サーシャの宝物
「サーシャ、頑張ってね!」
「ああ、お前は俺の誇りだ!」
サーシャは既に開店準備のために起き始めている両親に見送られながら、ゆっくりと自宅を後にした。
「……」
彼女の顔には緊張があった。
今日はスーザル魔法学院の中間試験。
入学してからの自分の頑張りの成果が、今日の結果で明らかになるのだ。
(もしあのままだったら、ヤバかったかも)
緊張をしているという自覚はある。
けれど彼女はその中でも、落ちつきを失ってはいなかった。
冷静にいられるのは、自分の友達であり先生でもあるセシリアのおかげだった。
入学に至るまで、サーシャは睡眠を削ってひたすらに勉強に打ち込んできた。
ぬるま湯に浸かり合格する貴族達なぞ何するものぞと、睡眠を削り、長時間机に向き合っても太らないように食事を削り、ひたすらに頑張ってきたのだ。
だが今の彼女は、入学時とは別物だ。
きちんと食事を取り、睡眠も取り、その上でしっかりと勉学にも励めている。
今の自分があるのは、間違いなくセシリアのおかげだ。
開始五分前にはゆっくりと深呼吸をして、ガチガチになった筋肉をストレッチでほぐしていく。
セシリアから教わったやり方を実践するだけで、緊張は先ほどまでと比べても驚くほどに少なくなっていた。
セシリアの方を見れば、彼女は持ち込んでいる細長い棒を前後に動かして肩の凝りを取っていた。
まだ自分が習っていないやり方でストレッチをしている彼女を見ながら、サーシャはくすりと笑う。
(まさか貴族に、あんな人がいるだなんて)
平民にとって、貴族とは縁遠い存在だ。
居丈高で、増上慢で鼻持ちならない……そんなイメージを良くも悪くもぶち壊してくれたのが、セシリアだ。
「それでは筆記試験……始めッ!」
筆記試験が始まる。
常日頃頑張ってきた経験は、決して裏切らない。
解答につまることもなく無事に終了し、続いて実技試験が始まる。
「「「……」」」
実技試験は視界の広い運動場で行われる。
それ故に他の生徒達の目にも止まりやすい。
皆が奇異の目で自分を見ているのがわかる。
入学式の時に校門の前で感じたあの視線。
けれどサーシャはもう、怖くはなかった。
「……(グッ)」
こちらを見て拳を握っているセシリアが、自分のことを助けてくれたから。
右も左もわからなかった自分のことを、彼女が見つけ出してくれたから。
だからもう、何も怖くなんてない。
「次、サーシャ・フランドール」
「はいっ!」
試験官に呼ばれたサーシャに、周囲の視線が一斉に向けられる。
適度な緊張感を保ったままのサーシャは瞑目し、ゆっくりと深呼吸をしてからまぶたを開いた。
何度も繰り返してきた通りに、魔法を発動させる。
体内にある魔力を循環させ、それを属性魔力に変換する。
そして明確なイメージを行い……放つ!
「ファイアボール!」
サーシャの前に現れた炎球は、他の生徒達と比べても数倍に大きくなっていた。
彼女は平民でありながら、我流で魔法を会得した天才。
その魔力量は全キャラ中トップである正しくチートの持ち主。
そんな彼女が健やかな生活を続け十全に力を発揮できれば……その実力は他の者達では及ばぬほどに圧倒的なものになる。
高速で的目掛けて放たれた一撃は、見事中央へと命中する。
そして的を打ち抜き、勢いそのまま反対側へと突き抜けていく。
「なっ……!?」
その様子を見て唖然としている教師陣と生徒達を前に、ふんっと鼻から荒く息を吐き出した。
ぶいっとVサインを送ると、セシリアも同じポーズをこちらに返してくれ、サーシャはその笑みを深めた。
――サーシャは知らない。
本来であればこの実技試験のイベントは、『瞳の中のドルチェ』の主人公である自分が所詮は平民だと貴族達に笑われることになる、いわゆる負けイベントであるということを。
彼女がこの時点で実力を発揮したことで、自分がより多くの貴族達から目をつけられるようになることを。
けれどこのクラスで原作と違うのは、何もサーシャだけではない。
自分の名を呼ばれたセシリアが、魔法を放つ。
すると……
ドッゴオオオオオオオンッッ!!
爆音が鳴り響き、サーシャが穴を開け新品に変えられた的が、その周囲にあった替えの的ごと吹き飛んでいく。
それをやってのけたセシリアはきょとんとした顔で、
「あれ、もしかして私……やりすぎちゃいました?」
と首を傾げる。
それを見てサーシャは、ははっと快活に笑った。
(やっぱりセシリア様には敵わないな)
そう、このクラスには……異世界知識によるイメージ力によって魔法の威力をとてつもないほどに向上させたサーシャ以上におかしな健康少女、セシリア・フォン・アイゼンフィールドがいる。
(けど私だって、いつか……)
セシリアが近くにいてくれるからこそ、力を手に入れてもサーシャは決して増長しない。
恥ずかしいので口に出すことはないが……セシリアとの出会いは、サーシャが魔法学院に入って得ることができた、一番の宝物だった。
サーシャは今更ながらにやりすぎてあわわわと慌てているセシリアの下へ駆け寄っていく。
こうして二人は無事中間試験を終え……セシリア一位、サーシャ二位というワンツーフィニッシュを飾ることに成功するのであった――。
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