神器の正体、千年前の記憶
夏萌月二十一日目、午前九時。
神崎の宰相公邸の書斎。
稜と、神崎が机の向かい合いに座っていた。──昨日一昨日の神器との初接触から、二日が過ぎていた。──二日、稜と神崎は互いの覚悟をより深く確認してきた。
二日の間。──稜は、革の手帳の整理を進めた。──過去、二ヶ月の調査の全ての紙が革の手帳の最初の頁の裏に挟まれていた。──予言書の断片のメモ。エリナ前王妃の毒殺のメモ。ヴァレン皇太子の死のメモ。エリカ議員の二十年の調査のメモ。アレク王弟の真の遺書のメモ。初代バスタンの墓碑のメモ。神器の初接触のメモ。──そしてセレネ殿下と、ヴィスカルト殿下の対面のメモ。
全ての紙が、千年の計画の書き直しのための地図になっていた。
神崎も、同じく自分の調査の整理を進めていた。
稜は深く息を、吐いた。
「玲。──二日覚悟を、深めた。──今日再び神器に触れる覚悟、できた」
神崎は深く目を伏せた。
「稜。──私も同じだ。──そしてもう一つ確認、しておきたいことがある」
稜は頷いた。
「玲。──何だ」
神崎は深く息を、吸った。
「稜。──私たちはトルメアス殿の記憶の表層を初接触で確認、した。──次はより深い層に、進む。──しかし私の感覚では次の接触で神器の正体が判明する可能性が、ある」
稜は深く頷いた。
「玲。──昨日考えていた。──神器、自体がトルメアス殿の記憶の装置の可能性がある」
神崎はゆっくりと頷いた。
「稜。──そうです。──六百五十年前トルメアス殿は九十二歳で、亡くなった。──しかし彼の思考が神器に封じられている可能性が、ある」
─── ─── ───
午後、二時半。
稜、神崎ブランクロヴィスの四人は再び皇宮の西棟の礼拝堂の地下深部に降りていた。
今日四人は、すぐに墓室の奥の神器の部屋に進んだ。──昨日扉は、一度開いた。──そして二日、誰も地下に入っていなかったため扉はまだ開いた状態のままだった。
稜と、神崎は神器の部屋に入った。──台座の上の水晶の球体。──二日、変わらず青白い光を静かに放っていた。
ブランと、クロヴィスは部屋の入り口で立った。──昨日と、同じ配置。──稜と、神崎の見守りの役。
稜は、神崎を見た。
「玲。──準備、できたか」
神崎は深く頷いた。
「稜。──覚悟、できた。──二回目の接触」
稜は深く頷きを返した。
「玲。──三、二一──」
稜と、神崎が同時に神器に手を伸ばした。──二人の指先が、水晶に触れた瞬間。──水晶が、強く光った。──青白い、光が部屋全体を満たした。
稜と、神崎の意識が瞬間消えた。──そして再び暗闇の中の青白い、光の世界に流れ込んでいった。
─── ─── ───
稜の意識の中。
暗闇の中で、再びトルメアスの姿が現れた。──しかし今日のトルメアスの姿は、違っていた。──若い、姿ではなかった。──壮年期の姿。──四十代、後半。──黒髪に、白髪が混じり始めていた。──表情に、深い疲労が宿っていた。
神崎が、稜の横に立っていた。──同じ、暗闇の中トルメアスを見つめていた。
トルメアスは深く一礼した。
「──稜殿、玲殿。──二回目の接触、ですね」
稜は無言で頷いた。
「トルメアス殿。──覚悟を、深めて参りました」
トルメアスは静かに頷いた。
「稜殿玲殿。──今日お見せ、するのは私の壮年期の記憶。──そして晩年の記憶。──そして最も、重要なこと——神器の正体——をお伝えします」
稜は何度か頷いた。
トルメアスは続けた。
「稜殿玲殿。──神器は、私が自分の記憶を封じた装置です。──六百五十年前、私は九十二歳で亡くなる前最後の十年を神器の設計と製作に使いました」
稜の息が、止まった。
「トルメアス殿。──神器、自体があなたの記憶」
トルメアスは同意の表情を浮かべた。
「稜殿。──そうです。──そして神器の内部には私の記憶だけではなくもう一つの層が、ある。──千年前のアドレアンとザラフの最後の対話の記録も神器の内部に封じられて、おります」
─── ─── ───
稜と、神崎は長くトルメアスを見つめた。
神崎が、長く息を吐いた。
「トルメアス殿。──千年前のアドレアンとザラフの最後の対話。──六百五十年前、あなたがその対話の記録を入手されたということですか」
トルメアスは頷いた。
「玲殿。──そうです。──私の師千年前のトルメアスの思考の継承者の最後から、二番目の男。──彼は私に千年前のアドレアンとザラフの最後の対話の記録を、託しました」
トルメアスは続けた。
「私の師は自分の師からその記録を受け継いで、いました。──そしてその師も自分の師から。──六百五十年の間、トルメアスの思考の継承者の系譜の十二人の男たちが千年前の対話の記録を口伝で伝え続けていました」
「私が九十二歳で亡くなる、最後の十年。──私は神器の設計と製作で最後の力を使い、ました。──そして二つの層を神器に、封じました。──私自身の記憶と千年前の対話の記録の断片」
稜は静かに目を伏せた。
神崎は続けた。
「トルメアス殿。──なぜ、神器に二つの層を封じられたのですか」
トルメアスは長く考えた。
「玲殿。──二つの理由です。──一つ目。──六百五十年の口伝では千年前の対話の記録の正確さが徐々に失われる可能性が、あります。──私はその口伝の最後の記憶者としてより確実な形で千年後の異邦人に対話を伝える必要が、ありました」
「二つ目。──私自身の記憶も千年後の異邦人の判断のための参考になる可能性が、ありました。──私の四十代から六十代までの記憶——三人の弟子の設計第二の弟子の計画の歪み計画の修正の試み——を千年後の異邦人に共有することで彼らの書き直しの判断をより、深くする」
─── ─── ───
稜は、長くトルメアスを見つめた。
「トルメアス殿。──私たち、二人の異邦人を六百五十年前から予知しておられたと」
トルメアスは頷きを返した。
「稜殿。──四十年私は瞑想を続け、ました。──そして千年後の異邦人の姿を見ました。──二人の男。──稜殿と玲殿。──二人は、現代の世界の相棒として十五年共に戦う。──しかし玲殿が、稜殿を嵌める。──そして二人は、共に転生する」
神崎は深く息を、吐いた。
「トルメアス殿。──私の二十年前の罪も、六百五十年前から予知されていたのですか」
トルメアスは長く神崎を見つめた。
「玲殿。──私は玲殿の罪の瞬間を瞑想で、見ました。──しかしその罪は玲殿の自由意志です。──千年の計画の内部の駒、ではない。──私は玲殿がその罪を選ぶことを予知しましたしかし選ぶか選ばないかは玲殿の自由意志、でした」
神崎の目に深い感慨が、宿った。
稜はわずかに頷いた。
「トルメアス殿。──私たちは千年の計画の内部の駒、ではない。──しかし千年の計画の上で踊る、踊り手」
トルメアスは黙って頷いた。
「稜殿。──そうです。──そして踊り手としての二人が千年の計画の書き直しを自分の足の運びで行う、瞬間。──それを私は六百五十年前から見続けて、きた」
─── ─── ───
トルメアスは長く息を、吐いた。
「稜殿玲殿。──さて、今日の本題。──私の壮年期と晩年の記憶をお見せ、します」
トルメアスの姿の後ろに、別の光景が徐々に現れた。
稜と、神崎は新しい光景の中に引き込まれていった。──そしてトルメアスの四十代後半の記憶の中に、立っていた。
光景は、トルメアスの書斎だった。──六百五十年前のある日の夕方。──書斎の机の前に四十代後半のトルメアスが、座っていた。──そしてその向かい合いに、若い男が座っていた。
第二の弟子、セレウス・ヴァランディン。
稜の息が、止まった。
光景の中で、若いセレウスがトルメアスに長く何かを訴えていた。──しかしトルメアスの目には深い悲しみが、宿っていた。
稜は、トルメアスの声を聞いた。
「──セレウス。──お前は千年の計画の第二の弟子として私の思想を継承する、立場です。──しかしお前は計画を歪め始めて、いる」
セレウスの声が、続いた。
「──師トルメアス。──しかし計画を、千年続けるためにはより強い構造が必要です。──毒物の技術、暗殺の技法情報操作。──これらを、整備する必要があります」
トルメアスの目に、涙が滲んだ。
「──セレウス。──それは計画の歪みです。──千年の計画は、構造的な調整のための計画。──個別の人間の命を、奪うための計画ではない」
セレウスは、長くトルメアスを見つめた。──そして深く息を、吐いた。
「──師。──しかし千年の構造を保つためには個別の犠牲は、避けられません。──私は計画を現実的な形で実行する立場、です」
トルメアスは、長くセレウスを見つめた。──そしてようやく口を開いた。
「──セレウス。──お前と、私はここで別れる」
─── ─── ───
稜と、神崎は長くその光景を見つめていた。
六百五十年前、トルメアスと第二の弟子セレウスの別離の局面。──師の目に深い涙。──そして計画が、徐々に歪み始める瞬間の確認。
稜は深く息を、吐いた。
光景が、変わった。
トルメアスの五十代の記憶。──書斎で、一人机の前で長く考えるトルメアスの姿。──第二の弟子、セレウスとの別離の後トルメアスは計画の修正を試み始めた。──第三の弟子、エルマ(書記官の家系の最も古い女性)と第二の弟子の双子の弟エルフラムを計画の修正のための軸として、立てた。
光景の中で、トルメアスがエルフラムに長く説明していた。
「──エルフラム。──お前の双子の兄セレウスは計画を、歪め始めた。──お前は千年の計画の内部から計画を止める側として、立て」
エルフラムは、長くトルメアスを見つめた。──そして静かに頷いた。
「──師トルメアス。──私は、私の子孫に計画を止める側の血を継承させます。──六百五十年、またはそれ以上私の子孫が計画を止める側として立ち続けるように構造を設計します」
トルメアスは小さく頷いた。
稜と、神崎は長くその光景を見つめた。──エルフラムの家系は、ライヘンバッハ家。──現代のエリカ議員の家系。──六百五十年前、その家系の起源が設計された瞬間。
─── ─── ───
光景が、再び変わった。
トルメアスの六十代の記憶。──六百五十年前のある夏の日。──トルメアスは、皇宮のある庭で座っていた。──その横に若い、男が座っていた。──皇帝家の若い、皇太子。──二代目、フリードリヒ。
稜は、その光景を長く見つめた。
光景の中で、トルメアスは若い皇太子に長く何かを説明していた。──そして皇太子が、何度か頷いた。
稜は、トルメアスの声を聞いた。
「──皇太子殿下。──ハーゲン帝国は千年の計画の内部の第二の軸。──しかしハーゲン帝国の初代皇帝、バスタンはアウレリア宰相グラシアスの弟でした。──ハーゲン帝国は、敵の国ではなく兄弟の国です」
若い、皇太子が頷きを返した。
「──師トルメアス。──私は皇帝として即位した後その事実を密かに私の子孫に継承します。──二百年、ハーゲン帝国の皇帝家は表面上敵対しながら内部で繋がる構造を保ち続けます」
稜は深く息を、吐いた。
神崎も深く頷いた。
「稜。──二代目フリードリヒ。──彼が、初代バスタンの計画を二代目として引き継いだ。──そしてその後、十数代皇帝家がその構造を保ち続けた」
稜は深く頷きを返した。
─── ─── ───
光景が、再び変わった。
トルメアスの最晩年の記憶。──九十二歳の最後の十年。──書斎で、一人神器の設計と製作を進めるトルメアスの姿。──そして書斎の机の上に、千年前のアドレアンとザラフの対話の口伝の記録。
稜と、神崎は長くその光景を見つめた。
光景の中で、トルメアスは神器の内部の構造を丁寧に設計していた。──透明な、水晶の球体。──内部に複雑な、線。──そして二つの層。──自分自身の記憶。──そして千年前の対話の記録。
トルメアスの声が、聞こえた。──九十二歳のトルメアスの声。──低く震えて、いた。──しかし深い決意が、宿っていた。
「──千年後の二人の異邦人へ。──私の最後の十年の設計を託します。──私の記憶と、千年前の対話の断片。──二つの層を神器に、封じる。──二人がここに立つ瞬間神器が起動、する。──二人の覚悟が共有された瞬間に、限り」
稜は長く九十二歳のトルメアスを見つめた。
神器の組み立てが、徐々に完成していく過程を見続けた。──そしてある、瞬間トルメアスがペンを置いた。──神器が、完成した瞬間。──トルメアスの目に深い安らぎが、宿っていた。
光景のトルメアスは低く呟いた。
「──稜殿玲殿。──私の最後の設計が、完成した。──六百五十年後、君たちがここに立つ瞬間まで神器を守る責務を継承する人々を十二人選ぶ必要がある」
─── ─── ───
光景が、また変わった。
九十二歳のトルメアスが、十二人の男たちを皇宮の地下深部の神器の部屋に招き入れていた。──十二人の男たち。──書記官、医師僧侶貴族商人農民の家系の男たち。──多様な、出自。──しかし全員、トルメアスの最後の思考の継承者として選ばれた男たち。
トルメアスは、十二人に長く説明していた。
「──十二人の君たち。──私の最後の責務を継承して、ほしい。──六百五十年後二人の異邦人がここに立つ瞬間まで神器を守る、責務」
十二人の男たちはわずかに頷いた。
トルメアスは続けた。
「──しかし君たち自身は神器に触れることは、できない。──神器は二人の異邦人のみ起動する、構造。──君たちは。──ただ神器を守り維持する、だけ」
十二人は頷いた。
光景が、徐々に薄くなっていった。
稜と、神崎は深く見つめた。
神崎が、深く息を吐いた。
「稜。──六百五十年前トルメアス殿が十二人の継承者を選んだ、瞬間。──そして彼らの子孫が六百五十年神器を、守り続けた」
稜は頷きを返した。
「玲。──マテウス院長の家系。──二百年前デュムラン院長から五代継承された、家系。──マテウス院長の家系もその十二人の子孫の一つの可能性が、ある」
─── ─── ───
光景が、完全に消えた。
稜と、神崎は再び暗闇の中でトルメアスの姿を見ていた。──四十代後半の姿。
トルメアスは何度か頷いた。
「稜殿玲殿。──壮年期と、晩年の記憶確認できましたか」
稜はわずかに頷いた。
「トルメアス殿。──確認いたしました。──第二の弟子、セレウスの別離。──エルフラムの計画の修正の軸としての設計。──二代目、フリードリヒ皇太子への初代バスタンの計画の継承。──そして最晩年の神器の設計と十二人の継承者の選定」
トルメアスは一度頷いた。
「稜殿玲殿。──そして最後に、最も深い層——千年前のアドレアンとザラフの最後の対話の断片——をお見せします」
稜の息が、止まった。
神崎も深く息を、吐いた。
トルメアスは続けた。
「稜殿玲殿。──しかし断片です。──完全な、対話ではありません。──千年前の対話の最も、重要な瞬間のいくつかのフラッシュです。──そして最後の一行は、私が意図的に封じております。──千年の計画の書き直しの最終段階に、達した瞬間に開封される」
稜は深く頷きを返した。
トルメアスの姿が、徐々に消えていった。──そして稜と、神崎の意識の向こう側に別の光景が現れ始めた。
─── ─── ───
千年前の月の庭。
稜と、神崎の意識が千年前の光景の中に流れ込んでいた。──月光の下、白い石の庭。──中央に、盤石格子の台。──そして二つの人影。
遠く、二人の姿が見えた。
一人は、五十代の男。──金色の髪。鋭い、しかし温かい目。──アドレアン王。──千年前、独立戦争を勝利に導いた王。
もう一人は、七十代の老人。──白髪。──深い、知性の目。──ザラフ。──千年前の参謀。──アドレアン王の師。
稜の目が、長く二人を見つめた。
神崎も長く見つめた。
稜の口から、低く呟きが漏れた。
「──アドレアンと、ザラフ」
稜の呟きは、千年前の月の庭の空気の中に静かに響いた。──しかし千年前の二人は、稜の声に気づかなかった。──ただ、盤石格子を打ち続けていた。
稜と、神崎の意識は千年前の月の庭の光景の外側で二人を見つめていた。──二人の姿は、近くなかった。──遠く、しかしはっきりと見えていた。
神崎が、深く息を吐いた。
「稜。──千年前の二人。──そして彼らの対話。──断片だが聞こえる」
稜は無言で頷いた。
光景が、徐々に近くなっていった。──千年前の月の庭。──盤石格子の石の音。──そして二つの人影の対話の声が、徐々に聞こえてきた。
しかしその対話の内容は、明日開示される予定だった。──今日の接触は、ここまでとトルメアスが設計していた。
光景が、徐々に薄くなっていった。
─── ─── ───
稜と、神崎の意識が徐々に現代に戻っていった。
暗闇の中で、トルメアスの姿が再び現れた。──四十代後半の姿。
「稜殿玲殿。──今日の接触は、ここまでとします」
トルメアスは頷きを返した。
「──次の接触の瞬間千年前の対話の断片のフラッシュをお見せ、します。──しかし断片はわずかな量しか開示、されません。──完全版は千年の計画の書き直しの最終段階に達した瞬間まで封印、されます」
稜は頷いた。
「トルメアス殿。──ありがとう、ございました」
神崎も黙って受け止めた。
「トルメアス殿。──壮年期と晩年の記憶深く受け止め、ました。──第二の弟子セレウスとの別離のひとときの深さ。──そして神器の構想の決意」
トルメアスは静かに頷いた。
「玲殿。──私の千年の責務は君たちに、託しました。──次の接触のくだりまで君たちの覚悟を深め続けて、ください」
トルメアスの姿が、徐々に消えていった。──そして稜と、神崎の意識が徐々に現代の神器の部屋に戻っていった。
─── ─── ───
稜と、神崎はゆっくりと目の焦点を戻した。
神器の部屋。──台座の上の水晶の球体。──二人の指先が、まだ水晶に触れていた。
稜は、ゆっくりと神器から手を離した。──神崎も、同じく手を離した。
水晶の青白い、光が徐々に安定していった。
ブランと、クロヴィスが二人の状態を確認した。
ブランはわずかに頷いた。
「師匠、神崎閣下。──ご無事、ですね」
稜は黙って頷いた。
「ブラン。──二回目の接触、終わった」
神崎も深く頷きを返した。
稜は長く神崎を見つめた。
二人の目に深い感慨が、宿っていた。──六百五十年前のトルメアスの最後の十年の組み方の深さ。──そして千年前のアドレアンと、ザラフの姿を初めて見た瞬間。──遠く、しかしはっきりと見えた二つの人影。
稜は深く息を、吐いた。
「玲」
稜の声は、静かだった。
「──千年前のアドレアンと、ザラフ。──遠く、見えた」
神崎は頷きを返した。
「稜。──そして次の接触の瞬間、彼らの対話の断片のフラッシュを見る」
稜は頷いた。
─── ─── ───
四人は、神器の部屋を出た。──墓室を過ぎた。──抜け道、を通って青銅の扉の外に戻った。──犠牲者のリストの壁、を過ぎた。──最初の碑文の壁、を過ぎた。──階段を、上った。──地上の礼拝堂に戻った。
午後、五時半。
四人は、皇宮を出て神崎の宰相公邸に戻った。
夜、稜は宰相公邸の客室で一人机の前に座っていた。
革の手帳を開いた。最初の頁の裏に、新しい紙を添えた。
書いた、一行。
「──神器の正体確認。トルメアス殿の記憶の装置。六百五十年前の最後の十年の設え。十二人の継承者の選定。──そして千年前のアドレアンと、ザラフの姿を初めて見た。──次の接触で、対話の断片のフラッシュ」
稜は、紙を革の手帳に挟んだ。
窓辺に、立った。
夏萌月、二十一日目の夜。──月は、徐々に欠けて新月に近づきつつあった。──しかし星が、無数に輝いていた。──皇宮の白い、塔のシルエットが月光の下で淡く輝いていた。
稜は長く皇宮を見つめた。
胸の中で、千年前の月の庭の二つの人影がまだ残っていた。──アドレアン王、五十代。──ザラフ、七十代。──二人で、盤石格子を打ちながら何かを語り合っていた。──その声はまだ聞こえなかった。──しかし次の接触の瞬間、聞こえるはずだった。
稜は深く息を、吐いた。
明日もう一度神器に、触れる。──そして千年前の対話の断片のフラッシュを見る。──千年前の王と、参謀の最後の対話。──彼らが、千年後の稜と神崎に託した何か。
夏萌月、二十一日目の夜が徐々に深まりつつあった。
稜は長く夜空を見つめて、いた。
扉が、ノックされた。
「師。──セレネ、です」
稜は、扉を開けた。──セレネが、立っていた。──昨日のヴィスカルト殿下との対面から、二日。──そして今夜稜の神器との接触の報告を聞きに来た、ようだった。
セレネは深く一礼した。
「師。──ご報告を、伺ってもよろしいですか」
稜は頷きを返した。
「殿下。──お入り、ください」
セレネは、客室に入った。──夏萌月、二十一日目の夜が二人の頭の上で静かに深まりつつあった。
稜は神器との二回目の接触の報告をゆっくりとセレネに共有、し始めた。
神器の正体——記憶装置。
トルメアスが自分の記憶を封じた装置。
「セレウス。──お前と私はここで別れる」のトルメアスの悲しみ、書きながら胸が痛かったです。
千年の構造の最初の設計者の人生、ようやく描けました。




