7.夫婦の時間
その夜、アルマは固まっていた。
二人の寝室に初めて足を踏み入れたからだ。
ほんの少し前。
「本日、寝室への扉の鍵を、開けさせていただきました」
ヨランダから告げられた。
「そうか、婚姻を結んだのですものね」
「はい。お二人は夫婦になられましたよ」
ヨランダからはそれだけだった。
ヨランダは知らないからだ。アルマが白い結婚だったことを。
対してルーシーとジーンはそわそわしていた。
「二人とも、落ち着いて。緊張してしまうじゃない」
「すみません。ですが、きっと旦那様でしたらお優しくしてくださいますよ」
「はい、お任せすれば大丈夫ですね」
「そんな、当たり前のように……」
そして準備を終えて、扉を開けたのだった。
(どこにいればいいかしら……)
広い寝室を一人寂しく過ごした記憶がよみがえる。
1週間もすれば疑いを持ち、1ヶ月経てば諦めた。
それからは私室で過ごしたため、広い寝室の記憶はそこまでだ。
無難にベッドに腰掛ける。
そこに、扉が開く音が響き渡った。
アルマは音のする方に目を向け、そして息を呑んだ。
そこには、前髪を下ろしたアイザックの姿があった。
(……!!)
そして、薄手の寝間着から見える胸板が視界に飛び込んだ。
慌てたアルマは視線をそらすためにうつむいた。
「……」
アイザックはアルマの前まで来ると、跪いた。
「っ!?閣下!?」
アイザックはアルマの膝の上に置かれた手をそっと両手で包み込む。
「君の閣下呼びも可愛いのだが、夫婦だから違う呼び方が良いな」
「……では、旦那様?」
「ははっ。ああ、まずはそれからで良い」
「では、俺は君のことをなんと呼ぼうか?」
そう問われ、アルマは考える。
いつも聖女殿と呼ばれていた。
アイザックが言うように、これでは役職であって、夫婦だと相応しくない。
(どうしよう……。名前……でもいいのかしら……)
アルマがどう伝えようかと悩んでいると、アイザックは手を握ったまま立ち上がり横へと腰掛けた。
「では、アルマと呼んで良いか?」
――キュン
アルマはアイザックに目を向け、瞬いた。
アイザックが優しく微笑んでいる。
「……はい」
「よし、ではアルマと呼ぶことにしよう」
アルマはうれしいやら恥ずかしいやらで、にやけそうになる顔を、ぐっと口を引き結んで耐えた。
「アルマ。そう緊張しなくていい。今日は何もするつもりはないよ」
「えっ?」
「俺は跡継ぎをもうけることを急いでもいないし、急に決まった婚姻だ。互いに時間が必要だと考える。互いをよく知る時間に充てよう」
アルマはまた同じなのかと身構えたが、アイザックの誠実な言葉は信頼に値した。
アイザックが、ずっとアルマの手を握っていてくれたからだ。
アルマはこくりと頷いた。
「アルマは食べる量が少ないが、ちゃんと足りてるのか?」
「私が少ないのではなくて、旦那様のお食事量が多いのですよ」
「そうか?では何が好きだ?今度料理長にお願いしておこう」
「なんでもおいしくいただいてますよ。でも、チーズを使ったお料理が好きですね」
「そうか。では、毎回必ず一品は用意してもらうようにしよう」
二人は並んで横になり、他愛もない話をした。
アルマの心は満たされていく。
ただ、夫と会話をする。二人の時間を共にする。
それだけで、とても満足だった。
「アルマ?」
アイザックの横には、寝息を立てているアルマがいた。
「寝てしまったか……」
「おやすみ。良い夢を……」
アイザックはアルマの顔にかかる髪をよけてやる。
アイザックもまた、満ち足りた気持ちになった。
翌朝、アルマが目覚めると、横にはアイザックの美しい顔があった。
(……!!)
(そうだった、私、一人じゃなかったんだったわ!)
アイザックはまだ寝ていた。
(きれいなお顔……)
アルマはそっと手を伸ばし、鼻をつんとつついた。
がしっ
「っ!」
その手はアイザックによって捕まった。
アイザックの目は開いていた。
「あのっ」
「おはよう、アルマ」
「……おはようございます、旦那様」
「あまり可愛いことをしないでくれよ?よく眠れたか?」
「はい」
「ならいい」
アイザックは大きなあくびをしている。
「旦那様は、よく眠れませんでしたか?」
「……まあな」
「え?」
「だが、気にすることじゃない。さて、朝食にしよう。腹が減った」
アイザックは侍女を呼ぶと、「またあとで」と私室へと戻っていった。
(可愛いこと?)
自分の何が可愛かったのかと首を傾げる。
ベッドの上で座り込んでいるアルマに、ルーシーとジーンは微笑みながら近づく。
「おはようございます、奥様。お体障りないですか?」
「湯浴みなさいますか?いつでも入れるようにしておりますよ」
「奥様?湯浴み?」
顔を真っ赤に染め、アルマは首を振る。
「普通に着替えるわ。たっぷり寝たから、問題ないの」
ルーシーとジーンは顔を見合わせる。
「配慮してくださったの。おそらく、お待ちになってくださったの」
二人は、やさしく微笑むアルマに、それはそれで安心した。
「よかったですね、お嬢様」
「もうお嬢様じゃないわ、ルーシー」
止まっていた2年の時を、進める朝となった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。




