6.二度目の婚礼の儀
3日後、神殿からの回答が届く。
儀式の準備は神殿側で整っているため、離婚届の受理が終わればいつでも可能であるとのことだった。
それとは別に、報告書も届いていた。
報告書を一読したアイザックは、小さく息をついた。
「はっ。あいつももっと頭を使ったら良いのに……」
報告書を薄目で見つめるアイザックに、アルマは首を傾げた。
報告書によれば、フランシスはアルマとの離婚届と同時に、ハリエットとの婚姻届を出したという。
離婚届受理の連絡を待っていただけなのだが、追記の内容にアルマも唖然とした。
「だが、これで、君の正当性が主張されたようなものだ」
報告書を指でつまみ、ひらひらと振りながら、アイザックはにやりと笑った。
「聖女の加護がなかったのは、王太子の愛がそこになかったからだ。それを自ら証明してくれたのだから」
さらに、一カ月後には大聖堂で挙式予定だとも書かれている。
「さて、いつにしようか。こちらとしては少しでも早く聖女の加護を得たいところだからな。明日にでも婚礼の儀を行うとしようか」
アルマはこくりと頷いた。
「閣下、失礼します」
そこに、軍人が現れた。
「どうした?」
「先日から対処に当たっている地域の整備が終わります。引き上げでよろしいでしょうか」
「ああ。新たな報告はないか?」
「新しいものはありません。ただ、まだ対応に当たらず残っている地域がありますので、そちらはいかがいたしますか?」
「そうか。残り三カ所ほどあったな。現状は?」
「西は大きな地割れが一つ。新たに崩れている様子はありません。南は依然として雨が降り続いております。そして東は相変わらず日照りにより干ばつが続いています」
「では、西から始めろ。先日の整備で余った土砂を運んだはずだからそれを使え。それから、南は雨が上がるまでは何もできん。状況把握は怠るな。東は最後だ。領民の安全だけは確認しておけ」
「はっ!」
アルマは一部始終を静かに見ていた。
アルマの存在を思い出したアイザックは、眉間のしわを消すと、おだやかに微笑む。
「新たな災害は増えてないようだ。たかがこれだけだが、この1年を考えると、大きな出来事だ。日々悪化していたからな」
「私はまだ何もしていませんよ?」
「いや、あいつと離婚して、今ここにいる。それだけでも十分だということだろう」
「?」
「少なからず、悪くない報告だったということだ」
◇◇◇
翌日、二人は神殿の泉の前に立っていた。
「随分と濁ってしまいました……」
「大丈夫だ。これから元に戻していこう」
アイザックはアルマの背に優しく手を添えた。
神官の指示に従い、婚礼の儀が始まった。
二年ぶりの聖女の婚礼の儀は滞りなく行われた。
アルマは横に立つ美しい公爵の顔を見つめる。
視線に気づいたアイザックはアルマを見つめ返した。
視線が交わる。
たったそれだけのことだが、アルマの不安の種が消えていく。
婚姻届に署名する。
しかし、それだけではなかった。
(何?これ……)
そこに書かれていたのは、誓約書だった。
(え?)
王太子との婚礼ではなかった書面がある。
アイザックは迷わず署名していた。
アルマの様子に、書き終えたアイザックは声をかける。
「どうした?」
「あ、いえ。こちらは初めてだったもので……」
「……なるほどな」
誓約書に書かれていたのは、一般的な結婚式でも用いられるものと同じだった。
――病める時も健やかなる時も、互いを愛し、敬い、生涯支え合うこと。
(夫婦の誓い……。あの人は、ほんとうに愛する気がなかったんだわ……)
アルマは書面を見つめたまま立ち尽くす。
すると、アイザックが手にしていたペンをアルマに握らせてきた。
「俺はきちんと神にも誓うぞ。君もどうぞ」
その言葉に、アルマはペンを握り直した。
「はい」
アルマも署名した。
「以上をもって、二人の婚姻は結ばれた。聖女様のご加護をお恵みくださるようお願い申し上げます」
大司教は、深々と頭を下げた。
前回と同じ婚礼の儀だった。
たった一つだけ、誓約書が増えていた。
アルマは神官に聞く。
「あの、前回は誓約書はなかったと記憶しておりますが……」
「はい。婚礼の儀は聖女様の結婚式にあたりますが、儀礼通りにこの場で執り行うことが重要でして、我々の手順こそ決められておりますが、内容については定められておりません。王太子殿下は誓約書は交わさないとされました。公爵様は結婚式なのだからあってしかるべきとおっしゃられまして」
――私は神にも誓うぞ。
アルマに自然と笑みが浮かぶ。
アイザックの人柄を思えば、きっと彼はなんとも思っていないのだろう。
でも、アルマには十分だった。
その気遣いだけで、十分だった。
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