この悪役令嬢の悪口が下手すぎる!
「ふふふ……いよいよこの時がやってきましたわね!」
豪奢な馬車に乗り込む、一人の少女の姿がある。
くるくると巻かれた左右対称の縦ロールに、キリリと鋭い眼をした彼女の名はエリザベート・フォン・ティプトリー。
ティプトリー公爵家のご令嬢である彼女は、その手に持った扇子を大きく広げながら口元を隠す。
(口元を隠し笑みを見せないのは、悪役令嬢のたしなみですものね)
――彼女は物語に出てくる悪役令嬢に、憧れを抱いていた。
美しいドレスを身に纏い、扇子を片手に高笑い。
気に入らない相手には容赦なく辛らつな言葉を浴びせ、誰にも媚びずに堂々と振る舞う。
そんな悪役令嬢になりたいと思い、彼女は自分の中の理想の悪役令嬢を目指し日々研鑽を積んできたのだ。
足を組み、頬杖を突き、堂々としたその態度は、正しく彼女がイメージする悪役令嬢そのもの。
自分の悪役令嬢っぷりに、惚れ惚れしてしまう。
「お嬢様、お疲れ様です」
メイドのケーシィが、彼女が着ている制服の皺を伸ばす。
そのまま櫛を使って髪を整える。
「ありが……」
礼を言おうとし、エリザベートは言葉を止める。
もっと正しい言い方があると思ったからだ。
今日から入学する魔法学院では筆記実技共に首位を取り、公爵令嬢として完璧な淑女教育を受けてきたエリザベートには、ある致命的な欠点があった。
それは……
「あなたは本当に……誰からも好かれる性格をしておりますわね!」
――悪口が、致命的に下手くそなのである!
彼女が悪役令嬢を目指していることを知っているケーシィは、ありがとうございますと微笑みながらお礼を言った。
自分がちゃんと悪役令嬢っぽく振る舞えたとご満悦なエリザベートは、鼻歌交じりで外の景色を眺める。
どこかズレているエリザベートは、今日から始まるセンチュリー魔法学院での生活に胸を高鳴らせるのであった。
エリザベートが期待に胸を膨らませている理由は、今年からセンチュリー魔法学院で平民の特待生制度を導入した。
貴族しかいない学院、そこにやってくる平民……なんというおあつらえ向きなシチュエーションだろうか。
悪役令嬢を目指すエリザベートにとって、こんなに美味しいイベントを楽しまないわけにはいかない。
「……あら」
入学式を終えそのまま屋敷に戻ろうとしていると、遠目に特待生枠で入学してきた少女……リリアの姿が見える。
前髪を短くボブに切り揃えている彼女は、自分の婚約者である王太子ヴォネガット・フォン・ザラキアと仲睦まじく話をしていた。
婚約者と仲良く話す平民という、このシチュエーションは……
(悪役令嬢チャンスですわ!)
婚約者のいる相手になれなれしく話をするのは、貴族社会では褒められたことではない。
どうやって文句をつけに行こうか考えていたエリザベートは、その機会が天から降ってきたことに感謝する。
ヴォネガットと離れたリリアの下へ急ぎ向かおうとすると……彼女が辿り着くよりもはやく、数人の貴族令嬢達がリリアのことを取り囲んでいた。
「ちょっとあなた、いきなり殿下とお話しするなんて礼儀がなってないわ」
「婚約者がいる殿方にあんな風に話しかけて、恥というものがないのかしら」
「まったく、平民はこれだから……」
彼女達が辛辣な言葉を浴びせられたリリアが、ぺこぺこと頭を下げている。
その様子を見ていたエリザベートが、ようやく彼女達の間に割って入っていった。
「エリザベート様……」
「リリア、で良かったかしら?」
「は、はいっ!」
さすがに公爵令嬢を相手にすると緊張するらしく、リリアの頬が引きつっていた。
身分の差~とエリザベートは背筋をぞくぞくとさせた。
「一つ行っておくと、婚約者のいる殿方と二人きりで話をするのはあまり褒められたことではないわ。もし話がしたいのであれば第三者を交えてするようにしてくださいまし」
「……すみません、そういった常識には疎くて」
ここでビシッと言ってこその悪役令嬢。
エリザベートはマイ扇子を取り出しながら、思いきり息を吸い込んだ。
「ふんっ、所詮は平民ということですわね! ですが……殿下は寂しがりな方です。きっとあなたが話しかけてくれて、嬉しいと思ったはずですわ」
「え……?」
鼻を鳴らしながら精一杯の悪態を突いたエリザベートは、はっとした。
全然……悪口が言えてないですわ!?
「きょ、今日はこのくらいにしといてあげますわ! それではごきげんよう!」
自分が悪役令嬢としてまだまだ未熟であることを自覚すると、エリザベートは一気に恥ずかしくなってきた。
彼女は淑女が許されるギリギリの速度で、その場を速やかに去っていく。
エリザベートが気にしていないのならと、令嬢達は去っていく。
一人取り残されたリリアは、エリザベートの背中をジッと見つめるのであった――。
翌日。
寝れば全て忘れるタイプの人間であるエリザベートは、けろっとした顔で授業を受けていた。
魔法学院は成績別にクラスが分けられている。
リリアは、エリザベートとは同じクラスに配属されていた。
どうやら彼女はかなり優秀らしく、入試成績はエリザベートに次いで二番目であったらしい。
平民でありながら才能に溢れ入学してくるなんて、正に物語の主人公。
私が悪役令嬢として過ごすための素地がどんどん整っていきますわ……とエリザベートは悪役令嬢センサーをビンビンにさせていた。
「おーっほっほっほ! ……あら?」
練習を続けたことで大分上手くなってきた高笑いを意味もなくしながら廊下へ出ると、窓の下に貴族令嬢達に囲まれているリリアの姿が見えた。
どうやら才能がある平民に内心忸怩たる思いを抱えている者は多いらしい。
悪役令嬢としての第六感が告げている……これは間違いなくイベントに違いないと。
エリザベートはスカートの裾が動かない淑女早歩きによって、一階の校舎裏へと向かう。
そこにはリリアに詰め寄っている生徒達の姿があった。
胸のリボンの色から見るに同級生だろうが、エリザベートは彼女達に見覚えはない。
おそらくは別のクラスの子達だろう。
「あなた、成績がいいからって生意気すぎじゃない?」
「いくらお勉強ができていても、レディーとしてなっていない女にこの学院の敷居をまたぐ価値はないわ」
「取り入って殿下に気に入られようとして、恥ずかしくないの?」
たしかに思い返してみると、リリアの礼儀作法はあまり褒められたものでなかったような気がする。
軽く頭を下げるべきところでも最敬礼である直角の礼をしていたり、そもそも猫背気味なせいできちんとした形の礼になっていなかったり……まあ知らないならそんなものですわよねとエリザベートは気にしていなかったが、どうやらそれが彼女達には鼻持ちならなかったようだ。
だが残念ながらリリアには先約がある。
今回は引き取ってもらうことにしよう。
「失礼、リリアさん。こんなところで油を売っている場合ではなくってよ」
「「「エ、エリザベート様!?」」」
「この子はこの後私の茶会に出席致しますの、ご用件がおありならまた後日お願いできるかしら?」
この国において王に次ぐ地位である公爵家の令嬢であるエリザベートに文句をつけられる者など存在しない。
彼女達はそそくさと去っていき、リリアはエリザベートにぺこりと頭を下げた。
最大限の謝意を示す直角の礼は、実に見事なものだった。
「やはりあなたは……知らないだけでしたのね」
「えっ?」
次席になれる人間の頭が悪いはずがない。
リリアは一度習ったことはきちんとこなせるのだ。
知らぬことは恥ではない、同じミスを繰り返すのが恥なのだ。
「なんでもございません。ほら、行きますわよ」
エリザベートはリリアの手を引き、馬車へと乗り込んだ。
今日は屋敷で、彼女が開く歓迎茶会があるのだ。
特待生の平民を自分の茶会へと招く……そしてそこで自分との格の差を教えてあげるのだ。
エリザベートは自分の悪役令嬢っぷりに震えながら、屋敷へと戻るのであった。
当然ながら学院に知り合いがおらず寂しそうにしているリリアに助け船を出すために、エリザベートは彼女の歓迎茶会を祝うことにした。
茶会の準備は既に前日のうちに整えている。
故に問題なく進められると思っていたのだが……
「ちょ、ちょっとリリアさん!?」
「はい、なんでしょうか?」
一度ならず二度までも助けてもらったことで態度がやわらかくなってきているリリアに、エリザベートはキッときつい視線を向ける。
「そっちは主賓の上座ですわ! 殿下を呼ぶのですから、リリアさんはこっち側の下座に来ていただかなければ困ります!」
「す、すみませんっ!」
急ぎ下座に映るリリアを見て、ふんと鼻を鳴らすエリザベート。
しっかりと叱りつける自分って、やっぱり悪役令嬢の天賦の才を持っているのでは……と内心では少しテンションが上がっていた。
「もう、リリアさんは本当に何も知らないんですから……私がいろいろと教えてさしあげますわ! 同じ失敗をされたらかないませんもの」
「はい、ありがとうございます!」
叱られているのになぜかにこにこのリリアを見て首を傾げながらも、エリザベートは他の参加者達の到着を待つことにした。
「ごきげんよう、エリザベート様」
「ごきげんようアネット、来てくれて嬉しいわ」
一人また一人と、茶会の参加者達がやってくる。
今回のメンバーはエリザベートの友人二人であるアネットとソラリス、そして婚約者である王太子のヴォネガットにリリアとエリザベートを入れた五人だ。
最後に今回の主賓であるヴォネガットが入ってくると、リリアの赤いルビーの瞳が輝いた。
「ヴァン様、こんにちは! お久し振りです、昨日は困っていたところを助けていただいてありがとうございます!」
「……あぁ、気にするな」
どうやら昨日仲良く話していたのには理由があったらしい。
だがそれはそれ。主催であるからこそエリザベートにもさすがに見過ごすことはできなかった。
「ちょっと、リリアさん!」
「は、はいっ!」
彼女の真剣な声音にビクッと背筋を伸ばしたリリアが、ジッとエリザベートの方を見つめる。
彼女は呆れたような顔をしながら、テーブルに体重を預けながらリリアのことを睨み付ける。
「今貴方は二つ大きなミスを犯しましたわ。一つは主催である私が紹介するよりも早く、殿下に声をおかけになったこと。そしてもう一つは婚約者を持っている殿下のことを、あろうことかその婚約者の前で気安くあだ名でお呼びになったことです」
「――はっ!? す、すみません、私、なんということを……」
「あなたは、その、本当に……大した度胸の持ち主ですわ! ですが使いどころは考えなさい!」
わなわなと震えているリリアを見たエリザベートが、満足げに頷く。
どうやら自分の圧倒的悪口によって、ミスの重大さに気付いてくれたらしい。
「おいエルザ……」
その様子を見て何を思ったのかヴォネガットが、口を挟もうとしてくる。
けれどそれよりもエリザベートがビシッと扇子を彼へ向ける方が速かった。
「そして、殿下も殿下です!」
「……俺?」
「そうです、そもそも殿下は次期国王となられるお方! そのようなお方が平民に愛称を呼ばせるなどと……もう少し王太子としてのご自覚をお持ち下さい! それにヴァンだなんて……私でさえまだ呼んだことないのに!」
まさか自分が叱られると思っていなかったからか、ヴォネガットの方がきょとんとした顔をする。
そして他の参加者の三人達は、あまりにもエリザベートの物言いが堂々としていたからか耐えきれずに顔を俯かせてしまっている。
やってやりましたわ、やっぱり私は稀代の悪役令嬢……とどや顔をしながら、エリザベートは滞りなく挨拶を終える。
茶会でも悪役令嬢ポイントを溜められるのではというエリザベートの予想は、見事に的中していた。
「ちょっとリリアさん、紅茶を飲む時に小指を立てないでくださいまし!」
「は、はいっ!」
リリアは茶会のマナーというものをまるで知らなかった。
彼女の非常識は、その全てがエリザベートが叱りつけることができるポイントでもある。
なので通常の令嬢ならば顔を顰めるようなミスをしても、エリザベートは楽しそうに一つ一つそれを指摘していった。
「リリアさん、茶会で立つ時にカップを持ってはダメです!」
「そうなんですか?」
「リリアさん、トングはあるけど自分で取ったらダメですわ! 給仕のメイドがいるのですから、彼女達にお願いして取ってもらわなくては!」
「わざわざお手を煩わせるのもと思ったので……」
リリアの茶会での作法は、まるでダメダメだった。
けれどエリザベートは、その一つ一つに懇切丁寧に指導をしていく。
彼女はリリアが高い学習能力を持っていることを知っている。
教えてあげればすぐに自分の血肉にすることができるのは、叱りつける度に見せてくれる直角の礼儀が教えてくれた。
「エルザは……リリアのことを虐めているのではなかったか?」
「ふふん、そう見えるならそうなのかもしれませんわね」
どうやらヴォネガットの方はエリザベートとリリアの関係が悪いと思い身構えていたらしい。
主人公と悪役令嬢は反発し合うもの……他者からそう見えているということは、今の自分は間違いなく悪役令嬢然としているということ。
「なんで本人、鼻高々なんでしょうか……?」
「そんなところもかわいいでしょ?」
「たしかに……エリザベート様って、すごく素敵なお方ですよね!」
後ろの方でリリアとアネット達が何かを話しているが、声が小さいので良く聞き取れなかった。
だが学院で孤立しがちなリリアがクラスメイトと話せているのはいいことなので、放っておくことにしよう。
(ふふふ、今日は私の人生で一番悪役令嬢ができた日かもしれません……今日を悪役令嬢記念日と致しましょう)
有頂天になっているエリザベートはその日はつきっきりでリリアに茶会のマナーを叩き込み、たくさん彼女のことを叱りつけることで己の心に飼っている悪役令嬢を存分に解放するのであった。
エリザベートは少し抜けたところがあるものの、紛れもない天才である。
名門センチュリー魔法学院の首席というのは伊達ではなく、彼女はこと魔法に関しては一年生でありながら並ぶ者がいないだけの実力を身につけている。
(はぁ、退屈ですわ……)
魔法学院は魔法が使えない者は入れないため、皆が最低限は魔法の教養は持っており、授業も基礎をすっ飛ばして応用から入る。
だがそれでも、彼女からするとスピードが遅く感じてしまった。
家庭教師に既に宮廷魔導師レベルの魔法を教わっている彼女からすると、学校の授業は正直受けるのがキツい。
けれど眠るわけにはいかない。
完璧な悪役令嬢を目指すのであれば、居眠りなどは断じて許されない。
彼女は自分の縦ロールをみょいんみょいんしながら、なんとか授業を乗り切ってみせた。
立ち上がりゆっくりと背筋を伸ばしていると、前の席にいるリリアがうなだれているのが見える。
「どうしたんですの?」
「その……お恥ずかしながら、授業に全然ついていけてなくて……」
「まあ、そうでしたの」
次席なのにどうして……と思い聞いてみたら、驚愕の事実が判明する。
貴族家では家庭教師を雇い、入学前からみっちりと魔法を仕込むのが普通だ。
だが平民である彼女の家にそんな余裕はない。
そのためリリアは冒険者となった流れの魔法使い崩れから数度教わった程度で、魔法の基礎理論をほとんど理解せずにここまで来たらしいのだ。
「……逆に、それでどうして次席を取れるんですの?」
「そこはまあ……こう、気合いで」
試しに彼女が魔法を使おうとするプロセスを見てみて、エリザベートは愕然とした。
魔力の操作能力も低く、魔力圧縮による未熟。
にもかかわらずリリアはそれを己の持つ圧倒的な魔力量で力業で解決し、他の生徒達と遜色ないだけの魔法を発動させることに成功していたのだ。
(なんという魔力量……同年代で私以上の魔力を持つ子に会ったのは、生まれて初めてですわ)
そのあまりにも稚拙ながらなぜかきちんと発動している魔法を前に、エリザベートの脳裏にピキーンとあるアイデアが閃いた。
(これは……チャンスかもしれませんわ)
リリアはなかなかに優秀で、同じミスを何度も繰り返さない。
そのせいで以前は何かある度に辛辣な言葉をぶつけることができたのに、最近ではほとんど言うこともなくなってしまっていた。
けれど自分に一日ならぬ百日の長のある魔法であれば、リリアのことを悪役令嬢然と叱りつけることができるかもしれない。
「私が魔法をお教え致しますわ!」
「えっ、いいんですか!?」
「あなたが未熟すぎて、学院の恥になるのが嫌なだけですわ! リリアは基礎からやり直す必要がありそうですから、厳しく指導致しますわよ!」
「はい、頑張りますッ!」
ふんすと鼻息荒く拳を握るリリアを見て、エリザベートは少しだけ気持ちが弾んでいた。
落ちこぼれだが才能のある平民と、それを叱責しながらも努力を怠らぬ自分……なんという甘美な関係性だろう。
(こんなのもう、主人公と悪役令嬢ですわ!)
心を弾ませていると、あっという間に放課後になった。
「魔法を使うために必要なものは三つあります。なんだかわかりますか?」
「えっと……魔力と魔法、ですか?」
「違います、しかもそれだと二つしかないですし! 魔力操作と魔力圧縮、そして魔法の構築ですわ!」
魔法に必要なプロセスは三つある。
自身の体内にある魔力を知覚し発動のために腕先へと集中させる魔力操作。
集めた魔力を圧縮しながら体外へと放出する魔力圧縮。
放出した魔力によって魔法式を構築し行う、現象の改変だ。
エリザベートはまず一度お手本を見せることにした。
全身から一瞬で魔力を集めるその流れには一切の淀みがない。
引き寄せられるように一瞬で集められた魔力が体外へ流れ、魔法式が構築。
ほとんどタイムラグなく魔法が完成し、その指先に炎が点った。
「わぁ……」
「いきなりこのレベルの展開を行えとは申しません。まずは一つ一つのプロセスを着実にできるようにしてくださいまし」
「わかりました、むむむ……」
リリアは眉間にシワを寄せながら、全身から魔力を集中させる。
その魔力の流れは、あまりにも不格好が過ぎた。
まるで全身から魔力を鉋で削り出し、すり潰して強引に重ね合わせたようだ。
だが元の魔力が多すぎるせいで、それでも十分な魔力が集まってしまっている。
魔力を圧縮する時のロスも膨大で外に出て魔法となる魔力の三倍以上の魔力が霧散してしまっており、更に魔法の構築はでたらめでなぜそれで魔法が発動するかわからない。
一体どれだけの魔力を使って発動したかもわからない初級魔法の点火は、しかしエリザベートが使った物よりも明るくポッと指先に点った。
「なんという……」
「な、何かダメだったでしょうか?」
「全部ダメダメ、めちゃくちゃですわ! まったく、あなたに魔法を教えた魔法使いに文句をつけてやりたいですわ! これだけの原石をこんな風に育てるだなんて……」
今のリリアは、言わば完全に我流で型を身につけてしまった剣士のようなもの。
より強くなるために正統派剣術を学ぶためには、今まで積み上げてきたものを壊して一から鍛え直す必要がある。
「これは時間がかかりそうですわね……私の指導は厳しいですわよ!」
「はい、エリザベートさんに従います!」
こうして二人の特訓の日々が始まった。
リリアの頭も良く学習能力も高いが、魔法という技術はかなり感覚的な部分も多い。
一度作ったクセを取り除き一から基礎を仕込むのはなかなかに難しく、リリアは何度も何度も同じ失敗を繰り返した。
「リリアさん、魔力圧縮が甘い! それでは圧縮しきれなかった魔力が無駄になってしまいます!」
「こ、こうですかっ!?」
「違います、そんな風に魔法式構築の寸前で圧縮しては、使う魔力が増えすぎますッ! この魔力オバケッ!」
エリザベートはスパルタだった。
リリアのことを容赦なく叱責し、キツい口調で指導を続けていく。
けれどリリアはそれにしっかりとついてくる。
「魔法式の構築が適当過ぎます! あなたの才能が溢れているからなんとか成立しているだけす! 才能にあぐらを掻いて魔力を無駄にするのをおやめなさい!」
「は、はいっ!」
エリザベートは悪役令嬢としてキツい口調で怒鳴りつけることができてご満悦だが、なぜか教えているリリアの方も楽しそうだった。
一度コツを掴んでからというもの、リリアはものすごい勢いで成長し始めた。
彼女は魔法学院の授業で、その粗末な魔法発動をクラスメイトに笑われることはなくなった。
元からリリアはエリザベートを上回るほどの莫大な魔力量を持っている。
試行回数がこなせる分練習の密度も高くなり、彼女の魔法の実力はめきめきと上昇していく。
このまま手をこまねいていては首席の座も危ういかもしれないと、エリザベートも奮起して頑張るようになった。
互いに切磋琢磨し合うこの関係は、正しくライバルと言えるだろう。
悪役令嬢の前に立ちはだかる主人公として、リリアはあまりにも適役だった。
自分を越えるかもしれないライバルに塩を送るのかといわれれば、もちろんその答えはYESである。
なぜならエリザベートは、悪役令嬢だから。
最後には自分を超えられてしまうかもしれない。
だがそれは決して、綺羅星の如き才能を潰していい理由にはならない。
たとえ負けたとしても、散り際まで美しく。
散り方の美学もまた、エリザベートが愛する悪役令嬢の一側面なのだから。
「エリザベート様、今日もよろしくお願い致します!」
ぺこりと頭を下げるリリアと向かい合っているのは、魔法学院にある修練場だった。
既に魔法の発動に関して、エリザベートが教えることはなくなった。
それ故今ではこうしてはリリアと模擬戦を行い、実践を通じて互いに高め合っている。
馬鹿げた魔力量のリリアには苦戦することも多く、そこから学べることも多い。
両者共に実りの多い、ウィンウィンの関係が築けているだろう。
エリザベートが赤い宝玉の埋め込まれた杖を構えると、リリアは親に買ってもらったという少しくたびれた杖を握る。
「今日こそ、勝ちます!」
「今日も負けませんわよ」
エリザベートは主人公に立ち塞がるライバルの悪役令嬢として、今日もまた魔法の腕を振るう。
今日もその悪役令嬢の花弁が散ることはなく、エリザベートは無事白星をまた一つ増やすことに成功するのだった――。
「エリザベート様~!」
「リリア、どうしたの?」
「一緒にご飯食べましょう!」
魔法を教え合い、そして模擬戦を行うようになり、二人の仲は一気に縮まった。
今では一緒にお昼ご飯を食べたり、休みの日に一緒に出かけたりすることもできるような関係性だ。
(正しくライバル……ですわね)
正直言えばエリザベートは、これほどまでに悪役令嬢な生活を送れるとは思っていなかった。
もちろん期待はしていたが、せいぜい高笑いをしたり扇子をシャッシャッしたりするだけだろうと、どこかで諦めていた部分があったのだ。
エリザベートは完璧な悪役令嬢たるべく、常に研鑽を欠かしたことがない。
そして結果として、誰もが叶わぬだけの実力を手に入れた。
それ故に、彼女は孤独を感じていた。
地位と実力を兼ね備えた彼女と対等な存在は、どこにもいなかったからだ。
けれどリリアというライバルの登場によって、そのしこりも消えた。
悪役令嬢の前に立ち塞がる、圧倒的な潜在能力を持つ主人公。
なんという完璧な筋書きだろうか。
悪役令嬢を目指して頑張ってきた意味がありましたわね……と、エリザベートは少し多めに作ってきてある弁当の中身をリリアに分けてあげる。
「いいんですか!?」
「ええ、お腹が空いているせいで力が出ないなどと言い訳をされたくないですもの」
おかげでここ最近は、一層奮起して自己研鑽を積むことができている。
悪役令嬢として素直にお礼を述べるわけにはいかないが、こういう形でお礼をするくらいのことはする。
「美味しいです、エリザベート様!」
「そう? それならもっと食べてもいいわよ」
用意してあったキッシュを渡しながら、エリザベートは欠食児童じゃないと軽口を叩きながらリリアに笑いかける。
エリザベートの魔法学院での生活は、驚くほどに充実していた。
「……おかしいですわね」
放課後、いつもであれば既に模擬戦をしている時間になってもリリアがやってこない。
彼女はこういう時に時間を破る子ではないことはよく知っている。
一体何が……と思い、エリザベートは彼女を探すことにした。
何人かに聞いてみれば、リリアはすぐに見つかった。
だが……校舎の反対側に位置している裏庭。
人通りが少なく逢い引きなどにも使われているというその場所には、予想外の光景が広がっていたのだ――。
制服が破れボロボロになったリリアを、十人を超える女子生徒達が囲んでいる。
彼女達は皆入学初日に、エリザベートの茶会の当日に、リリアのことを馬鹿にしていた女生徒達だった。
「ぐっ……」
リリアは苦悶の声を上げながらも、未だ倒れることなく彼女達へと杖を向ける。
だが本来一対一であれば遅れを取らないだけの実力があるはずの彼女も、多勢に無勢にでは分が悪い。
何度目かになる魔法の交差。
リリアはその攻撃のほとんどを無力化することに成功したものの、逃した一発の氷の槍が彼女の身体を吹き飛ばす。
「ぐうっ!?」
「平民風情が……」
「次席を取ったからって調子に乗りすぎなのよ」
「エリザベート様にあんなに馴れ馴れしく接して……恥を知りなさい」
リリアが地面に倒れ、カラカラと杖が落ちる。
女生徒の一人がそれをぐりぐりと踏みつけながら、いやらしい笑みを浮かべていた。
「元からボロボロの杖に味が出て良かったじゃない!」
「や、めて……」
「あっはっは! 何、聞こえないわ!」
「やめて……ください」
「い・や!」
高笑いをしながら、彼女がぐりぐりと杖を踏みつける。
それは決して裕福ではないリリアの両親が、魔法学院に入学した彼女のために必死になってお金を貯めて買ってくれた杖だった。
新品ではないし、グレードが高いものでもない。
けれどその杖は彼女にとって、かけがえのない大切なものだったのだ。
リリアの目に涙がにじむ。
どれだけ魔法で痛めつけても顔色一つ変えなかった彼女の初めての変化に、女生徒達が笑う。
「こんな小枝みたいな杖、へし折ってあげるわ」
「――やめてっ!」
思い切り振り上げられたかかとが、その杖へと振り下ろされるその刹那――裏庭に、一陣の風が吹いた。
「あなた達……冗談も、大概になさい」
生徒達は皆体勢を崩し、足を振り上げていた生徒は身体をひっくり返らせていた。
一方で立ち上がろうとしていたリリアには一切の抵抗はなく、視線の先にあった杖は紐に引っ張られたかのように彼女の元まで戻っていく。
繊細な魔力コントロールによって放たれた複数の魔法の同時行使。
それを為した一人の少女は、ボロボロになったリリアの前にいつもと変わらぬ様子で立っていた。
「エリザベート、様……?」
「リリア……よく頑張りましたわね。後は私にお任せ下さい」
いつもと変わらぬ優しい笑みを浮かべた彼女は、安心してその場に崩れ落ちたリリアから視線を前に向ける。
ひっと生徒達からの声が漏れる。
エリザベートは豹変し、その強烈な怒りは彼女達へと向けられていた。
「あなた達が……一体リリアの何を知っているというのです!」
エリザベートは、何も知らないのに全てを知ったような口を利く人間が大嫌いだった。
リリアはたしかに優れた力を持っている。
けれど彼女は決して天才ではなかった。
ひたむきに頑張りながら必死になって正しい魔法を会得したリリアの努力を、お前達は知っているのか。
「一人だと立ち向かえず、集団でよってたかって虐めることしかできないあなた方のような人種を見ていると……反吐が出ますわ」
エリザベートが吐き捨てるように言い放つ。
あまりにも冷たい声音で放たれたそれは、彼女が生まれて初めて告げる純度100%の悪口であった。
「リリアが今までどれだけ頑張ってきたか……いくら魔力量が多くとも何時間でぶっ続けで魔法を使い続けることがあなた達にできるのかしら?」
エリザベートはリリアがどれだけ頑張ってきたかを知っている。
故にリリアの努力を知りもせずに踏みにじろうとする彼女達のことを、エリザベートは決して許すことができなかった。
「悪役令嬢を目指すのであれば、正々堂々と相手に立ち向かいなさい!」
エリザベートは小さな頃から物語が大好きな子供だった。
彼女がいつも気に入るのは主人公ではなく、その当て馬であり噛ませ犬でもある悪役令嬢だった。
悪役令嬢は皆、自分の矜持を持っている。
その芯の通った生き様に、エリザベートは憧れたのだ。
けれど目の前の彼女達は違う。
「端役風情が……私達の舞台から消えなさい。あなた達にその資格はありませんわ」
ただ集団でリンチして楽しむだけの小悪党にはなんの魅力もない。
エリザベートが魔法を使い同時に吹き飛ばしてやれば、圧倒的な実力の差に戦意を喪失した彼女達が脱兎の如く逃げ出していく。
「まったく……大丈夫、リリア?」
「エ゛リザベードざま……」
「もう、泣かないの。まったく、泣き顔までチャーミングなんですから」
本人は再び精一杯の悪口を発しながら、リリアに肩を貸す。
リリアはハンカチで涙と鼻水まみれの顔をぐしゅぐしゅと拭きながら、エリザベートに抱きついていた。
服の汚れを魔法で飛ばし、事前に用意してあったスペアの制服をプレゼントしてからエリザベートは離れたがらないリリアを家まで送り届けてあげることにした。
「エリザベート様……さっきはありがとうございます。格好よすぎて……私、エリザベート様みたいな友達ができて、本当に嬉しいです」
「友達……ふふっ、そうですわね。あんな小物達のことなんか放っておいて、明日からも頑張りますわよ!」
「はい、もちろんですっ!」
リリアはエリザベートにとって初めての、対等な友人なのかもしれない。
将来の二人の関係がどうなるかはわからない。
けれどどのような結末を迎えることになろうとも、きっと彼女と過ごすこの日々はかけがえのないものに違いない。
(困っている主人公を颯爽と助けながら、小悪党を真の悪が蹴散らす……ふふっ、我ながら見事な悪役令嬢っぷりでしたわ~)
悪役令嬢への道は険しい。
けれどエリザベートに諦めるつもりはない。
だって彼女の悪役令嬢道は……まだまだ始まったばかりなのだから!
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