阿世知みくに
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霞が関から車で十五分。千代田区に立地する高層マンションに辿り着く。
ここの十五階の一室が、俺の住居である。
まだお昼時前の早い時間。幸いにも、他の住民に出くわすことなく部屋までたどりつくことができた。(みくにを連れているところを見られたら、おそらく不審な目で見られていたと思う)
「入りなさい」
「ただいま」
俺が促すと、みくには勝手知ったるように部屋の中へ上がっていった。
それにしても、「お邪魔します」ではなく「ただいま」と言うあたり、なかなかに図太い神経の持ち主のようだ。
引っ越し業者はまだ来ていないようで、ひとまずリビングに案内をする。
きょろきょろと部屋の中を見渡すみくにを、ダイニングテーブルの椅子へと座らせると、俺はその向かいに腰を下ろす。
「さて、まことに遺憾なことながら今日からここが君の家となるわけだが……」
そう言って、言葉に詰まる。
さて。ここから先俺はこの少女とどのようにして関わっていくべきなのだろうか。
「お前、今までのバディとはどう過ごしてたんだ?」
「みくに」
「ん?」
「みくにって呼んで」
失点一。いきなりの名前呼びに戸惑ったせいという言い訳は置いておいて、お前呼ばわりはさすがに不躾すぎたようだ。
気を悪くしたような雰囲気はないが、即座に訂正する。
「申し訳ない。それで、みくに。今まではどうしていたんだ?」
「今までも、変わらなかった。こうして一緒に住んで、働いて。そうしてみんな死んで行った」
その言葉に息をのむ。
特殊情報災害対策室の仕事は危険と隣り合わせであると言っても、国防軍や警察と比べてもかなり低いほうだ。
彼女の年齢から考えて数年未満だろう活動期間の中で、「みんな」と言えるほどの人数が殉職してしまっている事実に、俺は正直驚きを隠せない。
これが、『ノゥバディ』たる所以か。
「みんないい人だった。みんな優しくしてくれた。みんな私を守ってくれた。みんな私を守って——
——死んじゃった」
呼吸が止まる。まだ十四歳の少女が経験するにはあまりにも過酷すぎる。
「ねえ、おじさん」
「なんだよ」
「おじさんは、死なない?」
その問いはあまりにも少女が口にするには重く、けれども少女が口にするには自然なほどに素朴さを含んだものだった。
「死なねえよ」
俺は答える。
というか、死んでたまるか。
「そう、よかった」
みくにはそいう言うとそのあとぽつりと、
「期待しないで信じておく」
にこりともせずにそういった。
「でも私、男の人の家は初めて来る」
……ん?
「ちょっと待て」
「なに?」
「もしかして、今までのバディは全員女だったのか?」
「? そうだけど」
おい。だったらなんで今回は俺だったんだ。
「ちょうどいいのがおじさんしかいなかったって言ってた」
「どういう意味だこら」
ちょっと詳しくその辺の話を聞かせてほしい。
ことと次第によってはあのおっさんのカイゼル髭をむしってやる必要がある。
「本当に男の人と一緒で大丈夫か何度も聞かれた」
「意外と大事にしてんじゃねえかクソが」
「大丈夫って言ったから決まった」
「言うなよ」
ガキとはいえ思春期の女の子だぞ。あまりにも不用意だし、普通は嫌がるだろ。
ここら辺も『覚者』である故なのだろうか。
俺が思わず頭を抱えそうになった時、エントランスからの呼び出しを告げるチャイムが鳴った。
網膜ディスプレイに、エントランスの映像が映し出される。
引っ越し業者が着いたのだ。
俺は『電脳種子』を介してエントランスを開錠する。
「荷物届いたみたいだぞ」
そう言って俺は席を立つ。
引っ越し業者を出迎えなければいけない。
みくにの後ろを通ろうとしたとき。
「おじさん」
みくにが俺の服の裾を引っ張った。
「おじさんはやめろ」
俺はまだ三十一だ。
「じゃあ、ダーリン?」
「もっとやめろ!!」
突飛が過ぎる!? 何をどう演算したらそんな結論にたどりつく!?
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「久瀬さんか真邏さんだ」
「じゃあ、真邏」
呼び捨てかよ。
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届いたみくにの荷物はかなり少なかった。
服と、何冊かの本。それとあとは寝具が一式。ベッドなんかもない。
「なあ、みくに」
「なに? 真邏」
「本当にこれだけなのか?」
「そう、だけど」
こともなげに言うみくにに、俺は心配になってくる。
「お気に入りの食器とか、机とか。ぬいぐるみとかそういうのもないのか?」
「真邏のイメージする女の子、ちょっとおじさん臭い」
「え!?」
そう、なのか? 少なくとも俺の妹はそういうのをたくさん持っていたし、仲良かった女子の部屋にもそういうのがあったからそういうものなのだと思っていたのだが。
「いいの。私は。これだけで」
「みくに?」
引っかかる言い方だ。
俺のその疑問は、すぐさま氷解する。
「だって、これくらいのほうがお引っ越ししやすいもん」
こういう時、何と声をかければいいのだろうか。
ある程度大人になった女になら、かける言葉の百や二百くらい簡単に見つかる。
けれども、このちっぽけな少女には、なんと言うのが正解なのだろうか。
「真邏?」
逡巡する俺を、こてんと首を傾げて不思議そうに見つめるみくに。
俺は言葉を探す。こんな時、『電脳種子』の高速演算は役にも立たない。
「じゃあ、さ」
やがて俺は言葉を漏らす。これが正解であれと信じて。
「今度の休みに買いに行こう」
「え?」
みくには目を見開く。
ようやく見えた感情の揺れに、俺は胸を撫で下ろした。
きっとこれが正解なのだ。
「なんでも買ってやる。服でも、マグカップでも。机でも」
「なんで?」
まるきり、その理由が分からないという表情。
そんなことをする必要ないのにと言うそんな当たり前の疑問を投げかける言葉。
俺は、そんな疑問なんて持たなくてもいいように、言った。
「ここはもうお前の家だろ?」
きっとこれが正解だ。
そう確信したとき、俺の網膜ディスプレイに秘匿回線経由で4ギガバイトのZIPファイルが転送されてきた。
送り主は、『内閣特殊情報局第八分室背信神機関』。
内容はみくにのデータと引継ぎ資料もろもろ。
その中に一つ、面白い文言を見つけた。
——補佐要因として、一人希望の職員を指名可能。
俺は思わずにやける口元を、みくにに気持ち悪がられないように隠してほくそ笑む。
これは使える、と。




