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好きな人


 セシリアがサーシャに対して健康指導を行うようになってから早いもので一ヶ月もの時間が経過していた。

 当初はふらふらで明らかに元気がなかったサーシャも、今ではしっかりと朝食を食べて元気いっぱい。


 この間行った中間試験の結果も上々で、セシリアとしても十分と言える結果を出すことができた。


「ひとまずサーシャに関しては、食事管理に関してはもう免許皆伝と言っていいわね」


「……えっ!?」


「サーシャの場合、元々適正体重だからこれ以上のダイエットも必要ないし。後は運動をして今の状態を維持するだけでも十分よ」


 アンダーカロリーとそれを行いながら栄養バランスを整える野菜とお魚多めの食事、そしてカロリー消費のための有酸素運動と睡眠。


 基本はこの辺りを抑えておけば、ダイエットと体重維持に関しての問題は起こらない。


 男性だとまたやり方は違ってくるが、女性に関しては筋肉を増やしてカロリー消費量を増やすというよりは、有酸素運動を行いながら適宜筋トレを行っていくのが基本線になる。


 筋トレのやり方などに関しては教えていく必要はあるが、教えたランジやヒンズースクワットなどの自重トレーニングで女性で一番大切な足トレの基礎は十分賄える範囲だ。


「本当にありがとう……セシリア様のおかげで、なんだか体力も気力も増した気がするよ」


「そう言ってくれると嬉しいわ。これからも適宜教えてはいくけれど、ひとまずは自分でしっかりと健康維持できるように努めていくようにしてみて」


「うん、わかった! いつまでもセシリア様にばっかり頼れないもんね! 私一人でできるように頑張ってみるよ!」


 サーシャはそう言うと腕をぐいっと曲げる。

 セシリアが貸しているダンベルを使ってトレーニングをしているおかげか、以前と比べて少しだが力こぶが出てきている。


「野菜はうちので食べられるから、後はお肉とお魚をなんとかして確保しなくっちゃ。元々バイトはするつもりだったし、食堂でバイトでも始めようかなぁ」


 サーシャの指導を受けてみて、セシリアとしても学べるところは多かった。


 中でも一つ大きなことは、この世界でしっかりと栄養バランスの取れた食事をするには、ある程度しっかりとお金をかける必要があるとわかったことだ。


 セシリアが指導をしていた人達は今まで皆良家の人間やしっかりと給金をもらっている使用人だったのでわからなかったが、たまごや鶏肉など、しっかりとタンパク質を補給するためにはこの世界では想像以上にお金がかかる。


 もし食事指導を市井の人にも広めようとするのなら、大豆や安い野菜などを使って置き換えをすることも視野に入れていく必要がある。


 とそんなことを考えている間も、セシリアは時々周囲からの視線を感じていた。

 以前感じていたような突き刺さる視線ではない。


 以前はサーシャが騒いでいるとそれだけでクラスの雰囲気がシンと静まりかえっていたが、あの中間試験以降はそのようなことはなくなった。


 何せ原作通りであれば『大して成績も良くないなんて、特待生とはいえ庶民ではその程度なのね』と思われている場面だが、既に健康優良児となっているサーシャの成績はセシリアに次いで二位。


 彼女のことを馬鹿にする者はこのクラスの中にはいない。


 本来であればここからサーシャが更に努力を繰り返してクラスメイト達を見返すイベントがあるのだが、それらはセシリアの健康指導によって前倒しで解決されていた。


 そしてもう一つ、原作と比べて大きな変化があった。


「あのセシリア様、何を話していらっしゃるのかしら? もし良ければ私達も混ぜて下さらない?」


「ええもちろん、サーシャもいいわよね?」


「もちろん!」


 ――なぜかクラス内でのセシリアの評価が、爆上がりしていたのだ。


 入学時はそこまででなかったにもかかわらず、急激に伸びたサーシャの成績。

 それを国王相手にパーソナルトレーナーをしているセシリアと結びつける者は多かった。


 おまけに聞かれたサーシャの方もセシリアを持ち上げるものだから、セシリアの評価は留まるところを知らない鰻上りっぷり。


「ぜひ私もセシリア様から手ほどきを受けたいものですわ」


「最近茶会に出席しすぎたせいでお腹周りが少し気になって……」


 そしてそれに伴い、セシリアのパーソナルトレーナーとしての需要も増えていた。


 ここ最近ではクラスメイト達だけではなくどこからか話を聞きつけてきた同学年の貴族令嬢達や、果てには上級生達まで、枠は空いていないのかと聞いてくるほどの人気っぷりだ。


「そうね、本当ならもう少し増やしたいところではあるんだけど、どうしても私一人だと手が足りなくって……」


 セシリアは既に国王や王宮の使用人を始めとして複数の顧客を抱えている。


 やるからにはしっかりと指導を行うために枠を絞っているため、これ以上増やすのは現状ではあまり現実的ではない。


(もう少し人手が増えればなんとかなるんだけど……)


 とそこまで考えたところで、セシリアはふと隣にいるサーシャを見た。

 そしてぴこーんと、彼女の脳裏に閃きが走る。


「そうよ! ねぇサーシャ、あなたバイトするつもりって言ってたわよね? それなら、私の仕事を手伝ってみない?」


「へ……私がですか?」


 まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかったらしいセシリアが、視線を戻しながら面食らい目を白黒とさせる。


「ちょうど今、助手が欲しいと思ってたところだったの。基本的な食事指導なんかはできるはずだし、やってもらえると私としては非常に助かるんだけど……うちは単価も高めだから、お給料もしっかり出すわよ」


「や……やります! やらせてください!」


 サーシャを雇えば、パーソナルトレーナー業を拡大させていくことができるだろう。


 これで以前より多くの顧客を取れるようになり、高めのお給金を払えばサーシャのバイトの時間を減らしてそれだけ攻略対象との時間を増やせるという一石二鳥のナイスアイデアだった。


(そういえばもう入学から一ヶ月経ったのよね……誰か気に入ってる人とかいないのか、散歩の時にでも聞いてみることにしましょうか)


 入学から一ヶ月。

 おそらく自分が見ていないところで、サーシャはヒーロー達との邂逅を済ませているはずだ。

 現時点で誰に惹かれているのか……『ひとドル』オタクとして、気になってしまうのは仕方のないことであった。






「えっ、気になってる人?」


 放課後、いつものように王都を散歩している時に聞いてみると、サーシャは思わず足を止めてしまう。


 帰り道、近くにあったベンチに腰掛けて恋バナに興じる。

 前世でもやったことのない甘酸っぱい青春の一ページ。


 その相手があの『ひとドル』のサーシャなのだから、興奮しないはずがない。


「そう、好きな人とかいないの?」


 表面上は気にしていない様子で、けれど内心では鼻息荒く尋ねるセシリアに、サーシャはうーんと首を傾げた。


「たしかにイケメンとかは多いなって思うけど……これといってそういう人はいないかなぁ」


「あら、そう……」


「なんでちょっと残念そうなの!?」


 サーシャは立ち上がると、こちらを振り返りながらその綺麗な顔(かんばせ)をこちらに向ける。


「強いて言うなら……私、セシリア様が好きです」


 今度はセシリアが止まってしまう番だった。

 サーシャはそのまま一歩に歩と自分の足取りを確かめるように、下を見ながら歩き始める。


「平民出身で友達とかもいなくて、それでも送り出してくれた両親のために頑張ろうって気張ってましたけど……正直言えば、結構不安だったからさ。セシリア様に手を差し伸べられてなければ、今頃どうなっていたか」


 どうなっていたかを知っているセシリアは、黙って彼女の言葉に耳を傾ける。

 サーシャは前を向いて、そしてセシリアの方を見て笑いかけた。


「食事や睡眠、それに運動……生活そのものを立て直してくれるだけじゃなくて、働き先まで紹介してくれたり……。面倒見が良くて、だけど不器用で優しい……そんなセシリア様が、私は大好きです。だからこれからも、一緒にいてください」


「……ふふっ、もちろんよ。あと不器用は余計よ」


 いつもの調子を取り戻したセシリアが、立ち上がり制服についた汚れを払う。

 彼女は公爵令嬢らしく優雅かつ毅然とした態度で、主人公であるサーシャに向かい合う。


 原作において二人は、主人公と彼女に断罪される噛ませ犬。

 けれどこの世界においてサーシャは、既にセシリアにとってかけがえのない友人になっている。


「あと……セシリアでいいわ。私達は、対等な友達でしょう?」


「……うん、わかったよセシリア。改めてよろしくね」


 セシリアはサーシャと握手を交わす。

 グッと力強く握られた手に、更に力強く握り返す。


「まだまだトレーニングが足りないわね」


「うん、精進するよ……いろいろとね」


 こうしてセシリアは互いの絆を確かめ合い、家路につくことにした。

 どうやら一ヶ月程度では、彼女もまだ好意を持つには至っていないようだ。


 それなら後方腕組み体勢で眺めているか……そんな風に思っていたセシリアに急転直下の出来事が起こったのは、なんとその翌日であった。



「あのセシリア、さっそく相談したいことがあるんだけど……」


 昼休みになると同時、そう言ってサーシャはあるクラスメイトを連れてセシリアの下へとやってきた。


「おう、セシリア嬢。きちんと話をするのは初めてだな。もしよければ一度、話を聞いてくれないか」


「ええ、もちろん構わないわよ……セドリック」


 サーシャが連れてきた相手は、『瞳の中のドルチェ』のヒーローの一人……騎士団長を父に持つ未来の『剣聖』、セドリック・フォン・ゴドウィンその人だったのである――。

読んでくださりありがとうございます。

これにて第一章は終了となります。

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