4.伝承通りの結婚
城内がなにやら騒がしい。
「ねえ、ルーシー。何かあったの?」
「国軍の一部がお戻りになっているようですよ。今回の遠征は随分と長いものでしたね」
「そうね」
「それに、閣下もお戻りですよ」
「閣下?」
ジーンの言葉にアルマは首を傾げる。
すると、国王から呼び出しの知らせがあった。
◇◇◇
「失礼いたします」
アルマが部屋に入ると、そこには背中の広い大男がいた。
(えっ!?……誰!?)
見知らぬ男を前にし、アルマは固まった。
入室したアルマの声に、男はゆっくりと振り向く。
「これは、聖女殿。お目にかかれて光栄です」
振り向いた男は長い髪を束ね、その顔はひげで覆われていた。
その姿は遠征の期間を物語っていた。
「ええと、閣下様?」
「ははは、閣下に様はいらんよ。俺はアイザック・ブラニング公爵だ。国軍を指揮している」
「将軍閣下でいらっしゃいますね?大変失礼いたしました」
「いや、こちらこそ失礼しました。あなた様は聖女であり、王太子妃であられるお方でした」
アイザックは頭を下げると、今度は国王に顔を向ける。
「それで、陛下。肝心のフランシスはどこです?」
「使いは向かわせたが……遅いな」
国王は腕を組む。
王妃はそれを横目に見て、扇で顔を隠した。
「離宮ですわ」
アルマが答えた。
「離宮?」
「ええ、そこにずっとおられますから。お仕事もそこでなさっていると思いますよ」
「なるほどな……」
アルマの発言とその表情から、アイザックは状況を察した。
待っていても仕方ないと、4人は着席した。
さっそく、アイザックから国内の状況の報告を受けた。
「そこまでとは……」
国王も唸る。
「そこで、原因を探ろうと思いまして、先に神殿に寄ってきました」
「神殿?」
「先に寄ってきて正解でしたね。これじゃ、無理もない」
アイザックはちらりと聖女に視線を移す。
そこへ、フランシスが入室してきた。
「これは、叔父上。ご無沙汰しております」
「これは殿下。……随分と良いご身分ですね」
ほんのわずかに乱れた襟に、一同の視線が突き刺さる。
視線の先に気づいたフランシスは、慌てて襟を整えた。
「当事者が来ましたから、話を続けるとしましょう」
アイザックの言葉に、何のことかとフランシスは眉間にしわを寄せる。
「伝承通りに務めを成してないものがおりましてな」
アイザックは視線をフランシスに向ける。
「フランシス殿下、妻を蔑ろにするとは何事か?」
「蔑ろ?」
「いや、聖女殿を放っておかれるとは何事か?」
「……」
フランシスは言葉を発することが出来なかった。
婚姻を結んで以降一切相手にしていないからだ。
その事実は周囲の目から見ても明らかだった。
「伝承を何だと思っておられる。務める気がないのなら、なぜその役を受け入れた」
「なぜって、私が王太子だからです。王を継ぐ者が聖女を迎えると……ですよね?父上」
「ああ。だから、仕方なくフランシスに」
アイザックはため息をつく。
「フランシス殿下。迎えたならば、その務めを果たさねばならぬことくらいわかるだろう。そなたはこの国の王になるのであろう?」
「務め?」
「まさか、婚姻届を出し、妻に名前を据え置けば良いだけとでも思っておったか?愛人など離宮に連れ込んで」
「愛人とは失礼な!ハリエットは私の最愛です!」
その一言に、国王も王妃も大きくため息をつく。
「だそうだ。兄上。あなたの息子は務めを果たす気は端からなかったようだ」
アイザックに改めて指摘されると、国王は頭を抱えた。
「まったく……なぜ、今なのだ。聖女が現れたのが……」
(陛下にも聖女は望まれていなかったの?)
アルマは、国王の言葉が聞こえてしまったことに、気落ちする。
だが、その王のつぶやきを聞き逃さなかったのはアルマだけではなかった。
「……そういうことか」
アルマの横でアイザックがぼそっとつぶやいた。
アルマは驚き、顔を上げる。
そして、視線がアイザックと重なった。
「ならば、俺がもらい受けよう」
その一言に、一同が静まりかえった。
「何を言って……」
国王は聞き返す。
「聖女殿は、俺がもらい受ける」
国王は息を呑んだ。
「俺でも良いだろう?条件は俺だって同じだ」
「同じなものか。王を継ぐのだぞ?お前は国王になる気があるのか?」
「いや、それはありません」
アイザックは首を振った。
「ならば、条件が揃わぬではないか」
「いえ、伝承では、王の血を継ぐ者が、聖女と結ばれれば良いのでしょう?でしたら、私も王の血を継いでおりますから……」
「王の血を継ぐ?王位の継承ではなく……?」
アイザックは、現国王の弟、つまり王弟殿下だった。
アイザックもまた、王の血を継ぐ一人だ。
国王は疑問を呈していたが、アイザックはアルマにも確認する。
「はい。私も、“王の血を継ぐもの”とお聞きしております」
アルマは神官から聞き伝えられていると頷いた。
「そう、であったか……」
国王は肩の力を抜いた。
「少しばかり歳は上だが、独身だ。何の問題もなかろう?兄上」
するとアイザックはアルマに向き合った。
「聖女殿。私はいかがかな?あなたが、お力を授かる手助けがしたいのだが……」
アルマは、ここまでの状況から、アイザックがきちんと伝承を理解されていることを悟った。
「あの、閣下は……。……閣下は私を、愛してくださいますか?」
アイザックは一瞬目を見開いた。しかし次の瞬間、その目は細められた。
「もちろん、そのつもりだ。あなたを妻として迎える以上、その務めを果たす。国を救わねばならん。この責任は王の血を継ぐものにとっても同等だからな」
その目元は優しかった。
アルマは、例えようのない安堵感を理由に即決した。
「私は、ブラニング公爵閣下の妻になります」
「ちょっと待ってくれ!」
それにはフランシスが異議を唱える。
「王太子は私でしょう。聖女を妻に置かねば王位が……王の後を継ぐのは、私の方が順位が上では?」
「ああ、どうぞ。俺はその地位に興味はないんでね。いいのではないか?最愛とやらを妃にお迎えになれば」
「え?」
フランシスのことはもう眼中にないようで、アイザックはアルマを見つめると、その手を差し出した。
「では、参ろうか、聖女殿。公爵家に帰るが構わんか?」
「はい。ここにいる必要はないようですから」
アルマは、差し出された手のひらに、自分の手を重ねた。
アイザックはその手を腕に誘うと、アルマをエスコートし、二人は退席した。
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