二日
あとがきに大切なお知らせがあります!
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セドリックは教室を飛び出し、一人運動場へと向かっていた。
顔を真っ赤にして肩をいからせているその様子に、周囲の生徒達の人波はさっと割れていく。
(まったく、令嬢に頼ろうとした俺が馬鹿だった!)
セドリックはただ強くなるためのヒントがあるかと思い、試しに聞いただけだ。
するといきなりトレーニングをやめろなどと……そんなことで強くなれるのなら、今頃その辺にいるぐーたら剣士達は皆剣豪になっているだろう。
セドリックは自分の言葉で上手く反駁しようとしたが、彼はあまり言葉が上手い方ではない。
結果として口げんかで敗北を喫し、丸め込まれそうになったところで教室を飛び出してきたのだ。
「女に剣術の何たるかがわかるはずもない……サーシャの言葉に乗るんじゃなかった」
セシリアの言っている言葉は知らないことばかりだった。
筋疲労だの有酸素と筋力トレーニングは違うだのと難しい屁理屈をこねくり回して、煙に巻こうとしているに違いない。
強くなるためには頑張るしかない。
あらゆる時間を削り、一度でも多く剣を振るう。
それだけが父のようになるための近道なのだと、セドリックは信じて疑わない。
「……よし、剣でも振るか」
彼は腰に提げられた、内側に鉄芯の入れた剣を握る。
雑念が湧いた時は、こうして剣を振るに限る。
木剣を振り上げようとしたところで後ろから声がかかった。
「わあっ、ちょっと待った! ダメダメ、ダメだってば!」
「……サーシャか」
やってきたのは、急いでこちらにやってきたらしいサーシャだった。
跳ねた髪を整えている彼女を前に、セドリックはゆっくりと剣を下ろす。
時折一緒にジョギングをしたりするサーシャは同じトレーニング仲間として、気心の知れた友人だ。
「セシリアからトレーニング禁止って言われてるじゃん! ダメだよ、言われたことは守らなくちゃ!」
「……それは師事する相手が正しければ、の話だろ」
セシリアのことをいつも自慢げに語るサーシャの話に興味が湧いて話を聞きに行ってはみたものの、彼女の言っていることが正しいとはセドリックには思えなかった。
例えば彼女は心肺持久力を高めるランニングと、筋力や筋肉量を向上させる脚のトレーニングはまったくの別物であると言っていた。
だがどちらも脚を動かして鍛えているのは変わらないのだ。
セドリックからすれば煙に巻いて自分をさぼらせようとしているようにしか思えなかった。
「セシリアは人を元気にするためのプロなんだろ。強くなれるかはわからないと本人も言っていたじゃないか」
「それは……そうかもしれないけど! でもあれだけの剣幕でセシリアが話す時は、絶対に相手が不健康な時だけなんだよ!」
トレーニングとなった途端に一歩も引かなくなったセシリア。
それを見て苦笑していたサーシャには、何か思うところがあったらしい。
「実は私も、前は睡眠を削って勉強してたことがあったんだ。頑張って頑張って勉強してるのに、周りについていくのがやっとで……」
「……へぇ、サーシャにもそんな時期が」
サーシャの成績がセシリアに並んで次席であるのは既に学院内では有名な話だ。
そんな彼女が自分と似たようなことをしていたと知ると、妙に親近感が湧いてくる。
「けどセシリアに言われてしっかり眠るようになってから、結果としてこなせる勉強の質も量も上がったんだよ。だから多分、鍛錬も同じなんだと思う。しっかり休んでから鍛えた方が、鍛錬で得られるものが増えるんだよ、きっと」
サーシャの成績が劇的に向上したのは、それを辞めたから。
なるほど、状況だけ見れば今の自分と近いような気もする。
納得はしがたかったが……彼は剣を再び腰に戻し、教室に戻ることにした。
「あ、そういえばこれから一週間の間は助手として私がセドリックにつくことになったから。鍛錬や生活習慣をしっかり記録して、後で役立てられるようにってことでね」
「……わかった」
どうやらセシリアも本気でセドリックと向き合うつもりらしい。
であればセドリックとしても一週間は、しっかりと言われた通りにすべきだろう。
(騎士としてあるまじき態度だった……セシリアには悪いことをしたな)
セドリックがここまで頑張り続けているのは、騎士団長である父……ガーフィール・フォン・ゴドウィンに認められたいと強く思っているからだ。
――彼は幼い頃から剣の才能があった。
けれど自分にも他人にも厳しい父は、彼のことを一度も褒めてくれたことはなかった。
幼い頃から才能はあった。
けれどあと一歩が足りない。
水中をもがくように、必死に努力を続けてきた彼は、それやめることに強い罪悪感を覚えてしまうのだ。
「セシリア……すまない」
「いいの、気にしてないわ。むしろ私の方こそごめんなさい、あなたの気持ちを考えられていなかったわ」
だが教室に戻り謝ったセドリックに、セシリアは優しく接してくれた。
彼女はまるでセドリックの全てを見透かすかのような透徹とした視線で、ジッと彼のことを見つめてくる。
「ねぇセドリック、騎士に必要なのものって何かしら?」
「それは……王に剣を捧げ、人心を安んずることだ。そしてそのために、強さが必要になる」
「強さとは戦いの時の強さよね?」
「もちろんだ」
何を当たり前のことを……と考えていたセドリックは、続くセシリアの言葉を聞いて息が止まった。
「強さを発揮させるためには、休息が必要なのだと思うの。あなたのお父様は、家でも常に剣を振っているかしら?」
「……」
セドリックは父の姿を思い返す。
家にいる時の父は、佩剣はしていても剣を振ることはほとんどない。
早朝にトレーニングをしていることはあったが、夜遅くまで剣を振っている姿は見たこともないし、母との時間を大切にしている。
ひょっとして父は……全てを削って鍛錬をして、あの強さを手に入れたわけではないのだろうか?
そんな疑問が、脳裏に浮かぶ。
「騎士に必要なのは、必要とされた時に最高の実力を発揮することなんじゃないかしら。戦場で会戦の前に小休止を行うのと理屈は一緒よ」
「……なるほど」
先ほどの話はわかりづらかったが、今度のセシリアの言葉はセドリックの胸にストンと落ちた。
彼女がやらせようとしていることは、サボることではなく作戦行動の前の小休止。
セシリアの態度と言葉に、セドリックはサーシャが彼女のことをあれほどまでに信頼している理由がわかった気がした。
「……わかった。この一週間は、全てセシリアに従おう。改めて、よろしく頼む」
セドリックが頭を下げ、改めてセシリアと握手を交わす。
どうやら焦りが、自分の目を曇らせていたらしい。
どうせ現状の打破もできそうにないのだ、今までとはまったく違うアプローチを取ってみるのも悪くないだろう。
その日はセドリックはそわそわと落ち着かぬまま、助手のサーシャと一緒に散歩をしたりしてからそのまま眠りに就いた。
そして次の日も彼は生まれて始めて丸一日鍛錬を休み、夕食を食べてからすぐに眠ることにした。
二日後の朝になると……彼の身体は、自分でも驚くほど軽くなっていた。
セドリックは早朝に、二日ぶりに剣を振る。
剣が風を切る音が、いつもと違う。
身体が指先の関節の一つに至るまで随意に動き、剣は意のままにピタリと軌道を止めた。
「……ははっ」
思わず笑いがこみ上げてきてしまう。
こうして彼は休息を取ることの意味を、真の意味で理解したのだ――。
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