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背神機関――人間兵器の少女と俺の一年間に及ぶ戦いの記録――  作者: 町屋雨琳
第一部 Look@me

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8/10

地獄廻り――ルーパ・マーラ――

カクヨムにも投稿しているものを、こちらにも投稿いたします!


是非高評価やブックマーク、感想などもよろしくお願いいたします。

「真邏、大丈夫だった?」

「軽い打ち身と擦り傷だとさ。骨はいってないらしい」


 医務課から戻ってきた俺に、みくにが声をかけてくる。

 しきりに、べたべたと俺の身体を触って傷の様子を確かめてくるあたり、無表情でも結構心配してくれているらしい。

 

「ほら、みくにちゃん。それ以上触ると先輩の傷に響くから」

「むう」


 妙典がやんわりと俺からみくにを引きはがすと、不満そうにしつつも大人しく離れてくれた。

 正直痛くて仕方がなかったのでありがたい。

 

 『背神機関』のオフィス内。

 その空気は重苦しく、息がつまりそうなほどだった。

 普段は明るい妙典も、今ばかりは表情が暗い。


「失敗、してしまいましたね」

「……ああ」

「役に、立てなかったです」

「……仕方ないさ」


 実際問題、初めてのことだらけだった初陣。

 それで百パーセントの成果を出せるほどには、現実も敵(天魔)も甘くはなかったということだ。


「全員無事で帰ってこれた。今回はそれで良しとしようじゃないか」


 務めて明るく、空気を変えるように俺は言う。

 けれどもその言葉の響きは、どこかむなしくオフィス内に沈殿していった。


「ルーパ・マーラも行方知れず。振り出しですね」

 

 俺たちが帰還した直後、ルーパ・マーラ反応は完全に消失した。

 『因果乖離位相境界』を閉じたのか。はたまた電子の海へと身を沈めたか。

 とかく、今俺たちができることは少ない。


「だが、まあ。情報は得られた」


 収穫がなかったわけではない。

 これまで何一つとして情報のなかった『因果乖離位相境界』の内部を知れたということは大きい。

 それに、ルーパ・マーラがどのように攻撃してくるのか。そのデータがとれただけでも前進したと言えなくはない。

 攻略の糸口自体は、何一つとして掴めないままなのだけれども。


 気がかりと言えば、みくにのことも気になる。

 戻ってきて以降。みくにはと言えば俺の様子を気にかけたこと以外は上の空だ。


「みくに、どうした? どこか怪我でもしたか?」


 俺はみくにへと声をかける。

 けれども返事は帰ってこない。

 宙を見つめて、ひたすらになにかを考えている風である。

 その視線の先に何があるのか。

 どこか遠くを見つめる彼女に、俺はため息を吐いた。


「とりあえず、局長に報告してこなきゃ、な」

「直接行くんですか?」

「呼び出されているんだ」


 珍しいことでもあるものだと言いたげな妙典に、俺は「自分からいくわけないだろ」という意味を込めて返す。


「みくにのこと、よろしく頼む」

「承知です」


 席を立って、オフィスの外を出る。

 自動扉の閉まる軽快な音とは正反対に、俺の足取りは重々しかった。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 局長室の前に立つ。

 ノックをしようとして、少しためらう。

 俺はなんと報告すればよいのだろうか。

 生きて帰っただけでも儲けものとは言ったが、実際のところ期待された役割は何一つとして果たせていない。

 こうしている間にも、ルーパ・マーラは虎視眈々と、国民に剥くべき牙を研いでいるのだ。あまり、悠長なことは言っていられる状況ではなかった。

 息を整えて、ノックをしようとしたその時だった。


「何をもたもたしている。早く入りなさい」


 中から、局長の声が聞こえた。

 俺は観念して、「久瀬、入ります」と言う。

 自動ドアが開いた。


「座りなさい」


 局長室の片隅につくられた応接スペースへと案内される。

 俺がそこに座ると、二人分の湯呑をもった局長は対面に座った。


「まあ、飲みなさい」

「ありがとうございます」


 すすめられるままに口をつける。

 鼻腔を、ほうじ茶の甘く香ばしい香りが満ちて、少し心が落ち着いた。


「神楽坂にある老舗の茶葉だ。旨いだろう」

「ええ」


 俺がもう一度お茶をすすると、局長は目を細めた。


「今回の件。我々を含めた上層部は失敗だとは思っていない」

「と、言うと」


 意外な言葉だった。てっきり、叱責をされるものだと考えていた。

 局長自身は問題ないとしても、さらにその上の連中。政治家どもはうるさく騒ぐ者だと予想をしていた。


「過去五回。その全てが失敗に終わっている。担当監査官の死という最悪の結果でね」


 生きて情報を持ち帰ってきた。

 その一点において大きな進歩だと、局長はそう言った。


「それで、だ。どうだったね? 『天魔』と相対してみて」


 じっと。局長は俺の心を覗き込むように見つめてくる。

 その深く、深海のような瞳孔から俺は目を放すことができなかった。


「正直に言いますと……怖かったです」

「だろうな」


 俺の言葉に、それが自然の摂理だとでもいうように局長は受け入れる。


「奴らは、人の悪意から生まれた。だからこそ人の弱さを良く知っている。唯人であれば、発狂していてもおかしくはなかった」


 思い出すのは、『因果乖離位相境界』に入る前に見たあの時の光景。

 永劫とも思えるような長い苦痛の時間だ。


「それを一度乗り越えた君は、賞賛に値する」


 乗り越えられたのだろうか。

 素直にその言葉を受け取れない。


「べた褒めじゃないですか」

「頑張った部下にはねぎらいを。上司としては当然のことだね」

 

 ごまかすように茶化したつもりだった。

 それを真正面から投げ返されて、俺は返答に迷う。


「君を選んだのは正解だった」


 局長は続ける。

 俺はそんな局長の顔を直視できずに、うつむいた。


「顔を上げ給えよ。久瀬真邏」


 はっと。その声に弾かれるように俺は顔を上げる。

 局長の鋭い眼と、自然と俺の眼は合わさった。


「いいかね。目の前にあることだけが全てではない」


 まるで坊さんの説教の様に、穏やかで重い局長の声。

 不思議と俺の胃のあたりへと沈み込んでいく。


「見えるがゆえに、盲いてしまうことは往々にしてある」


——我々は皆、眩い光の中を行く、盲人なのだということを、努々忘れぬように努めなさい。


 局長はそれだけ言うと、自分の湯呑に残ったほうじ茶を飲み干してから俺に、


「戻っていいぞ」


そういった。


 俺が席を立って、扉の前まで向かった時。


「久瀬」


 局長が呼び止める。

 振り返った俺に局長は、座ったままの姿勢で、


「いいね。道に迷ったときは、杖を頼るんだ」


 とだけ告げたのだった。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 

「真邏、お帰り」

 

 俺がオフィスに戻ると、みくにが俺を出迎えた。

 さっきまでの様子とは変わって、いつも通りのみくにに戻っていた。


「考え事は終わったのか?」

「うん」

「そうか」


 自席に戻って椅子に腰をかける。

 すると、待ちかねたかのように妙典が俺に声をかけてきた。


「どうでした? 局長は。怒られましたか?」

「怒られては、ないな。説教は受けたが」

「説教??」


 何が違うのだと首を傾げる妙典をよそに、俺は今回の戦闘のログを開く。

 今は少しでも情報が欲しかった。


「ねえ、真邏」

「後ででいいか?」

「今がいい」


 せかすようにみくには言う。

 今はあまりかまっている時間はないのだが。


「ねえ、真邏」


 なおもみくには、俺に話しかけてくる。

 思わずため息をついて、みくにへと向き直った。


「手短に頼むな」


 みくにはこくりと頷くと、言葉を紡いだ。


「真邏は倒す方法を探しているんだよね?」

「ああ」

「それで今、さっきの戦いのデータを見返そうとしている」

「その通りだ」


 言い方が回りくどい。

 一体俺に何を伝えたいんだ?


「もう一回、あそこに入ったほうがいいんじゃ無い?」


……は?


「どういう、意味だ?」

「解析が終わったの」


 話の筋が見えない。

 一体みくには何を言っているんだ?


「みくにちゃん。あそこって、もしかして『因果乖離位相境界』のことを言っているの?」


 妙典の言葉に、みくにはこくんと頷く。

 俺はその言葉の意味を呑み込めないでいる。


「入れる、のか?」

「うん。……うーん。正確にはちょっと違うんだけれど」


 一体、この子は何を言っているのだ。 


「あそこに限りなく近い場所を、私は造れるの」


——今、出来るようになった。


「な、にを」


 そんなことができる『覚者』がいるなんて、聞いたことがない。これもみくにの特別性故なのか。


「どうする? 真邏」


 追いつけない俺をよそに、みくには選択を強いてくる。

 無言で差し出された手。

 俺は少しその手を見つめて、


「行こう」


 その手をとる。

 正直まだ何一つ呑み込めていない。

 頭の中は疑問で一杯で、それ以外考える余地なんてなかった。

 だから、これは反射みたいなものだった。


「真邏なら、そういうと思ってた」


 握り返してくるその手。

 俺の網膜ディスプレイにポップアップが表示される。


因果乖離位相境界〈再現演習〉

覚者「阿世知みくに」が境界再構築を要求しています。


発信元:AZECHI_MIKUNI


権限:ROOT AUTHORITY


対象:RŪPA-MĀRA PATTERN


安全層:ACTIVE


ATTENTION!!

認知汚染の危険があります。

視覚・嗅覚・重力感覚が一時的に置換される可能性があります。

緊急離脱コマンド:$EXIT


>Cancel

 ENTER BOUNDARY


俺は迷わず、【ENTER BOUNDARY】を選択する。


「|観自在《BOUNDARY BREACH DETECTED》——


 みくにが詠う。

 直後、俺の視界は極彩色の光の束に包まれた。


——さあ、地獄廻りと行こうじゃないか。


—。


——。


———。


—————。


———————————。


> CONNECT ALAYA://SIM/RUPA-MARA


BOUNDARY BREACH DETECTED

────────────────────────────────────


ROOT AUTHORITY : AZECHI_MIKUNI


Verifying Reality...

████████████████████████ 100%


SESSION TRANSFER


RŪPA-MĀRA

↓

ALAYA


Reality Anchor : RESTORED


Entering Boundary...


>$ENTER

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