカルCMソングとオリジナルたい焼き音頭の録音データを風紀委員長アイギスにハッキングされ、全世界に大暴露されそうになった大危機。
それを秘密箱の絶対隠匿と台鉋の水平切削という「実家の蔵の文具・工具コンボ」でシステムごと綺麗に削り落とし、五月限定の幻の濃厚宇治抹茶シュークリームを涙ながらに死守してから数週間。
ひよりたちの物語は、雨の滴る六月の静けさの中で、思わぬ「恋愛プロットのバグ(ハプニング)」に直面していた。
「……は? ちょっと待って。今、なんて言ったの? ルファス君。学園の六月恒例行事『純白の精霊祭』の、全校生徒強制参加の『模擬結婚式・ペアカップリング選定儀式』で、私とお主が、システムによって『運命の伴侶・最上位候補』に自動ロックされたって……!?」
放課後の雨が窓ガラスを叩く二年生A組の教室。天照ひよりは、手に持っていたイチゴ味の魔導グミを床にポロリと落としたまま、完全に時を止めて硬直していた。
「何をそこまで顔を真っ赤にして狼狽しているのだ、ひより。お主のその、小説の恋愛ト書きを読んだ瞬間にページを思い切り破り捨てて、机の下に潜り込んでしまった思春期の読者のようなト書きそのものの表情は、世界を救った巫女というよりも、単に好きな男子の前で素直になれない不器用な一般女子高生のト書きそのものだぞ」
私はひよりの机の横、雨に濡れた紫陽花の魔導鉢植えの影に、依り代である文机を精神体として小さく実体化させ、滑らかな万年筆の先で羊皮紙に文字を刻みながら応えた。
私の名は『硯水』。千年の歴史を持つあの蔵の中で、人間の様々なる「不器用な恋煩い」「勘違いの縁談」「お祭りの夜の告白」「周囲の冷やかしによって余計にこじれてしまった純情な男女の喜劇」の歴史を静かに見つめ続けてきた、文机の付喪神だ。
「違うの! 硯水さん、そんな少女漫画的な可愛いお話じゃないのよ! ルファス君だよ!? いつも一緒にローストビーフを奪い合い、足の指の皮を消しゴムのカスにしながらダンスをして、私の奇行(たい焼き音頭)を一番近くで頭を抱えながら見ていた、あのツンツン頭のルファス君!
彼と私が『結婚のシミュレーション』なんていう、名前からして寿命が五十年くらい縮まりそうな儀式を、全校生徒の前で披露しなきゃいけないなんて……そんなの間違えてもプロットが許さないってば!」
「いや、ひよりの姉ちゃん。オイラ、さっき学園のメインホールの魔導掲示板をからからと覗き見してきたんだけどさ……」
ひよりのリュックの隙間から、おみくじ箱の付喪神である『吉凶』が顔を出し、木箱の体をガタガタと気まずそうに鳴らした。
「そこにはな、はっきりと『六月のジューンブライド選定:天照ひより & ルファス・ヴァルカン ――相性値・計測不能(無限大)』って書いてあるんだぜ。しかも、この儀式でペアになった二人は、六月末の夜会で『純白のウェディングドレス』と『タキシード』を強制的に着用させられて、広場の聖壇で誓いのキスを交わすプロット(契約)になってるんだ!」
「ち、ち、誓いの、キスぅぅぅーーーッ!?!?
誰が!? 私とツンツン頭が!? 無理無理無理! そんなの、呉のパパとママが知ったら、お父さんが泣きながら実家の包丁を持って異世界転生してきちゃうよ!」
第二章:強制の指輪と「不条理なハッキングシステム」
「おい、天照! 大変なことになった! 僕たちの意思とは関係なく、学園のジューンブライド選定管理部が、完全に暴走している!」
教室の扉がバン!と開き、ツンツン頭の少年――ルファスが、顔をリンゴのように真っ赤にしながら飛び込んできた。
彼の手の甲には、何者かの強力な魔力によって『運命の強制純白指輪』という、まばゆい光を放つ魔法の指輪の刻印が、ベッタリと定着して消えなくなっていた。
「ルファス君! その手の甲の光、何!?」
「学園の裏で暗躍する、あのライバルB組の残党や、僕たちの活躍を妬む上級貴族の恋愛魔導士どもの嫌がらせだ! あいつら、僕と君が本当に公式ペアとして『結婚の誓い』を交わしてしまったら、ヴァルカン家の家系図と君の巫女の血脈がシステム上完全に結合して、僕たちが卒業するまで『一切の単独行動が禁止され、常に半径三メートル以内で行動しなければ魔力が爆発する』という、とんでもない呪いの拘束具を、このジューンブライドの選定文字の中にハッキングして組み込みやがったんだ!」
ルファスの説明によると、この六月のジューンブライドシステムは「運命の絆の文字」を絶対的な契約として認識するため、現在のハッキング状態のまま六月末の式典を迎えてしまうと、二人は本当に強制的な『契約上の夫婦』として学園にロックされ、毎日の授業も、お弁当の時間も、トイレに行く時でさえも、常に鎖で繋がれたような不自由を強いられることになってしまうのだ。
「このままじゃ、僕は君のプライバシーを侵害し続けることになるし、君は僕のツンツン頭を毎日三メートルの至近距離で見続けなきゃいけなくなる! 何より、あの学園裏庭の『六月限定・雨上がりの白桃ミルフィーユ食べ放題・カップル限定コース』の権利も、すべてこの強制ロックのせいで『不正な自動申請』とみなされて、没収箱の中へ強制格納されちまうんだ!」
「……え? 白桃ミルフィーユ食べ放題、没収!? ――って、それより何より、私はルファス君と毎日三メートル以内にいたら、私のちょっとした一人カラオケの秘密も、実家の蔵から買い食い用のお小遣いを抜き出している現場も、全部一瞬でバレちゃうじゃないの!」
ひよりがドレスの袖(制服)を捲り上げ、自らの手の甲に浮かび上がった同じ指輪の刻印をペシペシと叩きながら、焦燥の声を上げる。
「なるほどな。文字のハッキングによる『強制的な恋愛ロック』――『運命』という美しい言葉を盾にして、二人の自然な距離感と日常の平穏を奪おうとする、不条理な契約のバグというわけか」
私は文机の前で、静かに万年筆の先を尖らせた。
「ひより、慌てるな。相手が学園の巨大な『ジューンブライド管理システム』であり、恋愛の強制的な誓いを盾にしてお主たちの自由な食欲を奪おうとするなら……我が神社の北の第二書庫の最奥――
………千年の間、どれほど頑固に結ばれた不条理な政略結婚の家系図や、人間の『無理やり縛り付けられた望まぬ契約の赤い糸』の歴史を、その無骨で、ただひたすらに『二つのものを元の自由な二つの個へと、綺麗に切り離す』という一念の物理的切れ味によって、白紙に戻し続けてきた、あの古びた生活道具を呼び出すのだ」
「北の第二書庫の最奥の、二つのものを切り離す道具……あ! おじいちゃんが春の日に、古いお札の束や、何十年も放置されて完全にくっついちゃった古い帳面の紙を、『これの切れ味には、どんな頑固な糊も勝てんよ』って笑いながら、紙の間にスッと滑らせて、綺麗に一枚ずつ剥がしていた、あの薄くて平らな……!」
「そうだ。あれは、魔法の切断呪ではない。だが、人間の『くっついてしまった間違ったものは、隙間に刃を滑らせれば必ず綺麗に二つに分かれる』という、恐るべき単純明快な物理の知恵から生まれた道具だ。……ひより、彼を呼び出して、その上品ぶった恋愛のハッキング文字を、根元から切り離し(リセット)してやれ!」
第三章:純白の聖壇と「不条理なマリッジ・バグ」
六月末の夕暮れ、しとしとと降る精霊の涙雨が、学園の中央大聖堂を幻想的な紫色に染め上げていた。
聖壇の上には、巨大な魔導契約石「純白の結び(マリッジ・コア)」が設置されており、そこから伸びる無数の光の鎖が、ひよりとルファスの手の甲の指輪へと繋がっていた。
「さあ、哀れなヴァルカン家の少年と、異世界の巫女よ!」
聖壇の影から姿を現したのは、今回のハッキングを仕掛けたライバルB組の恋愛魔導士たちの残党だった。彼らは不気味な笑みを浮かべ、魔法杖を高く掲げている。
「この『純白の結び』の契約は絶対だ! 一度儀式が始まれば、二人の魂は永遠にシステムにロックされ、お前たちのその不条理な『実家のお宝』の力も、二人の魔力が強制結合することで完全に中和され、二度と発動できなくなるのだ! さあ、全校生徒の前で、純白のドレスに身を包み、永遠の誓いのキスを交わすプロットを受け入れるがいい!」
ズズズズズズ……ッ!!!
次の瞬間、大聖堂の空間全体が純白の強力な結界によって覆われ、ひよりの体は、システムの強制命令によって、望まぬ『純白のウェディングドレス』へと無理やり着替えさせられ始めていた。
ルファスもまた、純白のタキシードの魔力に身体の自由を奪われ、ひよりの目の前へと一歩、また一歩と、操り人形のように引き寄せられていく。
「くそっ……! 身体が、動かない! 天照、ダメだ! このまま僕たちの距離がゼロになったら、契約が完全に確定して、僕たちは一生、システムに縛られた操り人形の夫婦になっちまう!」
ルファスが顔を真っ赤にしながら、必死に足を踏ん張るが、光の鎖は容赦なく二人の距離を縮めていく。二人の唇が触れ合おうとする、まさにその距離が数十センチへと迫った、絶体絶命の瞬間だった。
「おのれ……。私の、私の完璧な『五月・六月のスイーツ堪能大団円プロット』を、そんなハッキングされた無理やりの恋愛イベントで邪魔されてたまるかぁぁぁーーーッ!!」
ひよりの純情と食欲の執念が、ドレス全体の銀色の魔力を一瞬で爆発させた。
「ひより、今だ。相手がどれほど高位の結び付き魔法でその関係(嘘のプロット)を固定していようとも、人間の『くっついたものは、隙間を割れば必ず離れる』という純粋な物理の衝撃の前には、一線の防衛線すら維持できない。……彼を呼び出し、その恋愛魔導士たちの目の前で、不条理な結び目を根こそぎ切り離してやれ!」
第四章:因果切断と「ペーパーナイフの絶対分離」
ひよりは聖壇の前で力強く立ち上がると、地底の本体リンクによって極限まで純度を高めた、黄金の魔力を手の甲の指輪へと叩き込んだ。
「デッドストック、完全同調! 我が実家の書斎の奥、千年の間、どんなに頑固にくっついた古い紙の山も、綺麗に二つに切り離してきた、最強の分離王、おいで!」
サクゥゥゥゥィン!!!と、
空間の表面を滑らかに滑り落ちるような、あまりにも鋭利で、一切の妥協を許さない『分離の質量』の音が響き渡った。
光の中から出現したのは――長さが二十センチほどもある、美しい真鍮で作られ、刃先は紙を傷つけないように丸みを帯びながらも、その側面には圧倒的な『隙間を割る』ための絶対的な直線が刻まれた、伝統的な事務用・超強力『ペーパーナイフ(レターオープナー)』の一組だった。
「……おうおう、随分とベタベタした不躾な『結び目』が、お嬢ちゃんたちの手の甲にへばりついてやがるねぇ。おいおい、新しいお嬢ちゃん、ワシを呼んだからには、どんなに高位の魔法で結ばれた赤い糸も、お宮のシステムごと、綺麗に二つへと切り離してやるよ」
ナイフの先端から立ち上る、懐かしい金属磨き油の匂いと、乾いた羊皮紙の火花の煙の中から現れたのは、全身に細身の仕立ての良いコートを羽織り、指先が薄いカミソリのように研ぎ澄まされた、いかにも冷静沈着で理知的な美青年の姿をした付喪神――
…………名を『紙切り丸』という。千年の間、神社の冬のあらゆる「書類の圧着トラブル」や「間違えて糊付けされた機密文書」の現場に担ぎ出され、人間の力ではビクともしない頑固な接着の誤字を、ただその圧倒的な「隙間に滑り込む」という純粋な物理の執念だけで綺麗に二枚へと分離し続けてきた、ペーパーナイフの付喪神だ。
「紙切り丸さん! あの『純白の結び(マリッジ・コア)』から伸びる光の鎖の真ん中をスッと割って、元の自由な『私とルファス君』に切り離してほしいの! ツンツン頭との健全な距離(三メートル以上)のために、お願い!」
「フハハハ! 関係の切り離しか、そいつはワシの専門分野だ! ワシの身体の前にはな、絶対契約の恋愛魔法だの、運命の強制指輪だの、そんな小賢しい理屈は一切通用しねえんだよ! ただ『薄い刃が、二つのものの隙間に滑り込む』。これ以上の分離の真理はねえ! ――【神気分離・一線両断】!」
紙切り丸が、自らの本体である真鍮のペーパーナイフを両手で美しく構え、二人の手の甲を繋ぐ光の鎖の中心に向けて、一切の躊躇なく、サク、サク、サクゥゥゥゥィン!!!!!と力任せに滑り込ませた。
その瞬間、契約石が展開していた「絶対結合・防衛結界」が起動し、紙切り丸の刃を焼き尽くそうとした。しかし、紙切り丸の分離は、魔法ではなく『千年の執念が乗った純粋な物理の隙間割』そのものであったため、結界のプログラムは熱ではなく「ただの薄い金属板の進入」を処理しきれず、完全にシステムエラーを起こして火花を散らした。
「サクサクサクサク! これでも喰らいやがれってんだ!!」
次の瞬間、絶対契約魔法で結ばれていた光の鎖のど真ん中が、紙切り丸の圧倒的な分離の前に「パキパキパキィン!」と軽い音を立てて文字通り『糊が剥がれるように』完全に消滅し、そこにひよりがすかさず万年筆で『他人』の境界線を書き加えた。
ピカァァァァァン!!!!!
次の瞬間、手の甲の強制指輪の刻印は一瞬で黄金の火花となって消え去り、学園全体の魔導システムが「契約解除・完全分離完了」の歓喜のファンファーレを鳴り響かせたのである。ルファスの身体の拘束は一瞬で解け、彼はひよりの前で「はぁっ、はぁっ……助かった……!」と、激しく息を荒くしながら自由を取り戻した。
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「な……何だってぇぇぇーーーッ!?!? 我が恋愛魔導士たちの誇る絶対結合の鎖が、ただの『刃のついていない真鍮のペーパーナイフ』の隙間割で、物理的に引き剥がされて切り離されただとぉぉぉーーーッ!?」
ライバルB組の残党たちが、あまりの不条理な光景の前に、完全に腰を抜かしてアゴを外している。
「ガハハハ! どんなに頑固な結び目だってな、隙間を捉えて力いっぱい滑り込ませりゃあ、こうして綺麗に離れるもんだ! さぁお嬢ちゃん、ツンツン頭の坊主、本番のステージといこうじゃねえか!」
紙切り丸が爽快に笑う。システムが正常化した大聖堂には、今まさに、ジューンブライド祭の健全な終了を告げる、本物の黄金の鐘の音が、高らかに響き渡ったのだった。
第五章:恋の予感?と「歪んだ距離感の絶対防衛」
紙切り丸の圧倒的な分離のおかげで、ひよりとルファスは、強制的な結婚ロックから見事に解放され、元の『騒がしい友人関係』へと返り咲いた。
「やったぁぁぁ! ルファス君、これで毎日三メートル以内に縛り付けられなくて済むよ!」
「フ、フン、当たり前さ! あんなハッキングされた不条理な契約で、僕たちの関係を勝手に記述されてたまるか!」
二人は手を離し、大聖堂の広場へと堂々の退場を果たした。
『さあ、ジューンブライド祭、これにて無事に閉幕です! ――後夜祭のスイーツビュッフェ、スタート!!』
壮大な宮廷ワルツの旋律が再び響き渡る。ひよりとルファスは、お互いに顔を背けながらも、どこか照れくさそうに、いつもの『健全な一メートル半の距離』を保って歩いていた。
「……でも、その、天照さん」
ルファスがツンツン頭をポリポリと掻きながら、ボソッと声を漏らした。
「何、ルファス君?」
「あ、あのさ……。今回の儀式はハッキングだったけど……その、君のあの『純白のウェディングドレス』の姿……まぁ、その、普段の奇行(たい焼き音頭)をしてる時よりは、ほんの少しだけ、一ミリくらいは……綺麗に見えなかったことも、ない訳じゃ、ないぞ……」
ルファスの顔が、タキシードの襟元に隠れるほど真っ赤になっている。
「……え? ル、ルファス君、今なんて――」
ひよりの心臓が、ドクン……と、先月の隠れ里の魔力とは全く違う、甘酸っぱくて激しい『本物の思春期の脈動』を打ち鳴らした、まさにその瞬間だった。
二人の間に漂いかけた、歴史上最も甘い『恋の予感プロット』を完全に粉砕せんと、大聖堂の天井の影から、往生際の悪いライバルB組の首領が、最後の悪あがきとして「超巨大・空間捻転の嫉妬爆弾」を投下したのだ。
「おのれ、不届きな学院の二年ペアどもが……! 我が目の前で、これ以上の爽やかな青春ト書きを記述することは許さん! ――【嫉妬の空間破砕】!!」
ズズズズズズ……ッ!!!
なんと、二人がまさに次の甘酸っぱい言葉を交わそうとした地面のど真ん中が、次元の歪みによって突如として『グニャリと歪んだ波打つゼリー状の超不安定空間』へと変貌し、二人の間の距離を強制的に「十メートル以上」に引き離そうと引き裂き始めたのである。
もしここにヒールを突き立てれば、空間の歪みに足首を根元から巻き込まれ、青春のト書きごと肉体がねじ切られて大醜態を晒すことは確実だった。
「おのれ……。私の、私の完璧な『王都白桃ミルフィーユ食べ放題・大団円プロット』と、このほんのり甘酸っぱい良い雰囲気を、そんな往生際悪すぎる嫉妬魔法で邪魔されてたまるかぁぁぁーーーッ!!」
ひよりの食欲と純情の執念が、再びドレス(元の制服)全体の黄金の魔力を一瞬で爆発させた。
「ひより、その通りだ。床の空間がどんなに不条理に歪もうとも、その表面を、一ミリの凹凸もない『絶対の水平の直線』として、優雅に、かつ一瞬で『固定・平坦化』するプロットだな。……ならば、我が神社の本殿の裏庭の工作小屋――
………千年の間、地域の職人たちが切り出してきた凸凹の丸太や、経年劣化で激しく波打った神輿の担ぎ棒を、その絶対的な『平面の維持』という一念の刃によって、一瞬で真っ直ぐな鏡へと削り直してきた、あのお馴染みの『最高の平坦化兵器』を再び呼び出すのだ!」
「工作小屋の……あ! 先月も大活躍してくれた、あのグレーの着物の上品な……鉋子さん!」
「そうだ。彼女の『水平の刃』は、大工の工具だけではない。存在してはならない空間の歪み(エラー)を、その絶対的な『切削』によって歴史から完全に抹消する、至高の空間修正兵器だ。……ひより、彼女を呼び出して、お主らの足元に、王都一番の滑らかなダンスロードを再記述してやれ!」
第六章:聖壇修正と「鉋の絶対空間切削」
ひよりはルファスの手を再びギュッと握り締め、遠心力を利用して、歪むゼリー状の床に向けて、自らの本体リンクから黄金の神聖な魔力を一気に解き放った。
「デッドストック!! 毎度お馴染み、我が家の工作小屋に眠る、すべての空間の凸凹をなかったことにしちゃうお宝、出てきて私たちの後夜祭フロアを完璧な鏡に変えちゃってぇぇぇーーーッ!!」
シュゥゥゥゥン!!!と、
空間にどこまでも涼やかで、一分の狂いもない木の香りが立ち込め、格子模様の四角い魔法陣が床一面に展開した。
光の中から出現したのは――重厚な樫の木で作られた、底面に鋭い鋼の刃が完璧な角度で仕込まれた、あの伝統的な台鉋の付喪神――『鉋子』の姿だった。しかも今回は、六月の精霊の雨とシンクロしているため、その手に持つ鉋のサイズが、フロア全体を丸ごと一削りできるほどに巨大化していた。
「あらあら。随分とお行儀の悪い、空間の凸凹が、お嬢様方の美しい甘酸っぱい青春を邪魔していますねぇ。……我が刃の前に、平坦にならぬ空間など存在いたしませんよ」
鉋子が美しく微笑むと、手に持った巨大な台鉋の刃を、ひよりたちの足元の歪んだ床に向けて、シュゥゥゥゥン!!と、力強く水平に滑らせた。
ジュゥゥゥゥゥゥッ!!!
凄まじい神聖な摩擦の光と、清々しい杉の木の香りが大聖堂全体に立ち込める。
なんと、ライバルB組が放った空間破砕の歪みの波が、鉋子の放った真っ赤な『水平』の刃に触れた瞬間、まるでカンナで削られた一本の綺麗な「木の屑」のように、くるくると丸まりながらシステムから完全に切り取られ、跡形もなく消滅してしまったのである。
歪んでいた大理石の床は、一瞬にして元の、一滴の水滴すらも映し出す完璧な『黄金の鏡面床』へと再記述された。
「さぁ、お嬢様、坊ちゃま。遮るものは何もございません。六月の美しい後夜祭を、最高の距離感で楽しんでくださいませ」
鉋子が優雅に一礼する。
「いくよ、ルファス君! ――最高の、白桃ミルフィーユ(グランド・フィニッシュ)だぁ!」
「おう、天照! ――僕たちの、最高のプロットをここに刻むぞ!」
二人は完璧に平坦化された鏡の床の上を、一糸乱れぬステップで滑り、最後の最高難度のスイーツビュッフェの特等席へと、見事に滑り込んだのだった。
ドンッ!!!!!
その瞬間、大聖堂のすべての魔導キャンドルから、祝福の紙吹雪と黄金の光の粉が一斉にフロアへと降り注ぎ、王宮の自動採点システムは、歴史上誰も見たことのない『無限大(カップル成立ならず、しかし最高の相棒)』の超高得点を叩き出したのである。
大聖堂全体からは、割れんばかりの拍手と、種族を超えた何万もの人々からの歓声が沸き起こり、ひよりたちの二年生A組の、完全なる歴史的大勝利が確定したのだった。
終章:至高の白桃ミルフィーユと、呉の夜空を想う
六月の最大の危機と、「ハッキングされた運命の強制マリッジ」を、ペーパーナイフ(紙切り丸)と台鉋(鉋子)という、異世界のどんな超常魔法の系譜にも存在しない不条理な日常道具コンボで完全解決したひよりたち。
夜会が終わり、雨が上がって美しい虹が夜の月光に浮かび上がった深夜。学園の最高級テラス席には、約束通り、勝利したひよりたちの班のためだけに用意された、大陸最高峰の『六月限定・雨上がりの白桃ミルフィーユ特大タワー』が、まばゆい光を放ってそびえ立っていた。
「おいしーーーい!!! 何これ、白桃の果汁が口の中でジュワッて弾けて、濃厚パイ生地のサクサク感が上品で、呉のれんが通りのどんな高級ケーキ屋さんで食べるスイーツより美味しいよ!」
ひよりは制服の袖をですっかり捲り上げ、ミルフィーユをこれでもかと頬張り、頬をリスのようにパンパンに膨らませながら、最高の笑顔を浮かべていた。
「フ、フン、当たり前さ! 僕の強制指輪が元の自由な状態に戻ったからこそ、この最高の味に辿り着けたんだからね。……まぁ、その、天照さん。今回の本番では、君のその……『よく分からない実家のペーパーナイフと大工道具の力』に、もう一度だけ感謝してあげてもいいよ」
ルファスはすっかりネクタイを緩め、自らの分のミルフィーユを大事そうに口に運び、どこか幸せそうに微笑んでいる。
「ひよりさん、ルファスさん! この白桃、食べると体の中からポカポカと温かい魔力が溢れてきますぅ! 最高の六月の夜ですぅ!」
ー
ミーナも、お皿をピカピカになめる勢いでミルフィーユを平らげ、尻尾を千切れんばかりに激しく振って笑っていた。ちなみに、不正なハッキングを試みた恋愛魔導士たちは、システムの強制ペナルティによって「一ヶ月間のマナー再履修・および床のカンナがけの刑」に処され、今頃泣きながら雑巾を握らされているとのことだった。
「ふむ。強制的な結び目を切り離し、正しい健全な二人のステップで最高の報酬を掴み取る。これ以上ない見事な大団円のプロットだな、ひより」
私は文机に向かい、この『第十九幕・六月のジューンブライド編』の最後の一ページに、満足のいく文字を刻み終え、万年筆を静かに置いた。
「仕上げは終わった、硯水さん?」
ひよりがテラスから差し込む、王都の美しい夜景を見つめながら覗き込んでくる。私は微笑み、表紙に力強い文字でこう書き込んだ。
『名もなき神社のデッドストック・第十九幕~六月のジューンブライド強制ハッキングを、ペーパーナイフの絶対分離と台鉋の空間切削により、ルファスを救い出して白桃ミルフィーユを堪能してみた~』
「ふふ、完璧な大団円だ。さあ、ひより。六月での甘酸っぱいハプニングもこれにて一段落。明日からはまた、学院都市ルミナスへ戻る新しい日常のプロットの始まりだ」
「うん! よーし、七月になったら、今度は夏のお祭りで美味しい日常をたくさん作っちゃうぞ!」
窓の外では、静かに、優しく六月の星空が世界を包み込み、王宮の暖かい魔導の光がひよりの黒い髪を美しく照らし出す。
「パパ, ママ。私ね、異世界のすっごく豪華な大聖堂で、実家のペーパーナイフとお鉋さんのお宝の力を使って、強制的な結婚指輪をゴシゴシ切り離して、世界一美味しい白桃のミルフィーユを食べちゃったよ。だから……いつか本当に私が呉の家に帰れた時は、パインジャム入り饅頭と、パパの奢りの美味しい珈琲、絶対に家族みんなで、お腹がはち切れるくらい食べさせてね!」
少女のどこまでも明るい笑い声と、千年の時を超えてリュックの中で賑やかに笑う付喪神たちの声は、ぬくもりに包まれた学園都市の夜空へ、遠い、遠い故郷の空へと、どこまでも、どこまでも響き渡っていった。
みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?
少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。
励みになりますので、☆☆☆☆☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
今回は女子高生のお話です。
よろしくお願いします。




