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なんだと


「サーシャからいろいろと話は聞いているから、一度この機会に仲良くさせてもらえたらと思ってな」


 セシリアの前に立っているのは、短く切り揃えた赤髪をセンターパートにした、精悍な顔立ちの男子学生だ。

 体格は同い年とは思えないほどにがっしりとしており、ただ胸を張って立っているだけで妙な威圧感がある。


 彼はセドリック・フォン・ゴドウィン……『瞳の中のドルチェ』におけるヒーローの一人だ。


 とにかく熱血系なヒーローであり、その暑苦しさから熱狂的な推しになるか生理的に無理なカテゴリに入るかと、ファンの間でも評価が分かれていたキャラである。


 ちなみにセシリアはどちらかといえば後者寄りで、やっぱり見ていても暑苦しいなぁというくらいの感想しか出てこない。


「ありがとう、この学院にいる間は身分は関係ないし、セシリアでいいわよ」


「わかった、正直丁寧な言葉遣いは苦手だから助かる」


 セドリックは軽く頭を下げる。

 セシリアは彼の隣にいるサーシャの方を見ると、


「それにしても珍しい取り合わせね。サーシャが男の子と一緒にいるなんて」


「ちょっとからかわないでよ、セシリア」


 セシリアの記憶が正しければ、サーシャとセドリックが仲良くなるのは、今から約一月後にある学院の剣術大会のイベントのはずだった。

 この段階では軽く話をする程度の間柄でしかなかったはず。


「ああ、私が散歩とかをしてる時にセドリックもいつも同じコースをランニングしててね。運動仲間として顔見知りになったんだ」


「なるほどね……」


 どうやら原作外でそんな出会いが生まれていたらしい。

 興味深くはあったが、今はひとまずセドリックとの話に集中しよう。


「聞けばセシリアは身体について詳しいのだとか。もし俺にアドバイスすべきところがあるなら教えてもらいたいのだが……」


「……」


 セドリックは小さな頃から剣の才能を持ち、父の背を追いかけながら周囲の期待に応えようと頑張り続けている。

 けれど頑張っても結果は出ず、剣術大会で結果を残せずに敗北を喫することになる。


 そこで落ち込んでいる彼とサーシャが出会うことで、関係が深まっていくことになるのだが……既に原作とは大分異なる形となり断罪の可能性を大きく減らしているとはいえ、ストーリーラインを変えてしまってもいいものだろうか。


 そんな風に考えていたセシリアは、セドリックの身体をジッと見つめる。


 鍛えられている体躯に、剣ダコのできた指先、どうやら朝も運動をしていたらしくほんのりと汗の香りもしており、あくびを噛み殺して口を引き結んでいる。


 なぜ彼が剣術大会で結果を残せなかったのか。

 セシリアは『ひとドル』で明かされなかったその理由が、一瞬でわかってしまった。


「私がアドバイスできることはいくつもあるわ」


 一度気になってしまえば、もはやセシリアに止まることはできない。

 不健康な生活や非効率的なトレーニング、そういったものを彼女は許すことができないからだ。


「セドリック、あなた……トレーニングを一日どのくらいしているの?」


「ランニング、腕立て伏せ、腹筋やスクワットなんかは朝昼晩。それに剣の素振りを一日千回。夜は時間を作って、素振りか筋トレを追加しているな」


 セドリックは将来『剣聖』に至るほどの剣術の天才。

 彼が本来の実力が発揮できないのは間違いなく、日々積み重ね続けたオーバートレーニングが原因だろう。


 筋トレは毎日やり続ければいいというものではない。

 筋肉の超回復を促すためには適切に休む必要があるし、そもそも疲労を押して睡眠を削ってでもトレーニングをするのはいくらなんでもやり過ぎだ。


「もし一週間私の言うことに従ってくれるのなら、あなた今より間違いなく効率的に自分を鍛えることができるようになるわ。私は剣術は門外漢だけど、その辺りは一度アルフォンス殿下に聞いてなんとかしてみるし」


「ほ、本当か? 本当に……強く?」


「正直に言うけれど、強くなれるかはわからない。けれどもしダメだったとしても、これからも鍛錬をしていくにあたって役に立つアドバイスはできると思うわ」


 どうやらダメ元で聞いてみただけだったようで、セドリックは少しいぶかしげに眉間にシワを寄せている。


 サーシャとは違い、彼には今まで自分で積み重ねてきた歴史がある。

 だからこそセシリアの言葉をそのまま受け入れるのは難しいだろう。


「セドリック、一週間くらいならやってみればいいじゃん。騙されたと思ってさ」


「……そうだな、サーシャもそう言うなら」


 ということで若干渋々な感じではあるが、セドリックが一週間限定で生活指導の体験を行うことになった。


 まず最初に彼女がセドリックにした命令は、もちろん……


「セドリック、あなたは……今日と明日、トレーニング禁止!」


「なっ……なんだとぉっ!?」


 鍛えすぎて全然疲れが取れていないセドリックの、これ以上のトレーニングの禁止である!

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