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幼い日の父の手

 葉萌月三日目、夕刻。

 稜は再びヴィスカルトの私室の扉の前で立っていた。

 昨日と同じルート。──皇宮の正面玄関。──ヘルマン副宰相の案内。──長い廊下。──歴代皇帝の肖像画。──そして私室の扉。

 しかし今日の稜の内面の状態は昨日と違っていた。──昨夜神崎と長く対話していた。──そしてヴィスカルト殿下の最も深い層の開示の瞬間に、立ち会う覚悟を確認していた。

 稜は深く息を吸った。──そして扉を、自分の右手でノックした。

 二回。

 扉の向こう側から、ヴィスカルトの声が聞こえた。

 「──お入りください、稜殿」

 稜は扉をゆっくりと開けた。

 ヴィスカルトの私室。──昨日と同じ配置。──しかし机の上の二つの肖像画と、セレネの手紙の横にもう一つのものが置かれていた。──小さな革の本。──ヴィスカルトの私的なノートのようだった。

 稜は机の向かい合いの椅子に座った。──ヴィスカルトも机の片側の椅子に座っていた。──二人の間の机の上に、二つの温かいハーブティー。──昨日と同じ。──ヴィスカルトが稜のために用意していた。

 しばらく、二人は沈黙した。──暖炉の橙色の火が、静かに爆ぜていた。──夕刻の光が、徐々に傾きつつあった。

 ヴィスカルトは深く息を吐いた。──そして机の上の革の本を、両手で取った。

 「稜殿。──昨夜私は長く私の過去を整理しました。──父の虐待の記憶。──そしてその奥にある何か」

            ─── ─── ───

 ヴィスカルトは革の本を、ゆっくりと開いた。

 「稜殿。──このノートは私の過去の記憶を、私自身が書き留めたノートです。──二十二歳の時から書き始めました。──父が亡くなる五年前です。──ノートは誰にも見せたことがありません。──十二年私の書斎の深い抽斗に隠していました」

 稜は無言のまま視線を返した。

 ヴィスカルトは続けた。

 「稜殿。──昨夜ノートを十二年ぶりに開き、ました。──そして過去の記憶を改めて確認、しました。──昨日私が稜殿にお伝えした虐待の記憶は、ノートの最初の層です。──しかしノートにはもう一つの層が書かれております」

 稜の目が、長くヴィスカルトを見つめた。

 ヴィスカルトは深く息を、吸った。

 「稜殿。──私の父フリードリヒ二世。──彼、自身若い頃深い虐待を受けて育った男です」

 稜の息が、止まった。

 ヴィスカルトは続けた。

 「稜殿。──私の祖父前々皇帝、ヴィルヘルム。──彼は極めて厳しい、人物。──そしてその厳しさは単純な厳しさ、ではなかった。──祖父ヴィルヘルムは自分の息子フリードリヒを深く虐待、していた」

 ヴィスカルトの声は、震えていた。──しかし彼は続けた。

 「稜殿。──父フリードリヒが若い頃私に語ってくれたわずかな、記憶。──父が八歳の時祖父ヴィルヘルムが父を皇宮の訓練場で剣の訓練の失敗の後長い時間立ち続けさせた、記憶。──父が十歳の時祖父が父を深い井戸の底に一日閉じ込めた、記憶。──父が十四歳の時祖父が父の頭を深く殴った、記憶」

 ヴィスカルトは深く息を、吐いた。

 「稜殿。──父、フリードリヒ二世は自分自身深い虐待を受けて育った男でした」

            ─── ─── ───

 稜は、長くヴィスカルトを見つめた。

 虐待の連鎖の構造の開示。──祖父、ヴィルヘルムから父フリードリヒ二世へ。──そしてフリードリヒ二世から、ヴィスカルトへ。──三代の虐待の連鎖。──二百年前から、ハーゲン皇室の内部で繰り返されてきた構造的な歪み。

 稜は深く息を、吐いた。

 「殿下。──祖父、ヴィルヘルム皇帝の時代の虐待」

 ヴィスカルトは深く頷きを返した。

 「稜殿。──祖父ヴィルヘルムは私が生まれる前に亡くなり、ました。──私は祖父を直接知り、ません。──しかし父が若い頃わずかに語ってくれた、記憶。──そして宮廷の古い書記官たちの伝承。──祖父の虐待の構造は、確かにあった」

 ヴィスカルトは続けた。

 「稜殿。──そして祖父ヴィルヘルムも自分の父ヴィルヘルム前皇帝から虐待を受けて育った可能性が、ある。──宮廷の伝承ではハーゲン皇室の父子関係は二百年繰り返し虐待の構造で貫かれてきたと、ある」

 稜は静かに頷いた。

 (──二百年の虐待の連鎖。──ハーゲン皇室の千年の計画の構造の内部で繰り返されて、きたもう一つの歪み)

 ヴィスカルトは続けた。

 「稜殿。──しかしそれだけでは、ありません。──私は二十二歳の時父がまだ生きていた頃宮廷のある古い書記官と深く対話、しました。──彼は私にこう教えて、くれました。『殿下。──ハーゲン皇室の父子関係の虐待の組み立ては二百年続いて、おります。──しかしその根源は千年前の第二の弟子セレウス・ヴァランディンの家系の骨格的な歪みに、あります』」

 稜の目が、止まった。

            ─── ─── ───

 「殿下。──第二の弟子、セレウスの家系の歪み」

 ヴィスカルトはわずかに頷いた。

 「稜殿。──書記官はこう続け、ました。『千年前セレウス・ヴァランディンは千年の計画の技術的な執行者の家系を設計、しました。──その家系の内部で千年技術と知識を継承するためには極めて厳しい教育が必要と彼は判断、しました。──そしてその厳しさが徐々に虐待の枠組みになって、いった』」

 ヴィスカルトは続けた。

 「稜殿。──ハーゲン皇室の父系は千年前のセレウス・ヴァランディンの血では、ありません。──初代バスタンはグラシアスの弟。──しかし母系——シモーネ皇妃の家系——は、セレウスの血。──そして千年の間ハーゲン皇室の母系から子供の教育に千年の計画の技術的な教育の構造が徐々に流入、していった」

 稜は深く頷いた。

 「殿下。──ハーゲン皇室の母系の千年の教育の枠が、虐待の形で結実してきた可能性」

 ヴィスカルトは頷いた。

 「稜殿。──そうです。──祖父ヴィルヘルム皇帝の時代の虐待。──父、フリードリヒ二世の時代の虐待。──そして私の世代の虐待。──三代の連鎖は千年の第二の弟子の家系の構造的な、歪みの結果」

 稜は、長くヴィスカルトを見つめた。

 「殿下。──そしてその構造的な、歪みを千年の計画の書き直しの過程で断ち切る必要がある」

 ヴィスカルトは一度頷いた。

 「稜殿。──そうです。──そして私は、自分の代で虐待の連鎖を断ち切る決意を十八歳の時しました」

            ─── ─── ───

 稜は、長くヴィスカルトを見つめた。

 「殿下。──十八歳の時のご決意」

 ヴィスカルトはゆっくりと頷いた。

 「稜殿。──十八歳の時。──私はある夜父の私室で長く考えていました。──父は、酒に酔って深く眠っていた。──私は、父の傍で長く座って父の姿を見つめていました。──そして私は深く決意、しました。『私は父のようには、なりません』」

 ヴィスカルトの声は、低かった。──しかし奥に深い決意が、宿っていた。

 「稜殿。──父はひどい人、でした。──しかし父のひどさの根源は父自身が選んだのでは、ありません。──父も虐待の連鎖の被害者。──祖父、ヴィルヘルムから虐待を受けて育った男」

 稜は何度か頷いた。

 ヴィスカルトは続けた。

 「稜殿。──しかし私は父を深く苦しんで、おりました。──十八歳の決意の後私は父を超えようと努力、しました。──父のように自分の子孫に虐待をしない、決意。──しかしその意志の奥にもう一つの苦しみがありました」

 ヴィスカルトの目に、涙が滲んだ。

 「稜殿。──私は父を憎め、ない。──父のひどさの根源を知ってしまったら、父を。──ただ憎むことができなく、なる。──父は加害者であり、同時に被害者。──私の内面で父への憎しみと同情が十九年共存、している」

 稜は無言で頷いた。

 ヴィスカルトは続けた。

 「稜殿。──十九年私は父を憎みつつ同情する矛盾の中で生きて、参りました。──父を。──ただ憎むことができればもっと、シンプルです。──しかし父の人生の構造的な歪みを知ってしまった私には、父を。──ただ憎むことが許され、ません」

            ─── ─── ───

 稜は、長くヴィスカルトを見つめた。

 ヴィスカルトの十九年の内面の最も、深い層の一つ。──父への憎しみと、同情の共存の矛盾。──十九年、誰にも語れなかった感情。

 稜は深く息を、吐いた。

 「殿下」

 稜の声は、静かだった。

 「──父への憎しみと同情。──両方が、共存することそれ自体が十六年から十九年の殿下の内面の深い人間性です」

 ヴィスカルトの目が、長く稜を見つめた。

 稜は続けた。

 「殿下。──父を。──ただ憎むことがシンプルです。──しかしシンプル、では深さがない。──父の人生の構造的な、歪みを知りその上で父を深く複雑な感情で捉えること。──それ、こそが千年の計画の書き直しの最も重要な要素の一つ」

 稜は続けた。

 「殿下。──民への公開の最終形。──民自身が新しい秩序を作る、瞬間。──その新しい秩序は、加害者を。──ただ罰する構造ではない、はずです。──加害者自身が被害者でもある構造的な深さを引き受ける、新しい秩序」

 ヴィスカルトの目に深い感慨が、宿った。

 「稜殿。──そうですか。──私の十九年の矛盾が、千年の計画の書き直しの構造の内部で新しい価値を持つ可能性がある」

 稜はわずかに頷いた。

            ─── ─── ───

 しばらく、二人は深く沈黙した。

 暖炉の火が、徐々に強くなっていた。──夕刻の光が、徐々に消えつつあった。──そして蝋燭の火が、いくつか机の上の肖像画とノートを淡く照らしていた。

 ヴィスカルトは深く息を、吐いた。──そしてノートを、ゆっくりと閉じた。

 「稜殿。──父の虐待の層。──そして虐待の連鎖の構造の層。──二つの層、を開きました」

 ヴィスカルトは長く机の上の二つの肖像画——兄ヴァレンと、十二歳のヴィスの兄弟の姿——を見つめた。

 「稜殿。──しかし最も、深い層はまだ開いておりません」

 稜の息が、止まった。

 ヴィスカルトは長く肖像画を見つめ続けた。

 「稜殿。──兄ヴァレン。──十九歳で、亡くなった兄。──十二歳の私が、見た何か」

 ヴィスカルトの声は、震えていた。

 「──十九年、誰にも語れなかった層」

 稜は、長くヴィスカルトを見つめた。

 稜は深く息を、吐いた。

 「殿下。──ご無理をなさいません、よう。──今日ここまでで十分深い開示、です」

 ヴィスカルトは、首を横に振った。

 「稜殿。──父の虐待と虐待の連鎖を開いた後最も深い層を開く覚悟が整いつつ、あります。──しかし今夜ここまでで止めて、おきます。──今夜その層を開けば私は深く疲れて、しまう。──明日夕刻もう一度お越しいただけ、ますか」

 稜は深く頷きを返した。

 「殿下。──分かりました。──明日夕刻、お伺いいたします」

            ─── ─── ───

 ヴィスカルトは長く稜を見つめた。──そして深く息を、吸った。

 「稜殿。──そしてもう一つお願いが、あります」

 稜は頷いた。

 ヴィスカルトは長く考えた。

 「稜殿。──最も、深い層を開く瞬間セレネ殿下にもご同席いただきたいと思っております」

 稜の目が、止まった。

 「殿下。──セレネ殿下、ご同席」

 ヴィスカルトは黙って頷いた。

 「稜殿。──昨日稜殿からセレネ殿下の伝言を、伺いました。『殿下が誰かに似ているとお感じになる瞬間を思い出される時私の傍で共有していただけたら、嬉しい』。──私の最も深い層はセレネ殿下のその伝言と深く繋がる可能性が、ある」

 稜はわずかに頷いた。

 「殿下。──分かりました。──セレネ殿下に、明日の夕刻のご同席をお伝えいたします」

 ヴィスカルトは何度か頷いた。

 「稜殿。──ありがとうございます。──そしてもう一つ。──玲、神崎にもご同席いただきたい」

 稜の目が、長くヴィスカルトを見つめた。

 ヴィスカルトは続けた。

 「稜殿。──玲は十年、私の師。──十年私の内面の深い層を見守ってこられた、男。──最も深い層の開示のくだり玲ご自身にも立ち会って、いただきたい」

 稜は深く頷いた。

 「殿下。──分かりました。──玲も、お伝えいたします。──四人で、明日夕刻お会いいたします」

            ─── ─── ───

 稜は、立ち上がった。

 ヴィスカルトも、立ち上がった。

 二人は、扉までゆっくりと歩いた。──扉の前で稜は、ヴィスカルトに深く一礼した。

 「殿下。──明日夕刻、四人でお会いいたします」

 ヴィスカルトは深く一礼を、返した。

 「稜殿。──ありがとう、ございます」

 ヴィスカルトは長く机の上の肖像画を見つめた。──兄ヴァレン、十九歳。──そして十二歳のヴィス、自身。

 ヴィスカルトは低く呟いた。

 「兄ヴァレン。──明日私は、十九年の最も深い層を開く覚悟です」

 稜は、ヴィスカルトの低い呟きを聞いた。──しかし何も、言わなかった。

 稜は、私室を出た。──廊下に出た。──ヘルマン副宰相が、廊下で待っていた。──そして二人は、皇宮の正面玄関の馬車に向かった。

 葉萌月、三日目の夕方が徐々に夜に変わりつつあった。──皇宮の白い、塔のシルエットが月光の下で徐々に輝きを増しつつあった。

            ─── ─── ───

 夜、稜は神崎の宰相公邸の書斎で神崎と向かい合いに座っていた。

 稜は、ヴィスカルトとの二回目の対話の内容を神崎に丁寧に共有していた。──父、フリードリヒ二世の虐待の連鎖の構造。──祖父、ヴィルヘルム皇帝の虐待の記憶。──そして千年前の第二の弟子、セレウス・ヴァランディンの家系の仕組み的な歪みの根源。──ヴィスカルトの十八歳の決意「私は、父のようには、なりません」。──そして十九年の父への憎しみと、同情の矛盾。

 神崎は長く聞いて、いた。──そして深く息を、吐いた。

 「稜。──十年私がヴィスカルトを師として見て来た、観察。──彼の内面の深い矛盾。──しかし父への憎しみと、同情の共存の構造は私には開かれなかった層」

 神崎の目に深い感慨が、宿った。

 「稜。──お前が、二回の対話で徐々に開いた」

 稜は、首を横に振った。

 「玲。──私が開けたわけ、ではない。──ヴィスカルト殿下ご自身が開く覚悟を確認された、瞬間。──私は。──ただ傍にいただけ。──そしてお前の十年の師としての深い、観察がヴィスカルト殿下の内面の層を徐々に揺さぶりつつあった」

 神崎は無言で頷いた。

 稜は続けた。

 「玲。──そして明日夕刻最も深い層が、開かれる。──兄ヴァレンの死。──しかしヴィスカルト殿下は私とお前とセレネ殿下の四人でご同席をご希望です」

 神崎の目が、止まった。

 「稜。──四人、で」

 稜は深く目を伏せた。

 「玲。──そうだ。──ヴィスカルト殿下、自身が四人でのご同席をご希望された」

            ─── ─── ───

 神崎は長く考えた。──そして黙って頷いた。

 「稜。──十年私が待ち続けた、瞬間。──そしてお前とセレネ殿下と共に立ち会う、瞬間。──ヴィスカルトのご決意深い」

 稜はゆっくりと頷いた。

 稜は続けた。

 「玲。──セレネ殿下にもお伝えする必要が、ある。──十六歳の王女としてヴィスカルト殿下の最も深い層の開示の瞬間に立ち会う、覚悟」

 神崎はゆっくりと頷いた。

 「稜。──セレネ殿下は、お受けされるはずだ」

 稜は一度頷いた。

 稜は、立ち上がった。──書斎を、出た。──そして客室の外の廊下を、歩いた。──セレネの客室の扉の前で立ち止まった。──稜は、扉をノックした。

 「殿下。──稜です」

 扉が、開いた。──セレネが、立っていた。──白い、寝間着の上に紺の外套を羽織っていた。──夜が、深まりつつあったためだった。

 「師。──お入り、ください」

 稜は、客室に入った。──セレネの机の向かい合いに、座った。

 稜は、ヴィスカルトとの二回目の対話の内容を簡潔にセレネに共有した。──父の虐待の連鎖の体系。──そして明日夕刻、最も深い層が開かれること。──そしてヴィスカルト殿下、自身がセレネのご同席をご希望されたこと。

 セレネは長く聞いて、いた。──そしてわずかに頷いた。

 「師。──私は、ヴィスカルト殿下の最も深い層の開示のひとときに立ち会う覚悟です」

 セレネの声は、静かだった。──しかし奥に深い、十六歳の王女の覚悟が宿っていた。

 稜は深く頷いた。

 「殿下。──ありがとう、ございます」

            ─── ─── ───

 夜、稜は客室に戻った。──そして机の前で長く考えた。

 革の手帳を開いた。最初の頁の裏に、新しい紙を添えた。

 書いた、一行。

 「──葉萌月三日目。ヴィスカルト殿下の二回目の対話。父の虐待の連鎖の骨格、開示。三代——祖父ヴィルヘルム父フリードリヒ二世、ヴィスカルト——の連鎖。千年前の第二の弟子セレウスの家系の枠組み的な、歪みの根源。──十八歳の決意「私は父のようには、なりません」。──十九年の父への憎しみと、同情の矛盾。──明日夕刻、最も深い層開かれる。四人、ご同席(稜神崎セレネヴィスカルト)」

 稜は、紙を革の手帳に挟んだ。

 窓辺に、立った。

 葉萌月、三日目の夜空。──月は、徐々に満ちつつあった。──そして星が、無数に輝いていた。──皇宮の白い、塔のシルエットが月光の下で淡く輝いていた。──皇宮の奥のどこかに、ヴィスカルトがいる。──三十四歳の皇太子。──十九年の孤独の最も、深い層を明日開く覚悟を確認した男。

 稜は長く皇宮を見つめた。

 胸の中で、ヴィスカルトの長い沈黙の後の呟きがまだ残っていた。

 「──稜殿。──父の話はここまでだ。──次は、兄の話をするか」

 そしてその後のヴィスカルトの目。──十九年分の涙を、一瞬見せた目。

 稜は深く息を、吐いた。

 明日夕刻、ヴィスカルトの最も深い層が四人の前で開かれる。──十二歳のヴィスカルトが、兄ヴァレンの死の瞬間に見た何か。──十九年、誰にも語れなかった最も深い層。

 葉萌月、三日目の夜が徐々に深まりつつあった。

 稜は長く夜空を見つめて、いた。

 最も深い人間ドラマの時が、明日来る。──兄ヴァレンの最後の瞬間。

虐待の連鎖の三代の構造。

祖父→父→ヴィスカルト。

父も若い頃、祖父から深い虐待を受けて育った事実。

「私は、父のようにはなりません」——18歳のヴィスカルトの決意。

連鎖を自分の代で断つ覚悟、書きながら胸が詰まりました。

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