束の間の問いかけ
そして、翌日が訪れた。
朝早くから、人々の歓声や歌声が町中で響き渡る。
号外の新聞やポスターが壁に貼り付けられ、そこらじゅうで紙ふぶきが舞っている。
煙突に乗っかって拳を振り上げた一人の少年が本日数十回目の叫びをあげた。
「ヴィアナに麗しく勇敢な王妃がやって来たぞぉ!!皆歌えー!!今日はお祝いだー!」
王宮内・中庭―――
ヨーアンと側近のエルフェイネスはすっかり準備が整った式場≪・・≫を眺めた。
「今日か、結婚式は。何だか実感が沸かないな」
「何を仰せられます!今日は国を挙げての一大事に御座いますぞ。陛下はもっと胸を張って、ほら」
エルフェイネスはヨーアンの背をビシっと叩くと、満足げに微笑んだ。
「しかし、エリー嬢は粋なことを考えますな。これから良き王妃となりましょう」
「…ああ。そうだろうな」
エルフェイネスの呟きは、やがて想像以上のものとなる。
「ねえミーフェ、この格好変じゃない?顔色大丈夫かしら??」
「もう、大丈夫ってさっきから言ってるじゃない。その内そんな格好が当たり前になるのよ。なんたって王妃になるんですものね」
エリーは既に準備を終え、三面鏡の前で顔色を確認していた。
エリーの真珠で飾られた純白のドレスに、髪を纏めて金剛石が嵌め込まれた髪留めで留めているその姿は、まさに天使のようだった。
隣で騎士の正装に着替えたミーフェが肩をすくめて微かに笑った。
二人で談笑していると、塔の扉をノックする音が響いた。
ミーフェが駆け寄って扉を開くと、そこには公爵と夫人が立っていた。
「お母様、お父様、来てくださったのですか。嬉しいです」
エリーは両親の元へ駆け寄った。
「エリー、会えてよかったわ。でも帰ってきた次にはお嫁入りなんて、悲しいわ」
「まあお母様、私は遠くへなんて行きません。これからも先生はあなた一人です。…困ったら、頼ってもいいですか」
「…勿論よ。お茶の用意をして待ってるわ、エリー」
エリーは頷いた。これから先、相談することが数えきれないほど出てくると思ったから、それ以上何も言わなかった。
「エリー…君はこれから、沢山の責任を背負っていくことになるだろう。しかし、決して心を曲げてはいけないよ。自分の心を、真直ぐ貫き通すんだ」
「分かりました、お父様。今まで有難う御座いました。」
「トン、トン、トン…」
再びノックが響く。今度はエリーが扉を開いた。
優雅な仕草で取っ手を回すと、そこにはこれから数十年人生を共にすることとなろう、一人の男の姿があった。
「エリー、迎えに来ました。さぁ…」
ヨーアンはエリーの手を取ると、先に出て公爵に挨拶した。
「兄上、公爵夫人、来てくださって有難うございます。特別席でのご案内をさせますのでしばらくお待ちください。」
そう言うと、ヨーアンは敬礼をして微笑む二人をエリーの部屋へ残した。
そして頬をほんのり紅く染めたエリーと、相変わらず凛とした表情のミーフェをエスコートし、大広間の隣の小部屋に向かった。
「エリー、準備はいいかい?」
「あとはベールを被るのみよ、ヨーアン」
ここでミーフェがため息をついた。
「二人とも熱いわねえ…私、お邪魔かしら?」
ミーフェが肩をすくめて部屋を出て行った。しかしその顔は微笑んでいた。
ミーフェが出て行った後、エリーがヨーアンを見つめた。
「ヨーアン、あの約束覚えててくれてありがとう。凄く嬉しいわ。」
「勿論さ。初めて聞いたときは驚いたけど、楽しそうだし、ヴィアナに新たな歴史を生み出すのだから、他には無い結婚式がよかったからね」
エリーはそうね、と頷いて、暫くしてからヨーアンに最後の確認をした。
「ヨーアン、私きっとあなたを困らせてばかりになるけれど、それでも私でいい?本当に?」
「約束するよ。一生君と傍に居るよ。」
その言葉を聞いて、エリーは心から微笑んだ。
大広間では、楽団のファンファーレが鳴り始めた。
しかし招待客や公爵家の姿は見当たらず、エルフェイネスを始めとする家臣たちは不安げに、でも何処か嬉しそうに並んでいる。
新郎新婦の用意は既に終わり、間もなく結婚式は始まろうとしていた。
「ヴィアナ王国国王殿下のご入場でございます!!」
その声を合図に、曲調が変わり、優雅な交響曲に変わった。
そして、玉座の間の大扉からヨーアンが迎えられ、すっと王室色のカーペットを歩いてゆく。
ヨーアンは玉座を、家臣の列を通り過ぎ、拍手に迎えられて大広間の入り口で立ち止まった。
拍手が静まってくると、次にまたエルフェイネスの声がかかる。
「グルニエール公爵令嬢、エリー・リーブ・マフィー・グルニエール様のご入場でございます!!」
全体が静まり返った。
ゆっくりと再び扉が開かれ、曲調が緩やかになると、エリーが頬を染め、ミーフェがエリーの長いベールを持って入場してきた。
二人の後に並ぶ護衛は―――あのバースが率いるカントラス地方ヴィアナ武力騎士団である。
エリーの姿が現れた瞬間、割れるような拍手の波が耳を劈くように鳴り響いた。
エリーは玉座の間の装飾に目をチカチカさせながら進み、時折ミーフェに微笑みかけた。
やがてファンファーレがなり終わった。エリーとヨーアンは笑みを零しながら手を組み、開かれた扉の先へと歩んだ。
護衛や音楽隊に囲まれて二人は進んだ。
そして―――――
遂に、本当の結婚式場へたどり着いた。
そこは、なんと王宮内の中庭だった。
実は、この結婚式場を提案したのはエリーである。
木々が生い茂り、噴水からは水が溢れ、小鳥が囀る場所で、エリーは結婚式を挙げるのが子供の頃からの夢だった。
そして、怪我をしていたときにそれを思い出したのだ。
中庭には教会の椅子が運び込まれ、中央の教壇には既に神父の姿があった。
エリーとヨーアンの行列が中庭に入場して来ると、たちまち歓声と拍手が心地よく耳に響いた。
椅子に座りきれなかった見物人も大勢群がって、二人を見守ろうと身を乗り出していた。
やがてエリーとヨーアンは教壇の前に到着し、ミーフェはエリーの後ろでエリーのドレスの裾を整え、バースたちは立ち並ぶ椅子の横に並んだ。
神父が静かに微笑んで、両手を空へ掲げた。
「只今より、ヴィアナ王国国王ヨーアン・エルドナ・グルニエール・スイープ・オブ・ヴィアナ様と、
グルニエール公爵令嬢エリー・リーブ・マフィー・グルニエール様の、結婚式を執り行います。」




