地下深部、古代の神器
夏萌月十九日目、午前九時。
神崎の宰相公邸の書斎。
稜と、神崎が机の向かい合いに座っていた。──昨夜稜は、墓室の奥の扉を開ける方法を長く考えていた。──「二人の異邦人、のみ開く」と扉に刻まれた、文字。──稜と、神崎二人の異邦人。──しかし扉は。──ただ二人が、立つだけでは開かなかった。──昨日四人で、扉の前で長く立ったが扉は動かなかった。
神崎は深く息を、吐いた。
「稜。──昨夜考えた。──扉が、開くための条件は何か」
稜はわずかに頷いた。
神崎は続けた。
「──予言書の断片のメッセージと初代バスタンの墓碑の構造と、扉の文字。──三つを合わせて、考えた。──扉が開くためには二人の異邦人がある覚悟を共有する必要が、あると思う」
稜は長く考えた。
「玲。──覚悟」
「はい稜。──予言書の最後のメッセージ、『君たちが計画の全貌を知る時が来たら自ずから姿を現す』。──そして初代バスタンのグラシアスからの遺言、『二百年後異邦人が我らの物語を書き直す』。──扉の文字、『二人の異邦人のみ開く』『神器に触れた者の記憶と神器の記憶が重なる』」
神崎は深く息を、吐いた。
「──扉は、二人の異邦人が千年の計画を書き直す覚悟を共有した瞬間に開く可能性がある」
稜は無言で頷いた。
「玲。──二人の覚悟」
─── ─── ───
神崎は長く稜を見つめた。
「稜。──昨日の初代バスタンの墓碑の発見とグラシアスの遺言。──そして先日のセレネ殿下と、ヴィスカルトの対面。──全てが二人の異邦人が千年の計画の書き直しを本格的に開始する瞬間に向かって収束しつつ、ある」
稜は頷きを返した。
神崎は続けた。
「稜。──私たち、二人の覚悟を改めて確認しよう」
稜は深く息を、吸った。
「玲。──私の覚悟。──二十年お前と相棒として長く戦って、きた。──二年前お前は私を、嵌めた。私は会社を追われた。──そして二年半前、私たちは共に転生した。──最初の二年半、私はお前を敵と見ていた。──しかし契約更新日、月の庭でお前と再会した。──私たちは、和解した。そして共に千年の計画の書き直しの参謀として立つ覚悟を、共有した」
稜は続けた。
「玲。──そして過去二ヶ月お前と密書で無数の議論をして、きた。──予言書の断片の発見。──エリナ前王妃の毒殺の真相。──ヴァレン皇太子の死の真相。──そして初代バスタンの本当の起源。──全てを共有して、きた」
稜は視線を伏せた。
「玲。──私の覚悟は変わらない。──千年の計画の書き直しのための参謀として、お前と共に立つ」
神崎は小さく頷いた。
「稜。──私の覚悟も同じだ。──十五年、私はハーゲン帝国の宰相として孤独に戦ってきた。──二年前のお前を、嵌めた罪を抱えながら。──しかし契約更新日の月の庭の夜、私はお前と再会してようやく参謀の孤独から出ることができた」
神崎は続けた。
「稜。──そして昨日初代バスタンの墓碑の前で私は自分の帝国の本当の起源を知った。──私は、バスタンの千年の後継者として立つ覚悟を確認した。──お前と、共に千年の計画を書き直す覚悟」
稜は頷きを返した。
─── ─── ───
二人は長く互いを見つめた。
書斎の空気が、二人の間で静かに止まっていた。──十数年の参謀の関係。──二年の嵌めの罪と、和解。──そして二ヶ月の千年の計画の書き直しの共同作業。──全てが、今二人の覚悟の確認の瞬間に収束していた。
稜は同意の表情を浮かべた。
「玲。──今日もう一度地下に入る」
神崎も黙って頷いた。
「稜。──そして扉の前で二人で覚悟を共有、する。──扉が開く可能性が、ある」
─── ─── ───
午後、二時半。
稜、神崎ブランクロヴィスの四人は再び皇宮の西棟の礼拝堂の地下深部に降りていた。
昨日と、同じルート。──祭壇の奥の樫の扉。──五十段の階段。──最初の碑文の壁。──犠牲者の五百三十二名のリスト。──そして青銅の扉。──ブランが、見つけた抜け道を通り抜けた。──墓室。──四方の墓碑。──中央の初代バスタンの墓碑。
稜は、初代バスタンの墓碑の前で長く立ち止まった。
「初代様」
稜は低く呟いた。
「──二百年のご孤独。──ご兄弟との別離。──全てを引き受けてこられた、二百年。──私たち二人の異邦人が今日神器の扉を開ける覚悟を確認しに、参りました」
神崎も深く墓碑の前で一礼した。
「初代様。──ご兄弟グラシアス殿の遺言『二百年後異邦人が、我らの物語を書き直す』。──私たちはそのくだりに立ち会う覚悟を確認、いたしました」
ブランと、クロヴィスは墓室の外で静かに立っていた。──二人の立ち入る、場所ではないと四人で合意していた。──二人の異邦人、のみ開く扉の儀式の瞬間。
稜と、神崎は墓室の奥の扉の前に移動した。
─── ─── ───
扉は昨日と同じ、姿。──直径、約一メートル。──表面の装飾。──中央の丸い、穴。──そして扉の下の文字、「二人の異邦人のみ開く」「神器に触れた者の記憶と神器の記憶が、重なる」。
稜と、神崎は扉の両脇に立った。──互いを見つめた。
稜は深く息を、吸った。
「玲」
稜の声は、静かだった。
「──二十年前、お前と相棒になった最初の夜のことを覚えているか」
神崎はわずかに頷いた。
「稜。──覚えている。──二十年前、私たちがコンサルティングの職場で初めてペアを組んだ夜。──二人の参謀の関係の始まり」
稜は続けた。
「玲。──二十年前の私たちはまだ若かった。──二十二歳のお前と二十二歳の私。──二人の参謀の関係が、始まる瞬間私たちは未来の千年の計画の書き直しのための参謀になるとは思っていなかった」
神崎は静かに頷いた。
「稜。──しかし二十年私たちの関係は千年の計画の内部で設計されていた可能性が、ある。──六百五十年前トルメアスの思考の継承者が私たちの関係を知って、いた。──そして二人の異邦人として千年の計画の最終段階で立つ瞬間を予知して、いた」
稜はわずかに頷いた。
稜は深く息を、吸った。
「玲。──私は千年の計画の書き直しの参謀としてお前と共に立つ、覚悟です。──そしてその覚悟を私自身の自由意志で確認、します。──駒ではなく踊り手、として」
神崎も深く頷きを返した。
「稜。──私も千年の計画の書き直しの参謀としてお前と共に立つ、覚悟です。──私自身の自由意志で確認、します。──そして二十年前のお前を嵌めた罪も千年の計画の内部の駒ではなく私の自由意志の罪として引き受け、続けます」
─── ─── ───
稜と、神崎は長く互いを見つめた。
二人の間に、深い温かさが流れた。──契約更新日の月の庭の夜の和解の瞬間。──そして帝都での再会の夜の神崎の肩への稜の手の温かさ。──そして今二人の異邦人として、千年の計画の書き直しの覚悟を共有する瞬間。
稜は、神崎の肩に手を置いた。
神崎も、稜の肩に手を置いた。
二人の肩の上の手の温かさが、扉の前で静かに共有された。
そのひととき。
扉の中央の丸い、穴の内側からわずかに青白い光が漏れた。──そして扉の表面の文字が、徐々に明るくなっていった。──昨日四人で、扉の前で立った時文字は暗かった。──しかし今文字が、銀色に光っていた。
稜の息が、止まった。
「玲。──扉、が」
神崎も深く息を、吐いた。
「稜。──開く、瞬間です」
扉の中央の丸い、穴から青白い光が徐々に強くなっていった。──そして扉の表面、全体が銀色に輝き始めた。──カチリ、という小さな音。──扉の機構が、動いた音。
扉が、ゆっくりと内側に開き始めた。
─── ─── ───
扉は、完全に開いた。
扉の向こう側に、小さな部屋があった。──直径、約四メートルほど。──天井は、低い。──三メートル、ほど。──壁は、白い大理石。──そして部屋の中央に、石造りの台座。──その台座の上に、何かが置かれていた。
青白い、光を放つ何か。
稜と、神崎はゆっくりと部屋に入った。
台座の上の物体に、近づいた。
ランプの橙色の光と、物体自体が放つ青白い光が混ざって部屋を淡く照らしていた。──そして稜の目の前に物体の姿が、現れた。
透明な、水晶の球体。
手のひら、ほどの大きさ。──完全な、球体ではなくわずかに楕円形。──表面は、滑らか。──しかし内部に複雑な、構造が見えた。──細い、線。──小さな、点。──そしてそれらが、青白い光を放っていた。
稜は長く水晶の球体を見つめた。
「玲。──これが、神器」
神崎も何度か頷いた。
「稜。──六百五十年前、トルメアスの思考の継承者が設計した何か」
稜は深く息を、吐いた。
水晶の球体は静かに青白い光を放って、いた。──そして内部の構造が、わずかに動いていた。──まるで、生きているように。
稜の胸の中で、深い共鳴が流れた。──水晶の光と、稜の心の中の何かが共鳴している感覚。
神崎も、同じ感覚を感じていたようだった。──二人の目が、合った。
「玲。──水晶が、私たちの何かに共鳴している」
神崎は黙って頷いた。
─── ─── ───
稜は、台座の横の石壁の文字を見た。──小さな、碑文が刻まれていた。──ランプの光で、照らした。
「玲。──碑文が、ある」
神崎も、近づいた。──二人で、碑文を見つめた。
稜は、ゆっくりと読んだ。
「──二人の異邦人へ。
君たちがここに立つ瞬間私の意図は果たされつつ、ある。
神器は君たちの覚悟と共鳴するように設計、された。
神器に触れることで君たちは私の記憶の一部を受け取ることが、できる。
私の記憶は千年前のアドレアンと、ザラフの最後の対話の断片を含む。
しかし警告する。
神器に、触れることは君たちの意識を過去の記憶の流れに深く沈める。
二人で、同時に触れる必要がある。──一人で、触れることは危険である。
二人で、触れる瞬間二人の意識が共鳴して千年前の記憶を共に受け取る。
──六百五十年前、トルメアスの思考の継承者の最後の設計者」
稜は長くその碑文を見つめた。
神崎も深く息を、吐いた。
「稜。──二人で、同時に触れる必要がある」
稜はゆっくりと頷いた。
「玲。──そして千年前のアドレアンと、ザラフの最後の対話の断片」
─── ─── ───
稜は長く考えた。
神崎も長く考えた。
二人は、墓室の外に戻ってブランとクロヴィスに報告した。
ブランと、クロヴィスは長く聞いていた。
ブランが、無言で頷いた。
「師匠神崎閣下。──二人で、同時に神器に触れる瞬間お二人の意識が深く過去の記憶に沈む可能性がある。──私と、クロヴィスは墓室の外でお二人を見守ります。──もし、危険があればお二人を引き戻す用意もいたします」
稜は深く頷きを返した。
「ブラン。──ありがとう」
クロヴィスも一瞬の沈黙の後、頷いた。
「師匠神崎閣下。──私は書記官としてお二人の記憶への潜入の局面と戻りの瞬間を丁寧に記録します」
神崎は静かに頷いた。
四人は、再び神器の部屋に戻った。──ブランと、クロヴィスは部屋の入り口で立っていた。──稜と、神崎は台座の両脇に立った。
稜は深く息を、吸った。
「玲。──準備、できたか」
神崎も深く頷いた。
「稜。──覚悟、できた」
稜は神崎の目を長く見つめた。──金色に近い薄茶の目。──十年見つめ続けてきた目。──二人の参謀の関係の、最も深い瞬間が来ていた。
稜はわずかに頷いた。
「玲。──三、二一──」
─── ─── ───
稜と神崎が同時に神器に手を伸ばした。
二人の指先が、水晶の球体の表面に触れた瞬間。
──稜の指先に、冷たい感触。──そして次の刹那、その冷たさが熱に変わった。──水晶の表面が、稜の指先で脈打っていた。──まるで生きている心臓のように。
稜は神崎の方を見た。
神崎の指先も、水晶の表面で同じように脈打っていた。──そして二人の指先の間で、青白い光が徐々に強くなっていた。
(──玲。──二十年、お前と二人で参謀をしてきた。──そして二年前、お前が俺を嵌めて、俺は会社を追われた。──しかし二年半前、俺たちは二人とも転生して、月の庭で再会した)
稜の頭の中で、二十年の記憶が一瞬にして圧縮された。──若い二十二歳の二人。──三十代の同志の関係。──四十一歳の前世の最後の夜。──そして今、地下深部の墓室で同じ神器に触れている二人。
(──玲。──二十年が、この一瞬の指先に集約された)
水晶が、強く光った。
青白い光が部屋全体を満たした。──ブランとクロヴィスは瞬間、目を閉じた。──光があまりに強かったため。
稜と神崎の二人の意識が、瞬間消えた。──二人の目は開いていたが、視線は虚ろだった。──しかし二人の手はしっかりと神器に触れていた。──そして二人の肩の上の手も、まだ置かれていた。
──十数年の参謀の関係が、千年前のトルメアスの思考の流れと、地下深部の青白い光の中で重なり合った瞬間だった。
ブランは慎重に目を開けた。──水晶の光が徐々に安定していた。──稜と神崎は神器に触れた姿勢で固まっていた。──しかし呼吸はしている。──意識は別の場所に行っているだけだった。
ブランは深く息を吐いた。
「クロヴィス。──お二人の意識が、過去の記憶に流れ込んだようだ」
クロヴィスは無言のまま視線を返した。
「ブラン殿。──お二人の意識が戻るまで、私たちは見守ります」
ブランは無言で頷いた。
─── ─── ───
稜の意識の中。
稜は、暗闇の中で立っていた。──しかし暗闇、ではなかった。──遠く、青白い光が見えていた。
稜は、ゆっくりと光に向かって進んだ。──そして光が、徐々に形を取っていった。──若い、男の姿。──三十代。──黒髪。──知的な、目。──そして優しい、表情。
男は、稜を見て深く一礼した。
「──二人の異邦人」
男の声は、低かった。──しかし温かかった。
「──私の名はトルメアス。──いえ、正確には千年前のトルメアスの思考の継承者の最後の設計者。──九十二歳で、亡くなった男。しかし今君たちの意識の中で、若い姿で現れている」
稜は長く男を見つめた。
神崎が、稜の横に立っていた。──同じ、暗闇の中青白い光を見ていた。──そしてトルメアスを見つめて、いた。
稜はゆっくりと頷いた。
「トルメアス殿。──六百五十年前、私たちのことを予知しておられた」
トルメアスは何度か頷いた。
「稜殿玲殿。──そうです。──六百五十年前、私は瞑想の中で二人の未来を見ました。──そして神器を、設計しました。──二人が、ここに立つ瞬間に私の記憶の断片を受け取れるように」
神崎は頷いた。
「トルメアス殿。──そして私たちは、千年前のアドレアンとザラフの最後の対話の断片も受け取ると碑文にありました」
トルメアスは無言で頷いた。
─── ─── ───
トルメアスは長く稜と、神崎を見つめた。
「稜殿玲殿。──しかし今日は、最初の接触の瞬間。──全ての記憶を一度に受け取ることは、危険です。──私の記憶の最初の層をお見せ、します」
トルメアスの姿の後ろに、別の光景が徐々に現れた。──夕陽の光。──木々。──そして若い、頃のトルメアスが座っている姿。──さらに、その奥に老いた男の姿。
トルメアスは続けた。
「これは私の若い、頃。──千年前のトルメアスの最後の弟子として研究を始めた、頃の記憶。──四十歳の頃私は千年前のトルメアスの思考を引き継ぐ最後の継承者となる覚悟を確認、しました」
稜と、神崎は長くその光景を見つめた。
光景の中で、若いトルメアスが老いた千年前のトルメアスの思考の継承者の前で深く一礼していた。──そして二人の間で、何かが共有された。
トルメアスは続けた。
「稜殿玲殿。──次は、私の四十代の記憶。──三人の弟子を取った瞬間、です」
光景が、変わった。
四十代のトルメアスが、三人の若い男女の前で深く頷いていた。──三人の弟子。──第一の弟子は、女性。──そして第二の弟子は、男性。──しかし第二の弟子の横にもう一人の男性が、立っていた。──双子の兄弟。
稜は深く息を、吸った。
「セレウスと、エルフラム」
トルメアスは静かに頷いた。
「稜殿。──そうです。──第二の弟子セレウスとその双子の弟、エルフラム。──私は双子の両方を弟子として、受け入れました。──しかしセレウスは計画を継承する、側として。──エルフラムは計画を止める、側として」
─── ─── ───
トルメアスの記憶の流れが、徐々に深くなっていった。
稜と、神崎はトルメアスの四十代から五十代六十代への記憶を断片的に見ていた。──三人の弟子の成長。──そして第二の弟子、セレウスが徐々に計画を歪め始める瞬間。──トルメアスの目に深い悲しみが宿った、瞬間。
しかしある、瞬間トルメアスの姿が止まった。
「稜殿玲殿。──ここから、先は今日はお見せしません」
トルメアスは続けた。
「──最も深い記憶——千年前のアドレアンとザラフの最後の対話の断片——は君たちが千年の計画の書き直しの最終段階に達した瞬間にお見せ、します。──それまで君たちは私の記憶の表層を何度か訪れることが、できます。──しかし最深部はまだ封印します」
稜は深く頷いた。
「トルメアス殿。──私たちは、その刹那まで千年の計画の書き直しを進めます」
トルメアスは小さく頷いた。
「稜殿玲殿。──今日の接触は、ここまでとします。──二人の覚悟の確認の時。──そして私の記憶の表層への初めての接触」
トルメアスの姿が、徐々に薄くなっていった。
「──稜殿玲殿。──次の接触の瞬間まで、二人の覚悟を深め続けてください」
稜は一度頷いた。
神崎も深く頷きを返した。
─── ─── ───
稜と、神崎の意識が徐々に暗闇から戻っていった。──そして目の前の青白い、光が徐々に薄くなっていった。
稜は、ゆっくりと目の焦点を戻した。
神器の部屋。──台座の上の水晶の球体。──そして二人の指先が、まだ水晶に触れていた。
稜は深く息を、吐いた。──ゆっくりと神器から、手を離した。神崎も、同じく手を離した。
水晶の青白い、光が徐々に安定していった。──そして神器は、再び静かに輝く状態に戻った。
ブランと、クロヴィスが二人の状態を確認した。
ブランは静かに頷いた。
「師匠、神崎閣下。──ご無事、ですね」
稜はわずかに頷いた。
「ブラン。──ありがとう。──意識が、戻った」
神崎も黙って頷いた。
クロヴィスは何度か頷いた。
「師匠神崎閣下。──お二人の意識の戻りの瞬間、記録しました」
─── ─── ───
稜と、神崎は長く互いを見つめた。
二人の目に深い感慨が、宿っていた。──六百五十年前のトルメアスの姿を、共に見た瞬間。──そして第二の弟子、セレウスとエルフラムの双子の関係を確認した瞬間。──さらに、深い記憶——千年前のアドレアンとザラフの最後の対話の断片——はまだ封印されていた。
神崎は深く息を、吐いた。
「稜。──トルメアスの記憶の表層、確認できた」
稜は何度か頷いた。
「玲。──そして最も、深い記憶は千年の計画の書き直しの最終段階に達した瞬間に開かれる」
神崎は頷きを返した。
「稜。──私たちはこれから千年の計画の書き直しを、本格的に進める。──そして書き直しの最終段階に達した瞬間トルメアスの最深部の記憶——千年前のアドレアンとザラフの対話の断片——を、受け取る」
稜は深く頷いた。
四人は、神器の部屋を出た。──墓室を過ぎた。──抜け道、を通って青銅の扉の外に戻った。──犠牲者のリストの壁、を過ぎた。──最初の碑文の壁、を過ぎた。──階段を、上った。──地上の礼拝堂に戻った。
午後、五時。
四人は、皇宮を出て神崎の宰相公邸に戻った。
─── ─── ───
夜、稜は宰相公邸の客室で一人机の前に座っていた。
革の手帳を開いた。最初の頁の裏に、新しい紙を添えた。
書いた、一行。
「──神器確認。透明な、水晶の球体。──六百五十年前のトルメアスの思考の継承者の設計。──二人で同時に触れることでトルメアスの記憶の表層に接触、可能。──最深部千年前のアドレアンとザラフの最後の対話の断片は千年の計画の書き直しの最終段階で開封、される」
稜は、紙を革の手帳に挟んだ。
窓辺に、立った。
夏萌月、十九日目の夜。──月は、欠けつつあった。──しかし星が、無数に輝いていた。──皇宮の白い、塔のシルエットが月光の下で淡く輝いていた。
稜は長く皇宮を見つめた。
胸の中で、トルメアスの若い姿と双子の弟子セレウスとエルフラムの姿がまだ残っていた。──そしてまだ開封、されていない最深部の記憶——千年前のアドレアンとザラフの対話。──
稜は深く息を、吐いた。
明日から再び千年の計画の書き直しの次の段階。──ヴィスカルト殿下と、神崎の対面。──そしてヴィスカルトの最も、深い内面の開示。──十九年の自責の核心への入り口が、もうすぐ開く。
夏萌月、十九日目の夜が徐々に深まりつつあった。
稜は長く夜空を見つめて、いた。
地下深部の神器。
透明な水晶の球体。
扉の中央の丸い穴から青白い光が漏れ、扉が自ら開く——この場面、読者の想像を信じて削らずに描きました。
稜と神崎が同時に神器に触れる瞬間、書きながら自分の手も震えていました。




