セレネの訪問
葉萌月五日目、午前十時。
ヴィスカルトは私室で、机の前に座っていた。
昨夜の深夜から夜明け前まで続いた、稜と神崎との告白の瞬間。──十九年の最も深い層の解放。──そして夜明け前、稜と神崎が私室を出た後ヴィスカルトはようやく寝台に戻った。──しかし深い眠りには入れなかった。──十九年、毎晩見続けた夢——兄ヴァレンの伸ばされた手と自分の止まった手——が昨夜消えていた。──代わりに別の感覚が、内面に流れていた。──深い安らぎ。──そしてわずかな軽さ。
午前八時頃、ヴィスカルトは寝台から起きた。──そして礼服に着替えた。──しかしいつもの黒い礼服ではなかった。──紺の外套を着ていた。──そして胸に、銀の翼のブローチを付けていた。──昨夜十九年ぶりに胸に戻したブローチ。
ヴィスカルトは机の前で、長く座っていた。──机の上に、まだ三つの遺品が並んでいた。──兄ヴァレンの絵、鞭そしてブローチの跡。──ブローチは今ヴィスカルトの胸に。
しかしヴィスカルトはもう十九年の自責の重みで机の前で座っているわけではなかった。──ただ、新しい朝の光を感じていた。──皇宮の中庭の若葉が、葉萌月の初夏の温かい光で緑色に輝いていた。──ヴィスカルトは長くその光を見つめた。
扉のノックの音。
二回。──静かな、しかし確かなノック。
ヴィスカルトは振り返った。──ヘルマン副宰相が来たと思った。──しかしヘルマンのノックはいつももう少し低かった。
ヴィスカルトは扉に向かった。──そして扉を自分の手で開けた。
扉の向こう側に立っていたのは、ヘルマンではなかった。
セレネ王女、十六歳。
白絹のドレスではなく、簡素な紺の服。──しかし首には、母の真珠のネックレス。──そして目に深い決意。
ヴィスカルトの目が、長くセレネを見つめた。
「──王女殿下。──なぜここに」
─── ─── ───
セレネは深く一礼した。
「殿下。──朝、突然お伺いして申し訳ございません。──稜殿から昨夜のお話の概要を伺いました」
ヴィスカルトの目が、止まった。
「──稜殿から、伺った」
セレネはゆっくりと頷いた。
「殿下。──師は守秘義務を破ったのでは、ありません。──私が頼んだ、のです」
ヴィスカルトは、長くセレネを見つめた。──そして深く息を、吐いた。
「セレネ殿下。──お入り、ください」
セレネは、私室に入った。──ヴィスカルトは、扉を自分の手で閉めた。──二人だけ、の空間になった。
ヴィスカルトは、机の椅子をセレネに示した。──昨夜稜と、神崎が座った椅子の一つ。──セレネは、ゆっくりと椅子に座った。──ヴィスカルトも、机の向かい合いの椅子に座った。
二人の間の机の上に、三つの遺品の跡。──そしてヴィスカルトの胸の銀のブローチ。──セレネの目が、長くブローチを見つめた。
しばらく、二人は沈黙した。──午前の温かい、光が窓辺から机の上を淡く照らしていた。
ヴィスカルトは深く息を、吐いた。
「セレネ殿下。──今朝稜殿は私に密書をお送り、くださった。──昨夜深夜の告白の後私は今朝ご自身で殿下にお会いしてお伝えする覚悟とお伝え、しました。──しかし稜殿はそれより先に殿下にお会いして概要を伝えた、と」
セレネはわずかに頷いた。
「殿下。──そうです。──稜殿は今朝夜明け前宰相公邸に戻られた後私の客室を訪ねて、くださいました。──私は寝ても起きてもいない状態、でした。──昨夜私は長く目を閉じてお二人の告白の瞬間を想像していました」
ヴィスカルトは、長くセレネを見つめた。
セレネは続けた。
「殿下。──稜殿は夜明け前私の客室の扉をノック、しました。──そして簡潔に昨夜の告白の概要をお伝え、くださいました。──兄ヴァレン皇太子の最後の局面。──十二歳の殿下の一瞬の躊躇。──そして十九年の自責の解放の時」
セレネの目に深い感慨が、宿った。
「殿下。──稜殿はこうおっしゃい、ました。『殿下ヴィスカルト殿下が今朝ご自身でお会いするとおっしゃって、おられる。──しかし私はその前に殿下にお知らせする必要があると判断、しました。──ヴィスカルト殿下の最も深い層をお聞きになる覚悟が必要、です』」
─── ─── ───
ヴィスカルトは、長くセレネを見つめた。
「セレネ殿下。──稜殿のご判断、深い」
セレネは頷きを返した。
「殿下。──私は稜殿のご報告を聞いてすぐに決意、しました。『殿下に自分の足でお会いしに参ります』、と。──ヘルマン副宰相にご連絡して皇宮へのご訪問の許可をいただき、ました」
ヴィスカルトは深く息を、吐いた。
「セレネ殿下。──十六歳の王女が朝自分の足で皇太子の私室に訪ねてくださる、こと。──ご決意の深さです」
セレネは黙って頷いた。
ヴィスカルトは、長くセレネを見つめた。──そして低く口を開いた。
「セレネ殿下。──昨夜私は稜殿と神崎の前で十九年の最も深い層を開示、しました。──兄ヴァレンの最後の瞬間。──十二歳の私の一瞬の躊躇。──三つの思考。──十九年、毎晩見続けた夢」
ヴィスカルトの声は、震えていた。──しかし奥に深い安らぎも、宿っていた。
「セレネ殿下。──そして稜殿が私にこうおっしゃい、ました。『殿下の十九年の自責は殿下の罪ではなく殿下の深さ、です』」
セレネの目に深い感慨が、宿った。
「殿下。──稜殿のお言葉、深い」
ヴィスカルトは黙って頷いた。
「セレネ殿下。──そして神崎も自分の二十年前の罪——前世で稜殿を嵌めたこと——を共有してくれ、ました。──三人の男の罪と躊躇の共有」
ヴィスカルトの目に深い安らぎが、宿った。
「セレネ殿下。──昨夜の深夜十九年の私の最も深い層がようやく解放、されました。──そして今朝私は新しい朝を迎えて、おります」
─── ─── ───
セレネは、長くヴィスカルトを見つめた。
そして深く息を、吸った。
「殿下。──私も、お伝えしたいことがあります」
ヴィスカルトの目が、止まった。
「セレネ殿下。──何でしょうか」
セレネは長く考えた。──そしてゆっくりと口を開いた。
「殿下。──私の母エリナ前王妃の死。──公式には、心臓発作。──しかし母は五年前ハーゲン帝国のトレスト家の毒物で毒殺、されました」
ヴィスカルトの息が、止まった。
ヴィスカルトは、長くセレネを見つめた。
「セレネ殿下。──お母様も、毒殺」
セレネは深く頷いた。
「殿下。──そうです。──母は二十年ヴィスカルト皇太子家の傍系の男性フリードリヒ・フォン・ヴァランディン様と密かに文通して、おりました。──二人は千年の計画の内部の改革派の活動を続けて、おりました。──そしてトレスト家が両方を毒殺、しました」
ヴィスカルトの目に深い感慨が、宿った。
「セレネ殿下。──私は伺って、おりました。──稜殿と神崎、から。──しかし殿下ご自身の口から伺うのは初めて、です」
セレネは静かに頷いた。
「殿下。──私は五年母を失って、おります。──しかし母の死の真相を知ったのは最近です。──十一年、母の死の本当の意味を知らずに生きて参りました」
セレネの声は、低かった。──しかし奥に深い覚悟が、宿っていた。
「殿下。──私は母を失った、十六歳の王女です。──殿下は兄を失った十二歳の少年、でした。──私たちは同じ喪失を抱える者、です」
─── ─── ───
ヴィスカルトは、長くセレネを見つめた。
「私たちは、同じ喪失を抱える者、です」。──セレネのその言葉。──十六歳の王女が、三十四歳の皇太子に向かって告げる深い共感の宣言。
ヴィスカルトの目から、涙がようやく流れた。──昨夜稜と、神崎の前で流した涙と別の種類の涙。──同じ、喪失を抱える者として出会った瞬間の深い安らぎの涙。
ヴィスカルトは、長くセレネを見つめた。──そして低く呟いた。
「──セレネ殿下」
ヴィスカルトの声は、震えていた。
「──殿下が私の私室に自分の足で訪ねてくださった、こと。──そして母君の死の真相をご自身の口から私にお伝えくださった、こと。──二つのご決意の深さ私の人生の宝物、です」
セレネは小さく頷いた。
「殿下。──ありがとう、ございます」
ヴィスカルトは、長くセレネを見つめた。
そしてヴィスカルトの目に深い何かが、宿った。──過去の誰かを思い出す、目。──しかし今度は、明確に。──夏萌月の私室での対面。──稔月、半ばの公式の会議室での対面。──そして九人の会議。──三回、セレネに会っていたヴィスカルト。──そして過去の誰かに似ている、感覚。──しかし誰、なのかヴィスカルト自身これまで明確に表現できなかった。
しかし今朝ヴィスカルトは、ようやく思い出した。
ヴィスカルトは深く息を、吐いた。
「──セレネ殿下」
ヴィスカルトの声は、低かった。
「──あなたの目は、兄ヴァレンの目に似ている」
─── ─── ───
セレネの目が、長くヴィスカルトを見つめた。
しばらく、沈黙が流れた。──午前の温かい、光が窓辺から机の上を淡く照らしていた。
ヴィスカルトは続けた。
「──兄ヴァレン。──十九歳。──金髪に、近い薄茶の髪。──しかし目の色は灰色ではなく明るい青、でした。──そして目の奥に深い温かさと鋭さが共存、していた。──十九年ぶりに私が思い出す目、です」
ヴィスカルトは、長くセレネを見つめた。
「セレネ殿下。──あなたの目の色は紺色です。──兄の目の色とは、違います。──しかし目の奥の深さ温かさと、鋭さの共存。──兄の目に深く似て、いる」
セレネは、長くヴィスカルトを見つめた。──そして静かに微笑んだ。
「殿下。──私は、あなたの兄ではありません」
ヴィスカルトの目が、長くセレネを見つめた。
セレネは続けた。
「殿下。──しかし兄の代わりに、あなたの隣に立つことはできます」
セレネの声は、静かだった。──しかし奥に深い、十六歳の王女の覚悟が宿っていた。
ヴィスカルトの目から、涙がまた流れた。──しかし今度の涙は、深い温かさの涙だった。
「セレネ殿下。──十六歳のあなたの覚悟、深い」
─── ─── ───
しばらく、二人は深く沈黙した。
ヴィスカルトは長く机の上の三つの遺品の跡を見つめた。──兄ヴァレンの絵。──兄の鞭。──そして銀の翼のブローチの跡。──ブローチは、今ヴィスカルトの胸に。
ヴィスカルトは、ゆっくりと自分の胸のブローチを両手で撫でた。
「セレネ殿下。──昨夜十九年ぶりにこのブローチを私の胸に戻し、ました。──兄ヴァレンの最後の日に付けていた、ブローチ。──そして私は自分自身にこう宣言、しました。『──兄上。──これからはあなたを背負うのではなくあなたを胸に抱くことに、します』」
セレネの目に深い感慨が、宿った。
「殿下。──十九年の自責の重みからようやく新しい、形に変わる瞬間です」
ヴィスカルトはゆっくりと頷いた。
「セレネ殿下。──そして今朝あなたが私の私室に訪ねてくださった、こと。──兄の目に似た目を持つ十六歳の王女が自分の足で私に会いに来てくださった、こと」
ヴィスカルトの声は、震えていた。
「──私の内面の奥で、何かが新しく芽吹きつつあります」
セレネは、長くヴィスカルトを見つめた。──そしてわずかに頷いた。
「殿下。──私の内面の奥でも、同じです」
─── ─── ───
ヴィスカルトは深く息を、吐いた。
「セレネ殿下。──夏萌月の最初の対面の時私たちは二人だけの私室でお会い、しました。──あの時私は殿下のお手紙を十九年ぶりに涙で、濡らした。──そして十八歳の結婚の判断と二年間の文通の合意を、しました」
ヴィスカルトは続けた。
「セレネ殿下。──しかしあの時の私の判断は十九年の自責を抱えた、ままの判断でした。──私は殿下にこうお伝え、しました。『年齢差十八歳。──殿下には別の若い幸せな道があるはず、です』」
セレネは黙って頷いた。
ヴィスカルトは続けた。
「セレネ殿下。──しかし今朝十九年の自責を解放、した後の私は別の判断をする覚悟です」
ヴィスカルトの声は、低かった。──しかし奥に深い決意が、宿っていた。
「セレネ殿下。──私は殿下を十八歳まで二年間お待ち、します。──しかしお待ちする形が変わる可能性が、ある」
セレネの目が、長くヴィスカルトを見つめた。
ヴィスカルトは続けた。
「セレネ殿下。──二年間の文通の続き。──しかし文通だけでは、ありません。──公式の訪問の機会も増やしたい。──そして十八歳の結婚の判断の瞬間、私は殿下にこうお願いする覚悟です。『セレネ殿下。──同じ、喪失を抱える者として千年の計画の書き直しの最終形を共に設計する同志として私の隣に立ってください』」
セレネの目に深い感慨が、宿った。
「殿下。──夏萌月の対面の時と、別の形のお言葉です」
ヴィスカルトは小さく頷いた。
「セレネ殿下。──そうです。──夏萌月の私は自責の重みで殿下を別の若い幸せな道をお勧めする判断しか、できませんでした。──しかし今朝の私は殿下を同志として深くお迎えする覚悟、です」
─── ─── ───
セレネは、長くヴィスカルトを見つめた。
そして深く息を、吸った。
「殿下。──私の覚悟を、お伝えいたします」
ヴィスカルトは深く頷いた。
セレネは長く考えた。
「殿下。──私は十六歳。──まだ十八歳の結婚の判断の二年前。──しかし今朝の殿下のお言葉、深く受け止めました」
セレネは続けた。
「殿下。──二年間の文通と公式の訪問。──そして十八歳の結婚の判断の瞬間。──私は、母の二十年の文通の続きを引き受けます。──しかし母は、文通の相手と結婚しなかった。──私は、文通の相手と結婚する可能性がある」
セレネの声は、静かだった。──しかし奥に深い、十六歳の王女の覚悟が宿っていた。
「殿下。──二年後私は、十八歳。──私の覚悟が変わっていないなら私は殿下のお申し出をお受けする覚悟、です」
ヴィスカルトの目に深い温かさが、宿った。
「セレネ殿下。──ご決意、深い」
ヴィスカルトは続けた。
「セレネ殿下。──二年間私は十九年の自責の解放を深く消化する時間、を過ごします。──そして千年の計画の書き直しの第二段階と第三段階を進めます。──二年後、私は新しいヴィスカルトとして殿下をお迎えするはずです」
セレネは深く頷いた。
「殿下。──私も二年間女王候補として、深く訓練を進めます。──そして二年後私は新しいセレネとして殿下にお会い、します」
二人は長く互いを見つめた。──夏萌月の私室での対面と、別の深さのくだり。──公式の会議室での二度目の対面と、別の深さのとき。──そして九人の会議の瞬間と、別の深さの局面。──十九年の自責を解放、した後のヴィスカルトと十六歳の王女の深い共感の瞬間。
─── ─── ───
しばらく、二人は深く沈黙した。
午前の温かい、光が窓辺から徐々に強くなっていた。──皇宮の中庭の若葉が、葉萌月の初夏の温かい光で緑色に輝いていた。
セレネは長く息を、吐いた。
「殿下。──そろそろ、失礼いたします」
ヴィスカルトも、立ち上がった。
二人は、扉までゆっくりと歩いた。──扉の前でセレネは、ヴィスカルトに深く一礼した。
「殿下。──次のお手紙を、楽しみにしております」
ヴィスカルトは深く一礼を、返した。
「セレネ殿下。──私もです。──そして近いうちに、次の訪問の機会を設計いたしましょう」
セレネは静かに頷いた。
ヴィスカルトは、扉を開けた。──ヘルマン副宰相が、廊下の少し離れた場所で待っていた。
セレネはもう一度振り返った。──ヴィスカルトを、長く見つめた。
「殿下。──兄の代わりにあなたの隣に立つ、こと。──それは私の覚悟です。──しかし私は、私自身の目であなたの隣に立ちます」
ヴィスカルトの目に深い温かさが、宿った。
「セレネ殿下。──ありがとう、ございます」
セレネは深く一礼して、廊下に出た。──ヘルマンが、セレネを皇宮の正面玄関の馬車に案内した。
ヴィスカルトは、扉の前で長く立っていた。──セレネの後ろ姿が、廊下の奥に徐々に小さくなっていく姿を見つめ続けた。
─── ─── ───
セレネの姿が、完全に消えた後。
ヴィスカルトは、ゆっくりと私室に戻った。──そして扉を、自分の手で閉めた。──一人、の空間になった。
ヴィスカルトは、窓辺に立った。──皇宮の中庭の葉萌月、五日目の午前の温かい光。──若葉が、緑色に輝いていた。──そして空は、淡い青。──雲は、ほとんどなかった。──夏の初めの爽やかな、空。
ヴィスカルトは長く皇宮の中庭を見つめた。
胸の銀の翼のブローチを、両手で撫でた。
「──兄上」
ヴィスカルトの声は、低かった。──しかし温かさが、宿っていた。
「──昨夜僕十九年ぶりにあなたを胸に抱く覚悟を決め、ました。──そして今朝セレネ殿下が私の私室に訪ねてくださり、ました。──兄上の目に似た目を持つ、十六歳の王女」
ヴィスカルトは続けた。
「──兄上。──セレネ殿下はこうおっしゃい、ました。『殿下。──私はあなたの兄では、ありません。──しかし兄の代わりにあなたの隣に立つことは、できます』」
ヴィスカルトの目に深い温かさが、宿った。
「──兄上。──十九年僕あなたを一人で背負って、参りました。──そして今朝セレネ殿下が僕の隣に立つ覚悟をお伝え、くださった。──僕の人生の新しい章が、ようやく始まる」
ヴィスカルトは長く皇宮の中庭を見つめた。
胸の中で、十九年ぶりに温かい何かが動いていた。──深く深く温かい、何か。──三十四歳の皇太子が、十六歳の王女を深く思う感情。──しかしその感情の奥にもう一つの感情が、宿っていた。──兄、ヴァレンへの深い愛。──十九年、自責に覆い隠されていた愛がようやく表面に戻りつつあった。
ヴィスカルトは深く息を、吐いた。
「──セレネ、殿下」
ヴィスカルトの声は、低かった。──しかし深い温かさが、宿っていた。──セレネの名を、初めて自分自身の心の中で何の肩書きも無く。──ただ呼んだ、瞬間。
葉萌月、五日目の朝。──ヴィスカルトの十九年の自責の重荷が、深く解放された後の新しい朝。──そしてセレネ、王女十六歳のご訪問がその新しい朝の最初の贈り物だった。
─── ─── ───
ヴィスカルトは長く皇宮の中庭を見つめた。
しばらく、後ヴィスカルトは机の前に戻った。──そして新しい、白い羊皮紙を机の上に置いた。──ペンを、取った。──そしてゆっくりと書き始めた。
「セレネ殿下へ。
今朝私の私室に、ご訪問いただきありがとうございました。──十九年の自責の解放の最初の朝に、殿下のご訪問が最も深い贈り物となりました。
殿下が、おっしゃったお言葉。『──私は、あなたの兄ではありません。──しかし兄の代わりに、あなたの隣に立つことはできます』。──十九年、誰にも語れなかった層が解放された後の私の最初の朝に殿下のそのお言葉深く私の内面に響きました。
二年間、文通の続きと公式の訪問の機会を共に設計いたしましょう。──そして十八歳の結婚の判断の刹那、私は殿下を深くお迎えする覚悟です」
ヴィスカルトは続けた。
「セレネ殿下。──私の十九年の自責の解放の後の最初の決意をお伝え、いたします。
私は千年の計画の書き直しの第二段階と第三段階を、本格的に進めます。──兄ヴァレンの最後のくだりに見た、私の躊躇。──しかし稜殿のお言葉『殿下の十九年の自責は殿下の罪ではなく深さです』を深く受け止めて私はその深さを千年の計画の書き直しのための強さに変えて、参ります。
ヴィスカルト・バスタン・ハーゲン。
葉萌月五日目朝の光、の下で」
ヴィスカルトは、ペンを置いた。──そして長く書いた、文を見つめた。──新しい、ヴィスカルトの最初の手紙。──夏萌月の対面の後、過去約五十日ぶりの二通目の手紙。
ヴィスカルトは深く息を、吐いた。
手紙を、丁寧に折り畳んだ。──封蝋を押した。──そして封筒の上に、書いた。
「セレネ・アウレリア・アルヴェリア王女殿下、宛」
─── ─── ───
午後、稜は神崎の宰相公邸の書斎で神崎と向かい合いに座っていた。
稜は、ヘルマン副宰相を通じてヴィスカルトの手紙を受け取っていた。──そしてセレネの客室に、届けるように書記官に依頼していた。──既にセレネの手元に、届いているはずだった。
神崎は長く稜を見つめた。
「稜。──ヴィスカルトの内面の再構成、徐々に進みつつある」
稜は無言で頷いた。
「玲。──そうだ。──昨夜の深夜の告白の後今朝セレネ殿下のご訪問と、ヴィスカルト殿下の最初の手紙の執筆。──ヴィスカルト殿下の新しい章が始まりつつ、ある」
神崎は頷きを返した。
稜は続けた。
「玲。──そして明日私たちは九人の会議を再開、する。──書き直しの第二段階議会と改革派の共有の本格的な、開始の瞬間」
神崎は黙って頷いた。
「稜。──ヴィスカルトが十九年の自責から解放された、こと。──そして新しいヴィスカルトが書き直しの第二段階を率いる覚悟を確認している、こと。──二つが明日の会議の最も深い出発点と、なる」
稜はゆっくりと頷いた。
書斎の窓の外で、葉萌月五日目の午後の温かい光が徐々に傾きつつあった。──皇宮の白い、塔のシルエットが夏の午後の光で輝いていた。──そしてその奥にヴィスカルト殿下と、セレネ殿下の新しい章が徐々に立ち上がりつつあった。
稜は深く息を、吐いた。
「玲。──第六章徐々に終わりつつ、ある。──そして第七章への橋渡しが近づきつつ、ある」
神崎は感謝を込めて頷いた。
葉萌月、五日目の午後が徐々に深まりつつあった。──ヴィスカルトの十九年の自責の解放の後の最初の午後。──そしてセレネ殿下の十六歳の訪問の後の最初の午後。──最も深い人間ドラマのひとときが、徐々に新しい形に結実しつつあった。
セレネとヴィスカルトの関係の核心的転換点。
ヴィスカルトがついに思い出す「あなたの目は、兄ヴァレンの目に、似ている」
「殿下、私はあなたの兄ではありません。しかし、兄の目で、あなたを見守ります」
セレネの十六歳の言葉、書きながら自分も涙が出ました。




