表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/38

花が辿るは奇跡の証




「只今より、ヴィアナ王国国王ヨーアン・エルドナ・グルニエール・スイープ・オブ・ヴィアナ様と、

グルニエール公爵令嬢エリー・リーブ・マフィー・グルニエール様の、結婚式を執り行います。」


神父の声が王宮の庭に響く中で、会場から離れた花壇の傍で一人の男が石垣に寄り掛かっていた。

明るい若草色の瞳を煌かせ、力強い腕が踝まで垂れた長いマントから見え隠れするその姿は、とても六十を超えた老人には見えなかった。

その男は壇上に上がるエリーとヨーアンの姿を見届けると、顔を少し綻ばせて、姿を眩ました―――――



「ヨーアン・エルドナ・グルニエール・スイープ・オブ・ヴィアナ、あなたはいつまでもたった一人のこの娘を愛することが出来ますか?」


沈黙が広がりつつある中での、白髭に埋もれてくぐもった神父の声。

ヨーアンは素直に答えた。


「はい、愛します!一生愛します!!」


素直すぎる。素直すぎるのだ隣の青年は。後でミーフェは噴出しそうなのを堪えているし、バースはニヤニヤしている。

エリーは今更この場から逃げ出したくなった。


神父はエリーに向き直り、同じ質問を繰り返した。


「では、エリー・リーブ・マフィー・グルニエール。あなたはいつまでもこのたった一人の青年のことを愛することが出来ますか?」


「は……はい。愛します」


エリーはそう言うのがやっとだった。

神父はそのことばを聞き取ると、手を掲げて正面に向き直った。


「では、二人で手をおつなぎなさい。これより、二人を夫婦と誓うために、代々ヴィアナ王国王家に伝わる秘宝を授けましょう。ヴィアナ王国を造り上げた名君アルスペルガの首飾りと、アイルヒューステスの腕輪です。」


神父は恭しく二つの秘宝が置かれた器をそれぞれに渡した。

エリーは神々しく鈍い輝きを放つ秘宝を見つめた。

婚礼や王位継承の儀でもなければ人目に出されることのない王家の宝。

それが目の前に出ているということは、この婚礼が王国にとってどれほど重要なのかが伺えた。


「さあ、今から夫婦の証としてその秘宝を互いに交換しはめなさい。その瞬間に…貴方達を夫婦と認めます」


言われるがままに、エリーとヨーアンは向き合うと渡された秘宝をそれぞれに渡し、付けた。

エリーの首元で輝く首飾りと、ヨーアンの腕に神々しくはまるその腕輪は、まさしく王家の証だった。


神父は顔を綻ばせ、二人に膝を立てる正式な敬礼をした。


「此処に、また新たな夫婦と王妃の誕生です!!」


その刹那、割れるような大歓声があがった。

大勢の招待客は拍手と笑顔で取り巻き、グルニエール公爵は泣き叫び、夫人も一緒になってスカーフを目に押し当てた。

バースや騎士団員は壇上に登りでてヨーアンを担ぎ上げ、ミーフェはエリーの花嫁姿をそっと目に焼き付けた。


誰もが、笑っていた。

いま持ち上がっている問題がどんなに大きなことだろうと、誰もがその存在を頭から消し去った。

心の中にどんなに深い闇があろうとも、幸せが、全てを消し去り、光を与えてくれる。


エリーは感じていた。

これから自分が背負わなければならない苦悩と、そして、これから自分が紡いで行くであろう零れ落ちんばかりの愛を。


しかし確信していた。

自分は、どんな事があろうとも、仲間と夫と助け合い、乗り越えられることを。

エリーは歓声に包まれて、笑顔が絶えなかった。

「ありがとうございます皆様!私は、私は………」


担がれていたヨーアンが戻ってきた。


「私は、皆様に愛される王妃になります!今までのどんなお后よりも、何よりこの国を、そして国民を守ることを、そして夫を支えていくことを、ここに誓います!!」



そして、エリーは差し出されたヨーアンの手をとり、軽やかに壇上を降りた。

二人はミーフェとバースを後ろに従え、参列客が開けた道を緩やかに進んだ。

色とりどりの花びらが舞い、婚礼を祝う歓声が飛び交う。

しかしその中で、エリーはみつけた。

懐かしい、たった一人の肉親。そのひとの姿を。


エリーはヨーアンに目配せして、一人その場を離れた。

ミーフェが追いつけないほど速く駆け出し、ドレスは思い切り風に靡く。


そしてエリーが駆け寄った先には、あのマント姿の男が立っていた。

エリーは瞳を潤ませ、そっと口を開いた。


「お父さん…でしょう?」


男は一瞬驚いたような仕草を見せたが、やがてゆっくりと、顔をすっぽりと覆っていたフードを剥いだ。

そこには、あの懐かしいエリーの実父であるジェイガンの姿があった。

父は皺の刻まれた顔を綻ばせると、その場に跪いた。


「エリー姫…いえ、エリー妃。この度は誠におめでとうございます。騎士団長を務めさせていただいておりますこの私にも、祝いの言葉を述べさせていただきたい。」


エリーは少しその反応に戸惑いの色を見せた。実の父親が自分に頭を下げるなんて、思ってもみなかった。

エリーは言葉を慎重に選び、やがて手を差し伸べた。


「騎士団長殿、祝いの言葉、礼を申します。さあ、もうお立ちになって。あなたが跪いてくださるだなんて、まだ妃になりたての私には勿体ないですわ。」

「それは違いますぞエリー妃。あなたは一国の国王と結ばれた身。もうあなたは王族の方なのです。私たち騎士団は命をかけて国王とあなたをお守りいたします故、その事お忘れなきよう」


エリーの差し伸べた手にわずかに触れて立ち上がった騎士団長は、はるか遠くに行ってしまう娘をせめてすこしだけでもこの目に留めておこうとエリーをにわかに見つめ、そして娘と直接話す最後の機会を終えようとした。

騎士団長はエリーに城の巡回があると伝え、速やかに敬礼をすると、その場を離れようとした。


「待って!!」


エリーの声が会場に響き渡る。騎士団長が何事かと振り返った。

エリーは父のもとへ駆け寄り、他の者に聞こえないよう口早に何かを呟いた。

騎士団長―――父は、その言葉を聞くと、顔を綻ばせ―――そしてまた歩き出した。

エリーは小さく笑うと、またヨーアンのもとへと戻った。


そして、それまで何事もなかったかのように…あの瞬間だけ刻が止まっていたかのように、結婚式は続いた。

宴が開かれ、その宴は宵まで続き、国中がエリーとヨーアンを祝福していた。


エリーは賑やかな宴を一人離れ、庭園の中の隅にある果樹園へと来ていた。

まだ自分が妃になったことがにわかに信じられず、気持ちの整理をつけにきたのだ。

果樹が広がるなかに置かれた休憩用の椅子に腰を下ろすと、果樹の間から広がる満天の星空が目に映った。

エリーが星空を眺めていた時、ふいにヨーアンがやって来た。


「ヨーアン…何故ここへ?」


ヨーアンはエリーのすぐそばの桃の木に寄りかかると、穏やかにほほ笑んだ。


「何故って、君がここにきたからさ。夫たるもの、妻を守らなければならないし…それに君がここへ行くのが見えたからね」


エリーは息をついてクスッと笑った。


「あら、ばれてたのね。みんなに心配されたくなくてこっそり抜け出そうとしたのに、ヨーアンにはいつも見抜かれてばかりだわ。」

「そうかな?私は見抜いてるつもりはまったくないよ。ただ、気付いただけだ」


エリーはその言葉に、心配性な人ね、とまた笑った。

ヨーアンはほほ笑んだまま、エリーに尋ねた。


「エリー…私はあの騎士団長がエリーの実父ということを知っている。あの時がきっと最後の体面になるだろうが…君はあの時、父上に何と呟いたんだい?」

「…あの時、いつも傍にいるから、心配しないでって言ったのよ。それだけなの」


エリーはまた星空を見つめて、ヨーアンの問いかけに答えた。

ヨーアンはその言葉を言われたエリーの父の顔が鮮やかに浮んだ。


「そうか。君らしい、いい答えだ」


ヨーアンの返事に、エリーは立ち上がってヨーアンのもとへと歩み寄った。


「ヨーアン、あなたに礼を言わせて。私を選んでくれて、ありがとう」


エリーはヨーアンの胸元に寄りかかり、そっと呟いた。

ヨーアンは突然のエリーの行動に少し驚いた様子だったが、やがてエリーを抱き寄せた。


「こちらこそ、私を選んでくれてありがとう、エリー」


エリーはヨーアンの深く安定した声音に安心したかのようにつかの間目を閉じた。

そして星空を見上げた。


「私たち二人で治めてゆくヴィアナ王国にはあの星の数ほどたくさんの国民がいるわ。そして私たちは国民を従え、財政を安定させ、国を未来へと導かなければならない…。でも、それは逆に言えば、私たち次第で国は良くも悪くもなるということよ。私はまだ国が抱えている問題の全てを知っている訳ではない…けれど、あなたの力になれるのならば、この国のためになるのならば、喜んでこの身を差し出すわ。」


エリーの言葉に、ヨーアンは頷いた。


「私もまだ王を長く経験している訳ではない。だからこそ、二人で築き上げてゆこう…幸せな未来を」


二人は抱き合い、そして口づけを交わした。




結婚式は大成功ののち夜明けとともに幕を閉じ、やがていつもの平穏な日々が始まった。

そこで今までと一つだけ違うのは、王の執務室でいつまでもほほ笑みを絶やさず王を導いたエリー妃の姿だった。

エリー妃の横にはあのヨーアン政権を支えた三強騎士と謳われた女騎士、ミーフェの姿と、後々に至るまで名が語り継がれてゆくこととなる、ヴィアナ王家第二十六代国王ヨーアンが寄り添い、少しずつながらもヴィアナ王国の平和が確立される政治が続いたという。

そして三強戦士の一人、地方騎士団総統のバースはヴィアナ王国の地方に至るまでの治安維持に尽力を注ぎ、三人目の三強騎士、首都騎士団長のジェイガンは若手の騎士育成に力を入れるなどしたことから、後世にまでこの三強騎士の名は語り継がれる。


それから長年の時を経てヴィアナ王国は世界に名を残すこととなる。


永久とわの平和を目指した、ある王と妃の奮闘を描いた物語として。












まずはお詫びを…

この度、最終話が大変遅れてしまい、本当に申し訳ありません。

半年ばかり更新が遅れてしまいましたが、それには、ただただ忙しかったという言い訳と、グダグダと書き綴ってきた自分の思いにきちんとけじめをつけたい、という思いがありました。


その結果、自分なりにきっちりした締めが出来ました。

このお話を読んでくださっていた読者の皆様には大変長らくお時間をいただき、私としては、このお話で少しでも皆様が満足していただければ幸いです…。


さて、では少しこの小説について感想を述べておきます。

最終話…私の小説の中では最も大切な行事が行われましたね。

こんな風に結婚式をやって完結とはなかなか新鮮に感じる一方、新しく前へと踏み出せる、完結にふさわしい話にまとめることが出来たのでは、と思います。


今更とは思いますが、これまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。

これからも時間さえあれば書き続けていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。

ではこれにて…みなさんにまたお会いできる日まで。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ