元老院、揺れる
葉萌月十八日目、午前九時。
ハーゲン帝国、元老院議場の前。
稜は議場の入り口の近くの控え室で、長く立っていた。──九日前、帝都に戻ってから過去九日稜と神崎とヴィスカルトとセレネの四人で長く最終的な設計を進めてきた。──そして今日葉萌月十八日目、神崎の公式な演説の瞬間がようやく訪れていた。
控え室は議場の奥の廊下の横にある簡素な部屋。──白い石壁。──木の机と椅子。──そして長く伸びた窓。
稜は窓辺に立っていた。──窓の外で、葉萌月十八日目の午前の温かい光がハーゲン帝国の元老院の白い石造りの建物を強く照らしていた。
元老院の議場は、千年前から続く最も古い建物の一つ。──しかし現在の議場は、二百年前に再建されたものだった。──そして二百年の間、ハーゲン帝国の最も重要な決定がこの議場で行われてきた。
扉のノックの音。
稜は振り返った。──神崎が控え室に入ってきた。──宰相の青い礼服。──しかし今朝の神崎の姿は、過去の対面の時と違っていた。──二十年の宰相としての最後の公式な演説の瞬間に立つ、男の姿。
神崎は深く頷いた。
「稜。──三十分後、議場が開く」
稜は何度か頷いた。
「玲。──ご準備、できたか」
神崎は長く考えた。──そして頷いた。
「稜。──二十年宰相として、私はこの議場で何度も演説をして来た。──しかし今日の演説は二十年の内、最も重い演説です」
稜は視線を伏せた。
「玲。──ご演説、お預けします」
神崎はわずかに頷いた。
「稜。──そしてヴィスカルト殿下とセレネ殿下も既に議場の近くの控え室にお入りです」
稜は頷いた。
─── ─── ───
午前十時。
元老院、議場。
議場は巨大な円形の部屋だった。──直径、約四十メートル。──天井は極めて高い。──二十メートルほど。──そして議場の四方の壁に、二百年のハーゲン帝国の歴代皇帝の肖像画が整列していた。──初代バスタン。──二代目フリードリヒ。──三代目ヴィルヘルム。──そして十二代の皇帝の肖像画。──最後に現在のヴィスカルト皇太子の父、フリードリヒ二世皇帝の肖像画。
議場の中央に、円形の議席。──六十の議員の椅子が、円形に並んでいた。──そして議席の中央に、宰相の演説台。──白い、大理石の台。
議席の奥の上座に、皇太子の席。──金の装飾の椅子。──ヴィスカルト皇太子が、そこに座ることになっていた。
そして議場の二階。──傍聴席。──通常、ハーゲン帝国の貴族の家族が座る席。──しかし今日傍聴席の最前列に、二人。──セレネ・アウレリア・アルヴェリア王女と、エリカ・ライヘンバッハ議員。──セレネは、白絹のドレス首に母の真珠のネックレス。──エリカは、白い礼服。
六十の議員、たちが徐々に議場に入ってきた。──議員の表情は、明らかに緊張していた。──過去、十日の宰相からの密書。──「葉萌月十八日目、千年の計画の構造の開示の最初の公式な、演説」。──保守派の議員、たちは警戒していた。──改革派の議員、たちは期待していた。
六十の議員、たちはそれぞれの椅子に座った。──そして最後に、ヴィスカルト皇太子が議場に入ってきた。──三十四歳。──黒の礼服、しかし胸に銀の翼のブローチ。──そして姿勢に、深い安らぎが宿っていた。──十九年の自責の解放、の後の新しい皇太子の姿勢。
ヴィスカルトは、議場の中央をゆっくりと歩いた。──そして皇太子の席に、座った。
六十の議員、たちが深く腰を折った。──そして議場が、徐々に静まりつつあった。
─── ─── ───
神崎が、議場の中央の演説台に向かった。──宰相の青い、礼服。──しかし今朝の神崎の姿勢は、過去二十年の宰相の姿勢と違っていた。──二十年の最後の公式な、演説を行う宰相の姿勢。
神崎は、演説台の前で深く一礼した。──そして長く議場を見渡した。
神崎は深く息を、吸った。
「議員、皆様」
神崎の声は、低かった。──しかし議場の円形の空間に、深く響いた。──二百年の議場の仕組みが、神崎の声を議員たちの耳に丁寧に届けた。
「──二十年私はハーゲン帝国の宰相として皆様の前に立って、参りました。──しかし今日の演説は二十年の内最も重い演説、です」
神崎は続けた。
「──皆様。──千年の計画」
議場の空気が、瞬間止まった。──六十の議員、たちが長く神崎を見つめた。──「千年の計画」という、言葉。──二百年の議場の歴史で、初めて公式に口にされた言葉。
神崎は続けた。
「──皆様。──千年前アウレリア王国の独立戦争の後参謀ザラフと王アドレアンの二人は千年の調整の計画を設計、いたしました。──大陸全体の千年の調整のための計画です」
保守派の議員、たちの何人かが深く息を吸った。──しかし誰も、口を開かなかった。──宰相の演説を、最後まで聞く慣習。
神崎は続けた。
「──皆様。──千年の計画は千年の間王家と皇帝家とその参謀たちの内部の計画として保たれて、参りました。──民は計画の存在を知らなかった。──そして計画の構図は、徐々に千年の歪みを生み出して参りました」
─── ─── ───
神崎は長く議場を見渡した。
「──皆様。──千年の歪みの具体的な、構造をいくつかお伝えいたします」
神崎は深く息を、吸った。
「──第一の構造。──二百年前のアウレリア崩壊。──公式の歴史ではアウレリア王アルベリク一世の無能と宰相グラシアスの私物化の結果とされて、おります。──しかし真相は別、です」
保守派の議員、たちの目が長く神崎を見つめた。──ヴィスカルト皇太子も長く神崎を見つめて、いた。
神崎は続けた。
「──皆様。──二百年前アルベリク一世王グラシアスそして王弟アレクの三人は千年の計画の最終段階のために計画的自己犠牲の選択を、いたしました。──三人とも歴史の中で悪役または無能として永遠に記憶されることを覚悟して計画を引き受けて、おりました」
議場が、ざわついた。──保守派の議員、たちの何人かが深く息を吐いた。──しかし神崎は続けた。
「──皆様。──第二の枠組み。──ハーゲン帝国の初代皇帝バスタン。──公式の歴史では、アウレリアの敵として独立した男とされております。──しかし真相は、別です」
神崎は深く息を、吐いた。
「──皆様。──初代バスタン皇帝の本当のフルネームは『バスタン・モレノ・グラシアス・アウレリア』。──宰相、グラシアスの実の弟です。──ハーゲン帝国は二百年前グラシアスの計画的縮小の一部として設計された兄弟の国、です」
保守派の議員、たちが強くざわついた。──「兄弟の国」という、言葉。──二百年の両国の対立の構造の表面の奥の真相。
ヴィスカルト皇太子は長く神崎を見つめて、いた。──しかし表情は、変わらなかった。──公式の対立の形を、保ちつつ神崎の演説を深く見守っていた。
─── ─── ───
神崎は続けた。
「──皆様。──第三の構造。──過去五十年のトレスト家の二十一件の毒殺事件。──エリカ・ライヘンバッハ議員の調査で、判明した事件です。──そしてその二十一件、の内五年前アウレリア王国の前王妃エリナ・アウレリアの毒殺も含まれております」
議場が、強くざわついた。──保守派の議員、たちの何人かが立ち上がった。──しかし議場の慣習で、宰相の演説を邪魔することはできなかった。
神崎は続けた。
「──皆様。──そして千年の計画の構造の内部で過去千年約五百三十二名の犠牲者のリストが皇宮の地下深部に保管されて、おります。──最も最近の犠牲者は二十年前のアウレリア霧峰の戦闘の戦死者の一人マルティン・ヴィレーヌ、二十二歳」
神崎の声は、徐々に深くなっていった。
「──皆様。──千年の計画の構造の内部で千年約五百三十二名の人々が駒として扱われ命を失って、参りました。──私たちはこれ以上駒を生み出す構造を続けることが、できません」
神崎は続けた。
「──皆様。──私の提案。──千年の計画の構造の開示。──そしてその後、民自身が新しい秩序を設計する瞬間を迎える」
議場が、深く揺れた。──保守派の議員、たちは強く抵抗していた。──改革派の議員、たちは深く頷いていた。──そして中間の議員、たちは徐々に揺れつつあった。
─── ─── ───
神崎は長く議場を見渡した。
「──皆様。──しかし開示は急速に進めるわけでは、ありません。──全六段階の設計で徐々に進める。──第二段階:議会と、改革派の共有。──第三段階:アウレリア王国の議会と改革派の共有。──第四段階:両国の有識者の共有。──第五段階:両国の貴族と、商人の共有。──第六段階:両国の民への最終公開」
神崎は続けた。
「──皆様。──全六段階完了までに約五年から八年を想定、しております。──そして本日葉萌月十八日目第二段階の本格的な開始のとき、です」
神崎は、議員たちを長く見渡した。
「──皆様。──私の演説ここまでです。──皆様のご質問を、お伺いいたします」
神崎は、演説台の前で深く一礼した。
議場が、瞬間静まった。──そして徐々にざわつき始めた。──保守派の議員、たちがいくつもの抗議の声を上げ始めた。──改革派の議員、たちが深く頷いていた。──中間の議員、たちは揺れていた。
保守派の議員、リーダーハインツ・フォン・グラフ五十八歳が立ち上がった。
「神崎宰相。──千年の計画の構造の開示。──しかしこの開示はハーゲン帝国の皇室の根幹を揺るがす可能性が、ある。──皇太子殿下はこの提案を受け入れられる、のですか」
全議員の目が、長くヴィスカルト皇太子を見つめた。
ヴィスカルトは長く議員、たちを見渡した。──そしてゆっくりと立ち上がった。──皇太子の席から、議場の中央に向かってゆっくりと歩いた。
─── ─── ───
ヴィスカルトは、神崎の横に立った。──神崎と、ヴィスカルト二人の姿が議場の中央で対峙していた。──保守派の議員、たちはヴィスカルトの立場の表明を固唾を呑んで待っていた。
ヴィスカルトは長く議場を見渡した。──そして深く息を、吸った。
「皆様」
ヴィスカルトの声は、低かった。──しかし議場の空間に、深く響いた。──三十四歳の皇太子の声。──十九年の自責の解放、の後の新しい声。
「──私は、ハーゲン帝国の皇太子として神崎宰相の提案に対する私の立場を表明いたします」
議場の空気が、瞬間止まった。
ヴィスカルトは長く考えた。──そしてゆっくりと口を開いた。
「──皆様。──私は神崎宰相の提案の根本の方向性を深く検討、いたします。──しかし現時点で皇太子の立場では即座の賛同の表明は、いたしません」
保守派の議員、たちの目に安堵の光が宿った。──宰相と、皇太子の対立の形が表面的に確認された瞬間。──保守派の議員、たちの視野では皇太子は慎重な立場を保っていると見えるはずだった。
しかしヴィスカルトは続けた。
「──皆様。──しかし私は神崎宰相のご提案の根本にある構造的な認識——千年の計画の骨格の千年の歪みの深さ——を否定、いたしません。──二十一件の毒殺事件。──そして五百三十二名の犠牲者のリスト。──これらの事実を私は深く受け止めて、おります」
保守派の議員、たちの目が止まった。──皇太子の言葉の二層性。──表面の慎重な、立場と内面の深い賛同の共存。
ヴィスカルトは続けた。
「──皆様。──私は皇太子として神崎宰相と長期的な議論を深める、覚悟です。──そして最終的な判断は議会と皇室の共同の判断として、行う」
─── ─── ───
ヴィスカルトは、議場を長く見渡した。──そして最後に、二階の傍聴席に視線を向けた。──傍聴席の最前列に、セレネ・アウレリア・アルヴェリア王女が座っていた。
二人の目が、瞬間合った。──そして静かに交わった。
ヴィスカルトの目に深い温かさが、宿った。──公式の対立の形の奥の深い、同志の関係。──そしてその関係を、表面に出さず深く内面で保っていたヴィスカルトの姿勢。
セレネも長くヴィスカルトを見つめた。──そして無言で頷いた。──公式の場、ではなく二人の内面での深い共有。
議場の議員、たちはヴィスカルトの視線の先を追っていた。──そして傍聴席のセレネに、目を止めた。──保守派の議員、たちの何人かが深く息を吐いた。──アウレリア王国の女王候補が、ハーゲン帝国の元老院の場に立っているという事実。──二百年の両国の歴史で、初めてのくだり。
神崎は頷きを返した。
「皆様。──そして本日、もう一つお伝えすることがあります」
神崎の声は、議場に深く響いた。
「──二階の傍聴席にアウレリア王国の王女セレネ殿下が、お越しです。──殿下ご挨拶をいただけ、ますか」
議員、たちが深く息を吸った。──二百年の両国の歴史で、初めてアウレリア王国の王女がハーゲン帝国の元老院でご挨拶をする瞬間。
─── ─── ───
セレネは、ゆっくりと立ち上がった。──白絹のドレス。──首に、母の真珠のネックレス。──そして深く息を、吸った。
セレネは、傍聴席の最前列で議場を長く見渡した。──そしてゆっくりと口を開いた。
「ハーゲン帝国、元老院の議員、皆様」
セレネの声は、静かだった。──しかし議場の空間に、深く響いた。──十六歳の王女の声。──しかし奥に深い決意が、宿っていた。
「──私の名は、セレネ・アウレリア・アルヴェリア。──アウレリア王国の王女です。──そして女王候補、です」
議場の空気が、瞬間止まった。──「女王候補」という、言葉。──二百年の両国の歴史で、初めて公式に表明された立場。
セレネは続けた。
「──皆様。──三つのことを、お伝えいたします」
セレネは深く息を、吸った。
「──第一のこと。──アウレリア王国の女王候補として、私は神崎宰相のご演説の根本の方向性千年の計画の構造の開示と書き直しに深く賛同、いたします」
保守派の議員、たちがゆっくりと息を吐いた。
セレネは続けた。
「──第二のこと。──二百年の両国の対立の体系の表面の奥にある兄弟の国の仕組み。──私は、この枠の開示にも深く賛同いたします。──そして二百年の対立の構造を、徐々に超える両国の関係の再設計を深く希望いたします」
議場が、徐々に深く揺れていた。
セレネは続けた。
「──第三のこと。──民への公開の最終形の設計の両国の共同の責任。──アウレリア王国の女王候補として、私はハーゲン帝国の皇室と共に両国の民への公開の最終形を設計する覚悟、です」
─── ─── ───
セレネは長く議場を見渡した。
「──皆様。──私は十六歳。──しかし十八歳になった瞬間、またはそれ以前私は女王として即位する覚悟です。──そして女王、として千年の計画の書き直しの最終形の両国の共同の責任を深く引き受けます」
セレネは一度頷いた。
「──皆様。──ご清聴、ありがとうございました」
セレネは深く一礼、した。──そしてゆっくりと座った。
議場が、長く深く静まった。──そして徐々に深い、ざわつきが生じた。──二百年の両国の歴史で、初めての刹那。──十六歳の女王候補が、ハーゲン帝国の元老院で女王としての立場を公式に表明した瞬間。
保守派の議員、リーダーハインツ・フォン・グラフは長くセレネを見つめた。──そして深く息を、吐いた。
「──王女殿下。──ご挨拶、ありがとうございました」
ハインツの声は、低かった。──しかし奥に深い感慨が、宿っていた。──保守派の議員、たちはセレネのご挨拶の深さに徐々に揺れつつあった。
神崎が、長く議場を見渡した。──そして一瞬の沈黙の後、頷いた。
「皆様。──本日の議論はここまでです。──第二段階の本格的な、開始の時を皆様と共に迎えることができました。──次の議論は、十日後の再開を予定いたします」
議場が、徐々に解散しつつあった。
─── ─── ───
午後、二時。
神崎の宰相公邸の応接間。
稜、神崎ヴィスカルトセレネヘルマンエリカマルセルの七人が長机の周りに座っていた。──元老院の演説の後の初めての振り返りの会議。
神崎は深く息を、吐いた。
「皆様。──本日のご演説、終わりました」
ヘルマン副宰相が、一度頷いた。
「神崎閣下。──お疲れ様でした。──保守派の議員、たちの抵抗は強かったですがしかしヴィスカルト殿下とセレネ殿下のご発言で徐々に揺れつつありました」
エリカ議員もわずかに頷いた。
「神崎閣下。──第二段階の本格的な、開始の瞬間ようやく訪れました」
マルセル書記官長は長く神崎を見つめた。
「神崎閣下。──二十年の宰相としての最も、重いご演説深く敬意を表します」
神崎は黙って受け止めた。
「ヘルマンエリカ、マルセル。──過去十年の皆様のご支援なくして本日のご演説は不可能、でした」
しばらく、四人は深く対話を続けた。──そしてヴィスカルトと、セレネのご発言の影響の分析。──保守派の議員、たちの揺れの深さ。──そして十日後の議論の再開の設計。
午後、三時頃ヴィスカルトが立ち上がった。
「神崎、稜殿、皆様。──私は皇宮に戻ります。──そして夜、私の私室で長く整理いたします」
稜は深く頷きを返した。
「殿下。──夜、お疲れ様をいたします」
ヴィスカルトは頷きを返した。──そしてセレネを、長く見つめた。
「セレネ殿下。──夜、私の私室でお会いするご約束を覚えておりますか」
セレネは深く頷いた。
「殿下。──覚えております。──夜、八時お伺いいたします」
ヴィスカルトは感謝を込めて頷いた。
「セレネ殿下。──ご訪問、深く楽しみにしております」
ヴィスカルトは深く一礼して応接間を出て、いった。──皇宮への馬車に向かった。
─── ─── ───
ヴィスカルトが、応接間を出た後稜は長くセレネを見つめた。
「殿下。──夜、ヴィスカルト殿下の私室ご訪問ですか」
セレネは静かに頷いた。
「師。──そうです。──昨日ヴィスカルト殿下から密書を頂き、ました。──『元老院の演説の後葉萌月十八日目の夜八時私の私室にお越し、いただきたい。──兄ヴァレンの最後の局面の話の続きをお伝え、いたします』」
稜は、長くセレネを見つめた。
「殿下。──そして殿下は、ご訪問をお受けされた」
セレネは黙って頷いた。
「師。──私は、夜ヴィスカルト殿下の私室で兄の最後の場面の話をお伺いする覚悟です」
稜は同意の表情を浮かべた。
「殿下。──十六歳の女王候補が三十四歳の皇太子の十九年の最も深い層をご自身の口からお伺いする、瞬間。──深い瞬間、です」
セレネはゆっくりと頷いた。
「師。──そうです。──稜殿の概要の共有と、別の形でヴィスカルト殿下ご自身の声でお伺いする瞬間」
稜は深く頷いた。
─── ─── ───
夕刻、午後五時半。
稜は、宰相公邸の書斎に戻っていた。──そして革の手帳を開いた。最初の頁の裏に、新しい紙を添えた。
書いた、一行。
「──葉萌月十八日目。元老院、神崎の公式な演説。──千年の計画の構造の最初の開示。──ヴィスカルト殿下と、神崎の公式な対立しかし二層構造内面の深い賛同。──セレネ殿下、十六歳ハーゲン帝国の元老院で女王候補としてのご挨拶二百年の両国の歴史で初めて。──保守派の議員、たちの徐々の揺れ。──第二段階の本格的な開始」
稜は、紙を革の手帳に挟んだ。
窓辺に、立った。
葉萌月、十八日目の夕陽が宰相公邸の白い石壁を金色に染めていた。──稜の胸の中で、今日の元老院の演説の瞬間がまだ残っていた。
神崎の二十年の宰相としての最も、重い演説。──ヴィスカルト殿下の二層構造の立場の表明。──セレネ殿下のハーゲン帝国の元老院での女王候補としてのご挨拶。──そして二人の目が、議場で合った瞬間。──公式の場、の奥の深い共有。
稜は深く息を、吐いた。
扉が、ノックされた。
「師。──セレネ、です」
稜は、扉を開けた。──セレネが、立っていた。──白絹のドレス、まだ着替えていない状態。──しかし緊張、の奥に深い覚悟が宿っていた。
「殿下。──お入り、ください」
セレネは、書斎に入った。──稜の机の向かい合いに、座った。
「師。──夜、八時ヴィスカルト殿下の私室へのご訪問の前にご相談したいことがあります」
稜は無言で頷いた。
セレネは長く考えた。
「師。──ヴィスカルト殿下ご自身の声で兄の最後のひとときの話をお伺いする、瞬間。──私はどのようにお伺いすればよろしい、でしょうか」
─── ─── ───
稜は、長くセレネを見つめた。
「殿下。──ヴィスカルト殿下ご自身がお話する瞬間、殿下は。──ただ聞いているだけで十分、です」
セレネは小さく頷いた。
稜は続けた。
「殿下。──ヴィスカルト殿下の十九年の最も深い層の開示の瞬間。──そしてその瞬間、殿下がヴィスカルト殿下の傍にいることそれ自体が最大のご支援です。──言葉は、ほとんど必要ありません」
セレネは深く頷きを返した。
「師。──分かりました。──私は、夜ヴィスカルト殿下の傍でただ聞いております」
稜は静かに頷いた。
「殿下。──そしてヴィスカルト殿下がお話を終えた後もし何かお伝えする必要があれば自然にお伝え、ください。──お話の最中は。──ただ聞いているだけで、十分」
セレネは一度頷いた。
「師。──ありがとう、ございます」
セレネは、立ち上がった。──そして扉の前で一度、振り返った。
「師。──夜、八時皇宮への馬車をお願いいたします」
稜は何度か頷いた。
─── ─── ───
夕刻、午後七時半。
神崎の宰相公邸の正門。
セレネは、馬車に乗り込んだ。──白絹のドレス。──首に、母の真珠のネックレス。──そして目に深い覚悟が、宿っていた。
稜は、馬車の前で深く一礼した。
「殿下。──ご訪問、深くお預けします」
セレネは深く一礼を、返した。
「師。──ありがとう、ございます」
馬車が、ゆっくりと動き始めた。──そして皇宮へ、向かった。──葉萌月、十八日目の夕方の光が徐々に夜に変わりつつあった。
稜は長く馬車の後ろ姿を見送った。──そして深く息を、吐いた。
神崎が、稜の横に来た。
「稜。──セレネ殿下、ご訪問ですね」
稜は深く頷きを返した。
「玲。──ヴィスカルト殿下、ご自身の声で兄の最後の瞬間の話をセレネ殿下にお伝えする瞬間」
神崎は頷いた。
「稜。──十年私が見続けた、ヴィスカルト。──そして過去二週間新しいヴィスカルトと、セレネ殿下のお手紙のテンポの深まり。──二人の関係の新しい章がここから、本格的に始まる」
稜は同意の表情を浮かべた。
葉萌月、十八日目の夜が徐々に深まりつつあった。──皇宮の白い、塔のシルエットが月光の下で徐々に輝きを増しつつあった。──皇宮の奥のどこかに、ヴィスカルトの私室。──そして間もなくセレネが、私室の扉をノックする瞬間。
稜は長く皇宮を見つめて、いた。
新しい三人の関係の最も深い層が、今夜開かれるはずだった。
元老院の公式演説。
二百年の議場の歴史で初めて「千年の計画」という言葉が公式に口にされる。
セレネの二百年で初めての女王候補としてのご挨拶。
歴史の転換点を、ようやく書けました。




