ルーパ・マーラ
カクヨムにも投稿しているものを、こちらにも投稿いたします!
是非高評価やブックマーク、感想などもよろしくお願いいたします。
二千六十一年五月十四日土曜日。
休日の人でごった返している銀座に、俺とみくにと妙典は来ていた。
事の発端は、この前日の金曜日の定時前のこと。
唐突に妙典が「明日の休み、みくにちゃんの生活用品とか買いに行きましょう!」と、言い出したことが切っ掛けだった。
元々私物の買出しに連れ出そうとは考えていたが、男一人だとどうしても制限が出てきてしまう。特に下着類は論外だ。
だからこそ、妙典のこの提案は渡りに船と言えた。
「さて、どこから周りましょうか」
「まずは家具からにしないか? みくにもそれでいいよな」
「うん」
もろもろの都合上、みくには学校へ通っていない。代わりに、日中のオフィスや自宅などで自主的に勉強をさせているのだが、流石に何時までもダイニングテーブルで、というわけにもいかない。
合わせて今彼女が使っている布団もちょっとサイズ感が微妙な為、俺のベッドを使わせており(俺はソファで寝ている)、最低でもこの二点だけはとっととそろえておきたいのだ。
「別に今のままでいいよ?」
「俺がよくない。とくにベッド」
ソファで寝ているせいで、ここ数日俺の身体はバキバキになっている。
「一緒に寝れば、いいのに」
「ちょっと、先輩?」
「あほなことを言うな! 妙典は通報しようとするな!」
ここ数日の付き合いで痛感させられたが、みくには情緒の発達に問題がある。特に、異性と同性の距離感が妙に曖昧だ。
おそらく男性とのかかわりが少ない、もしくは 非常に事務的なものだったに違いない。
通常の『覚者』でも、少なくとも最低限の線引きは出来ていたから、彼女特有の性質なのだと思う。
ここら辺の教育も必要か。
俺は『電脳種子』の記憶領域に置いている『みくにのためにやることリスト』に『性教育および人間関係の築き方』の項目を書き加える。
「今までの人は一緒に寝てくれた」
「それは皆、女だったからだろう」
「家族だから、じゃないの?」
「例え家族でも一定の年齢になれば別々に寝るもんだ。覚えておけ」
きっと、今までのバディにはそれなりに甘やかされてきたのだろう。
みくにの境遇はきわめて同情に値する。
状況からみて数少ない彼女のわがままとして、受け入れられてきたに違いない。
「さっさと行くぞ。買うべきものは多い」
おれは足早に目的の百貨店へと向かう。
酔いそうな人の群れの合間合間。昨夜降った雨の雫が太陽光を反射させて、方々に光をふりまいている。
きらきらと光る街並みのその光景を、みくには呆けたような表情で見つめながら、俺のあとに続いた。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「あのー、先輩?」
「なんだ?」
「先輩のお財布、大丈夫なんですか?」
「問題ない。全て経費だ」
百貨店の一角にある寝具売り場にて、決済を終えた俺に妙典は慄いた表情で耳打ちしてきた。
無理はない。おそらく寝具だけで百万は越えている。俺だってポケットマネーだったら流石に胃痛を覚えたに違いないのだ。
「みくにの生活に必要な費用は基本上から降りてる。だから気にせずにいいものを買いまくるぞ」
「先輩、みくにちゃんにだだアマですね」
「ガキを甘やかして何が悪い」
「甥っ子にお小遣いとかたくさん上げるタイプだ」
「うるさい。次は服だ」
とんでもない厄ネタを掴ませてくれた礼だ。こうなったらとことんまで国家のカネでみくにのことを甘やかしてやる。
今決めた。
こいつにはそれだけの資格があるのだ。
「ねえ、真邏」
「なんだ」
「ちょっと顔が怖いよ?」
みくにの指摘に、ショーウィンドウを鏡にして自分の顔を見る。眉間にしわが入り、眉根がつり上がっている。いくら他人のカネとはいえ、自分でもなかなか使うことがない金額に、俺自身も少しビビっていたのかもしれない。
「すまん。怖かったか?」
「大丈夫。真邏はいつもちょっと怖い」
本当に? 別に仏頂面をぶら下げている自覚はないが、少し神経質になってしまっていたのだろうか。反省しなければ。
「先輩、みくにちゃんが来てからちょっと表情硬いですもんね」
「いつもはこうじゃないの?」
「いつもは割と造り笑顔が板についた顔です」
「お前はいつもそう思っていたのか」
「人当たりは割といいほうだとは思いますよ」
妙典よ。それはフォローにはなっていないぞ。
割と敵を作りやすい気質である自覚があるため、処世術として出来るだけにこやかでいることを心がけていたのだが……そう捕えられていたのはショックだ。
「まさか、初対面のときに距離があったのはそのためか」
「まあ、はい。私人の顔色うかがうのは得意なんで。この人なんか胡散臭いなって」
「お前は言葉を選んでくれ」
「先輩に選んでやる言葉はないです」
「真邏は、胡散臭いの?」
「なれれば付き合いやすい人なんですけどね~」
「もう行くぞ」
これ以上話しを広げられると居心地が悪い。
俺は足早に服屋へと向かう。
「というか、先輩。女の子用の服屋さん知ってるんですか?」
「舐めるな。そんなもんリサーチ済みだ」
『電脳種子』とはなんと便利なものか。目的地周辺の必要な情報だけでなく、SNS上の評判まできっちり調べて目的に最適な店を提案してくれるのだ。
「でも女の子のコーディネートまではそうはいかないですもんね」
「ファッション誌の通りに選べば失敗はせんだろ」
「ちょっと! そんな適当でどうするんですか!? ちゃんとみくにちゃんに合うものを探さないと!」
妙典に怒られてしまった。
「そういうものか?」
「先輩、いつもどうやって服選んでるんですか」
「マネキン買い」
「うーわ。ファッション朴念仁」
「それが一番失敗しないんだ」
「まあ、スタイルいいですもんね」
実際問題、マネキンが着ているものをそのまま着るのは正解だと思う。プロが組み立てたファッションだぞ。
「知識ない人はそれでいいですけど、そういう着方だと応用も効かなくなっていきますし、女の子なら特にちゃんと似合うかどうか見てあげるべきです。みくにちゃんの服は私が選びます」
「おう。期待してる」
妙典が「私、妹のコーディネートするのが夢だったんですよね」などと言いながらみくにに抱き着いているのが視界の端に見えた。
みくに、がんばれ。今この瞬間にお前は妙典の着せ替え人形になることが決定したのだ。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「ねえ、真邏」
「なんだよ」
「疲れた」
「だろうな」
今俺たちがいるのは、先ほどまで買い物をしていた百貨店のレストランエリアにあるカフェの一角。俺の隣に座っているみくにが、精気の抜けきった顔でオレンジジュースを飲んでいる。
あれから三時間。まるまるずっと妙典の着せ替え人形にされていたのだから疲労困憊となるのもいたし方あるまい。
対して妙典はと言うと、つやつやの肌と満面の笑みでハンバーグランチを頬張っている。その隣には山となったみくにの服が入った紙袋の山。さて、一体いくらになったのか。自分の懐が痛むわけではないとはいえ、考えるのはちょっと怖い。
「いやー本っ当に楽しかったです!!」
「良かったね」
「次も一緒にお買い物しましょうね! みくにちゃん」
「しばらくはいい」
それなりの量の春服を買った。次のファッションショーは夏服になるだろうからまだ少し未来のことだろう。
「つれないですね、みくにちゃんは」
「お前は少し手加減を覚えたほうがいい」
「へ?」
なんだその間抜けな声は。
まだ子供だぞ。大人の、それも体力勝負の官僚と同じように考えるんじゃない。
「じゃあ今度の休みは普通のお出かけにしましょう! その時はs買った服、来てくださいね! みくにちゃん」
「しばらくはいい」
妙典はすっかり舞い上がっている。
まあ、こうして仲良くやってくれるのであれば俺としてもありがたいのだが。
「さて。午後はどうするか」
「え、真邏? まだ買い物するの?」
「まだ食器とか買ってないしな。何か欲しいものとかはあったか?」
「……文房具、とか」
「そういうのじゃなくて……」
ぬいぐるみとか、本とか。嗜好品の類の話しをしているのだが。
「とくに、なかった」
「そうか」
もう少しわがままを言ってほしい。そう思うのは、俺のわがままなのだろうか。
もっと子供らしく居てほしい。『覚者』としてではなく、人間兵器としてではなく。
そう思うのは俺の、自己満足にすぎないのだろうか。
逡巡していると、不意に机の下で足を蹴られる。
「先輩」
犯人は妙典だ。視界の先、網膜ディスプレイに妙典からのメッセージが入る。
『少しずつでいいんじゃないですか?』
それもそう、か。
居なくならないといったのだから。この先も。
「すまんな」
「なんのことでしょう?」
やはり妙典を補助要員として指定したのは間違いではなかった。
カフェの外に目をやる。家族、カップル、はたまた一人で。あるいは休日出勤の行きかう平和な日常がそこにはあった。
「さて。もう少ししたらいくか?」
俺が口を開いたその時。
秘匿回線経由でメッセージが入る。
『十三時二十二分。東京都新宿区歌舞伎町一丁目××‐××にて『天魔』ルーパ・マーラの顕現を確認。クラス3の特殊情報災害と認定。『覚者
』阿世知みくにを連れて至急現場に急行されたし』
感傷に秘たる暇くらいは欲しいものだ。




