稜、アウリオンから支援そして庭の犬
葉萌月九日目、午前八時。
神崎の宰相公邸の書斎。
稜は机の前で長く座っていた。──昨日の葉萌月八日目の四者会議の後、稜は夜長く考えていた。──十日後の葉萌月十八日目、元老院での神崎の公式な演説。──そしてセレネ殿下の十六歳の女王候補としてのハーゲン帝国の元老院の場へのご挨拶。──二百年の両国の歴史で、初めての瞬間。
しかしその瞬間のためにはもう一つの要素が必要だった。──アウレリア王国からの公式な賛同の書簡。──「千年の計画の構造の開示と書き直しに深く賛同する」、というレオン王の署名入りの書簡。
稜は机の上に白い羊皮紙を広げた。──そしてペンを取った。──アウリオンのレオン王とカスパル宰相、マテウス院長アルデス公ロッテ宛の密書を書き始めた。
「陛下カスパル殿、マテウス院長、兄上、ロッテ。
葉萌月八日目の夜神崎が十日後の葉萌月十八日目、元老院で公式な演説をすることを決定いたしました。──千年の計画の骨格の開示の最初の公式な瞬間です。──そしてヴィスカルト皇太子は神崎との公式な対立の形を受け入れました。
セレネ殿下は十六歳の女王候補としてハーゲン帝国の元老院の場に立つ覚悟を確認、いたしました。──二百年の両国の歴史で初めての場面です。
そのためには、アウレリア王国からの公式な賛同の書簡が必要です。──陛下、ご署名の上十日以内に帝都にお送りいただきたいとお願いいたします」
─── ─── ───
稜は、続けて書簡の内容の骨格を書いた。
「書簡の内容の骨格。
第一の要素。──アウレリア王国のレオン王として、千年の計画の構造の開示に深く賛同する立場の表明。
第二の要素。──二百年の両国の対立の構図の表面の奥にある、兄弟の国の構造の開示への賛同。
第三の要素。──民への公開の最終形の設計の両国の共同の責任の宣言。
以上の三つの要素を簡潔にしかし深く書簡に組み込んで、いただきたいです。──書簡の起草はカスパル殿とマテウス院長でご対応いただき最終的にレオン王ご自身のご署名で完成、いただきたい」
稜は、ペンを置いた。──書簡の骨格は、約二時間で完成した。──そして稜は、書簡を丁寧に折り畳んだ。──封蝋を押した。──封筒の上に、書いた。
「アウレリア王国、王宮書記官室、宛」
稜は、書記官を呼んだ。──書記官の若い、男フランツ二十二歳。──過去、二ヶ月半稜と神崎の間の密書の運搬を何度も担当してきた男。
「フランツ。──アウリオンの王宮書記官室、宛の密書です。──最も速い馬でお願い、します」
フランツは深く一礼した。
「稜殿。──謹んでお預かり、いたします。──十日でアウリオンに到着、します」
稜は一度頷いた。
フランツは、書斎を出ていった。
─── ─── ───
午前、十一時。
稜の密書が、出発した後稜は書斎で長く考えていた。
扉のノックの音。
「師。──セレネ、です」
稜は、扉を開けた。──セレネが、立っていた。──白絹のドレス、ではなく簡素な紺の服。──首にはいつもの母の真珠のネックレス。──しかし今朝のセレネの目には深い光が、宿っていた。
「殿下。──お入り、ください」
セレネは、書斎に入った。──稜の机の向かい合いに、座った。
「師。──ヴィスカルト殿下から、お手紙が届きました」
セレネは、懐から一通の書簡を取り出した。──神崎の紋章の封蝋と、ヴィスカルト殿下の銀の封蝋の両方が押された書簡。
稜の目が、長く書簡を見つめた。
セレネは続けた。
「師。──ヴィスカルト殿下のお手紙は過去三日で、二度目です。──最初のお手紙は葉萌月五日目の夕刻に、頂いた。──そして二度目のお手紙は今朝頂いた」
セレネは深く息を、吐いた。
「師。──過去、三日のヴィスカルト殿下のお手紙のテンポは夏萌月の最初のお手紙の約二週間ぶりと比べて急激に早くなって、おります」
稜は一度頷いた。
「殿下。──十九年の自責の解放、の後の新しいヴィスカルト殿下の姿がお手紙のテンポにも表れていると」
セレネは頷きを返した。
「師。──そして今朝のお手紙の最後の一行にあることが書かれて、おりました」
稜は、長くセレネを見つめた。
─── ─── ───
セレネは、書簡をゆっくりと開いた。──そして最後の頁を、稜に見せた。
稜は、書簡の最後の頁を長く読んだ。
「セレネ殿下。──過去三日私の内面の深い層の再構成が徐々に進んで、おります。──そしてもう一つお伝えすることが、あります。
葉萌月五日目午前の殿下のご訪問の刹那私は殿下の目が兄ヴァレンの目に似ていることをお伝え、しました。──しかし兄の最後の瞬間の話はまだお伝えしておりません。──稜殿が、概要をお伝えくださったことは伺っております。──しかし私自身の口から、殿下にお伝えする必要がある」
ヴィスカルトの文字は、続いていた。
「セレネ殿下。──元老院の演説の後葉萌月十八日目またはそれ以後のある夜殿下に私の私室で兄の最後の瞬間の話の続きをお伝えする、覚悟です。──稜殿の概要の共有と別の形で私自身の声でお伝え、する」
稜は長く書簡を見つめた。──そして黙って受け止めた。
「殿下。──ヴィスカルト殿下、ご自身の声で兄の最後の瞬間の話を殿下にお伝えするご決意」
セレネは深く頷いた。
「師。──過去、三日ヴィスカルト殿下の内面の再構成が徐々に深くなりつつある」
稜は頷いた。
「殿下。──ヴィスカルト殿下、の本来の人格の回復が徐々に進んでいるということです」
セレネは長く稜を見つめた。
「師。──私は、十日後またはそれ以後のある夜ヴィスカルト殿下の私室で兄の最後の瞬間の話をお伺いする覚悟です」
稜は深く頷いた。
─── ─── ───
しばらく、二人は深く沈黙した。
葉萌月、九日目の午前の温かい光が書斎の窓辺から机の上を淡く照らしていた。
セレネは深く息を、吐いた。
「師。──そして今朝私は、ヴィスカルト殿下にご返信を書きました」
セレネはもう一通の書簡を稜に、見せた。──まだ封蝋が、押されていない状態。──セレネが、これからヴィスカルトに送る返信。
稜は、書簡を長く読んだ。
「ヴィスカルト殿下へ。
今朝お手紙、ありがとうございます。──過去、三日のお手紙のテンポの変化に深く感じ入っております。──十九年の自責の解放の後の新しい、章が徐々に立ち上がりつつあること深く嬉しく思っております。
殿下が、おっしゃる兄の最後の局面の話の続き。──私は深くお待ち、いたします。──元老院の演説の後のある夜殿下の私室でお伺いすることを深く楽しみにいたします。──そして稜殿の概要と、別の形で殿下ご自身の声でお伺いできること深く感謝いたします」
セレネの文字は、続いていた。
「殿下。──そしてもう一つお伝えいたします。──私は、葉萌月十八日目ハーゲン帝国の元老院の場に立つ覚悟を深く確認いたしました。──十六歳の女王候補として、二百年の両国の歴史で初めてのひとときを引き受けます。
しかしその時、私の目はご演説の場で神崎閣下と殿下の両方を見つめます。──公式の対立の形、の奥の深い同志の関係を私の目で確認します。
セレネ・アウレリア・アルヴェリア。
葉萌月九日目、朝の光の下で」
稜は何度か頷いた。
「殿下。──素晴らしい、ご返信です」
セレネは深く頷いた。
「師。──ヴィスカルト殿下、とのお手紙のテンポを深く丁寧に続けたいと思っております」
稜はわずかに頷いた。
─── ─── ───
午後、二時。
神崎の宰相公邸の庭。
稜は庭のベンチに一人座っていた。──葉萌月九日目の午後の温かい光が、英国風の庭の若葉を緑色に輝かせていた。──そして噴水の水が、午後の光で白く輝いていた。
稜は息を細く吐いた。過去二ヶ月半の帝都への最初と二度目、三度目の訪問。──そして過去十日の葉萌月の深い人間ドラマの場面。──ヴィスカルトの十九年の自責の解放。──セレネの女王候補としての決意。──神崎の宰相からの退任の宣言。──全てが稜の胸の中で徐々に整理されつつあった。
ふと、稜の足元で何かが動いた。
稜は視線を落とした。──小さな犬が、稜のベンチの横に静かに座っていた。──白と茶の模様の犬。──少し年を取った犬。──しかし犬は稜を、まるで何かを知っているかのように見つめていた。
稜は微かに笑った。
「お前は、誰の犬かな」
稜は犬の頭を優しく撫でた。──犬は目を閉じて、長い息を吐いた。──稜の手の温かさを、十二年生きてきた体の全部で受け止めるような深い安らぎだった。
「ノエル」
背後から、声がした。
振り返ると、ヘルマン副宰相が立っていた。
「稜殿。──公邸の庭の犬です。──名前は、ノエル。──十二歳」
稜は犬の名を口の中で繰り返した。
「ノエル」
ヘルマンは少し躊躇った。──そしてゆっくりと続けた。
「稜殿。──ノエルは、神崎閣下の奥様が十二年前子犬の頃お迎えになった犬です」
稜の手が、犬の頭の上で止まった。
「奥様」
「はい」
ヘルマンの声は低かった。
「奥様は十年前ご病気でご逝去されました。──ノエルが二歳の冬でした。──奥様の最後の数か月、ノエルは寝台の足元で離れずにおりました。──奥様がご逝去された日ノエルは三日間何も食べませんでした」
稜の息が止まった。
「奥様のご逝去の後、神崎閣下は──」
ヘルマンの声が一瞬詰まった。
「──奥様の名はノエルとおっしゃいました。──犬の名と同じ。──奥様が十二年前子犬を迎えた時にこう仰ったそうです。『この子の名前は私と同じノエルにします。私がいなくなってもこの子の名前を呼ぶ度、私を思い出してください』と。──まるでご自分の十年後をご存じだったかのように」
稜の手が震えた。
「神崎閣下はその後十年、再婚されておりません。──そして毎晩書斎の机の前でこのノエルが必ず傍に来ます。──ノエルは閣下の足元で寝るのが、毎晩の習慣です」
─── ─── ───
稜は長くノエルを見つめた。
十二歳の犬。──神崎の妻の形見の犬。──妻と同じ名を持つ犬。──そして神崎が十年、孤独な宰相の机の前で毎晩この犬の温もりに支えられて生きてきたという事実。
稜は長く息を吐いた。
十数年の参謀の相棒。──しかし稜は、神崎の人生の最も深い層を何も知らなかった。──妻のご逝去のことも。──十年の孤独な宰相の夜のことも。──毎晩このノエルの寝息だけが、神崎の唯一の温かさだったかもしれないことも。
(──玲。──お前は俺に何も言わなかった)
稜は心の中で呟いた。
(──二年前、お前が俺を嵌めた夜。──お前はもう既にこの十年の孤独を、抱えていた。──奥様を失って、子のいない宰相公邸で犬の寝息だけを聞いて千年の計画と一人で向き合っていた)
稜の目に、わずかに涙が滲んだ。──しかし流さなかった。
稜は再びノエルを撫でた。──十二歳の老犬。──白と茶の毛並み。──そしてその毛の奥に、神崎の十年の孤独の温度が染み込んでいた。
「ノエル」
稜は静かに犬の名を呼んだ。──奥様の名でもある名前。
「玲をありがとう。──お前が玲の傍にいてくれたから、玲は二年半前俺を月の庭で迎えに来ることができた」
ノエルは目を開けて、稜の目を深く見つめた。──十二年の犬の目。──十年、神崎の孤独を見続けてきた目。
そしてノエルは、稜の膝の上に静かに頭を載せた。
稜の膝の上に、十二歳の犬の頭の重さが温かく沈んだ。──午後の光の中で、二人と一匹の沈黙の時。
ヘルマンが背後で、わずかに目を伏せた。──公邸で長く務めてきたヘルマンも、ノエルが他人の膝に頭を載せる姿を見たのは初めてだった。
しばらく、稜はそのまま座っていた。──膝の上に、ノエルの頭の温もり。──そしてその温もりの奥に、神崎の十年の夜が静かに重なっていた。
─── ─── ───
「稜殿」
ヘルマンが小さく告げた。
「そろそろ応接間にお戻りください。──神崎閣下との午後の議論のご準備です」
稜は頷いた。
「ヘルマン副宰相。──ありがとうございます」
稜はノエルの横でゆっくりと立ち上がった。──ノエルは目を開けて、稜を長く見つめた。──稜は最後に、ノエルの頭を優しく撫でた。
「ノエル。──また会おう」
ノエルは稜の目を黙って見つめた。──そしてゆっくりと目を閉じた。──午後の光の下で、犬の毛並みが金色に輝いた。
稜はヘルマンと共に応接間に戻った。──歩きながら、稜は胸の中で一つの誓いを立てていた。
(──玲。──お前の十年の孤独は、もう終わる。──二人の参謀の関係を、新しい形で立て直す)
稜の足音が、庭の石畳の上で静かに響いた。
─── ─── ───
午後、三時。
応接間。
稜と、神崎が長机の向かい合いに座っていた。
稜は、神崎に午前の密書の内容とセレネ殿下のヴィスカルト殿下へのご返信の内容を共有した。
神崎は長く聞いて、いた。──そして静かに頷いた。
「稜。──アウリオンへの密書十日後到着、する。──そしてレオン王のご署名の書簡十日後戻って、くる」
稜はわずかに頷いた。
「玲。──ぎりぎり、間に合う」
神崎はゆっくりと頷いた。
神崎は、続けて深く息を吐いた。
「稜。──そしてヴィスカルトとセレネ殿下のお手紙のテンポの深まり。──十年、私が見続けたヴィスカルトの内面の最も深い層がようやく新しい形に変わりつつある」
稜は小さく頷いた。
しばらく、二人は深く沈黙した。
稜は、ふと口を開いた。
「玲」
稜の声は、低かった。
「──庭で、ノエルに会った」
神崎の目が、長く稜を見つめた。──そして深く息を、吐いた。
「稜。──ノエルか」
稜は一度頷いた。
「玲。──ヘルマン副宰相から、伺った。──奥様の形見の犬、と」
神崎は長く稜を見つめた。──そして黙って頷いた。
「稜。──十年前ご逝去された。──私は、再婚していない」
稜は長く神崎を見つめた。
「玲。──十数年の参謀の相棒であったお前。──しかし奥様のご逝去のことを、私は知らなかった」
─── ─── ───
神崎は深く息を、吐いた。
「稜。──二十年前お前と相棒になった頃私はまだ結婚して、いなかった。──しかし転生の後の世界で私は宰相就任の五年目結婚、した。──そして十五年結婚生活、を過ごした。──奥様は深く優しい女性だった」
神崎の目に深い感慨が、宿った。
「稜。──彼女は十年前突然ご病気でご逝去、された。──私は宰相の立場で孤独に戦っていたその十年に加えて奥様のご逝去の十年の孤独も抱えて、いた」
稜は長く神崎を見つめた。
「玲。──二重の孤独」
神崎は黙って頷いた。
「稜。──そうだ。──しかし契約更新日の月の庭の夜お前と再会した瞬間私の二重の孤独が、徐々に解け始めた。──そして過去二ヶ月半お前と共に書き直しの設計を進めて私の孤独はようやく別の形に変わりつつ、ある」
稜は無言で頷いた。
神崎は続けた。
「稜。──ノエルは奥様の形見。──しかしノエルは、お前にも深く心を開いたようだ」
稜は頷いた。
「玲。──ノエルは十二歳。──しかし深い、目の犬だった。──十二年の知恵を、持つ犬」
神崎はゆっくりと頷いた。
「稜。──ノエルが、お前を深く見つめたこと。──私は深く嬉しい」
─── ─── ───
しばらく、二人は深く沈黙した。
応接間の空気が、二人の間で静かに流れていた。──十数年の参謀の相棒の関係。──そして神崎の十年の孤独の層が、ようやく稜に開示された瞬間。
神崎は、ふと深く息を吐いた。
「稜。──十日後元老院での演説。──そしてその後、私は宰相の立場を徐々にヘルマンに引き継ぐ。──そして参謀の立場に戻る」
稜は黙って頷いた。
「玲。──二十年、ぶりに参謀の二人組の関係に戻る瞬間」
神崎は一度頷いた。
「稜。──そしてその関係は二十年前と、別の形だ。──二人の相棒しかし奥様のご逝去の後の私と二年前の嵌めの罪と、和解の後のお前。──二人の深さが二十年前と違って、いる」
稜は深く頷きを返した。
「玲。──そうだ。──二人の参謀の関係の新しい、章が始まる」
─── ─── ───
夕刻、稜は書斎に戻った。
机の上に、書記官フランツが置いた新しい書簡があった。──セレネ殿下から、稜への密書。──ヴィスカルト殿下、とのお手紙の最新のご報告の可能性。
稜は、書簡を開いた。──しかし書簡には、セレネ殿下の文字ではなくヴィスカルト殿下の文字が書かれていた。──セレネ殿下が、ヴィスカルト殿下から受け取った最新のお手紙の写しを稜に転送していた。
稜は、書簡をゆっくりと読んだ。
「セレネ殿下へ。
葉萌月九日目、夕刻。
今朝の殿下のご返信深く受け止めました。──十日後、葉萌月十八日目ハーゲン帝国の元老院の場で殿下のご決意が結実する瞬間を私も深く楽しみにしております。
そしてもう一つお伝え、いたします。──兄ヴァレンの最後のくだりの話の続き。──元老院の演説の後、葉萌月十八日目の夜またはそれ以後のある夜私は殿下に私の私室で兄の最後の瞬間の話の続きを告げる覚悟です」
ヴィスカルトの文字は、続いていた。
「セレネ殿下。──元老院の後、あなたに兄の話の続きを告げる」
稜は長く書簡の最後の一行を見つめた。
葉萌月、九日目の夕陽が書斎の窓辺から机の上を淡く染めていた。──そして稜の目に深い感慨が、宿っていた。──ヴィスカルト殿下の内面の再構成の深さ。──そして十日後の元老院の演説の後、セレネ殿下に兄ヴァレンの最後の場面の話を告げる決意。
稜は深く息を、吐いた。
葉萌月、九日目の夕方が徐々に深まりつつあった。──十日後の元老院の演説のときが、徐々に近づきつつあった。
稜は長く夕陽を見つめて、いた。
息抜きの庭の犬の回。
神崎の妻ノエルと、犬のノエル。
「奥様の名はノエルとおっしゃいました。──犬の名と同じ。──奥様が十二年前子犬を迎えた時にこう仰ったそうです」
この設定、構想段階から書きたかった場面の一つです。
神崎の十年の沈黙が、犬の毎晩の足元の習慣の中に、ずっと続いていた。




