ヴィスカルト、三十四歳
葉萌月、初日。
稜と、セレネは再び帝都ヴェルデンに戻っていた。──夏萌月、二十四日目の朝アウリオンへの帰路に出発した二人。──しかし出発から、わずか四日目街道の宿駅で神崎から急ぎの密書が届いた。──「稜。──ヴィスカルトがお前と二人で正式な会議室でお会いしたいとご希望されて、いる。──そしてセレネ殿下もご同席をご希望」。
稜は、即座に判断した。──ヴィスカルト殿下のご希望に応える。──セレネにも、相談した。──セレネは頷きを返した。「師。──私も参ります。──二度目の対面を、ヴィスカルト殿下と深く共有したい」。
二人は、街道の宿駅で馬車を引き返させ夏萌月二十八日目の朝再び帝都へ向かった。──そして葉萌月、初日の午後神崎の宰相公邸に到着した。──クロヴィスは、王宮の家系図の調査を進めるためアウリオン側に馬を回した護衛隊と共に先に戻った。──彼の新しい、立場——アレク王弟の子孫——の確認の仕事がまだ続いていた。
葉萌月、初日の夕方神崎の書斎で稜と神崎は明朝の皇宮の会議室での対面の最終的な設計を共に確認、していた。
神崎は深く息を吐いた。
「稜。──ヴィスカルトがお前と正式な会議室でお会いしたいとご希望されたこと、深い意味です。──彼は九人の会議の後自分自身の内面の深い層の整理を続けている」
稜は頷いた。
「玲。──十年のお前の師としての責務の、最も深い瞬間が来ている。──そして私も参謀として、ヴィスカルト殿下と公式の会議室で初めてお会いする瞬間」
─── ─── ───
葉萌月初日、午前十時。
ハーゲン帝国、皇宮の正式な会議室。
会議室は皇宮の中央棟の二階。──白い大理石の床。──壁には金の装飾。──天井には千年のハーゲン帝国の歴史を描いた壁画。──そして中央に、円形の大理石の机。──直径、約四メートル。
円形の机の奥の上座に、ヴィスカルト皇太子が立っていた。
三十四歳。──黒の礼服。──金髪、灰色の目。──しかし今朝のヴィスカルトの立ち姿はいつもの皇太子としての威厳ではなかった。──静かな待ちの姿勢。──三人の客人を迎えるための姿勢。
扉が開いた。──稜、神崎セレネの三人が入って来た。──三人は深く一礼した。──そして円形の机の向かい合いに、ゆっくりと進んだ。
稜は白いシャツに紺の外套。──宰相ではない、参謀の姿。──神崎は宰相の青い礼服。──そしてセレネは白絹のドレス。──首に母の真珠のネックレス。
ヴィスカルトは深く一礼した。
「──稜殿。──神崎。──そしてセレネ殿下」
稜も深く一礼を返した。
「ヴィスカルト殿下。──こうして初めて、正式にお目にかかります。──稜・高木と申し上げます」
ヴィスカルトは長く稜を見つめた。──金髪、灰色の目が長く稜の目を見つめた。──そして黙って頷いた。
「稜殿。──二ヶ月神崎を通じて、間接的にお話を伺って参りました。──しかしこうして直接お会いするのは初めて。──私の人生の最も重要な男に、ようやくお目にかかれた瞬間」
稜は頷いた。
─── ─── ───
四人は円形の机の周りに座った。──ヴィスカルトが上座。──稜がヴィスカルトの向かい合い。──神崎が稜の左。──セレネが稜の右。
ヴィスカルトは深く息を吸った。
「皆様。──本日、お時間をいただきありがとうございます」
ヴィスカルトは続けた。
「──過去九人の会議の後私は約十日、ハーゲン帝国の内政の整理を進めて参りました。──最も重要な判断はトレスト家との関係の清算」
神崎がわずかに頷いた。
「殿下。──過去十日のご決断、伺っております」
ヴィスカルトは何度か頷いた。
「神崎。──過去五年トレスト家特に当主ハインリヒ・フォン・トレストの妻マルガレーテと家の若いメンバーの一部と、私の間に深い関係を築いていました。──しかし九人の会議の後私はその関係を明確に清算いたしました」
ヴィスカルトは続けた。
「マルガレーテと家の若いメンバーの一部は過去十日私の私室を何度も訪れて、関係の継続を求めました。──しかし私は彼らに明確に告げました。『家の闇の仕事の継続を私はもう許可しない』」
稜は小さく頷いた。
「殿下。──ご決断、深いものです」
ヴィスカルトは静かに頷いた。
「稜殿。──しかしもう一つお話する必要があることがある。──ハインリヒ・フォン・トレストのことです」
─── ─── ───
ヴィスカルトは深く息を吐いた。
「ハインリヒ・フォン・トレスト。──四十五歳。──家の当主。──しかし過去十日、私はハインリヒと長い対話を何度か持ちました」
ヴィスカルトは続けた。
「ハインリヒは家の内部で孤立しておりました。──息子エヴァルトが三年前十五歳で家を出た後、ハインリヒは徐々に家の闇の仕事の新しい命令を出さなくなっていた。──しかし妻マルガレーテと家の若いメンバーの一部は、闇の仕事の継続を求めておりました」
ヴィスカルトは深く息を吸った。
「ハインリヒは私にこう告げ、ました。『殿下。──私は家の千年の闇の責務を引き受けて、参りました。──しかし息子エヴァルトが家を出た瞬間私の心の中で何かが、徐々に崩れ始めました。──そして九人の会議のご決定を知って私は家の千年の闇の構造を私自身の代で終わらせる覚悟を確認、いたしました』」
稜の目が、深く止まった。
「殿下。──ハインリヒ殿が、ご自身の代で家の闇を終わらせるご決意と」
ヴィスカルトは深く頷いた。
「稜殿。──そうです。──そしてハインリヒは家の若いメンバーの一部の闇の仕事の継続を強く阻止する覚悟を持って、おられる。──彼は家の内部の改革を自ら進める、決意」
セレネが、深く息を吸った。
「殿下。──ハインリヒ様は母を毒殺した、家の当主。──しかし彼自身が家の千年の闇の構造を終わらせる、決意」
ヴィスカルトは無言で頷いた。
「セレネ殿下。──そうです。──ハインリヒは殿下ご自身に深く謝罪する機会を、ご希望です。──しかしそれは後日、別の機会に。──今日は彼の決意をお伝えするだけに留め、ます」
セレネはゆっくりと頷いた。
─── ─── ───
ヴィスカルトは深く息を、吐いた。
「そしてもう一つ。──ハインリヒの息子エヴァルト・フォン・トレスト、十八歳。──過去十日ヘルマン副宰相とエリカ議員の調査でようやく彼の行方が判明、いたしました」
稜の目が、長くヴィスカルトを見つめた。
「殿下。──エヴァルト殿の行方が」
ヴィスカルトは何度か頷いた。
「稜殿。──エヴァルトは過去三年帝都の北のはずれの印刷所で職人として働いて、おりました。──身分を隠して別の名前で生きて、いる。──そしてヘルマン副宰相が彼に密かに接触、しました。──エヴァルトは家の罪を知って家を出た、若者。──そして過去三年印刷所で自分の職業を確立しつつ、ある」
ヴィスカルトは続けた。
「ヘルマン副宰相はエヴァルトにこう告げ、ました。『エヴァルト殿。──私はハーゲン帝国の副宰相、ヘルマン・フォン・クラウスです。──過去三年のあなたの選択を私は深く敬意を、表します。──そしてもしご希望であればヴィスカルト殿下と稜殿、神崎閣下セレネ殿下とお会いできる機会を設計、いたします』」
稜は無言のまま視線を返した。
「殿下。──エヴァルト殿のご返答は」
ヴィスカルトは深く息を、吐いた。
「稜殿。──エヴァルトはヘルマン副宰相にこう、答えました。──『副宰相閣下。──三年私は家の外で新しい人生を築いて、参りました。──しかし家の千年の闇を終わらせるための九人の会議のご設計を伺って私は深く感謝、しております。──父ハインリヒと私の間の関係もいつか修復する可能性があると感じて、おります』」
ヴィスカルトはゆっくりと頷いた。
「セレネ殿下。──エヴァルトは、いつか殿下とお会いする機会をご希望とお伝えしました」
セレネは頷きを返した。
「殿下。──ありがとうございます。──いつか、エヴァルト様とお会いする機会を楽しみにしております」
─── ─── ───
しばらく、四人は長く沈黙した。
会議室の空気が、四人の間で静かに流れていた。──葉萌月、初日の午前の光が円形の大理石の机の上に淡く差し込んでいた。──金の装飾が、光を反射していた。──そして四人の目に深い信頼が、流れていた。
稜は深く息を、吐いた。
「殿下。──ハインリヒ殿のご決意エヴァルト殿のご返答深く受け止め、ました。──そして過去十日の殿下のご決断深く敬意を、表します」
ヴィスカルトは一度頷いた。
「稜殿。──ありがとう、ございます」
稜は続けた。
「殿下。──そして私たちの方のご報告も、お伝えいたします」
稜は、過去十五日のアウリオンと帰路の調査の進捗を共有した。──第三段階——アウレリア王国の議会と、改革派の共有——の設計の開始。──カスパル宰相と、マテウス院長との深い対話。──そしてクロヴィスの王宮の家系図の調査の進展。──アレク王弟の子孫として、クロヴィスが自分の立場を整理しつつあること。
ヴィスカルトは長く聞いて、いた。──そして小さく頷いた。
「稜殿。──九人の会議の設計が、確実に進みつつあること深く感謝いたします」
稜は無言で頷いた。
─── ─── ───
会議は、約二時間続いた。
四人は、千年の計画の書き直しの設計の骨格各段階の進捗と課題を深く共有した。
会議の終わりに、ヴィスカルトは長く稜を見つめた。
「稜殿」
ヴィスカルトの声は、低かった。
「──こうして、初めてお会いして伺いたいことがある」
稜は頷いた。
「殿下。──何でしょうか」
ヴィスカルトは深く息を、吸った。
「稜殿。──二十年前玲がお前を嵌めた、その罪について。──玲から間接的に伺って、おります。──しかし稜殿ご自身からその罪をどう扱っておられるか伺いたい、のです」
稜は長く考えた。
神崎は、稜の横で静かに座っていた。
稜はわずかに頷いた。
「殿下。──玲の二十年前の罪は玲の自由意志の罪です。──しかしその罪が、千年の計画の内部の構造の一部であった可能性もある。──二つの層が、同時に存在している」
稜は続けた。
「殿下。──私は玲の罪を許すことができて、いると思います。──完全に忘れることは、できない。──しかし玲と私が共に千年の計画の書き直しの参謀として立つ瞬間玲の過去の罪は私たちの関係の芯の強さの源と、なっている」
ヴィスカルトは深く頷きを返した。
「稜殿。──罪と、共に立つという覚悟」
稜は黙って頷いた。
「殿下。──そうです。──罪を消すことは、できない。──しかし罪を抱えながら新しい関係を築くことは、できる」
ヴィスカルトの目が、長く稜を見つめた。──そして何度か頷いた。
「稜殿。──私の人生の芯に、深く響くお言葉です」
─── ─── ───
ヴィスカルトは深く息を、吐いた。
そしてふと、目をセレネに向けた。
会議の間、セレネは稜の右に静かに座っていた。──十六歳の王女。──白絹のドレス。──首の真珠のネックレス。──そして深い覚悟の目。
ヴィスカルトは、長くセレネを見つめた。
長く長く見つめた。
そして小さく呟いた。
「──王女殿下。──あなたの目は、誰かに似ている」
会議室の空気が、瞬間止まった。
稜の目が、ヴィスカルトを見つめた。──神崎の目も長くヴィスカルトを見つめた。
セレネは、長くヴィスカルトを見つめた。──そして静かに答えた。
「殿下。──それは、私自身の目です」
セレネの声は、静かだった。──しかし奥に深い、強さが宿っていた。
ヴィスカルトの目に深い感慨が、宿った。──そして深く頷いた。
「セレネ殿下。──そう、ですね。──あなた、自身の目」
セレネは静かに頷いた。
しかしヴィスカルトの目の奥に何か別の層が、宿っていた。──十二歳のヴィスカルトの心の中で長く抱えてきた、何か。──兄、ヴァレンの目と似た何か。──しかしヴィスカルト自身、まだはっきりと表現できていない何か。
ヴィスカルトは深く息を、吐いた。──そして静かに立ち上がった。
「稜殿。──神崎。──セレネ殿下。──本日、お会いできて深くありがとうございました」
─── ─── ───
稜と、神崎とセレネは頭を下げた。──そしてヴィスカルトと、共に会議室を出た。
皇宮の長い、廊下。──両脇に、歴代皇帝の肖像画。──四人は、ゆっくりと廊下を歩き始めた。
ヴィスカルトは、しばらく稜の横で歩いていた。
「稜殿」
ヴィスカルトの声は、低かった。
「──明日夕刻、私の私室にお一人でお越しいただけますか」
稜の目が、長くヴィスカルトを見つめた。
神崎は、稜の横で静かに頷いた。──事前の合意の通り。──神崎は、本日の対面の後稜がヴィスカルトと一対一で話す機会を設けることを推奨していた。「稜。──ヴィスカルトは誰かと二人きりで話す時だけ、本音を語る。──私との十年の師の関係でも最も深い層は二人きりの対話で、開かれる」。
稜は何度か頷いた。
「殿下。──喜んで、参ります」
ヴィスカルトは頷いた。
「稜殿。──十九年、誰にも話せなかったことがある」
稜の息が、止まった。
長くヴィスカルトを見つめた。
ヴィスカルトの目に深い深い痛みが、宿っていた。──そしてその痛みを、初めて誰かに共有する覚悟。──十九年の孤独の最も、深い層を開く覚悟。
稜は黙って頷いた。
「殿下。──明日お待ち、いたします」
─── ─── ───
四人は、皇宮の正面玄関に達した。
ヴィスカルトは稜とセレネに、一礼した。
「稜殿セレネ殿下。──道中、お気をつけて」
稜と、セレネは深く一礼を返した。
「殿下。──ありがとう、ございました」
ヴィスカルトは、最後にセレネに長く目を向けた。
「セレネ殿下。──次のお手紙を、楽しみにしております」
セレネは無言で頷いた。
「殿下。──私も、です」
稜と、セレネは馬車に乗り込んだ。──馬車が、ゆっくりと動き始めた。──稜は、馬車の窓から振り返った。──ヴィスカルトと、神崎が皇宮の正面玄関の前で立っていた。──二人とも、稜とセレネを見送っていた。
馬車が、徐々に皇宮から離れていった。
稜は深く息を、吐いた。
胸の中で、ヴィスカルトの最後の言葉が響いていた。──「十九年、誰にも話せなかったことが、ある」。──十九年の自責の核心の瞬間が、ここに来ていた。
セレネが、稜の隣で静かに座っていた。
「師」
セレネの声は、静かだった。
「──ヴィスカルト殿下が、明日稜殿お一人でお会いしたいとご希望されましたね」
稜は深く頷きを返した。
「殿下。──そうです。──十九年の最も、深い層を開く瞬間が明日来る可能性がある」
セレネは長く考えた。──そしてゆっくりと頷いた。
「師。──私はその刹那宰相公邸でお待ち、しております。──殿下ご自身がお話をされる瞬間を邪魔、しないように」
稜はわずかに頷いた。
─── ─── ───
夕刻、稜は神崎の宰相公邸に戻った。
神崎が、応接間で待っていた。
「玲」
稜は深く息を、吐いた。
「──ヴィスカルト殿下が、明日夕刻私をお一人でお会いしたいとご希望された」
神崎は一度頷いた。
「稜。──十九年の最も深い層を開く、瞬間。──そしてその瞬間ヴィスカルトはお前と二人きりで語ることを希望、された」
稜は無言で頷いた。
「玲。──お前の十年の師としての責務の最も深い瞬間。──しかしその瞬間、ヴィスカルト殿下は私を選ばれた」
神崎は頷きを返した。
「稜。──私は十年ヴィスカルトの師として彼の内面の最も深い層に徐々に近づいて、いた。──しかし最後の層を開くためには私ではなく別の人物が必要とヴィスカルト自身が判断、された」
神崎は続けた。
「稜。──お前は私の相棒。──そして参謀として、ヴィスカルトの目で見て最も信頼できる外部の男。──十年の師としての私の近さ、ではなく新しい外部の参謀の距離。──その距離が必要とヴィスカルトが判断されたのだろう」
稜は深く頷きを返した。
「玲。──そうだな。──十年の師の近さ、では開けない層がある」
神崎は何度か頷いた。
「稜。──明日お前はヴィスカルトの私室で彼の十九年の自責の核心を聞く可能性が、ある。──私はその時宰相公邸で、待つ。──しかしそのひとときヴィスカルトの内面の深い変化を私は感じるはず、だ」
稜は黙って受け止めた。
─── ─── ───
夜、稜は宰相公邸の客室で一人机の前に座っていた。
革の手帳を開いた。最初の頁の裏に、新しい紙を添えた。
書いた、一行。
「──ヴィスカルト殿下三十四歳。──二度目の対面、正式な会議室。──過去、十日のトレスト家との関係の清算。──ハインリヒ・フォン・トレストの覚醒。──エヴァルト・フォン・トレスト十八歳行方判明印刷所で、生きている。──そしてヴィスカルト殿下明日夕刻私室で稜と一対一の対面を、ご希望。──十九年誰にも話せなかったことが、ある」
稜は、紙を革の手帳に挟んだ。
窓辺に、立った。
葉萌月、初日の夜空。──月は、新月。──しかし星が、無数に輝いていた。──皇宮の白い、塔のシルエットが星明かりの下で淡く輝いていた。
稜は長く皇宮を見つめた。
胸の中で、ヴィスカルトの灰色の目がまだ残っていた。──十二歳のヴァレンの葬儀の日の肖像画の目。──深い、深い罪悪感の影。──そして十九年の孤独。
(──殿下。──明日私は、あなたの痛みを共に引き受ける覚悟で参ります)
稜は深く息を、吐いた。
扉が、ノックされた。
「師。──セレネです」
稜は、扉を開けた。──セレネが、立っていた。
「殿下。──お入り、ください」
セレネは、客室に入った。──稜の机の向かい合いに、座った。
「師。──明日夕刻のヴィスカルト殿下との対面のご準備のご様子を、伺いに参りました」
稜は深く頷いた。
「殿下。──ありがとう、ございます」
セレネは長く稜を見つめた。
「師。──殿下が十九年誰にも話せなかった、こと。──おそらくお兄上ヴァレン皇太子様の死のことではないかと思って、おります」
稜は一度頷いた。
「殿下。──そうです。──ヴァレン皇太子の死は十九年ヴィスカルト殿下の内面の最も深い層に封じられていた、ようです。──そして明日その層が開く可能性が、ある」
─── ─── ───
セレネは感謝を込めて頷いた。
「師。──十九年のご孤独」
セレネは続けた。
「師。──私は十六歳。──そして殿下は、三十四歳で十九年の孤独を抱えてこられた。──私は、母を失って五年。──まだ五年。──しかし殿下は、十九年」
セレネの目に深い感慨が、宿った。
「師。──殿下の十九年の孤独の深さを私は想像するしか、ないです。──そして明日稜殿がその孤独に初めて別の人として立ち会う、瞬間。──深い責務、です」
稜はわずかに頷いた。
「殿下。──そう、です」
セレネは長く考えた。
「師。──そして私は、明日宰相公邸でお待ちしております」
セレネは続けた。
「師。──しかしもし明後日またはその後ヴィスカルト殿下が私との対面をご希望されるご状況になりましたら私はいつでも、参ります。──殿下の十九年の孤独が開いた後私がお会いできる瞬間が来るなら私はその局面を深く歓迎、いたします」
稜はわずかに頷いた。
「殿下。──お母様の二十年の文通の続きが殿下とヴィスカルト殿下の関係の深化で新しい形になる瞬間が来る可能性が、ある」
セレネは小さく頷いた。
「師。──そうです。──私は、その瞬間を深く楽しみにしております」
─── ─── ───
夜、十時過ぎ。
セレネは、客室を出ていった。──稜は、一人机の前で長く座っていた。
窓の外で、葉萌月初日の夜が深まりつつあった。──新月の夜空。──星が、最も深く輝いていた。──皇宮の塔のシルエットが、星明かりの下で静かに立っていた。
稜は長く星空を見つめた。
胸の中で、明日の夕刻のヴィスカルトの私室での対面の瞬間が徐々に立ち上がりつつあった。──十九年、誰にも話せなかったヴィスカルト殿下の自責の核心。──十二歳の少年の心の中に、長く抱えてきた何か。
稜は深く息を、吐いた。
「殿下」
稜は低く呟いた。
「──明日私は、あなたの痛みを共に引き受ける覚悟で参ります」
葉萌月、初日の夜が深まりつつあった。
ヴィスカルトの十九年の自責の解放が、ここから本格的に始まる。──そして明日夕刻の私室での対面が、その最も深い層への入り口になるはずだった。
稜は長く夜空を見つめて、いた。
第六章開幕。
ヴィスカルトと稜の正式対面。E83の二人きりの対面とは別の、政治的な公式の場。
「罪と共に立つ」——稜の覚悟、書けて良かったです。




