背神機関
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「一旦、話は分かりました」
翌日のことだ。
俺は新しい職場の自分のデスクの前で、妙典と相対していた。
妙典は腕を組んで俺をねめつけている。
怖いとは思わない。そんなに繊細な神経はしていない。
「ま、そういうことだからよろしくな」
仕事に戻ろうとする俺を、妙典が肩を鷲掴みにして止める。
「なんだよ」
「まだ話は終わっていません」
「? 業務内容と概要はレクチャーしたはずだが?」
なにか伝え忘れたことでもあっただろうか。
はてと首を傾げる俺に、妙典は声を荒らげた。
「なんで! 私だったんですか!!!」
「あー、ね?」
気炎を上げる妙典。それも今朝の様子を見たらいたしかたないことではあった。
出勤直後、忽然と消えている自分のデスクの前で涙目になって震えていた妙典の姿を思い出した。
さすがは内閣総理大臣肝いりの匿名部署である。仕事が早い。
「辞令が届いていなかったとは知らなかったんだ」
「そういうことじゃない!!」
オフィスに怒声が響く。
そんな中でもまんじりともしないみくには流石である。
「わたし! クビか左遷か不安になったんですよ!?」
「誠に申し訳ない」
「責任とれぇ!!!!」
責任ってなんだよ責任て。
結婚か? いや、これはセクハラだな。
「真邏、この人と結婚するの?」
「しない」
「元の部署に戻せってんですよ!!」
この子は、みくには天然なのだろうか?
俺が飲み込んだ言葉をさらっと言ってのけるくらいには神経が太い。
「戻すのは無理」
「なんで!?」
「言っただろう? ここは特命部署だ。お前、今日までここのこと知ってたか?」
「——あ」
妙典も気づいたらしい。
そう。ここは超法規的措置によって設立された特命部署だ。つまり存在自体が特Aランクの国家機密に当たる。
さて。そんな機密情報を知った職員が無事に元の生活に戻れるだろうか?
「わ、私のキャリア……」
「苦労をかけるな」
妙典の肩に手を置くと、へなへなと崩れ落ちていく。
まあ、キャリアに関しては多分大丈夫だと思う。
国だってバカではない。必要がなければ信用出来る優秀な職員を使い捨てにはしない。とくに局長預かりであるという点は強い。あの人が上司ならば、絶対に優秀な人間を手元に残す。それも自分の手駒、幹部として。
そして、幸いなことに妙典スズナという人間は俺も認めるくらいには優秀で信用ができる人間だ。
「楽観的過ぎます」
「そうだろうか」
恨みがましく、涙目で俺を見る妙典に少しゾクッとしたのは内緒にしておこう。
「お前を選んだのにはちゃんと理由がある」
「理由?」
「それはこいつだ」
みくにの方に視線を移すと、みくには不思議そうに首を傾げた。
「理由一つ目。まず、俺は男だ」
思春期の女の子の扱いに関しては雑魚もいいところ。とくに、男には相談できないことや対応に困る場面は必ず出てくる。
そんなときに俺の代わりとして対応をするお姉ちゃん役は必要になってくる。
「理由二つ目。お前が一番信用出来て優秀だからだ」
「……え?」
事実だ。こいつは俺が育てた。だからこそ断言できる。
「私、優秀?」
「ああ」
「私、信用できる?」
「ああ」
「そう、ですか」
ふむ。この選択肢は正解だったようだ。
妙典は満面の笑みになっている。
「そ、そうですか。先輩は私が超優秀で一番信用できるんですか」
そこまでは言っていない。
とはいえ、機嫌が戻ってくれたのならば万々歳。
このまま丸め込んでやろう。
「俺は、お前が超優秀な人材だと評価している。お前を一番信用もしている」
真っ直ぐに妙典の目を見て言ってやる。
「だから、俺と一緒に働いてくれ」
これでとどめだ。
「……はい! よろしくお願いします。先輩! みくにちゃん!」
……ちょろいぜ。
とりあえず丸く収まった。
俺は胸をなでおろす。
この先一緒に働いていくのだ。機嫌よく働いてもらうに越したことはない。
「……夫婦漫才はおわった?」
やや空気だったみくにが茶々を入れてくる。真顔だから本気かボケているのかわかりにくい。
「夫婦じゃねえよ」
「みくにちゃん。この人に変なことされたらちゃんと言うんだよ!」
……おい。
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あれからすっかり機嫌を直した妙典は、姦しくみくにへ話しかけ続けている。
曰く、一人っ子だったからずっと妹か弟が欲しかったのだとか。
俺はと言うと、送られてきた資料を読み漁っているところだ。
『電脳種子』のおかげで内容は全て頭の中にインプットされているが、『分かる』ということと『解る』ということは別物なのだ。
「ところで先輩。なんというか、暇ですね」
不意に妙典が俺に話しかけてきた。
前の職場のことを考えると、こうして雑談ができる程度には余裕があることは確かだ。
「まあ、ここの部署は特殊だからな。クラス3が確認されない限りは仕事はない」
「クラス3ですか。まだ実感わきませんね」
「そのうち嫌でもわくようになるさ」
『天魔』、つまり情報災害にはいくつかの段階がある。
クラス1。これは一般的な範囲。明確な実体は確認されず、一般的に『悪魔憑き』や『悪霊憑き』と言われるような状態。
クラス2。これは電脳世界に明確に『天魔』が現れる段階。この段階だと実社会にかなり大きな影響が出始める。
そして、クラス3。この世界に『天魔』が出現している段階。この段階が観測されたのは歴史上一回だけ。十四年前の第二次特殊情報大災の時のみだ、とされている。
「実際は四年前から計五回。出現が確認されているみたいだな」
そのうち滅殺に成功した記録はなし。
おかしいな。
「どうしたんですか?」
俺の様子を不審に思った妙典が声をかけてくる。
「いや、何でもない」
俺はそれをごまかして、仕事に戻ったふりをする。
この疑問はまだ、口に出すべきではない。
おかしい。おかしいのだ。
なぜ、局長や上層部は知っていた。
阿世知みくにが『天魔』を滅することができる存在であると。
一度も成功した記録がないにもかかわらず、なぜ確信をもってそうだといえる。
生まれついての『覚者』であるからか? いや、それだけでは根拠にはなりえない。
局長は、上層部は何かを隠している。
心臓が早鐘を打つ。冷たい汗がワイシャツを不快に湿らせた。
「クソ」
「真邏?」
気づいていることは、気づかれてはいけない。
これは俺の中にだけ隠しておかなければいけない。
「とんでもない厄ネタ掴ませやがったな。あの狸親父め」
気づかれない様に独り言ちる。




