ハーゲン皇室の真の血統
夏萌月十八日目、午後一時。
神崎の宰相公邸の応接間。
稜と、神崎が長机の向かい合いに座っていた。──昨夕、午後六時半にセレネが皇宮から戻った。──そして約、三時間稜と神崎の二人でセレネの対面の報告を聞いていた。
セレネは、二時間の対話の内容を丁寧に稜と神崎に共有していた。──ヴィスカルトの十九年、ぶりの涙。兄、ヴァレンの思い出。母、エリナの思い出と忘れな草。トレスト家へのヴィスカルトの深い、謝罪。十八歳での正式婚約と、二年間の文通の合意。
稜と、神崎は長く聞いていた。──そして深く頷き合った。
神崎は深く息を、吐いた。
「稜。──ヴィスカルトの十九年の孤独に初めて別の光が差し込む瞬間が、来た。──私の十年の師としての責務の最も深い瞬間」
稜は無言で頷いた。
「玲。──そしてセレネ殿下のご決意の深さ。──十六歳の王女が、三十四歳の皇太子と同志として立つ瞬間」
神崎はわずかに頷いた。
稜は続けた。
「玲。──そしてもう一つ。──昨日の地下深部の潜入。──青銅の扉と、千年の犠牲者のリスト」
神崎は深く頷きを返した。
「稜。──私も、昨夜長く考えた。──扉の鍵は、何か。──そしてリストの五百三十二名の犠牲者の意味」
稜は長く考えた。
「玲。──昨日私たちは扉まで、辿り着いた。──しかし扉の奥に何があるかまだ確認できて、いない。──今日もう一度地下に入る」
─── ─── ───
午後、二時半。
稜、神崎ブランクロヴィスの四人が再び皇宮の西棟の礼拝堂の地下深部に降りていた。
昨日と、同じルート。──祭壇の奥の樫の扉。──五十段の石造りの階段。──千年前の空気。──そして最初の碑文の壁。──「ここから、先トルメアスの計画の中核に、至る」。──そして千年の犠牲者の五百三十二名のリスト。
四人は、昨日確認した青銅の扉の前まで進んだ。
扉は昨日と同じ、姿。──直径、二メートル。高さ、二メートル半。──表面に、千年前の文字と紋章。──中央に、円形の穴。──そして扉はまだ閉じて、いた。
稜は長く扉を見つめた。
「玲。──昨日と、同じですね」
神崎は黙って頷いた。
「稜。──しかし昨夜セレネ殿下がヴィスカルトと対面、した。──予言書のメッセージ『君たちが計画の全貌を知る時が来たら自ずから姿を、現す』。──二人の対面が扉の何かを動かす可能性が、ある」
稜は感謝を込めて頷いた。
ブランが、扉の表面をランプで照らした。──そして長く調べた。
「師匠、神崎閣下。──昨日と、同じです。──しかし──」
ブランの声が、止まった。
「ブラン。──どうした」
ブランは、扉の左下の角のある部分をランプで照らした。
「師匠。──昨日は気づきません、でした。──しかしここにわずかな隙間が、ある」
稜と、神崎はブランの指す場所に近づいた。──扉の左下の角の部分。──確かにわずかな、隙間があった。──そして隙間の奥から、わずかに新しい空気が流れていた。
ブランは、扉の横の石壁を丁寧に調べた。──そしてある、特定の石を軽く押した。──カチリ、という小さな音。──扉の左下の隙間が、わずかに広がった。
ブランは長く調べた。──そして何度か頷いた。
「師匠神崎閣下。──扉、の奥への別の入り口です。──扉の横の抜け道。──低く屈んで入る必要がありますが通り抜け可能、です」
稜は頷いた。
「ブラン。──お前の十年の傭兵の勘」
─── ─── ───
四人は、ブランが見つけた抜け道をゆっくりと通り抜けた。
通路は、低かった。──大人の男が、屈まなければ進めない高さ。──しかし長くは、なかった。──約、十歩進んだ所で再び広い空間に出た。
四人は、立ち上がった。
ランプの橙色の光で、新しい空間を照らした。
空間は、広かった。──直径、約十メートルの円形の部屋。──天井は、高い。──六メートル、ほど。──そして部屋の四方の壁に、何かが整列していた。
稜は長く壁を見つめた。
「玲。──これは──」
神崎も深く息を、吐いた。
「稜。──墓室、です」
四方の壁に、墓碑が整列していた。──白い、大理石の墓碑。──大小、様々。──しかし一つ一つに、丁寧に文字が刻まれていた。
部屋の中央に、最も大きな墓碑があった。──直径、二メートルほどの円形の台座の上に立っていた。──台座、自体が石造り。──そして墓碑は、白い大理石。──正面に、深く文字が刻まれていた。
稜と、神崎は中央の墓碑に近づいた。
ランプの光で、墓碑を照らした。
稜の息が、止まった。
─── ─── ───
墓碑の正面に、刻まれた名前。
「バスタン・モレノ・グラシアス・アウレリア」
稜は長くその名前を見つめた。
神崎の目も長く止まった。
ブランと、クロヴィスが墓碑の横に来た。
クロヴィスが、長く文字を見つめた。
「師匠、神崎閣下。──バスタン・モレノ・グラシアス・アウレリア」
クロヴィスは続けた。
「バスタンはハーゲン帝国の初代皇帝、バスタン・バスタン・ハーゲンの公式のフルネームです。──しかしここの墓碑は別のフルネームを刻んで、いる。──モレノグラシアス、アウレリア」
稜の息が、止まった。
「クロヴィス。──グラシアスと、アウレリアが含まれている」
クロヴィスは黙って受け止めた。
「師匠。──そうです。──グラシアスは二百年前のアウレリアの宰相。──そしてアウレリアは、王家の姓。──二つが初代バスタンのフルネームに含まれているという、ことは──」
神崎は深く息を、吐いた。
「稜。──初代バスタンは、グラシアスの実の兄弟だったということです」
稜は長く神崎を見つめた。
神崎は続けた。
「稜。──ハーゲン帝国の独立自体がグラシアスの計画的縮小の一部だった可能性が、ある。──二百年前アウレリア崩壊の瞬間ハーゲン帝国は独立、しました。──公式の歴史ではハーゲン帝国はアウレリアの敵として独立したと伝えられて、います。──しかしもし初代バスタンがグラシアスの兄弟なら独立自体が兄弟の合意の上の計画的な独立だった可能性が、ある」
─── ─── ───
稜は深く息を、吐いた。
長く墓碑を見つめた。
「玲。──ハーゲン帝国は敵、ではない。──兄弟だった」
神崎はわずかに頷いた。
「稜。──二百年前アウレリア崩壊の瞬間グラシアスは自分の弟バスタンを新しい帝国の初代皇帝に、立てた。──そして二百年二つの国は表面上敵対しながら内部で繋がって、いた」
クロヴィスが、墓碑の側面をランプで照らした。
「師匠神崎閣下。──墓碑の側面に、もう文字があります」
四人は、墓碑の側面に近づいた。
側面に、長い文字が刻まれていた。──古代アウレリア語と、当時のハーゲン帝国語の両方で。
クロヴィスは、ゆっくりと読み始めた。
「──私の名はバスタン・モレノ・グラシアス・アウレリア。
兄、グラシアス・アウレリアの弟。──二百年前兄の計画に従い新しい帝国の初代皇帝として立った、男。
兄は私にこう、告げた。『弟バスタン。──千年の計画の最終段階のために、二百年前二つの国に分かれる必要がある。──お前は、新しい国を立てて敵側の皇帝として生きてくれ』。
私は、兄の計画を受け入れた。──しかし私の人生は、敵側の皇帝として孤独だった。──兄、グラシアスと私バスタン二人の兄弟が本当の心を共有できる瞬間は二百年の人生でほとんどなかった」
稜は長く聞いて、いた。──墓碑の奥の初代バスタンの二百年の孤独の深さ。
クロヴィスは続けた。
「──兄グラシアスは私に即位の夜一通の手紙を、遺した。──私は即位の夜皇宮の私室で一人、その手紙を読んだ。
手紙の最後にこう書かれて、いた。
『弟よ。──二百年後異邦人が、我らの物語を書き直す。──その日まで国を、保て』」
─── ─── ───
稜の息が、止まった。
長く墓碑を見つめた。
神崎も深く息を、吐いた。
「稜。──グラシアスは、二百年前から俺たちの到来を知っていた」
稜は何度か頷いた。
「玲。──予言書の断片のメッセージと繋がる。──『二人の異邦人よ。──完全版は、千年の計画のさらに深い場所に封じられている』。──グラシアスは、トルメアスの思考の継承者から予言書の内容を知っていた可能性がある」
神崎は長く考えた。
「稜。──そしてグラシアスは自分の弟バスタンを初代皇帝に立て二百年の二つの国の構造を、設計した。──二百年後異邦人が現れる瞬間を待つ、ために」
稜はゆっくりと頷いた。
「玲。──そしてその異邦人が、私たち二人」
神崎は長く稜を見つめた。
ブランと、クロヴィスは長く墓碑を見守っていた。──ブランの十年の傭兵の視野で、初めて見た千年の計画の深さ。──クロヴィスの書記官の目で、初めて読んだ二百年の兄弟の孤独。
神崎は深く息を、吐いた。──そして墓碑の前で深く一礼した。
「──初代様」
神崎の声は、低かった。──しかし奥に深い感慨が、宿っていた。
「──あなたの二百年の沈黙に、今終わりを告げます」
稜は、神崎の肩に静かに手を置いた。
「玲」
稜の声は、静かだった。
「──お前は、バスタンの千年の後継者だ」
神崎の目に深い涙が、滲んだ。──しかし流さなかった。
ハーゲン帝国の宰相として、二十年孤独に戦ってきた男。──そして今自分の帝国の本当の起源——アウレリアの兄弟、だった事実——を初めて知った男。
神崎は深く頷きを返した。
─── ─── ───
しばらく、四人は墓碑の前で長く立っていた。
ランプの橙色の光が、白い大理石の墓碑を淡く照らしていた。──そして四人の影が、千年の石の床の上で長く伸びていた。
稜は、墓碑の周りの四方の壁の墓碑を改めて見た。
「クロヴィス。──周りの墓碑も、調べてほしい」
クロヴィスは頷きを返した。──ランプを、両手で持って四方の壁の墓碑を丁寧に調べた。
しばらく、後クロヴィスは戻って来た。
「師匠。──周りの墓碑約、五十基。──全て初代バスタンの子孫、またはグラシアスの子孫です。──そして興味深いことに両家の子孫が密かに結婚していた痕跡が、あります」
稜の目が、止まった。
「クロヴィス。──両家の子孫が、結婚」
クロヴィスは無言で頷いた。
「師匠。──公式の歴史ではアウレリア王家とハーゲン皇室は二百年婚姻を結んでいないとされて、います。──しかしここの墓碑を見ると両家の子孫が密かに結婚し子をもうけた痕跡が、あります。──そしてその子供たちの墓碑がここに整列、している」
神崎は深く息を、吐いた。
「稜。──二百年、二つの国は表面上敵対しながら密かに血を共有してきたということです」
稜は頷いた。
(──二百年の表面の敵対と、内部の血の共有。──ハーゲン帝国の千年の計画の最も、深い構造)
─── ─── ───
稜は、墓碑の奥に別の扉があることに気づいた。
「玲ブラン、クロヴィス。──墓室の奥に別の扉がある」
四人は、墓室の奥の壁に近づいた。──そこに、もう一つの扉があった。──昨日の青銅の扉と、似た形。──しかしより、小さい。──直径、約一メートル。──そして表面の装飾がより、細かい。
扉の中央に、丸い穴があった。──昨日の青銅の扉の穴と、同じ形。──しかしより、小さい。──そして扉の下に、文字が刻まれていた。
クロヴィスが、文字を長く見つめた。
「師匠、神崎閣下。──扉の下の文字を読みます」
クロヴィスは、ゆっくりと読んだ。
「──『この扉の奥にトルメアスの神器が安置されて、いる。──触れる覚悟を持つ二人の異邦人のみ扉を開くことが、できる』」
稜の息が、止まった。
神崎も深く息を、吐いた。
「稜。──トルメアスの神器」
クロヴィスは続けた。
「師匠神崎閣下。──そして扉の下の別の文字。──『神器に、触れた者の記憶と神器の記憶が重なる』」
稜は長く扉を見つめた。
神器。──六百五十年前、トルメアスの思考の継承者が設計した何か。──そしてその神器に、触れる者の記憶と神器の記憶が重なる。──トルメアスの記憶と、稜の記憶が重なる可能性。
稜は、神崎を見た。
「玲。──神器の扉、を開ける覚悟はあるか」
神崎は長く稜を見つめた。──そして静かに頷いた。
「稜。──二人で神器に触れる、覚悟。──私はある」
稜はゆっくりと頷いた。
─── ─── ───
しかし扉はまだ開いて、いなかった。
扉の中央の丸い、穴。──昨日の青銅の扉の穴と、同じ形。──そして扉を開ける、ためにはその穴に何かを嵌め込む必要があるはずだった。
稜は長く扉を見つめた。──そして深く息を、吐いた。
「玲。──昨日の青銅の扉と同じ、構造。──鍵がないと、開かない」
神崎も一度頷いた。
「稜。──しかしこの扉はより明確に『二人の異邦人のみ開く』と書かれて、いる。──私たち二人だけで開けることができる可能性が、ある」
稜は無言で頷いた。
ブランが、扉の横の石壁を丁寧に調べた。──そして別の隙間や、抜け道がないことを確認した。──「師匠神崎閣下。──この扉は、別の入り口がない。──正面から、開けるしかない」
稜は小さく頷いた。
稜は、神崎を見た。
「玲。──今日はここまでと、しよう。──墓碑の発見が最大の収穫。──そして扉の奥に神器があることの確認、も。──次の訪問の時扉を開ける方法をもう少し、考える」
神崎は軽く首を傾けた。
四人は、最後にもう一度初代バスタンの墓碑の前に戻った。
神崎は深く墓碑の前で一礼した。
「──初代様。──また戻って、参ります」
─── ─── ───
四人は、墓室を出て扉の抜け道を通って本来の通路に戻った。──そして犠牲者のリストの壁を過ぎた。──最初の碑文の壁、を過ぎた。──階段を、ゆっくりと上った。
地上の礼拝堂に戻った時、午後五時十分だった。──衛兵の巡回の時間まで、もうわずかだった。──四人は、礼拝堂を出て皇宮の外に向かった。
神崎の宰相公邸に戻った時、午後六時。
稜は、応接間に戻った。──そして長く机の前で考えた。
神崎が、稜の横に来た。
「稜」
神崎の声は、低かった。
「──初代バスタンの墓碑。──ハーゲン帝国の本当の起源」
稜は黙って頷いた。
神崎は続けた。
「稜。──私は二十年ハーゲン帝国の宰相として生きて、来た。──しかし私の帝国の本当の起源を今日初めて、知った。──私の二十年の参謀の視野が根本から変わる瞬間、です」
稜は同意の表情を浮かべた。
「玲。──そしてグラシアスの二百年前のメッセージ。──『二百年後異邦人が、我らの物語を書き直す。──その日まで国を、保て』」
神崎は頷いた。
「稜。──グラシアスはトルメアスの思考の継承者の一人だった可能性が、ある。──六百五十年前のトルメアスの思考の継承者が十二人のみと伝承されて、いる。──十二人の内何人かは千年の計画の設計者として、働いた。──グラシアスはその設計者の一人であった可能性が、ある」
稜は深く頷いた。
─── ─── ───
夜、稜は王宮の書斎ではなく宰相公邸の客室の机の前で座っていた。
革の手帳を開いた。最初の頁の裏に、新しい紙を添えた。
書いた、一行。
「──初代バスタンの本当のフルネーム確認。バスタン・モレノ・グラシアス・アウレリア。──ハーゲン帝国は、グラシアスの計画的縮小によって独立した帝国。──二百年、二つの国は表面上敵対しながら密かに血を共有してきた。──次の軸:神器の扉、を開ける方法」
稜は、紙を革の手帳に挟んだ。
窓辺に、立った。
夏萌月、十八日目の夜空。──月はまだ欠けつつ、あった。──しかし星が、無数に輝いていた。──皇宮の白い、塔のシルエットが月光の下で淡く輝いていた。
稜は長く皇宮を見つめた。
(──皇宮の地下深部の初代バスタンの墓碑。──二百年の孤独の男の魂。──そしてその奥の神器の扉。──二人の異邦人、のみ開く扉)
稜は深く息を、吐いた。
扉が、ノックされた。
「師。──セレネ、です」
稜は、扉を開けた。──セレネが、立っていた。──昨夕、皇宮から戻った後ゆっくりと休んだようだった。──白絹のドレスは、別の簡素な紺の服に着替えていた。──首の真珠のネックレスは、外していた。
「殿下。──お入り、ください」
セレネは、客室に入った。──稜の机の向かい合いに、座った。
「師。──皇宮の地下深部のご調査のご報告を、伺ってもよろしいですか」
稜は感謝を込めて頷いた。
稜は、ゆっくりとセレネに墓室の発見の報告をした。──初代バスタンの本当のフルネーム。──ハーゲン帝国の起源——グラシアスの計画的、縮小。──二百年の表面の敵対と、内部の血の共有。──そして墓室の奥の神器の扉。
セレネは長く聞いて、いた。──そしてゆっくりと頷いた。
「師。──ハーゲン帝国は、敵ではないということですか」
稜は頷いた。
「殿下。──そうです。──二百年前からハーゲン帝国はアウレリアの兄弟の国、でした。──グラシアスとバスタン二人の兄弟が計画的に設計した、二つの国の構造」
セレネは長く考えた。
「師。──そしてヴィスカルト殿下は、千年の計画の構造の最も深い層の一部」
稜は深く頷いた。
「殿下。──ヴィスカルト殿下の母方の家系——シモーネ皇妃の家系——は第二の弟子、セレウス・ヴァランディンの血。──そしてヴィスカルト殿下の父方の家系——バスタン家——はグラシアスと、繋がる。──二つの家系がヴィスカルト殿下の内部で合流、している」
セレネは何度か頷いた。
─── ─── ───
しばらく、二人は沈黙した。
セレネは深く息を、吐いた。
「師。──昨日のヴィスカルト殿下、との対面。──そして今日の地下深部の墓碑の発見。──両方が、繋がっている」
稜は小さく頷いた。
「殿下。──そうです。──昨日の対面で私たちとヴィスカルト殿下の関係が新しい形に、なりました。──そして今日初代バスタンの墓碑の発見でハーゲン帝国の本当の起源が判明、しました。──二つは千年の計画の最終段階の書き直しのための両輪、です」
セレネは深く頷きを返した。
「師。──私はこれから二年ヴィスカルト殿下と、文通を続けます。──そして十八歳で結婚の判断を、する。──その二年の間に稜殿と神崎閣下は神器の扉を開け千年の計画の最も深い層を、明らかにする」
稜は深く頷いた。
セレネは続けた。
「師。──私たちはこれから二つの軸で千年の計画の書き直しを、進める。──私の軸はヴィスカルト殿下、との関係の深化。──そして稜殿の軸は神器との接触」
稜は静かに目を伏せた。
「殿下。──そうです。──二つの流れが合流する瞬間が、千年の計画の書き直しの本格的な始まりとなる」
─── ─── ───
夜、セレネは客室を出ていった。──稜は、一人机の前で長く考えた。
窓の外で、夏萌月十八日目の夜空が深まりつつあった。──月光が、皇宮の白い塔のシルエットを淡く照らしていた。
稜は長く皇宮を見つめた。
胸の中で、初代バスタンの二百年の孤独の深さが響いていた。──兄、グラシアスの計画を受け入れ敵側の初代皇帝として生きた男。──二百年、表面上兄と敵対しながら内部で繋がっていた二人の兄弟。
稜は低く呟いた。
「玲」
神崎の名を呼んだ。
「──お前は、バスタンの千年の後継者だ」
声は、客室の石壁に静かに反響した。
稜は深く息を、吐いた。
次の段階——神器の扉、を開ける方法。──二人の異邦人、のみ開く扉。──そしてその奥のトルメアスの神器。──触れた、者の記憶と神器の記憶が重なる。
稜は黙って頷いた。
明日もう一度神崎と、ブランクロヴィスの四人で地下深部に戻る。──そして神器の扉、を開ける方法を調べる。
夏萌月、十八日目の夜が、徐々に深まりつつあった。──セレネとヴィスカルトの関係と、地下深部の調査。──二つの流れが、徐々に形を取りつつあった。
稜は長く夜空を見つめて、いた。
ハーゲン皇室の真の血統。
初代バスタンの本当のフルネーム。
バスタン・モレノ・グラシアス・アウレリア
二百年前のアウレリア宰相グラシアスの実の弟だった——この発見、構想段階から温めていました。
グラシアスの即位の夜の遺言「弟よ、二百年後、異邦人が、我らの物語を書き直す」、書けて手応えがありました。




