二人の転生の根本、そして書き直しの設計
夏萌月二十三日目、午前十時。
神崎の宰相公邸の書斎。
神崎は、机の前で長く座っていた。──机の上に、前皇帝フリードリヒ二世の書簡——三十五年前アウレリア前王アドラム王の毒殺を依頼した書簡——が置かれて、いた。
今日神崎は、ヴィスカルト皇太子に父の罪を告げる決意を固めていた。
昨夜稜と、神崎は長く対話していた。──「玲。──ヴィスカルト殿下に明日父の罪を、告げる。──そしてその後九人の会議で千年の計画の書き直しの設計を、宣言する」。
神崎は頷いた。──十年の師としての最後の責務。──ヴィスカルトの十九年の孤独に、初めて別の光が差し込む瞬間。──そして千年の計画の書き直しの構想の出発点。
扉が、ノックされた。
「神崎閣下。──ヴィスカルト殿下、ご到着されました」
ヘルマン副宰相の声、だった。
神崎は深く息を、吸った。──そして立ち上がった。
「ヘルマン。──応接間に、お通ししてほしい」
ヘルマンは深く頷いた。
神崎は、書簡を両手で持って応接間に向かった。
─── ─── ───
応接間。
ヴィスカルトが、応接間の中央の長机の前で立っていた。──三十四歳。──黒の礼服。──金髪、灰色の目。──しかし今朝のヴィスカルトの目には先日セレネと対面した後の深い変化が、宿っていた。
神崎は、応接間に入った。──そしてヴィスカルトの前で深く一礼した。
「殿下。──お越し、いただきありがとうございます」
ヴィスカルトも深く一礼を、返した。
「神崎。──昨日のお前の密書受け取った。──父のことで、お話があると」
神崎は頷きを返した。
「殿下。──お座り、ください」
二人は、長机の向かい合いに座った。──応接間の扉は、閉じていた。──二人だけ、の空間。──十年の師と、弟子の対話。──そして今朝十年の最も、深い瞬間。
神崎は深く息を、吐いた。──そして机の上に、書簡をゆっくりと置いた。
ヴィスカルトの目が、書簡に止まった。
「神崎。──これは──」
神崎は深く頷きを返した。
「殿下。──三十五年前のお父上フリードリヒ二世皇帝の書簡です。──三日前、私が皇宮の古い書庫の最深部で発見いたしました」
ヴィスカルトの目が、長く書簡を見つめた。
「神崎。──父の書簡」
「はい殿下。──宛先は、私の先代の宰相カール・フォン・ツェッペリン。──内容は、アウレリア王国の当時の王アドラム王の毒殺をご依頼されているものです」
ヴィスカルトの息が、止まった。
─── ─── ───
ヴィスカルトは長く書簡を見つめた。──両手が、わずかに震えていた。──しかし彼は、書簡を両手で取った。──そしてゆっくりと開いた。
ヴィスカルトは長く長く書簡を読んだ。
書簡を読み終えた、後ヴィスカルトは長く沈黙した。──金髪、灰色の目に深い深い痛みが宿っていた。──そしてその奥に十二歳から、十九年抱えてきた何かが徐々に解けていく感覚も宿っていた。
神崎は、長くヴィスカルトを見守っていた。──十年の師として。──そして十年、師として見続けてきたヴィスカルトの人生の最も深い瞬間に立ち会う責務。
ヴィスカルトは、ようやく口を開いた。
「──神崎」
ヴィスカルトの声は、震えていた。
「──父は、アウレリアの前王を毒殺したのか」
神崎は頷いた。
「殿下。──私の先代の宰相カール・フォン・ツェッペリンが依頼を部分的に実行、しました。──トレスト家の当時の当主ハインツ・トレストが毒物を、調合。──そしてアウレリア王宮の晩餐会で毒が提供、されました」
神崎は続けた。
「殿下。──三十四年前初冬。──アドラム王は、晩餐会の後急死しました。──そしてヴィルフレッド王太子が、即位しました。──前皇帝、フリードリヒ二世の計画通りでした」
ヴィスカルトの目に、涙が滲んだ。──しかし流さなかった。
「神崎。──父は最後の十五年何かに苦しんで、いた。──アルコール依存。──悪夢。──私は十二歳から二十七歳までその苦しむ姿を見続けて、いた。──父の苦しみの原因はこれ、だったのか」
神崎は小さく頷いた。
「殿下。──そうです。──アドラム王の毒殺の罪が、お父上の最後の十五年を徐々に蝕んだのです」
─── ─── ───
ヴィスカルトは長く長く書簡を見つめた。
しばらく、沈黙が流れた。
神崎は、ヴィスカルトの内面の整理の瞬間を見守っていた。──十年、師として。──しかし今朝神崎は、師ではなくただの一人の男としてヴィスカルトの傍にいた。
ヴィスカルトは、ようやく溜息をついた。
「神崎」
ヴィスカルトの声は、低かった。
「──父の罪を、告げてくれてありがとう」
神崎の目が、止まった。
「殿下」
ヴィスカルトは長く神崎を見つめた。
「神崎。──十九年私は、父の最後の十五年の苦しみの原因を知らなかった。──父は何かに苦しんでいたしかしその何かが何であるかを私は、知らなかった。──十九年その知らない何かが私の心の中で徐々に形を取って、いた」
「──そして過去五年トレスト家との関係を徐々に強めて、いた。──私の心の中で何かが徐々に歪んで、いた。──しかし私はその歪みの根源を自分で明確に表現できなかった」
ヴィスカルトの目に深い感慨が、宿った。
「──神崎。──今日お前が、父の罪を告げてくれたことで私の十九年の霧がようやく晴れる瞬間です」
神崎の目に、涙が滲んだ。──しかし流さなかった。
「殿下。──十年の師としての私の責務、です」
ヴィスカルトは一度頷いた。
「神崎。──師。──十年、私を見守ってくれてありがとう」
─── ─── ───
しばらく、二人は深く沈黙した。
応接間の空気が、二人の間で静かに流れていた。──十年の師と、弟子の関係の最も深い瞬間。──そしてその奥に別の何か。──ヴィスカルトの内面の最も、深い層はまだ触れられていなかった。
ヴィスカルトは深く息を、吐いた。
「神崎。──父の罪を受け止めます。──しかしもう一つ確認、しなければならないことがある」
神崎は頷いた。
「殿下。──何でしょうか」
ヴィスカルトは長く神崎を見つめた。
「神崎。──兄ヴァレンの死。──十九年前、狩猟事故とされた兄の死。──父が、関係している可能性はあるのか」
神崎の息が、止まった。
しばらく、考えた。──そして頷きを返した。
「殿下。──私とエリカ議員の調査では十九年前ヴァレン皇太子の馬の鞍に意図的な細工があった可能性が、あります。──そしてその細工を命じた可能性が最も高い人物はお父上、フリードリヒ二世」
ヴィスカルトの目が、長く神崎を見つめた。──そして深い、深い涙が滲んだ。──しかしまだ流さなかった。
「神崎。──父が、兄を殺したのか」
神崎は何度か頷いた。
「殿下。──証拠は確定では、ありません。──しかし状況証拠は強い」
ヴィスカルトは長く考えた。──そして深く息を、吐いた。
「神崎。──兄の死の真相は私自身の内面の最も深い層に、関わる。──しかし今日その層を開く覚悟はまだない。──いつか、私自身がその層を開く瞬間が来るはずです」
神崎は小さく頷いた。
「殿下。──ご準備の瞬間まで、私はお待ち致します」
─── ─── ───
ヴィスカルトは深く息を、吐いた。──そして書簡を、机の上にゆっくりと置いた。
「神崎」
ヴィスカルトの声は、徐々に安定していた。
「──父の罪を私は、受け止めます。──そして過去五年のトレスト家との関係も私自身が清算、する」
神崎の目が、長くヴィスカルトを見つめた。
「殿下」
神崎の声は、震えていた。
「──ご決意の深さ。──十年、師として見守って参りました殿下の最も深い瞬間」
ヴィスカルトは黙って頷いた。
「神崎。──そしてもう一つお話したいことが、ある。──昨日稜殿が私に密書をお送り、くださった。──九人の会議の設計のこと」
神崎は深く頷いた。
「殿下。──稜が九人での会議を設計、しております。──私と稜ブランクロヴィスヘルマンエリカマルセルセレネ、そして殿下。──九人」
ヴィスカルトは長く考えた。
「神崎。──私は、その会議に出席する覚悟です」
神崎は黙って受け止めた。
「殿下。──ありがとう、ございます」
─── ─── ───
午後、二時。
神崎の宰相公邸の長い、会議室。
九人が、集まっていた。
長机の奥の上座に、稜と神崎が並んで座っていた。──そして机の両脇に、七人。
左の列。──ヴィスカルト皇太子、三十四歳。──黒の礼服。──金髪、灰色の目。──午前の神崎との対面の後、深く整った姿勢。
ヴィスカルトの隣にセレネ。──十六歳。──白絹のドレス。──首に、母の真珠のネックレス。──そしてセレネの隣にロッテ、ではなくブラン二十八歳。
右の列。──ヘルマン副宰相、四十五歳。──青い、礼服。──エリカ議員、三十八歳。──白い、礼服。──マルセル書記官長、五十二歳。──灰色の礼服。
そして長机の最も、奥の横にもう一人。──クロヴィス、十六歳。──書記官の黒い、服。──祖父の手稿を、両手で持っていた。
九人。──稜、神崎ヴィスカルトセレネブランヘルマンエリカマルセルクロヴィス。
稜は深く息を、吸った。
「皆様」
稜の声は、静かだった。──しかし奥に深い決意が、宿っていた。
「──今日九人で、こうしてお集まりいただいたこと深く感謝いたします」
─── ─── ───
稜は長く九人を見渡した。
九人の目が、稜を見つめていた。──九人、それぞれ千年の計画の構造の内部の当事者。──稜と、神崎の二人の参謀。──ヴィスカルトと、セレネの二人の君主または君主候補。──そしてブラン、ヘルマンエリカマルセルクロヴィスの五人の弟子または副官。
稜は深く息を、吐いた。
「皆様。──過去四日私と神崎ブランクロヴィスの四人で皇宮の地下深部に潜入、しました。──そして初代バスタンの墓室と神器と千年前のアドレアンとザラフの対話の断片を確認、しました」
稜は続けた。
「皆様。──結論を、お伝えいたします」
稜は長く息を、吸った。
「──私たちは、千年前に選ばれていました」
九人の空気が、瞬間止まった。
稜は続けた。
「──しかし千年前のザラフ殿はこうおっしゃったとトルメアス殿の記憶を通じて伝え、られた。──『計画を書き直す権利』。──千年前の設計者、自身が千年後の組み立て者に書き直す権利を与えておりました」
神崎が、黙って頷いた。
「皆様。──そして千年の計画の書き直しの最終形はトルメアス殿の伝言で明らかに、なりました。──民への公開です」
九人の目が、長く神崎を見つめた。
─── ─── ───
稜は深く息を、吸った。
「皆様。──千年の計画の骨格を大陸全体の民に公開、する。──そしてその後民自身が新しい秩序を、作る」
稜は続けた。
「皆様。──千年の間王家と皇帝家とその参謀たちの内部の計画として保たれてきた、構造。──しかし千年の計画の最終形は民自身が新しい秩序を設計すること、です」
ヘルマン副宰相が、深く息を吐いた。
「稜殿。──民への公開というご決意深い、ものです。──しかし千年の組み立てを急に公開することは大陸全体の混乱を招く可能性が、ある」
稜は一度頷いた。
「ヘルマン副宰相。──ご懸念その通りです。──公開は、段階的に進める必要があります。──最初、王家と皇帝家の内部の決定として確認。──次、議会と有識者の共有。──そして最後、民への公開」
稜は続けた。
「皆様。──公開の完了までにおそらく十年またはそれ以上かかる可能性が、あります。──しかし私たちはその長い年月千年の計画の書き直しを、共に進めます」
ヴィスカルトが、一度息を吐いた。
「稜殿。──ハーゲン帝国の皇太子としてお話、いたします。──父の罪を含めて千年のハーゲン帝国の闇の構造を私は民に公開する覚悟、です」
稜の目が、長くヴィスカルトを見つめた。
「殿下。──ご決意の深さ」
ヴィスカルトは深く目を伏せた。
「稜殿。──私は過去五年トレスト家との関係を徐々に強めて、いた。──しかしその関係を清算、いたします。──そして千年のハーゲン帝国の皇室の構造を民に公開、いたします。──父フリードリヒ二世の罪、を含めて」
稜はわずかに頷いた。
─── ─── ───
セレネが、深く息を吸った。
「殿下、師、皆様」
セレネの声は、静かだった。
「──アウレリア王国の女王候補としてお話、いたします。──私は十六歳。──そして十八歳で、女王として即位する可能性があります。──私は女王として千年のアウレリア王国の闇の構造を民に公開する覚悟です」
セレネは続けた。
「──母エリナ前王妃の二十年の文通の活動。──父王、ヴィルフレッドの即位の裏の構図。──そして二百年前のアウレリア崩壊の計画的自己犠牲の真相。──全てを、民に公開いたします」
稜は無言のまま視線を返した。
「殿下。──ご決意の深さ」
セレネは何度か頷いた。
エリカ議員が、深く息を吸った。
「稜殿、神崎閣下、皆様」
エリカの声は、震えていた。
「──私の母アンナ・ライヘンバッハの毒殺。──そして過去、五十年のトレスト家の二十一件の毒殺事件リスト。──全てを、民に公開する覚悟です」
エリカの目に、涙が滲んだ。
「──二十年私は一人でこの戦いを続けて、参りました。──しかし九人の皆様と共に千年の計画の書き直しの最終形を設計する、瞬間。──二十年の孤独がようやく別の形に変わり、ます」
稜は深く頷いた。
─── ─── ───
マルセル書記官長が、深く息を吸った。
「稜殿、神崎閣下。──書記官長として、お話いたします。──三十年、書記官として私は千年のハーゲン帝国の内部の文書を見守って参りました。──民への公開のための文書の整理を書記官、組織を率いて進めます」
稜は無言で頷いた。
「マルセル書記官長。──三十年のご経験を書き直しの最も、強い軸の一つとしてお預けいただきます」
ヘルマン副宰相も黙って受け止めた。
「稜殿。──ハーゲン帝国の副宰相としてお話、いたします。──民への公開のための議会との対話を私が率いて、進めます。──改革派の議員と共に徐々に世論を整えて、参ります」
稜は一度頷いた。
ブランが、深く息を吸った。
「師匠皆様。──傭兵から、参謀の副官になったブランです。──私の十年の傭兵経験は千年の計画の駒として使われた、十年。──しかしその十年の解放を私は稜殿の傍で確認、しました。──千年の計画の書き直しの過程で駒として使われてきた人々を可能な限り解放することをお手伝い、いたします」
稜は小さく頷いた。
「ブラン。──お前の十年の解放の構造を、千年の駒を解放する構造として活かす」
ブランは頷きを返した。
最後に、クロヴィスが深く息を吸った。
「師匠皆様。──私は、書記官二年目の若者です。──しかし祖父、ルクレティウスの手稿を受け継いだ孫として千年の王家の文書の整理をロッテと共に進めます」
クロヴィスは続けた。
「師匠。──そしてもう一つ。──昨日私は王宮の家系図の調査を進めて、おりました。──アレク王弟の息子ロランドの子孫の家系の追跡。──結果を、ご報告いたします」
稜の目が、長くクロヴィスを見つめた。
クロヴィスは深く息を、吸った。
─── ─── ───
「師匠。──アレク王弟の息子ロランドの家系。──二百年で、姓は変わっておりました。──最初は、『ロラン家』と呼ばれていた家系。──しかし約、百五十年前ある事情で『モク家』に姓を変えていたことが判明しました」
稜の息が、止まった。
「クロヴィス。──モク家」
クロヴィスはゆっくりと頷いた。
「師匠。──私の家、です」
クロヴィスは長く稜を見つめた。
「師匠。──私は、アレク王弟の子孫です」
会議室の空気が、瞬間止まった。──九人の目が、長くクロヴィスを見つめた。
稜は深く息を、吐いた。
マテウス院長が、先日見せた深い青い目の感慨の源がようやく分かる瞬間だった。──マテウス院長は、先日クロヴィスを長く見つめて何かを感じていた。──しかし口に出さなかった。──おそらくマテウス院長は、クロヴィスがアレク王弟の子孫である可能性を感じていた。──しかし確証は、なかった。──そしてクロヴィス、自身が自分で確認する瞬間を待っていた。
稜は、長くクロヴィスを見つめた。
「クロヴィス」
稜の声は、静かだった。
「──二百年、待ち続けたアレク王弟の選択がようやく報われる瞬間です」
クロヴィスの目に、涙が滲んだ。
「師匠。──ありがとう、ございます」
─── ─── ───
稜は深く息を、吐いた。
「皆様。──九人の立場と、覚悟確認できました」
稜は続けた。
「皆様。──そして千年の計画の書き直しの設計の骨格を、お伝えいたします」
稜は、机の上に一枚の白い紙を広げた。──そしてペンを、取り徐々に構造を書き始めた。
「第一段階。──九人の内部の設計の共有。──今日完了、しました」
「第二段階。──ハーゲン帝国の議会と改革派の共有。──ヘルマン副宰相と、エリカ議員が率いる。──約、半年から一年」
「第三段階。──アウレリア王国の議会と改革派の共有。──私と、カスパル宰相とマテウス院長が率いる。──約、半年から一年」
「第四段階。──両国の有識者の共有。──マルセル書記官長とロッテが、率いる。──約一年から、二年」
「第五段階。──両国の貴族と商人の共有。──ヴィスカルト殿下と、セレネ殿下が率いる。──約、一年から二年」
「第六段階。──両国の民への最終公開。──九人で共に設計、する。──約二年から、三年」
稜は長く構造を見つめた。──そして九人を見渡した。
「皆様。──全六段階。──完了までに、約五年から八年。──私の想定」
九人は深く頷きを返した。
─── ─── ───
ヴィスカルトが、深く息を吐いた。
「稜殿。──五年から八年。──そしてその過程で、セレネ殿下と私の結婚も含まれる可能性がある」
稜は無言で頷いた。
「殿下。──そうです。──セレネ殿下が十八歳で女王または女王候補として立つ、瞬間。──そして殿下とセレネ殿下の婚約と、結婚のくだり。──全てが書き直しの過程の内部に組み込まれます」
セレネが、静かに頷いた。
「殿下師、皆様。──私の十六歳から十八歳までの二年間の文通と、関係の深化。──そして十八歳での結婚の判断。──全てを書き直しの構造の内部の軸として進め、ます」
ヴィスカルトはゆっくりと頷いた。
「殿下。──二年の文通の続きを、深く楽しみにしております」
セレネの目に淡い温かさが、宿った。
「殿下。──私も、です」
─── ─── ───
しばらく、九人は長く沈黙した。
会議室の空気が、深い決意で満ちていた。──夏萌月、二十三日目の午後の光が窓辺から白い長机を淡く照らしていた。
稜は深く息を、吐いた。──そして立ち上がった。
「皆様」
稜は、九人を見渡した。
九人の目が、稜を見つめた。──ヴィスカルト、セレネヘルマンエリカマルセルブランクロヴィス神崎そして稜自身。──九人の目に深い決意が、宿っていた。
稜は長く息を、吸った。
「皆様。──千年の闇を、我々の代で民の光に変える」
稜は続けた。
「──始めよう」
九人は無言で頷いた。
神崎が、立ち上がった。
ヴィスカルトも、立ち上がった。
セレネも、立ち上がった。
ヘルマン、エリカマルセルブランクロヴィスもそれぞれ立ち上がった。
九人が、円形の立つ姿勢で長机の周りに並んだ。──そして互いを見つめ合った。──九人の目に深い信頼が、流れていた。
夏萌月、二十三日目の午後三時。
大きな転換点がここで完了した。
─── ─── ───
夜、稜は宰相公邸の客室で一人机の前に座っていた。
革の手帳を開いた。最初の頁の裏に、新しい紙を添えた。
書いた、一行。
「──夏萌月二十三日目。九人の会議、完了。千年の計画の書き直しの組み方宣言。民への公開、最終形。全六段階五年から、八年。──そしてクロヴィスアレク王弟の子孫、確認」
稜は、紙を革の手帳に挟んだ。
窓辺に、立った。
夏萌月、二十三日目の夜空。──月は、新月に近づきつつあった。──しかし星が、無数に輝いていた。──皇宮の白い、塔のシルエットが月光の下で淡く輝いていた。
稜は長く夜空を見つめた。
胸の中で、九人の会議のときがまだ残っていた。──九人が、円形に立った瞬間。──互いの目を見つめ合った、瞬間。──そして稜の声、「千年の闇を我々の代で民の光に変える。──始めよう」。
稜は深く息を、吐いた。
千年の計画の書き直しの本格的な、開始。──そしてザラフ殿の千年前の言葉、「計画を書き直す、権利」。──千年前から、稜と神崎そして九人に与えられていた権利を今日行使する瞬間が来た。
扉が、ノックされた。
「師。──神崎、です」
稜は、扉を開けた。──神崎が、立っていた。──宰相の青い、礼服ではなく簡素な白いシャツに紺の外套。──プライベートの姿。
「玲。──お入り、ください」
神崎は、客室に入った。──稜の机の向かい合いに、座った。
「稜」
神崎の声は、静かだった。──しかし奥に深い温かさが、宿っていた。
「──九人の会議、完了しました」
稜は一度頷いた。
「玲。──そう、だ」
神崎は長く稜を見つめた。
「稜。──二十年前私がお前と、相棒になった最初の夜。──その夜から二十年。──そして今日九人の会議の完了の瞬間。──十数年の参謀の関係が、最も深い形に達した瞬間」
稜は無言で頷いた。
「玲。──そして明日私はアウリオンに戻る。──ヴィスカルト殿下が、トレスト家との関係の清算を進める間私はアウレリア王国で第二段階以降の設計を進める」
神崎は黙って頷いた。
「稜。──そして私は、帝都で第二段階——議会と改革派の共有——をヘルマン副宰相とエリカ議員と共に進める」
稜は深く目を伏せた。
─── ─── ───
二人は長く向かい合いに座って、いた。
応接間の空気が、二人の間で静かに流れていた。──十数年の参謀の関係。──二年の嵌めの罪と、和解。──そして二ヶ月半の千年の計画の書き直しの共同作業。──全てが、今二人の深い信頼の瞬間に収束していた。
神崎は深く息を、吐いた。
「稜。──次の再会の瞬間まで、お互い生きていよう」
稜は小さく頷いた。
「玲。──二十年別れていた後に、また会えた。──次はもっと近いうちに、会える」
神崎は、微かに笑った。
稜は続けた。
「玲。──そしていつか千年の計画の書き直しの最終段階が完了した、瞬間。──神器がもう一度起動する。──千年前の二人の対話の最後の層が、開封される」
神崎は頷いた。
「稜。──その場面まで、私たちは九人で進む」
稜はわずかに頷いた。
─── ─── ───
翌朝、夏萌月二十四日目午前八時。
稜、クロヴィスセレネの三人が神崎の宰相公邸の正門の前で馬車に乗り込んでいた。──十日の帰路。──アウリオンへ。
ブランは、帝都に残る。──そして神崎、ヘルマンエリカマルセルと共に第二段階の議会と改革派の共有の組成を進める。──ヴィスカルト皇太子は、トレスト家との関係の清算を進める。
神崎は、正門の外で稜を見送っていた。──ヴィスカルト皇太子も、神崎の横で立っていた。──そしてヘルマン、エリカマルセルブランレオナルドカール。──七人。
稜は、馬車から降りて神崎の前で腰を折った。
「玲。──ありがとう、ございました」
神崎は同意の表情を浮かべた。
「稜。──次の再会まで、お互い生きていよう」
稜は無言で頷いた。
次に、ヴィスカルトが稜の前で一礼した。
「稜殿。──昨日の九人の会議の局面私の人生の最も、深い転換点でした。──ありがとうございました」
稜も深く一礼を、返した。
「殿下。──ご決意、深くご支援いたします」
ヴィスカルトは、続いてセレネの前で深く一礼した。
「セレネ殿下。──二年間の文通を、楽しみにしております」
セレネは深く一礼を、返した。
「殿下。──私も、です」
稜と、クロヴィスとセレネは再び馬車に乗り込んだ。──馬車が、ゆっくりと動き始めた。
稜は、馬車の窓から振り返った。──神崎、ヴィスカルト五人の弟子ブランレオナルドカール。──全員、稜を見送っていた。
稜は深く息を、吐いた。
胸の中で、九人の会議の刹那の深い信頼の温かさがまだ残っていた。──そしてその温かさを、抱えて稜はアウリオンへの十日の旅に出発した。
夏萌月、二十四日目の朝。──大きな転換点を迎えた稜の二度目の帝都の旅が、終わっていた。
ヴィスカルトの十九年の自責の解放が、もうすぐ来る。
しかしそれはまだ稜が知らない、未来。──馬車の窓の外で、夏萌月の温かい風が街道の若葉を揺らしていた。
第五章最終話、第二部の最大の転換点。
神崎がヴィスカルトに父帝の罪を告げる場面、書きながら手が震えました。
「神崎。父の罪を告げてくれてありがとう」——ヴィスカルトの一言で、十九年の霧が晴れる。
そして九人の会議。「民への公開」の宣言。
ここから第二部の最終局面に入ります。




