神崎、退任の儀新しい章の始まり
葉萌月二十九日目、午前八時。
ハーゲン帝国、元老院議場。
稜は議場の入り口の近くの控え室で、長く立っていた。──十日前の葉萌月十九日目の四者会議の後、過去十日神崎とヴィスカルトとセレネと稜の四人は長く退任の儀式の設計を進めてきた。──そして今日葉萌月二十九日目、神崎の宰相からの退任の公式な宣言の瞬間が訪れていた。
控え室は十日前の神崎の最初の公式な演説の瞬間と同じ部屋。──白い石壁。──木の机と椅子。──そして長く伸びた窓。
稜は窓辺に立っていた。──窓の外で、葉萌月二十九日目の午前の温かい光がハーゲン帝国の元老院の白い石造りの建物を、強く照らしていた。──夏の初めの温かい空気が、徐々に深まりつつあった。
扉のノックの音。
稜は振り返った。──神崎が控え室に入ってきた。──宰相の青い礼服。──しかし今朝の神崎の姿は、十日前の最初の演説の瞬間と根本から違っていた。──二十年の宰相の立場の最後の公式な瞬間を迎える男の姿。
神崎は頷いた。
「稜。──午前十時、議場が開く」
稜は視線を返した。
「玲。──ご準備、できたか」
神崎は長く考えた。──そして黙って受け止めた。
「稜。──二十年宰相として、私はこの議場で何度も立って来た。──しかし今日の退任の儀の瞬間二十年の宰相の立場の最後の公的な瞬間です」
稜は静かに頷いた。
「玲。──そしてその後、参謀の立場への回帰」
神崎は黙って頷いた。
「稜。──二十年ぶりの参謀の二人組の関係の新しい章。──しかし別れている間、月に一度の密書で続ける」
稜はわずかに頷いた。
─── ─── ───
午前十時。
元老院、議場。
六十の議員たちが、それぞれの椅子に座っていた。──十日前の最初の演説の場面と、別の雰囲気。──保守派の議員たちは、徐々に改革の方向に揺れつつあった。──十日前の神崎の演説と、ヴィスカルトの二層構造の立場の表明とセレネのご挨拶の影響。──そして過去十日、ヘルマン副宰相とエリカ議員が改革派の議員たちと長く対話を続けていた影響。
議席の奥の上座に、ヴィスカルト皇太子。──三十四歳。──黒の礼服、しかし胸に銀の翼のブローチ。──そして姿勢に、深い安らぎが宿っていた。
二階の傍聴席。──最前列に、セレネ・アウレリア・アルヴェリア王女十六歳。──白絹のドレス。──首に、母の真珠のネックレス。──そしてエリカ議員、四十歳。──白い、礼服。
神崎が、議場の中央の演説台に向かった。──宰相の青い、礼服。──稜は、議場の奥の立席で長く神崎を見つめていた。──十数年の参謀の相棒。──そして今二十年の宰相の立場の最後の公的な、演説のくだり。
神崎は、演説台の前で深く一礼した。──そして長く議場を見渡した。
神崎は深く息を、吸った。
「議員、皆様」
神崎の声は、議場の円形の空間に深く響いた。──二百年の議場の構造が、神崎の声を議員たちの耳に丁寧に届けた。
「──二十年私はハーゲン帝国の宰相として皆様の前に立って、参りました。──そして今日二十年の宰相の立場の最後の公式な演説を、いたします」
─── ─── ───
議場が、瞬間止まった。──「最後の公式な、演説」という、言葉。──保守派の議員、たちの目に深い感慨が宿った。──改革派の議員、たちの目にも深い感慨。──六十の議員、たちが長く神崎を見つめた。
神崎は続けた。
「──皆様。──二十年前私は宰相としてハーゲン帝国の玉座の傍に立つ覚悟を確認、いたしました。──そして二十年私は千年の計画の構造の内部の保守の役を果たして、参りました」
神崎は深く息を、吐いた。
「──皆様。──しかし十日前私は皆様の前で千年の計画の構図の開示の必要性を訴え、ました。──そして保守から改革の方向への転換のときが訪れ、ました」
神崎は続けた。
「──皆様。──保守の宰相と改革の宰相は別の姿勢が、必要です。──私は二十年保守の宰相として立って、参りました。──しかしこれからの改革の本格的な進行のためには改革派の宰相が率いる方がふさわしいと私は判断、いたしました」
議員、たちが深く息を吸った。──保守派の議員、たちの何人かが長く神崎を見つめた。──「保守から、改革への転換」という、言葉。──過去、二十年神崎がハーゲン帝国の宰相として保守と改革の間で徐々に立場を変えて来た姿勢。
神崎は深く息を、吐いた。
「──皆様。──本日、私はハーゲン帝国の宰相からの退任の公式な宣言をいたします」
議場が、瞬間深く揺れた。──六十の議員、たちが深く息を吸った。──二十年の宰相の退任の瞬間。──二百年の議場の歴史で、最も長く続いた宰相の一人である神崎の退任。
─── ─── ───
神崎は長く議場を見渡した。
「──皆様。──そして私の後継、としてヘルマン・フォン・クラウス副宰相が宰相としてご就任されることを私からご提案、いたします」
ヘルマン副宰相が、議席から立ち上がった。──四十五歳。──青い、礼服。──ヘルマンは、議席の中央に向かってゆっくりと歩いた。──そして神崎の横に、立った。
神崎は深く頷きを返した。
「──皆様。──ヘルマン副宰相は十年副宰相として私の傍で仕えて、参りました。──そして過去十年改革派の議員たちを徐々に育ててこられた、男。──ヘルマンが宰相として率いることが書き直しの第二段階の本格的な進行のための最も強い軸と、なる」
保守派の議員、リーダーハインツ・フォン・グラフ五十八歳が立ち上がった。
「神崎宰相。──ご退任のご決意、深く受け止めました」
ハインツの声は、低かった。──しかし奥に深い感慨が、宿っていた。──十日前、保守派の議員たちは神崎の演説に強く抵抗していた。──しかし過去、十日徐々に揺れていた。
ハインツは続けた。
「神崎宰相。──過去二十年ハーゲン帝国の宰相として保守と改革の間で徐々に立場を変えて来られた、ご姿勢。──そして本日改革の本格的な進行のためにご退任をご決断された、ご姿勢」
ハインツはわずかに頷いた。
「神崎宰相。──保守派の議員、として私はご退任のひとときに敬意を表します」
神崎は、長くハインツを見つめた。──そして深く頷いた。
「ハインツ殿。──二十年、保守と改革の間でご対話を続けて参りましたハインツ殿のご姿勢深く感謝いたします」
─── ─── ───
ヴィスカルト皇太子が、皇太子の席から立ち上がった。──そして議場の中央に向かって、ゆっくりと歩いた。──神崎と、ヘルマンの横に立った。
ヴィスカルトは深く息を、吸った。
「皆様」
ヴィスカルトの声は、低かった。──しかし議場の空間に、深く響いた。
「──ハーゲン帝国の皇太子としてお話、いたします。──神崎宰相の退任とヘルマン副宰相の宰相、ご就任。──私は皇太子として深くご賛同、いたします」
ヴィスカルトは続けた。
「──そしてもう一つお伝え、することがあります」
議場の空気が、瞬間止まった。──六十の議員、たちが長くヴィスカルトを見つめた。
ヴィスカルトは長く考えた。──そしてゆっくりと口を開いた。
「──皆様。──私は、皇太子から皇帝へのご即位のご準備を徐々に進める覚悟です」
議場が、瞬間深く揺れた。──父、フリードリヒ二世皇帝のご逝去五年前。──そして過去、五年ヴィスカルトは皇太子の立場で玉座の空席を保ちつつ政務を進めて来た。──しかし本日、皇太子から皇帝への即位のご準備の宣言。
ヴィスカルトは続けた。
「──皆様。──しかし即位の場面は二年後を目指して、おります。──二年後千年の計画の書き直しの第二段階と第三段階の進行が徐々に進んでいる、はずの瞬間。──そしてもう一つの時と重なる」
議員、たちの目が長くヴィスカルトを見つめた。
ヴィスカルトは続けた。
「──皆様。──二年後私はハーゲン帝国の皇帝としてご即位、いたします。──そしてその瞬間私はアウレリア王国の女王セレネ・アウレリア・アルヴェリア殿下と結婚するご決意、です」
─── ─── ───
議場が、強く深く揺れた。──六十の議員、たちの息が瞬間止まった。──二百年の両国の歴史で、初めてハーゲン帝国の皇太子とアウレリア王国の王女との結婚の宣言。──二百年の両国の対立の骨格の表面の奥の深い、絆の公的な確認の瞬間。
ヴィスカルトは長く議場を見渡した。
「──皆様。──そしてご結婚は政略結婚では、ありません。──同じ喪失を抱える者としての同盟、としての結婚です。──二人の結婚は両国の千年の対立の構造の表面の奥の深い絆の公的な確認のときと、なる」
ヴィスカルトは続けた。
「──皆様。──そしてご即位と、ご結婚の瞬間私は皇帝としてハーゲン皇室の千年の内部のすべての闇を徹底的に開示する覚悟、です」
保守派の議員、たちの目が深く揺れた。──しかし深い感慨も、宿っていた。──十日前、保守派の議員たちは千年の計画の開示に強く抵抗していた。──しかし過去、十日徐々に揺れていた。──そして本日、皇太子のご即位とご結婚の宣言と千年の皇室の闇の徹底的な開示の覚悟。──保守派の議員、たちの視野で見ても深いご決意の局面。
ハインツ・フォン・グラフが、長くヴィスカルトを見つめた。──そして頷きを返した。
「ヴィスカルト殿下。──ご決意の深さ。──保守派の議員、として私は深く敬意を表します」
─── ─── ───
二階の傍聴席で、セレネがゆっくりと立ち上がった。
「ハーゲン帝国の議員、皆様」
セレネの声は、静かだった。──しかし奥に深い決意が、宿っていた。
「──私の名は、セレネ・アウレリア・アルヴェリア。──アウレリア王国の女王候補、です」
議場の議員、たちが長くセレネを見つめた。
セレネは続けた。
「──皆様。──ヴィスカルト殿下のご結婚のご宣言。──私は深くお受けいたします。──二年後、私は十八歳のひととき女王として即位いたします。──そして女王、としてヴィスカルト殿下皇帝とご結婚いたします」
セレネは続けた。
「──皆様。──そしてご結婚の瞬間、私は女王としてアウレリア王家の千年の内部のすべての闇を徹底的に開示する覚悟、です」
議場の議員、たちが深く息を吸った。
セレネは続けた。
「──皆様。──ヴィスカルト殿下皇帝と私、女王。──二人の結婚の場面。──両国の千年の闇の開示の最終形を両国の共同の責任として迎える瞬間、です」
セレネは深く一礼、した。
「──皆様。──ご清聴、ありがとうございました」
─── ─── ───
神崎が、議場の中央で長く議場を見渡した。
「──皆様。──そして本日の儀式の最後に、もう一つお伝えすることがあります」
議員、たちの目が長く神崎を見つめた。
神崎は続けた。
「──皆様。──私は宰相からの退任の後参謀の立場、に戻ります。──そして稜・タカギ殿と共に千年の計画の書き直しの最終形——民への公開——の設計を率いる覚悟、です」
神崎は、続けて議場の奥の立席の稜を長く見つめた。
「──皆様。──稜・タカギ殿はアウレリア王国の参謀。──そして私と、稜は十数年の参謀の相棒です。──二十年ぶりに二人の参謀の関係の新しい章が、本格的に始まる」
議場の議員、たちが長く稜を見つめた。──そして何度か頷いた。
神崎は、最後に深く息を吐いた。
「──皆様。──二十年宰相として皆様の前に立つご機会をいただきありがとう、ございました。──これからは参謀の立場で皆様と共に千年の計画の書き直しの最終形を迎える瞬間まで深くご協力、いたします」
神崎は深く一礼、した。──そして宰相の印を、両手で取った。──ゆっくりとヘルマン副宰相、に渡した。
ヘルマンは、両手で宰相の印を深く受け取った。──そして深く一礼、した。
「神崎閣下。──二十年の宰相の立場を深くお預けいただき、ました。──私は新しい宰相としてハーゲン帝国の千年の計画の書き直しの第二段階を率いる覚悟、です」
神崎は何度か頷いた。
─── ─── ───
議場が、徐々に深い感慨で満ちていた。──二十年の宰相の退任。──新しい、宰相の就任。──皇太子から、皇帝への即位のご準備の宣言。──そしてヴィスカルトと、セレネの結婚の公的な宣言。──二百年の議場の歴史で、最も深い瞬間の一つ。
保守派の議員、リーダーハインツ・フォン・グラフが長く議場を見渡した。──そして静かに頷いた。
「神崎前宰相、ヘルマン新宰相ヴィスカルト殿下、セレネ殿下」
ハインツの声は、低かった。──しかし奥に深い感慨が、宿っていた。
「──保守派の議員としてお話、いたします。──過去十日私たち保守派の議員たちは長く対話を続けて、参りました。──そして十日前の神崎前宰相のご演説とヴィスカルト殿下のご立場と、セレネ殿下のご挨拶。──三つのご演説の後私たちは徐々に揺れて、参りました」
ハインツは続けた。
「──そして本日の儀式。──二十年の宰相の退任と新しい宰相の就任。──皇太子から、皇帝へのご即位と結婚の宣言。──両国の千年の闇の開示の覚悟。──全てが、保守派の議員たちの内面の最も深い層を揺さぶる瞬間でありました」
ハインツは頷いた。
「──保守派の議員、として私は千年の計画の書き直しの本格的な進行に徐々にご協力いたします。──ハーゲン帝国の未来のために」
神崎の目に深い感慨が、宿った。
「ハインツ殿。──ご決意の深さ。──二十年、保守と改革の間でご対話を続けて来たご姿勢の最後の結実」
─── ─── ───
議場が、徐々に解散しつつあった。
六十の議員、たちがそれぞれの椅子から立ち上がり議場を出ていった。──しかし議員、たちの表情は十日前の最初の演説のくだりと根本から違っていた。──十日前は、深い混乱と抵抗の表情。──しかし本日は、深い感慨と新しい章の始まりの表情。
ヴィスカルトは、神崎の横に立っていた。──そしてヘルマン副宰相、改め新しい宰相ヘルマン・フォン・クラウスと長く対話を続けていた。
稜は、議場の奥の立席からゆっくりと議場の中央に向かって歩いた。──そして神崎の横に、立った。
神崎は長く稜を見つめた。
「稜。──二十年の宰相の退任、完了した」
稜は深く頷いた。
「玲。──そして参謀の立場への回帰の本格的な、開始」
神崎はゆっくりと頷いた。
ヴィスカルトが、稜の横に来た。
「稜殿。──本日の儀式のご立ち会い、ありがとうございました」
稜は深く一礼を、返した。
「殿下。──ご即位のご準備と、結婚のご宣言深くお預けいたします」
ヴィスカルトは深く頷いた。
「稜殿。──そして二年後結婚の儀。──そして千年の計画の書き直しの最終形を、共に迎える覚悟です」
─── ─── ───
二階の傍聴席から、セレネが降りて来た。──そして議場の中央に向かって、ゆっくりと歩いた。──そしてヴィスカルトの横に、立った。
ヴィスカルトは、長くセレネを見つめた。
「セレネ。──ご挨拶、深いご決意でした」
セレネは黙って頷いた。
「ヴィス。──ご即位のご準備と、結婚のご宣言の刹那私も傍で立ち会えたこと深く嬉しいです」
ヴィスカルトの目に深い温かさが、宿った。
稜と、神崎は長く二人を見守っていた。──二百年の両国の歴史で、初めてハーゲン帝国の皇太子とアウレリア王国の女王候補がハーゲン帝国の議場の中央で並んで立つ、瞬間。──そして二人の結婚の公的な、宣言の後の最初の共有の局面。
ヴィスカルトは、ゆっくりとセレネの手を取った。──公的な、議場の中央で。──二人の手が、長く結ばれた。
稜の目に深い感慨が、宿った。
ヴィスカルトと、セレネの手の結び。──十六歳の女王候補と、三十四歳の皇太子の関係の新しい層の公的な確認の瞬間。──そして二年後、結婚の儀の場面まで続く二年間の関係の深まりの出発点。
神崎の目にも、深い感慨が宿った。
「稜。──二人のご結婚の公的な宣言のひととき。──そして二人の手の結び。──深い、瞬間です」
稜は頷きを返した。
「玲。──二百年の両国の歴史で、最も深い瞬間の一つ」
─── ─── ───
午後、二時。
神崎の宰相公邸(しかし本日から、ヘルマンの宰相公邸)の応接間。
稜と、神崎が長机の向かい合いに座っていた。──午前の儀式の後、神崎は宰相公邸をヘルマンに引き継いでいた。──しかしヘルマンは、神崎に「神崎閣下過去二十年の宰相公邸しばらくお住まいいただきたい。──私は、本日から副宰相の屋敷に戻ります」とご提案していた。
神崎は、ヘルマンのご提案を長く考えていた。──そしてしばらく、宰相公邸に住み続けることを決めていた。──二十年の宰相の立場の深い、整理のためだった。
稜は長く神崎を見つめた。
「玲。──退任の儀の後の最初の午後」
神崎は静かに頷いた。
「稜。──二十年の宰相の立場の終わりと参謀の立場への回帰の最初の午後。──しかしまだ深く整理、できていない」
稜は深く頷きを返した。
「玲。──二十年の立場の終わり。──深い、整理に時間がかかるはずだ」
神崎はゆっくりと頷いた。
稜は続けた。
「玲。──そして明日私はアウリオンに戻る、ご準備を進める。──十日後またはそれ以後の出発」
神崎の目が、長く稜を見つめた。
「稜。──十日後の出発、ですね」
稜は小さく頷いた。
「玲。──第三段階——アウレリア王国の議会と改革派の共有——の本格的な設計を私が率いる必要が、ある。──そして月に一度お前と密書で進捗を、共有」
神崎は頷きを返した。
「稜。──月に、一度の密書。──そしてある日再会の瞬間が、来る」
稜は一度頷いた。
─── ─── ───
夕刻、午後五時。
稜は、宰相公邸の庭で一人ベンチに座っていた。──十日前の葉萌月、九日目の午後の瞬間と同じベンチ。──十日前、稜は神崎の奥様の形見の犬ノエルと深い対話をした。
葉萌月、二十九日目の夕陽が英国風の庭を金色に染めていた。──そして噴水の水が、夕陽の光で輝いていた。
ふと、稜の横で何かが動いた。
稜は、振り返った。──ノエル、十二歳。──白と、茶の模様の犬。──ノエルが、稜のベンチの横に座っていた。──十日前と、同じ姿勢。
稜は、長くノエルを見つめた。──そしてノエルの頭を、優しく撫でた。──ノエルは、目を閉じて深く息を吐いた。
「ノエル。──また会えた、ね」
ノエルは、目を開けて稜を長く見つめた。──十二年の犬の深い、目。──そして深く頷く、ような姿勢。
神崎が、庭に来た。──そして稜のベンチの横に座った。
「稜。──ノエル、お前を覚えていたようだ」
稜はわずかに頷いた。
「玲。──十日ぶり。──しかしノエルは、私を忘れていなかった」
神崎は深く頷きを返した。
「稜。──ノエルは十二歳の深い、目の犬。──彼は人間の内面を深く見る力を、持つ」
稜は無言のまま視線を返した。──ノエルを、長く撫で続けた。
葉萌月、二十九日目の夕陽が徐々に傾きつつあった。──そして空が、紫に変わりつつあった。──夏の初めの夕方の深い温かさ。
─── ─── ───
しばらく、二人はベンチで長く座っていた。
神崎は深く息を、吐いた。
「稜。──二十年ぶりの参謀の二人組の関係の新しい、章。──しかし明日または十日後お前は、アウリオンに戻る」
稜は小さく頷いた。
「玲。──そうだ。──しかし月に、一度密書で続ける」
神崎は無言で頷いた。
「稜。──そして再会の瞬間が、来るまでお互い生きていよう」
稜は頷きを返した。
「玲。──二十年別れていた後、また会えた。──次はもっと近いうちに、会える」
神崎は、微かに笑った。
稜は続けた。
「玲。──そしていつか千年の計画の書き直しの最終形——民への公開——の瞬間が、来る。──その瞬間神器が、もう一度起動する。──千年前のアドレアンとザラフの対話の最後の層が開封、される」
神崎は何度か頷いた。
「稜。──私たちの転生の根本の最も深い層。──ザラフ殿の千年前のメッセージ。──『我らの意志の最後の形が、彼らに宿る』」
稜は一瞬の沈黙の後、頷いた。
「玲。──そしてその層を、迎える瞬間まで私たちは月に一度の密書で進捗を共有しつつ書き直しの骨格を進める」
神崎は頷いた。
ノエルは、稜の足元で深く目を閉じていた。──十二年の犬の深い安らぎ。──そして葉萌月、二十九日目の夕陽が徐々に消えつつあった。
─── ─── ───
夜、午後十時。
稜は、宰相公邸の客室で一人机の前に座っていた。
革の手帳を開いた。最初の頁の裏に、新しい紙を添えた。
書いた、一行。
「──葉萌月二十九日目。神崎の宰相からの退任の公式な、宣言。──ヘルマン副宰相の宰相ご就任の儀。──ヴィスカルト殿下の皇帝へのご即位のご準備の宣言。──そしてヴィスカルトと、セレネの結婚の公的な宣言。──二百年の両国の歴史で、最も深い瞬間の一つ。──保守派の議員たちの徐々の賛同。──四人の新しい、関係の骨格公的に表明された」
稜は、紙を革の手帳に挟んだ。
窓辺に、立った。
葉萌月、二十九日目の夜空。──月は、徐々に満ちつつあった。──そして星が、無数に輝いていた。──皇宮の白い、塔のシルエットが月光の下で淡く輝いていた。
稜は長く皇宮を見つめた。
胸の中で、午前の儀式の刹那がまだ残っていた。──神崎の二十年の宰相の退任の公的な、宣言。──ヴィスカルトと、セレネの結婚の公的な宣言。──そして二人の手の結び。──二百年の両国の歴史で、最も深い瞬間。
稜は深く息を、吐いた。
扉が、ノックされた。
「師。──セレネ、です」
稜は、扉を開けた。──セレネが、立っていた。──白絹のドレス、ではなく簡素な紺の服。──しかし目に深い感慨が、宿っていた。
「殿下。──お入り、ください」
セレネは、客室に入った。──稜の机の向かい合いに、座った。
「師。──本日の儀式、お疲れ様でした」
稜は静かに頷いた。
「殿下。──こちらこそ。──二百年の両国の歴史で、初めてハーゲン帝国の議場で結婚の公的な宣言の瞬間お受けされたご決意」
セレネは一度目を伏せた。
「師。──そして明日または近いうち、私と師はアウリオンに戻るご準備を進める」
稜は小さく頷いた。
─── ─── ───
セレネは長く稜を見つめた。
「師。──しかし本日の儀式の後、もう一つお伝えしたいことがあります」
稜は頷いた。
「殿下。──何でしょうか」
セレネは長く考えた。
「師。──本日の儀式の後ヴィスカルト殿下は私にこうおっしゃい、ました。『──セレネ。──二年後結婚の儀の瞬間まで私たちは文通と公式の訪問の機会で関係を、深める。──しかし半年後または一年後殿下にハーゲン帝国の皇宮の私の私室にしばらくご滞在いただく機会を設計、いたします』」
稜は、長くセレネを見つめた。
「殿下。──ご滞在の機会、ですか」
セレネは頷きを返した。
「師。──ヴィスカルト殿下は続けてこうおっしゃい、ました。『──セレネ。──ご滞在の間私と殿下は深く関係を、深める。──そして即位のご準備と結婚の儀の設計を、共に進める』」
稜は一度頷いた。
「殿下。──ご決意、深い」
セレネは続けた。
「師。──そして私はご滞在の機会を深くお受けする、覚悟です。──しかし半年後または一年後のご滞在のご準備のためには私の十六歳から十七歳までの女王候補としての訓練の深化が、必要」
稜はゆっくりと頷いた。
「殿下。──十六歳から十七歳までの訓練の深化。──私は、参謀の立場で深くお預けいたします」
セレネは深く頷きを返した。
「師。──ありがとう、ございます」
─── ─── ───
夜、午後十一時。
セレネは、客室を出ていった。──稜は、再び机の前で長く考えた。
葉萌月、二十九日目の夜空が徐々に深まりつつあった。──月光が、宰相公邸の白い石壁を淡く照らしていた。
稜は長く夜空を見つめた。
胸の中で、本日の葉萌月二十九日目のときが徐々に整理されつつあった。──午前の神崎の退任の儀式。──ヘルマン新宰相の就任。──ヴィスカルト殿下の皇帝へのご即位のご準備の宣言。──そしてヴィスカルトと、セレネの結婚の公的な宣言。──保守派の議員、たちの徐々の賛同。──そして夕方のノエルと、神崎とのベンチの対話。
稜は深く息を、吐いた。
葉萌月、二十九日目の夜が徐々に深まりつつあった。──最終的な局面が、徐々に近づきつつあった。──大きな旅の終わりと、次の段階への橋渡しの時が、明日または近いうち訪れるはずだった。
稜は長く夜空を見つめて、いた。
葉萌月二十九日目、ハーゲン帝国元老院での歴史的儀式。
神崎の二十年の宰相からの退任。
ヴィスカルトの皇帝即位のご準備の宣言。
ヴィスカルトとセレネの結婚の公的な宣言。
セレネの女王候補としてのご決意の表明。
ようやく、ここまで来ました。
次回、第二部最終話です。




