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背神機関――人間兵器の少女と俺の一年間に及ぶ戦いの記録――  作者: 町屋雨琳
第一部 Look@me

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6/10

天獄

カクヨムにも投稿しているものを、こちらにも投稿いたします!


是非高評価やブックマーク、感想などもよろしくお願いいたします。

 東京都新宿区歌舞伎町。

新宿駅にほど近いこの歓楽街は、江戸時代より脈々と続く夜の街として、広く栄えている。

 立ち並ぶ飲食店や、性風俗の店。今も昔も治安はあまり良い場所ではなく、地元民であってもおいそれと近づこうとはしない者が多い一方で、その知名度から国内外問わず観光客も訪れるような混沌の街である。


 かくいう俺も、出来ることならあまり近寄りたくない場所だし、ましてやみくにを連れてくるなど言語道断と言っていい。


 現代日本史においては、第一次特殊情報大災の現場としても名を刻まれている場所だ。


 皮肉なことに、今日この場所で、その元凶であるルーパ・マーラが顕現した。


「久瀬、および阿世知、妙典。現着しました」


 到着すると早速俺は、秘匿回線経由の音声通話機能で局長へと連絡を入れる。

 現場では既に規制線が敷かれ、内閣特殊情報局の機動隊員が一般人の立ち入りを防いでいた。

 辺りは野次馬でごった返し、罵声と悲鳴の飛び交う修羅場と化していた。


『休日のところ悪いな。久瀬』

「社交辞令は要らないです。状況は?」

『既に送った資料はもう読んでいるだろう? 今のところ死傷者の確認はなし。ルーパ・マーラは歌舞伎町のどこかに潜伏中だ』

「探すしかないと」


 厄介だ。ルーパ・マーラが一般人を巻き込む前に探して滅殺しなければいけない。

 時間はあまりない。


「我々はどうしたら?」

『久瀬はみくにを連れて探索と対処を。妙典は移動基地があるからそこから二人のサポートを頼む』

「わたしも! ……いえ。承知いたしました」


 使用している秘匿回線は、妙典も参加している。

 もちろん局長からの指示も聞けるのである。

 一瞬反駁した妙典だったが、流石に優秀なだけある。自らが足手まといになりえることをきちんと理解して即座に切り替えた。


「真邏。行こう」


 みくにが俺の袖を引く。

 俺は静かに頷いて、規制線の先へと向かおうとした。


「みくにちゃ」


 その時、妙典が正面からみくにを抱きしめた。

 一瞬の間。みくにはただそれを受け入れる。


「明日、三人でまた、今日のお出かけの続きをしようね」


 ある意味では場にそぐわない約束。けれどもその意味を、俺は静かに受け取る。


「先輩も。ちゃんとみくにちゃんと帰ってきてくださいね」

「もちろん」


 妙典が静かにみくにを放す。

 俺は、袖を引くみくににエスコートをされて、現場の中へと入っていった。


「ねえ、真邏」

「なんだ」

「こういう時、なんていえばいいのかわからない」


 俺はみくにを見る。


「うん、て。それだけ言えばいいんじゃないかな」


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 歌舞伎町の中は、まるで早朝のように静かだった。

 人も、ねずみや野良ネコすらもいない。

 歌舞伎町を知る者からすれば異様に思えるその空気に、俺は思わず息を飲む。


『先輩。聞こえますか?』

「ああ、問題ない」


 妙典の声が聞こえてくる。同時に、俺の網膜ディスプレイには歌舞伎町の全体地図が映し出される。


『現界反応が確認されましたら即座に知らせます。先輩はみくにちゃんから離れないようにしてくいださい』

「ああ。頼りにさせてもらう」


 妙典は監査官ではない。監査官とは『覚者』と共に現場に入り、その場で彼らのサポートを行う者のことだ。

 対して、その監査官と『覚者』の活動を遠隔でサポートするのが、妙典のようなオペレーターである。

 オペレーターは命をかける場面が少ない職務であるが、どうして偏狭になってしまう現場を、俯瞰的にサポートする重要な役職である。必然、その技能の重要性は、ある意味では監査官よりも重要視される。


 明かりが消えた歌舞伎町。

 飲食店や風俗店のサイネージも、今や明かりが消えている。

 ところどころ、ジジジという音と共に、ちぎれた電線が火花を散らしながらたれさがっている。

 看板が、倒れている。

 ネオンが、時々明滅している。

 俺は思う。

 怖いと。

 あったはずの人の営みが、それがいかに欲の渦巻いたものであったとしてもこうして壊されているという事実が、俺は怖い。


「みくに。何か感じるか?」


 俺の袖を握ったままのみくにに声をかける。


「まだ、何も」


 『覚者』は『天魔』の反応を感知する力がある。

 第六感。あるいは天眼と言われるような能力だ。

 その『覚者』であるみくにが感知できないというのは、非常に厄介だ。

 おそらく、『因果乖離位相境界』という一種の結界を展開している可能性が高い。


「とりあえず、進もう」


 みくにを促して、さらに最深部へと向かう。

 音一つないそれが、不気味でしょうがない。

 息がつまる。


「ねえ、真邏」


 みくにが立ち止まって俺の袖を引く。


「なんだ」

「真邏は、怖い?」


 唐突なその疑問に、俺はみくにを見やった。


「まあ、怖いさ」


 当たり前だ。何度か死線は潜ってきた。一年前には死にかけた。怖いと思うのが普通だ。


「みくには、怖くないのか?」

「うん。怖くない。これって、おかしいのかな」

「そう、か」

「みんな。言ってた。強がらなくていいよって。でも本当なの」


 本当に怖くないの。そういうみくにに、かける言葉が見つからない。

 その小さな肩に、国家という大きすぎる重荷を背負って。

 命が容易く摘まれてしまう戦線に立って。

 それでも怖くないというその少女に、俺はなんと言えばいい。


「集中しろ。話はあとだ」


 ごまかすように俺は言う。

 今は一瞬の逡巡が命取りだ。


「うん」


 みくには頷くと、再び歩き出した。


『二十メートル先、左の角を曲がったてください。そこが現界確認地点です』


 妙典から通信が入る。俺は網膜ディスプレイに投影されている地図を頼りに視界の先を見やる。


「おい、妙典」

『何ですか、先輩』

「おかしいぞ」

『……おかしい?』


 俺の言葉に、妙典が聞き返してくる。眉をひそめているのが手に取るようにわかる。


「ああ。おかしい」


 嫌な予感がする。

 ワイシャツがぐしゃりと、汗で湿っている不快な感覚が、肌を刺すように俺の脳へと伝わってくる。


「おかしい。妙典。無いぞ」

『無い?』


 妙典の声が切迫を内包する。


「二十メートル先。左に曲がり角なんて無いぞ」

『っ!? そんなはずは!!』


 妙典がナビゲーションを間違えた? あの妙典が? こんな初歩的なミスを?

 途端。俺の『電脳種子』がとある情報を引っ張り出してくる。


> ANALYSIS AUTO-TRIGGERED


ALAYA // THREAT INDEX

────────────────────


ENTITY : RŪPA-MĀRA

NODE : 眼識

CLASS : III

STATUS : 観測中


ABILITY : 視野支配


※注意:視覚情報は信頼できません。

※地図同期を停止します。

※現実座標の保証を喪失。


────────────────────


[EMERGENCY OVERRIDE FAILED]


 一瞬にして俺の全身が総毛立つ。


『先輩! 今、どこにいるんですか!?』


 やられた。妙典の声がやけに遠くで響いている。

 心臓が早鐘を打つ。ここにいてはいけない。

 ここはすでに、奴の領域(テリトリー)だ。


「みくに!! 離脱するぞ!!」

「もう——

 

 俺と向き合ったみくにのその瞳には、俺は映っていなかった。


 刹那。世界が裏返る。

 耳鳴り、視界が無彩色に切り替わり、全身が裏返るような不快感。

 吐き気をこらえて、みくにの手首を掴む。

 絶対に放さない。


『先輩! 先輩!!』


 何十二も重なって聞こえてくる妙典の声が遠ざかっていくのが分かる。


 クソ。これが、『天魔』。


——遅いよ」


 薄れゆく意識の中、その声だけが俺の耳にこだました。


GPS LOST


MAP LOST


VISUAL AUTHORITY TRANSFERRED


Authority :

ALAYA → RŪPA-MĀRA


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 モノクロの視界。俺は映画館の場内の椅子に座っていた。

 音は一切聞こえない。いや、おそらく視覚以外の五感の全てが機能していないように思う。

 漫然と目の前のスクリーンに垂れ流される、無声映画。

 演者は俺だった。


 一年前のあの光景。俺はただそれを無言で見つめる。

 

 やめろ。


 声は出ない。いや、出ているのかもしれないが、俺の耳には届かない。


 やめろ。


 手を伸ばそうとするけれども、金縛りの様に俺は動けない。


 繰り返される、あの時の光景を。


 何度も、何度も——

 

——何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!!


 何度も、同じ三十秒が繰り返される。

 俺を庇って、かつてのバディが死んでいくその光景を——


——俺は見続けた。

  


REPLAY COUNT


0000000001


0000001024


000001048576


...


112京113兆3147億2000万


COUNTER OVERFLOW 


—。


——。


———。


—————。


———————————。


「——ら。——んら。真邏」


 みくにの声。

 俺を呼ぶ声。その声は俺を現実に引き戻した。


「みくに!! 無事か!!」


 みくにの名前を呼ぶ。

 手から伝わる、細くて頼りない肉の感覚。


「真邏、痛い」

「!? ごめん」


 あわてて俺は、掴んでいたみくにの腕を放す。


「真邏、怖い夢見たの?」


 みくにが俺の顔を覗き込む。

 みくにの顔と、蓮の花が咲き誇る光景。

 思わずみくにの問いを無視して息を飲む。


「ここ、は」

「わかんない」


 見渡すと、そこにはとても現実の世界には思えないような景色が広がっていた。

 無限に広がっていると思えるような、一面の白い蓮の花畑。深紅に染まった空と、浮かんでいるのは金色の雲だ。

 辺りを流れる川から、ぽちゃんという音を立てて鯉が飛び跳ねる。


 なんだ、ここは。 

 どこなんだここは。


 こんなにも美しい景色。俺は知らない。

 この世界にこんな景色があるなんて、俺は識らない。


『先輩! 聞こえますか? 先輩!!』


 妙典の声が聞こえる。

 通信は活きているようだ。


「ああ。問題ない。そっちの状況は?」

『良かった。繋がったんですね』

 

 一瞬の安堵の色。

 妙典はすぐさま切り替えて、俺の問いに答える。


『先輩とみくにちゃんの生体反応は消失。通信断は三十秒です』

「助かる」


 それほど時間は経っていない。それなら、あの光景は?


『先輩。今どこにいるんですか』


 妙典の問いに、俺は無言で視覚共有を行う。


『っ!?』


 妙典が息を飲むのが分かった。


「俺達のいる場所は——

『そこって、まるで——


 まるで。


——地獄だ(天国みたい)」』


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