8.愛と甘やかし
「待っていてくださったんですか?」
テーブルに料理が並ぶ中、アイザックは報告書を片手に読み込んでいた。
顔を上げるとにこりと微笑み、アルマの横に座る。
「夫婦になって初めての朝だ。別々なんて寂しいだろう?」
「遅くなってすみません。待っていてくださってありがとうございます」
「女性の方が身支度には時間がかかる。致し方ないことだ。さ、食べるとしようか」
料理に目を向けると、アルマはひときわ目を輝かせた。
「チーズたっぷりのキッシュです……!!」
「ふっ」
アイザックは、今までに見たことのない表情を見せたアルマに思わず吹き出す。
「ほんとうにチーズが好きなんだな。ほら、貸してごらん」
皿に取り分けると、一口大にし、それをフォークに乗せると、アルマに差し出した。
「はい、あーん」
「へ!?」
「はい、口開けて」
アルマは素直に従い口を大きく開ける。
「おいしいか?」
アルマはもぐもぐと口を動かしながら、こくりと頷いた。
「次は何を食べる?野菜も食べろ。トマトはどうだ?」
(え!?次も?)
(だから、席を替えたの?)
昨日まで、アイザックは上座に座っていたが、今日は横にいる。
この日の朝食から、アルマはアイザックに餌付けされるようになった。
「あの、旦那様も召し上がってください。お腹すいていたんですよね?」
「ああ、そうだったか?」
忘れていたとでも言うように、アイザックは変わらずアルマの口に料理を運ぶ。
アルマは壁際に立つフレッドに目を向ける。フレッドはハンカチで目元を拭っていた。
(な、なんで!?)
他の使用人らも、微笑ましくこちらを見つめている。
(どういうこと!?)
もぐもぐと食べながら、アルマは混乱の中にいた。
さすがに、3日目の朝、アルマはアイザックに告げた。
「旦那様!これでは、人としてだめになってしまいます!」
「ん?」
「甘やかしすぎです!」
「甘やかす?」
アイザックは首を傾げる。
「愛ってこういうことじゃないのか?」
「……」
アルマは言葉を失った。
その様子を見ていたフレッドが震えた。
「も、もしや旦那様……。愛を与えているおつもりだったのですか!?」
次の瞬間、フレッドは白目をむいて倒れてしまった。
◇◇◇
婚姻を結び1週間後。
「ほおぅ?」
新聞を読みながらアイザックは妙な声を上げていた。
「どうされたのですか?旦那様」
執務室にあるソファに腰掛けていたアルマは聞き返した。
アイザックは新聞を片手に、アルマの横に移動した。
「この記者も上手く書いたものだ」
その記事には、王太子と聖女の離婚と、王太子の再婚、そして聖女の再婚について書かれていた。
『この度、フランシス王太子殿下と聖女アルマ殿の離縁、並びにハリエット・メルヴィル侯爵令嬢との婚姻が発表された。
聖女アルマ殿との婚姻は、国難が続いていることを鑑み、円満に解消された。
聖女アルマ殿は、王弟殿下であられるブラニング公爵の保護下に入り、伝承通りに婚姻が結ばれたという。
王太子殿下は、元婚約者との愛を貫かれたのだ。
幼き頃より婚約していた両名は、長きにわたり互いを想い合っていたという。
お二人の婚礼は来月執り行う予定だ。
なお、神殿の発表によると、聖女アルマ殿とブラニング公爵はすでに神殿にて婚礼の儀を終えられており、聖女アルマ殿の加護の発現を待つのみだということだった』
「上手い……ですか?事実が並べられただけでは?」
「その通りだ。だが、書き方が上手い。事実しか書いておらんが、わかる人が読めば真実が見えてくる。それに、神殿の追加発表が効いている」
「?」
「メルヴィル侯爵も必死だな」
「え?」
「娘が王太子妃になった以上、世論を敵に回すわけにはいかん。ならば、美談としてまとめるしかない」
「美談?」
「ああ、貴族とはそういう生き物だ」
きょとんとしているアルマを見て、アイザックは穏やかに微笑んだ。
「アルマは知らなくていい。そういうことは俺が考える」
アイザックはアルマの頭をやさしく撫でた。
◇◇◇
(頭……なでられちゃったわ……)
アイザックの大きな手で、頭を包まれた。
その温もりは、安心を与えるものだけではなかった。
「はぁ」
部屋に戻るなりため息をもらしているアルマを、ルーシーとジーンは不思議そうに眺めていた。
「今日はもう執務室には行かれないのですか?」
「先ほど軍の方が報告に来たのよ。居ない方が良いかなって思って、戻ってきたところよ」
「でも、お話が終わればまた行けばよろしいのでは?」
「お仕事の邪魔になっちゃうじゃない」
アイザックはいつも忙しそうに行動している。
だが、執務室にいる限りは、アルマを側に置いていた。
それを知っているだけに、ルーシーとジーンは首を傾げる。
「お側にいたいなら、行けばよろしいのでは?」
「えっ?」
「一緒にいられないからため息をついてらっしゃるんじゃないのですか?」
「ほえ!?」
「違うのですか?」
「……」
アルマは真っ赤に染まった顔を両手で隠す。
「違うのよ……一緒に居ると苦しいの……」
「え?」
「ドキドキして……」
((そっち!?))
ルーシーとジーンは顔を見合わせた。
すると、コンコンと扉がノックされた。
入室を許可すると、そこにいたのはアイザックだった。
「アルマ。ここにいたのか。もう帰ったから、またおいで……ん?」
ソファに腰掛けるアルマを見てアイザックがずんずんと近づいた。
「どうした?顔が赤いな」
額に手を当てるなり、アルマを抱きかかえた。
(!?)
「熱でもあるのか?少し横になって休め」
アルマをベッドに下ろす。
「俺はまだやることがあるから、二人とも、少し様子を見ていてくれ」
「はい」
ルーシーとジーンは一礼する。
アイザックが出て行く先を見送ると、二人はベッドに横たわるアルマを見た。
アルマは真っ赤な顔を両手で隠し、恥ずかしさから震えていた。
「お、奥様……お気持ちお察しします……」
「とりあえず、お茶をお持ちしますね……」
アルマはこくりと頷いた。
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