18 秘密箱 と拡散スタンプ
二年生が始まって一か月。四月の新入生歓迎式典で巻き起こった、かつて滅びたはずの「星詠みの隠れ里」の漆黒の特特生クロウ・アルカディアによる歴史因果上書き暴走事件を、火消し布の絶対鎮圧と鉄文鎮の現在固定という実家の蔵の生活道具コンボで文字通りドスンと力任せに押さえつけ、王宮特製ローストビーフ食べ放題を無事に死守してから早いもので数週間。
学園都市ルミナスを包む空気は、すっかり新緑の瑞々しい香りに満たされ、五月の爽やかな魔導五月晴れが広がる季節へと移り変わっていた。ひよりたちの物語は、先輩としての生活にも少しずつ慣れ始め、平和な日常のプロットを謳歌している……はずだった。
「……あー、もうダメ。完全に詰んだ。私の、私のいたって平凡かつ清純派一般女子高生スペックの十五年間の歴史に、これ以上ない致命的な『黒歴史のバグ』が、学園中の全校生徒の噂ネットワークにハッキングされて拡散されちゃうなんて、もはやプロット(構成)の段階で作者に呪われてるとしか思えないってば……。見てよ硯水さん、あの購買部の掲示板に貼られた、不穏極まりない怪文書の文字を! これじゃあ、これから始まる五月の楽しいお弁当ライフが、一瞬にして針のむしろの拷問刑になっちゃうよ!」
放課後の無人の二年生A組の教室。ひよりは自分の机の上にべったりと突っ伏し、魂が口から半分飛び出した状態で、狂ったように頭を振っていた。
「何をそこまで狼狽しているのだ、ひより。お主のその、まるで実家の本殿の床下に隠しておいたテストの赤点を、おじいちゃんに一発で見つけられてしまった時のような絶望の表情は、数々の世界崩壊の危機を救ってきた巫女というよりも、単なる思春期の少女の自意識過剰そのものだぞ」
私はひよりの机の横、新しい五月の魔導植物の鉢植えの影に、依り代である文机を精神体として小さく実体化させ、滑らかな万年筆の先で羊皮紙に文字を刻みながら応えた。
私の名は『硯水』。
千年の歴史を持つあの蔵の中で、人間の様々なる「隠し事」「小さな秘密」「夜中にこっそり書いた恥ずかしいポエム」「引き出しの奥に隠された秘密の日記」が、本人の意図せぬ形で世間に漏洩していく、あのハレとケの可笑しき境界線を見つめ続けてきた付喪神だ。
「簡単に言わないでよ、硯水さん! これは私の命に関わる大問題なんだから! 私が、私が先週の放課後、誰もいないと思って中庭の隅っこで、呉のれんが通りのお祭りで歌われてた『呉のローカルCMソングと、ちょっと恥ずかしいオリジナルたい焼き音頭』を、変なフリ付け付きで全力で熱唱しながら踊ってたの!
それを、まさかあのライバルB組の残党の隠密カメラ魔導具にバッチリ盗撮されて、今や学園の裏情報誌に『二年生の伝説の巫女、謎の古代呪術の儀式を開発か!?』なんていう、名前からして足の爪が剥がれそうな大嘘の噂として流されてるんだよ!?
あーあ、五月の呉のポートピアパークにでも行って、潮風を浴びながら冷たいメロンソーダでも啜って現実逃避したいなぁ。なんで異世界にまで来て『女子高生のちょっとした奇行』を、世界を揺るがす秘密の儀式みたいに噂されなきゃいけないの!?」
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「それは、お主が普段からあまりにも規格外の『実家のお宝』を呼び出して不条理な奇跡を起こしすぎているから、周囲が勝手に『天照先輩のやることは、すべて高位の古代魔法に違いない』と勘違いしているからだろう?」
ひよりの筆箱の隙間から、ひょっこりと顔を出したのは、おみくじ箱の付喪神である『吉凶』だった。木箱の体をからからと小気味良く鳴らす。
「そうだよ、ひよりの姉ちゃん。それに、今回の噂の出どころを調べてみたらさ……単なる噂じゃ済まなくなってるんだぜ。なんでも、その『ひよりの秘密の儀式(たい焼き音頭)』の噂を聞きつけた、学園の最高風紀組織『聖十字・審問近衛隊』のカタブツな連中が、それを『禁忌の暗黒魔術の予兆』だと勘違いして、今日の夕方にひよりのリュック(実家の蔵へのゲート)を丸ごと強制検閲に立ち入るって息巻いてるんだ!」
「……え? 強制検閲!? ――って、それって、私のリュックの中に隠してある、昨日購買部で内緒で買い占めた『五月限定・幻の濃厚宇治抹茶シュークリーム(三個入り・冷蔵)』が、風紀委員のカタブツどもの胃袋か没収箱の中に根こそぎ消え去るってことじゃん!」
ひよりの瞳の奥に、再びあの「暴食の巫女」の猛烈な炎がパッと灯った。
「吉凶君、そんなの絶対に許さないわ! 私のささやかな一人カラオケの秘密(黒歴史)を盾にして、私の神聖な抹茶シュークリームを奪おうっていうなら、その往生際の悪い噂ごと、検閲のシステムを力任せにブチ抜いてみせるわよ!」
「ひゃぅっ!? ひよりさん、黒歴史を隠すためなら本当に魔王より悪知恵が働きそうですぅ!」
いつの間にか教室に入ってきたミーナが、犬の耳をパタパタさせながら拳を握る。ひよりはすでにイブニングバッグを掴み、風紀委員の検閲部隊が待ち構える大講堂の前の広場へと、堂々の第一歩を踏み出した。
第二章:風紀委員の包囲網と「拡散する魔導音声」
大講堂の前の広場には、すでにただならぬ緊迫した空気が漂っていた。
「おい、天照! 大変なことになった! 君のその『謎の古代儀式』の音声データが、風紀委員の拡声魔導具によって、今まさに広場全体に再生されようとしているんだ!」
ツンツン頭の少年――ルファスが、顔を真っ青にして走ってきた。彼の手にある最新の魔導通信機からは、確かにひよりの「あ、あん、あん、たい焼き食べたーい♪」という、極めて気の抜けた呉のたい焼きソングの歌声が、ノイズ混じりで微かに漏れ聞こえていた。
「ルファス君! 止めて、今すぐあのスピーカーを爆破して!」
「無理だよ! あの風紀委員長――『アイギス・フォン・シルバー』は、規律と秩序を絶対とするカタブツ中のカタブツだ! 彼らは『学園内のすべての隠し事や不確定要素を排除する』という大義名分のもと、君のその音声を『古代の精神汚染呪』として全校生徒に公開し、証拠物件として君の身柄と、そのリュックの中身をすべて『聖なる隔離箱』へ封印するつもりなんだ!」
ルファスの言う通り、広場の中央には、白銀の鎧を纏った風紀委員たちが一斉に魔法杖を構え、中央に設置された巨大な魔導拡声石『拡音の結晶』の周囲を鉄壁の陣形で固めていた。結晶の表面には、青白い魔力の波形が浮かび上がっており、あと一分もすれば、ひよりの黒歴史ソングが最大出力で学園全体へ、いや、学園都市の全域へと響き渡るカウントダウンが始まっていた。
「くそっ、風紀委員の結界は『真実の開示』を理念としているから、どんな隠蔽魔法や防御魔法を使っても、その音波の拡散を物理的に止めることはできないんだ! このままじゃ、君の恥ずかしい秘密が全世界に大暴露されちまうぞ!」
「……え? 全世界に暴露!? ――って、それより何より、私のあの全力のフリ付け(たい焼きのハネるポーズ)まで全校生徒に知られたら、私は明日からルミナス魔法学院の廊下を、段ボール箱を頭から被って歩かなきゃいけなくなるじゃないの!」
ひよりが頭を抱えて叫ぶ。
「なるほどな。個人のささやかな秘密(隠し事)を、システムを盾にして強制的に『開示』し、日常の平穏を脅かそうというわけか」
私は文机の前で、静かに万年筆のインクを整えた。
「ひより、慌てるな。世界が高位の風紀魔法によってどんなにプライバシーを暴こうとも、我が神社の西の第三蔵の引き出しの奥――千年の間、どれほど詮索好きな役人や、他人の秘密を暴こうとする覗き魔たちの視線であっても、その絶対的な『秘密の保守』という一念の物理的目隠しによって、大切な日記や宝物を一分の隙もなく隠し通し続けてきた、あの質素な木製の道具を呼び出すのだ」
「西の第三蔵の引き出しの奥の、秘密を隠す道具……あ! おじいちゃんが、新年の神主たちの極秘の書類や、お父さんが隠しておいた大切なへそくりをしまう時に、『これの引き出しの奥の二重底には、どんな泥棒の目も届かんのじゃ』って言って、カチャッて閉めていた、あの小さな……!」
「そうだ。あれは、魔法の隠蔽珠ではない。だが、人間の『大切なものは、誰の手にも触れさせず、見せない箱に仕舞い込む』という、強烈な『絶対隠匿』の執念から生まれた道具だ。……ひより、彼を呼び出して、その上品ぶった風紀委員のスピーカーを、根元から『仕舞い込んで』やれ!」
第三章:噂の拡散と「秘密箱の絶対隠匿」
ひよりはカウントダウンが進む『拡音の結晶』の前に力強く立ち塞がると、自らの本体リンクから極限まで密度を高めた銀色の魔力を、大理石の地面へと叩き込んだ。
「デッドストック、起動! 我が実家の蔵の奥、千年の間、どんな秘密のへそくりも日記も絶対に見せないで守ってきた、最強の秘密保持官、おいで!」
ガチャン!!!と、空間に頑丈な木材がいくつもの複雑な幾何学模様となって組み合わさるような、脳裏のパニックを一瞬で静止させるような硬質な音が響き渡った。
光の中から出現したのは――最高級の寄木細工で作られ、表面には一見すると開け口がどこにも存在しない、伝統的な『秘密箱(からくり箱・仕掛け木箱)』の一組だった。
「おやおや、随分と野暮な連中が、お嬢さんの可愛い小言(秘密)を穿り返そうとしているねぇ。……これじゃあ、せっかくの美しい五月の風が、覗き魔の足音で台無しだよ」
秘密箱の隙間から立ち上る、古い天然蝋と乾いた杉の木の香りがする煙の中から現れたのは、全身を幾何学模様の美しい着物で包み、手には一本の細い鍵を持った、大変に物静かで、どこか妖艶な影を湛えた青年の姿をした付喪神――名を『仕掛け丸』という。千年の間、神社のあらゆる最重要機密や、歴代の神職たちの人には言えない秘密の書類をその「絶対に開かないからくり」によって一分の隙もなく隠匿し続け、すべての覗き見を無効化し続けてきた、秘密箱の付喪神だ。
「仕掛け丸君! あの風紀委員のスピーカーが、私の恥ずかしい歌声を学園中に流そうとしてるの! あの音を、あのスピーカーごと、誰にも見えないし聞こえない場所に仕舞い込んじゃって!」
「お安い御用だよ、ひよりの姉ちゃん。ワシの身体(からくり箱)が刻む隠匿の理はね、風紀委員の真実開示魔法なんぞに破られるほど安っぽくはないのさ。……さぁ、その無粋なスピーカーの存在を、歴史の二重底へと収納してやろう! ――【神域隠匿・百式からくり封鎖(しんいきいんとく・ひゃくしきからくりふうさ)】!」
仕掛け丸が、自らの本体である秘密箱の側面を、トントン、スッ、カチャリと、目にも留まらぬ高速の手さばきで十二回スライドさせた。
その瞬間、風紀委員の中央に設置されていた、今まさに最大出力でひよりの黒歴史を放とうとしていた巨大な『拡音の結晶』の真上に、目に見えない「空間の引き出し」が突如として出現した。
ズドォォォォン!!!!!
次の瞬間、巨大な拡音の結晶が、まるでマジックのトリックのように、仕掛け丸の放った秘密箱の「絶対の容積」の中へと、物理的な質量ごと一瞬にしてスッポリと吸い込まれて格納されてしまったのである。
「な……何ということだ……! 我が風紀委員の誇る、あらゆる解呪を無効化するはずの『拡音の結晶』が、ただの『木製のからくり箱』の中に、システムごと物理的に仕舞い込まれて完全に音が消えただとぉぉぉーーーッ!?」
風紀委員長アイギスが、白銀の兜を大きく揺らしながら絶叫している。
「フフフ、どんなに大層な真実開示の魔法だってな、ワシの箱の『十二番目の仕掛け』を解かない限り、中身を外へ出すことはできんのさ」
仕掛け丸は不敵に笑うと、秘密箱の蓋をカチャリと閉めて、音の一粒子さえも外へ漏らさない完璧な沈黙を広場に記述した。風紀委員の包囲網は、その不条理な「物理的収納」の前に、完全に攻撃対象を見失って右往左往するしかなかったのだ。
第四章:委員長の追撃と「嘘の拡散スタンプ」
しかし、風紀委員長アイギスは、スピーカーを没収されただけで諦めるような男ではなかった。
「秩序を乱す者よ! 音声が使えぬなら、我が聖十字の公式権限をもって、君の『暗黒古代儀式の嫌疑』を、学園の公式魔導掲示板へと、取り消し不可能な『国家不審者認定の公式刻印』として今すぐ直接登録させてもらう!」
アイギスが懐から、風紀委員長代々のアーティファクト――『絶対告発の魔導印』を取り出し、ひよりの名前が記述された公式の羊皮紙に向けて、力任せに振り下ろした。
触れたものをすべて「絶対の罪人」として世界に確定させるという、その呪いの印が紙に触れようとした、まさにその時だった。
「おいおい、ちょっと待ちな。……お嬢さんの可愛い内緒話を、そんな、 禍々しい『嘘の判子』で世界に確定させようってのかい? そいつは、ワシの目の前じゃあ、一画の登録すらも許されねえんだよ」
ひよりのリュックの奥から、地響きのような、重厚でどこか懐かしい木工油の香りがする煙が噴き出した。
「ひより、その通りだ。相手が『国家の公式権限を盾にして、個人の日常を嘘の罪名で塗りつぶそうとする不条理』か。ならば、我が神社の東の第二蔵の最奥――千年の間、人間のありとあらゆる『間違った契約』や『不当な徴税の書類』、そして歴史の裏で捏造された『不吉な罪状の刻印』のインクを、その確実な『表面の削り落とし』という物理の一念によって、一瞬で元の真っ白な無垢へと還し続けてきた、あの日常の最強の工具を再び呼び出すのだ!」
「東の第二蔵の……あ! 以前にも王宮の空間破砕を削り取ってくれた、あのグレーの着物の上品な女性……鉋子さん!」
「そうだ。彼女の『水平の刃』は、大工の工具だけではない。存在してはならない不適切な『嘘の登録』を、その絶対的な『切削』の刃によって歴史から完全に抹消する、至高の空間・文字修正兵器だ。……ひより、彼女を呼び出して、その傲慢な風紀委員長の判子ごと、不条理な噂のプロットを綺麗に削り落としてやれ!」
第五章:噂の完全切削と「鉋の絶対水平」
ひよりは風紀委員長の振り下ろすスタンプの直前に身を乗り出すと、自らの本体リンクから黄金の神聖な魔力を一気に解き放った。
「デッドストック!! 昨日、一昨日に引き続き、我が家の工作小屋に眠る、すべての不適切な刻印をなかったことにしちゃうお宝、出てきてあの嫌な風紀のスタンプをシステムごと削り変えちゃってぇぇぇーーーッ!!」
シュゥゥゥゥン!!!と、空間にどこまでも涼やかで、一分の狂いもない樫の木の香りが立ち込め、格子模様の四角い魔法陣が公式の羊皮紙の上に展開した。
光の中から出現したのは――重厚な樫の木で作られた、底面に鋭い鋼の刃が完璧な角度で仕込まれた、お馴染みの台鉋の付喪神――『鉋子』の姿だった。
「あらあら。随分とお行儀の悪い、嘘の刻印が、お嬢様の大切な名誉を汚そうとしていますねぇ。……我が刃の前に、削れぬ嘘など存在いたしませんよ」
鉋子が美しく微笑むと、手に持った台鉋の刃を、アイギスが振り下ろした『絶対告発の魔導印』の印面と、羊皮紙の表面に向けて、シュゥゥゥゥン!!と、力強く水平に滑らせた。
ジュゥゥゥゥゥゥッ!!!
凄まじい神聖な火花と、清々しい杉の木の削り節の香りが広場全体に立ち込める。
なんと、アイギスが放った「国家不審者認定」の青黒い魔力インクの文字が、紙に定着するよりも早く、鉋子の放った真っ赤な『水平』の刃に触れた瞬間、まるでカンナで削られた一本の綺麗な「木の屑」のように、くるくると丸まりながらシステムから完全に切り取られ、跡形もなく消滅してしまったのである。
それどころか、アイギスの持っていた『絶対告発の魔導印』の印面そのものが、鉋子の絶対的な「水平切削」の前に一ミリの凸凹もない『完全に真っ平らな、ただのツルツルの木の棒』へと削り直されてしまい、インクを付着させることすら不可能な状態に変えられてしまった。
「な……何ということだ……! 我が聖十字の絶対告発の印面が、ただの『木工カンナ』の一削りの前に、一画の文字すら残せずに完全に平坦化されただとぉぉぉーーーッ!?」
風紀委員長アイギスが、本日三回目の「完全に顎を外して固まるポーズ」を披露しながら、その場にガタガタと崩れ落ちた。
「ふふ、これでよし。……どんなに偉大な公式の権限であっても、上から『水平』に削られてしまえば、ただの存在しない木屑ですからね」
鉋子は静かに微笑むと、一組の工具の姿に還ってひよりのリュックへと収まったのだった。
広場の緊迫した空気は完全に消え去り、そこには、五月の穏やかな夕暮れの鐘の音だけが、美しく響き渡っていった。ひよりの黒歴史の噂も、風紀委員の公式記録も、すべてが仕掛け丸と鉋子のコンボによって「最初から存在しなかったプロット」へと強制終了されたのである。
終章:至高の宇治抹茶シュークリームと、呉の夕焼けを想う
五月の最大の危機と、「黒歴史の開示ハッキング」を、秘密箱(仕掛け丸)と台鉋(鉋子)という、異世界のどんな超常魔法の系譜にも存在しない不条理な日常道具コンボで完全解決したひよりたち。
風紀委員の誤解も完全に解け、アイギス委員長は「……すまない、天照先輩。僕たちの早とちりだった。これからは君のプライバシー(一人カラオケ)を全力で守ることを誓う」と涙ながらに謝罪し、風紀の巡回へと戻っていった。
その日の夜。星が瞬き始めた、いつもの大食堂のテラス席。ひよりはテーブルの上で、ついに守り抜いた最高の報酬――自分のリュックの二重底(仕掛け丸のセーフティ)から無傷で救出された、まばゆい光を放つ『五月限定・幻の濃厚宇治抹茶シュークリーム』を前にしていた。
「おいしーーーい!!! 何これ、抹茶のほろ苦いクリームが口の中でジュワッて弾けて、濃厚カスタードの甘さが上品で、呉のれんが通りのどんな高級和菓子屋さんで食べるスイーツより美味しいよ!」
ひよりはシュークリームをこれでもかと頬張り、頬をリスのようにパンパンに膨らませながら、最高の笑顔を浮かべていた。
「フ、フン、当然さ。僕が風紀委員の足止めをしたからこそ、この最高の味に辿り着けたんだからね。……まぁ、その、天照さん。今回のハプニングでは、君のその……『よく分からない実家のからくり箱と大工道具の力』に、もう一度だけ感謝してあげてもいいよ」
ルファスはすっかり長旅の緊張から解放され、自らの分の抹茶スイーツを大事そうに口に運び、どこか幸せそうに微笑んでいる。
「ひよりさん、私……ひよりさんの『たい焼き音頭』、とっても、とっても可愛くて大好きです! シュークリーム、最高に美味しいですぅ!」
ミーナも、口の周りを緑色のクリームだらけにしながら、尻尾を千切れんばかりに激しく振って笑っていた。
「ふむ。小さな秘密(黒歴史)を隠匿し、正しい規律のステップで最高の報酬を掴み取る。これ以上ない見事な五月編のプロットだな、ひより」
私は文机に向かい、この『第十八幕・五月の黒歴史編』の最後の一ページに、満足のいく文字を刻み終え、万年筆を静かに置いた。
「仕上げは終わった、硯水さん?」
ひよりがテラスから差し込む、王都の美しい夜景を見つめながら覗き込んでくる。私は微笑み、表紙に力強い文字でこう書き込んだ。
『名もなき神社のデッドストック・第十八幕~五月の小さな隠し事の噂ハプニングを、秘密箱の絶対隠匿と台鉋の水平切削により、黒歴史の拡散を阻止して宇治抹茶シュークリームを堪能してみた~』
「ふふ、完璧な大団円だ。さあ、ひより。五月でのささやかな秘密の騒動もこれにて一段落。明日からはまた、このルミナス魔法学院で、新しい美味しいお散歩のプロットの始まりだ」
「うん! よーし、六月になっても、みんなで驚くような日常の奇跡をたくさん作っちゃうぞ!」
窓の外では、静かに、優しく五月の星空が世界を包み込み、王宮の暖かい魔導の光がひよりの黒い髪を美しく照らし出す。
「パパ、ママ。私ね、二年生になって最初の五月に、実家のからくり箱とお鉋さんのお宝の力を使って、私のちょっと恥ずかしい歌声の秘密をゴシゴシ隠して、世界一美味しい抹茶のシュークリームを食べちゃったよ。だから……いつか本当に私が呉の家に帰れた時は、お母さんの手作りの抹茶パフェと、パパの奢りの何個でも食べたいもなかアイス、絶対に家族みんなで、お腹がはち切れるくらい食べさせてね!」
少女のどこまでも明るい笑い声と、千年の時を超えてリュックの中で賑やかに笑う付喪神たちの声は、ぬくもりに包まれた学園都市の夜空へ、遠い、遠い故郷の空へと、どこまでも, どこまでも響き渡っていった。
みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?
少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。
励みになりますので、☆☆☆☆☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
今回は女子高生のお話です。
よろしくお願いします。




