16.見定める時
アイザックがアルマを妻に迎えて半年が経った。
災害の復興を終えると、二人は各地を巡った。
雨は止み、干ばつ地には水が戻り、枯れた森には芽吹きが見え始めた。
以前アルマが植えた苗木も、今では青々とした葉をつけていた。
聖女が訪れた土地では、必ず奇跡が起こる。
それだけではない。国全体が自然と恵みで満たされていく。
いつのまにか国難は解消されていた。
久しぶりに公爵邸で過ごしている二人。
今日も事務処理に追われるアイザックの側にはアルマの姿があった。
「ほおぅ?」
新聞を読んだアイザックは目を薄めている。
「いかがなさいましたか?」
アルマは生家から仕入れたハーブティーを飲む手を止めた。
「これはいい報告書だな」
「?」
アルマは新聞を受け取ると読み始めた。
『ブラニング公爵夫妻が国内を歴訪されている。
お二人が訪問された土地では好転の報告が相次いでいる。
長期の雨天により水害が長引いていた南部領では、現在晴天に恵まれ、農業が再開された。数ヶ月前に植え付けした野菜は収穫期を迎え、現在領民総出で作業に取り組んでいる。例年と比較すると、災害前の三倍の収穫量を見込んでいるという。
長期の干ばつが続いていた西部領では、水源が確保され、ワイナリーの稼働を再開させた。現在では新品種のぶどうが誕生。甘みの強い果汁が特徴であるという。ワインに先行してジュースとして流通を始める予定だ。
地割れが相次いだ西部領では、新しい断層から鉱物が採掘され、新たに鉱山として認められた。ここから採れた鉱物の一つは、復興に尽力されたブラニング公爵に贈られた。この鉱物を加工し作られた宝石は、聖女アルマ様との結婚指輪に飾られ、現在お二人が身につけているという。
神殿は、聖女アルマ様の加護は安定して発現しているとの見解を示した。
当面はブラニング公爵閣下と共に国内各地を巡り、各地の安寧を祈願される予定であるという。
王太子夫妻は友交を結ぶべく先月から隣国を外遊中で、来週にもお戻りになるという。』
アルマは読み終えるとテーブルに置いた。
「皆様発展されているようで何よりですね」
「うむ、災害前よりも恵みがあるというのはかなり大きいな。それも、アルマのおかげだろう」
「私は何もしておりませんよ。ただ、その場にいただけです。それに……」
アルマはアイザックの顔を見つめた。
「ん?それに?」
アイザックは眉を上げ、首を傾げた。
「旦那様がお側にいてくださいましたから」
「……うむ、当然だ」
そう言っていつものように頭をぽんぽんと撫でた。
「……」
(夫なのだから……。きっとそう思っておられるのでしょうね……)
婚姻を結んでから、アイザックは一日も変わらなかった。
優しくて、頼もしくて、いつも側にいてくれる。
(聖女を妻に迎えた責任を、最後まで果たそうとしてくださっているのね……)
頭をぽんぽんとなでられるたび、アルマは胸の奥が少しだけ痛むようになった。
◇◇◇
王太子夫妻が外遊から戻ってきた。
その後も社交を中心に活動している。
「あら、こちらの飲み物はアルコールではないのですね」
「ええ。今、西部で売り出しているものですわ」
「そうなのですか。需要があるとは思えませんが……」
「ワイナリー復興に向けた製品だそうですのよ?」
「ですが、あそこは味が落ちてましたでしょ?」
「それは、干ばつの影響ですわ……。今では農園も新たな形で再開していらっしゃいますわ」
「それよりも、隣国のワインと言ったら本当においしいのですよ?種類も豊富でしたし……」
「……さようですか」
周囲からの視線は冷ややかなものだった。
社交辞令だけが交わされる。
以前のように意見を求める者も、将来を語る者もいない。
王太子夫妻は少しずつ、社交界の中心から外れ始めていた。
「もう、潮時だ」
国王は机の上に新聞を放る。
記事の見出しはブラニング公爵と聖女アルマ夫妻の話題ばかりが並び、片隅に近況として王太子夫妻の様子が載るのみだった。
国王はこの2年半、決断を迫られていた。
聖女が現れたことにより、この国の未来を見定めるときが来ていたのだ。
傍観していたが、これ以上は王家の信用にかかわる。
「時間をかけすぎたな」
従者を呼ぶと、一通の手紙を認めた。
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