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セレネの母、前王妃毒殺の真相

 翌朝、午前八時。

 稜は、王宮の書斎で机の前に座っていた。

 昨夜稜は、ほとんど眠れなかった。──今日第五層に、もう一度入る。予言書の付録の頁を、丁寧に調査する。──そしてもし、設計書通り五年前の前王妃の死の記録が含まれていたら稜はセレネ殿下にその記録を見せる必要が、あった。

 稜は深く息を、吐いた。

 (──十六歳の王女が、母の毒殺の真相を知る瞬間)

 扉が、ノックされた。

 「師匠。──ロッテです」

 稜は、扉を開けた。ロッテが、立っていた。書記官の黒い服。──しかし今朝のロッテの目にはいつもの書記官の好奇心は、なかった。深い覚悟が、宿っていた。

 「ロッテ。──マテウス殿は」

 「師匠。──院長は既に地下で、お待ちです」

 稜は頷いた。

 「ロッテ。──行こう」

 二人は、書斎を出た。クロヴィスは、別の部屋で王宮の家系図の調査を始めていた。──昨日アレクの息子、ロランドの子孫の家系を追跡すると決めたためだった。──稜は、クロヴィスの調査を尊重した。

 稜と、ロッテは地下への階段を降りた。

            ─── ─── ───

 第五層のガラスケースの前。

 マテウスが稜とロッテを待って、いた。深い青い目に深い覚悟が、宿っていた。

 「稜殿ロッテ殿。──予言書の付録の頁を、確認しましょう」

 稜は深く頷いた。

 マテウスは、ガラスケースの蓋を開けた。──稜は、予言書を両手で取り出した。机の上に、静かに広げた。

 昨日稜は、予言書の本体の約二十頁を読んでいた。──しかし本体の後の付録の部分はまだ丁寧に調査して、いなかった。──昨日の最後の頁のトルメアスのメッセージ、「完全版は別の場所に封じられている」の後にいくつかの付録の頁が、続いていた。

 稜は、付録の最初の頁をゆっくりと開いた。

 「──第二の弟子の系譜による、千年の調整の記録」

 稜は長くその見出しを見つめた。

 マテウスと、ロッテも稜の横で長く見つめた。

 稜は、頁を捲った。──付録は、約十頁。──各頁に、過去千年の間に第二の弟子の系譜(特にトレスト家)が実行した「調整」の記録が書かれて、いた。

 最初の記録は、千年前まで遡っていた。──そして徐々に新しい、記録になっていった。──五百年前、二百年前そして近代現代。

 稜は、ゆっくりと頁を捲り続けた。

 ロッテが、長く見つめていた。──ロッテの書記官、二年目の目が千年の毒殺と調整の記録を追っていた。

 稜は、最も新しい頁の近くに来た時ふと手が止まった。

 頁の上に、五年前の日付が書かれていた。

 「五年前夏。──アウレリア王国、前王妃エリナ・アウレリア。死亡。──公式の死因:心臓発作」

 稜の息が、止まった。

 ロッテも深く息を、吐いた。

 マテウスは黙って頷いた。

 「稜殿、ロッテ殿。──ここに、ある」

 稜は長くその頁を見つめた。

            ─── ─── ───

 稜は、頁をゆっくりと読んだ。

 「五年前夏。──アウレリア王国、前王妃エリナ・アウレリア四十八歳。

 公式の死因:心臓発作。──しかし真の死因:トレスト家の毒物による、毒殺。──実行者:トレスト家の当時の当主の妻マルガレーテ・フォン・トレスト。媒介:王宮の晩餐会のハーブ茶」

 稜は深く息を、吐いた。

 ロッテが、長く文字を見つめた。

 「師匠。──エリナ前王妃が、毒殺された」

 稜は深く頷きを返した。

 稜は、続きを読んだ。

 「動機の詳細:

 エリナ前王妃は若い頃二十年前からヴィスカルト皇太子家の傍系のある人物と密かに文通、していた。──文通の相手の名はフリードリヒ・フォン・ヴァランディン。ヴィスカルト皇太子家、母方のシモーネ皇妃のいとこ。──第二の弟子セレウス・ヴァランディンの血を継ぐ、家系の傍系の男」

 稜の目が、止まった。

 (──シモーネ皇妃のいとこ。──ヴィスカルト皇太子の母方の家系の内部の人物)

 稜は、続きを読んだ。

 「文通の内容:ハーゲン帝国の政治の歪みへのアウレリアからの懸念。──エリナ前王妃はその文通を通じて千年の計画の第二の弟子の系譜の内部から計画を止めよう、としていた。──ヴィスカルト皇太子家の内部にも計画を止める側に立つ人物がいたことをエリナは知って、いた。彼女はフリードリヒと共に二十年千年の計画の内部の調整を止めるための情報交換を続けて、きた」

 稜は長くその文を見つめた。

 (──エリナ前王妃は、二十年第二の弟子の系譜の内部の改革派と文通していた)

 稜は、続きを読んだ。

 「五年前夏。──エリナ前王妃の文通の痕跡を、トレスト家が察知。──マルガレーテ・フォン・トレストは、王宮の晩餐会でエリナ前王妃のハーブ茶に毒を混入。──エリナ前王妃は、晩餐会の後自室で急死。──公式には心臓発作と記録された」

 「同年晩秋。──エリナの文通相手、フリードリヒ・フォン・ヴァランディンもハーゲン帝国の首都で『事故死』。──馬車の事故と、公式に報告。──しかし馬車の構造に明らかな、細工の痕跡。──トレスト家の別のメンバーが実行」

 稜は長く息を、吐いた。

 「エリナとフリードリヒ。──二十年の文通の二人が、同じ年にトレスト家の毒と細工で殺された」

            ─── ─── ───

 ロッテが、長く文字を見つめた。

 「師匠。──エリナ前王妃の文通は、政治的な内容だったと」

 稜は一度頷いた。

 「ロッテ。──そうだ。──エリナ前王妃とフリードリヒ・フォン・ヴァランディン。──二人の二十年の文通は、千年の計画の第二の弟子の系譜の内部の改革派の活動だった」

 マテウスは頷いた。

 「稜殿。──私は王宮の書記官の立場でエリナ前王妃の生前の書簡の保管をいくつか知って、おります。──しかしヴィスカルト皇太子家の傍系の男との文通は知りませんでした。──エリナ前王妃が、二十年密かに続けてこられた活動」

 稜は長く考えた。

 「マテウス殿。──エリナ前王妃の文通の書簡の原本は、どこかに保管されている可能性は」

 マテウスは長く考えた。

 「稜殿。──エリナ前王妃の書簡は彼女の亡くなった後王宮の王妃の書斎の抽斗に、保管されているはずです。──しかし私的な文通の書簡は彼女自身が別の場所に隠していた可能性が、ある」

 稜はわずかに頷いた。

 「マテウス殿。──セレネ殿下に、お母様の書簡のことを伺う必要があります」

 マテウスは黙って頷いた。

 稜は、頁を捲り続けた。

 付録の最後の頁のある、文字に稜の目が止まった。

 「──エリナ前王妃の文通の書簡の写しは王宮の王妃の書斎の抽斗の二重底に保管されていると、推測される。──彼女は自分の活動がいつかトレスト家に察知される可能性を感じていた、はず。──書簡の写しは彼女の娘セレネ王女にいつか届くように設計されている可能性が、ある」

 稜は長くその文を見つめた。

 (──エリナ前王妃は、自分の毒殺の可能性を予感していた。──そして書簡の写しを、娘セレネがいつか見つけるように隠していた)

            ─── ─── ───

 稜は深く息を、吐いた。

 マテウスを見つめた。

 「マテウス殿。──エリナ前王妃の書簡の写しが王宮の王妃の書斎の二重底に隠されている可能性が、ある。──セレネ殿下にお話して確認する必要が、あります」

 マテウスは感謝を込めて頷いた。

 稜は、ロッテを見つめた。

 「ロッテ。──午後私と、お前でセレネ殿下の私室に向かう。──そしてまず付録の頁の内容を、お話する。──その後王妃の書斎の二重底の調査を提案、する」

 ロッテは静かに頷いた。

 「師匠。──覚悟、いたしました」

 稜は一度頷いた。

 予言書を、丁寧にガラスケースに戻した。マテウスが、蓋を閉めた。

 三人は、第五層を出た。第四層、第三層第二層第一層を抜けた。──表の書架の広間に戻った時、稜は深く息を吐いた。

 マテウスが、深く一礼した。

 「稜殿ロッテ殿。──午後、私も共にセレネ殿下の私室に向かうことをお許しください。──院長として、彼女のお母様のご家族の悲劇を共に受け止める責務があります」

 稜は頷きを返した。

 「マテウス殿。──ありがとう、ございます」

            ─── ─── ───

 午後、二時。

 稜、ロッテマテウス院長の三人は王宮の二階のセレネの私室の扉の前で立っていた。

 稜は、扉をノックした。

 「殿下。──稜です」

 扉が、開いた。セレネが、立っていた。十六歳の王女。今日のセレネは紺の服を、着ていた。母の真珠のネックレスを、首に付けていた。──表情はいつもより緊張して、いた。

 昨日稜は、セレネに密書を送っていた。「殿下。──明日午後私とロッテとマテウス院長の三人でお訪ねしたいことが、あります。──お母様の関係するお話、です」。セレネは、すぐに返事を送っていた。「師。──お待ち、いたします」。

 稜は深く一礼した。

 「殿下。──お時間を、いただきありがとうございます」

 セレネは黙って受け止めた。三人を、私室の中に招き入れた。

 私室は、王女の簡素な部屋。中央に、楕円形の楢の机。机の周りに、四つの椅子。窓辺に、母エリナの肖像画が小さく掲げられていた。──エリナ前王妃。四十八歳で、亡くなった女性。

 稜と、ロッテとマテウスは机の周りに座った。セレネも、向かい合いに座った。

 稜は深く息を、吸った。

 「殿下」

 稜は静かに告げた。

 「──予言書の付録の頁の中に、五年前のお母様の死の記録が含まれていました」

 セレネの目が、稜を長く見つめた。

 「──師。──お母様は、毒殺されたのですか」

 セレネの声は、震えていた。──しかしすぐに戻った。深い覚悟が、宿っていた。

 稜は小さく頷いた。

 「殿下。──はい。──公式の心臓発作では、ありません。──ハーゲン帝国のトレスト家の毒物による毒殺、です」

 セレネの目に、初めて涙が滲んだ。──しかし流さなかった。──両手を、机の上で強く握った。指の骨が、白く浮かんだ。

            ─── ─── ───

 稜は、付録の頁の内容をゆっくりとセレネに説明した。

 エリナ前王妃の二十年の文通。──ヴィスカルト皇太子家の傍系の男、フリードリヒ・フォン・ヴァランディンとの密かな文通。──ハーゲン帝国の政治の歪みへのアウレリアからの懸念の共有。──千年の計画の第二の弟子の系譜の内部の改革派の活動。──トレスト家による、察知と毒殺。──エリナ前王妃の書簡の写しが、王宮の王妃の書斎の二重底に保管されている可能性。

 セレネは長く聞いて、いた。──表情は、徐々に複雑になっていった。涙の影。怒りの影。深い悲しみの影。そして最も、深い層に何か別の感情。──理解の影。

 稜が、説明を終えた。

 しばらく、沈黙が流れた。

 セレネは長く机の上を見つめて、いた。指はまだ強く握られて、いた。

 マテウスが、静かに口を開いた。

 「殿下。──院長の立場でお話、いたします。──エリナ前王妃の二十年の文通の活動は王家の女性として極めて稀な政治的な勇気の行為、でした。──彼女は千年の計画を内部から止めようと二十年戦って、こられた」

 セレネは無言で頷いた。

 稜は続けた。

 「殿下。──お母様の書簡の写しが王妃の書斎の二重底に保管されている可能性が、あります。──確認のため王妃の書斎を訪ねることをご提案、いたします」

 セレネは長く稜を見つめた。

 「師。──私は母の書斎には五年入って、おりません。──母のご逝去の後書斎はそのまま保管されて、おります。──父もあの書斎には入らないと決めて、おりました」

 稜は無言で頷いた。

 「殿下。──お辛いご決断と思います。──しかしお母様の二十年の活動の痕跡を、確認するために書斎を訪ねることが必要です」

 セレネは長く考えた。

 そして深く頷きを返した。

 「師。──お一人で考える時間をいただいてよろしい、ですか。──三時間私の書斎で一人で、考えます。──その後皆様と共に母の書斎を、訪ねます」

 稜は何度か頷いた。

 「殿下。──お時間を、お取りください」

 セレネは、立ち上がった。三人に、一礼した。──そして自分の書斎に入って、いった。扉が、静かに閉まった。

            ─── ─── ───

 三時間が、経った。

 稜と、ロッテとマテウスはセレネの私室の外で長く待っていた。──午後、五時を過ぎた頃セレネの書斎の扉が開いた。

 セレネが、出てきた。

 稜は、息を呑んだ。

 セレネの目にはもう涙は、なかった。──三時間、一人で考え抜いた後の目。──静かな、決意が宿っていた。十六歳の王女の目とは、思えない深さの決意。

 セレネは、稜の前に立った。深く息を、吸った。

 「師」

 セレネの声は、静かだった。

 「──母の死の核心を、受け止めました」

 稜は黙って頷いた。

 セレネは続けた。

 「師。──三時間私は母の二十年の文通の活動の意味を考え続けて、いました。──母はヴィスカルト皇太子家の傍系の男と二十年文通して、いました。──トレスト家の毒で殺されました。──しかし母は、自分の毒殺の可能性を予感していたはずです。──二十年の活動が、危険であることを彼女は知っていた」

 「母は危険を知りながら二十年、文通を続けた。──娘の私を残して自分の命を危険に、晒し続けた」

 セレネの声が、わずかに震えた。

 「──私は母を、責めません。──母は千年の偏りを内部から止めるために自分の命を、賭けた。──そしてその活動を私に、託した」

 稜は、長くセレネを見つめた。

 (──十六歳の王女が、母の活動の意味を自分で解釈し自分の覚悟を確立した)

            ─── ─── ───

 セレネは続けた。

 「師。──次は、お母様の書斎を訪ねます」

 稜は深く頷いた。

 四人は、王宮の廊下をゆっくりと歩いた。──王妃の書斎は、二階の奥。エリナ前王妃の亡くなった、後五年誰も入っていない部屋。

 セレネが、書斎の扉の鍵を首にかけていた銀の鍵で開けた。──扉が、ゆっくりと開いた。

 書斎の中は、五年前のままだった。

 空気は、少し埃っぽかった。──しかし壁の書架、机椅子全てエリナが最後に使ったままの配置。──机の上に、開いたままの本が一冊。古い、しおりが挟まっていた。

 セレネは長く書斎の空気を、吸った。──母の書斎の空気。五年、ぶり。

 稜は、セレネの肩に軽く手を添えた。

 「殿下。──ご一緒、します」

 セレネは一度頷いた。

 四人は、書斎に入った。

 マテウスが、書記官の目で机の抽斗を調べた。──抽斗は、いくつかある。──最も、大きい抽斗が机の中央。──そして両脇に、いくつかの小さな抽斗。

 「殿下」

 マテウスが、静かに告げた。

 「──二重底の抽斗は通常最も大きい抽斗または最も深い抽斗に設計、されます。書記官の訓練で私はいくつかの二重底の構造を知って、おります」

 セレネは深く頷いた。

 マテウスは、机の中央の最も大きい抽斗を引き出した。──抽斗の中にはエリナ前王妃の私的な書類がいくつか入って、いた。──書簡、ノートいくつかの思い出の品。

 マテウスは、抽斗の底を丁寧に調べた。──底の内側にわずかな、隙間があった。マテウスは、その隙間に書記官の針のような細い道具を差し込んだ。──カチリ、という小さな音。──抽斗の底が、わずかに浮いた。

 マテウスは、抽斗の底を慎重に外した。

 その下に、二重底の空間が現れた。

 空間の中に、一束の古い書簡が入っていた。

            ─── ─── ───

 セレネの息が、止まった。

 書簡の束。──二十年分のエリナ前王妃の文通の写し。──彼女が、自分の毒殺の可能性を予感して娘セレネがいつか見つけるように隠していた書簡。

 セレネは、両手で書簡の束を取り出した。──表紙の上に、エリナ前王妃の筆跡で宛先が書かれていた。

 「──娘、セレネへ」

 セレネの目から、涙が流れた。──しかし流すまま、にした。

 書簡の束を開いた。最初の頁。──エリナ前王妃の最後のメッセージ。

 セレネは、ゆっくりと読んだ。

 「──娘セレネへ。

 もし、あなたがこの書簡を読んでいるなら私はもうこの世にいないはずです。──私は二十年千年の計画の内部の改革派の活動を続けて、きました。──ハーゲン帝国のヴィスカルト皇太子家の傍系の男フリードリヒ・フォン・ヴァランディンと二十年文通を続けて、きました。

 娘セレネ。──私の活動が、トレスト家に察知される可能性を私は知っていました。──私の命が、危険に晒される可能性も。──しかし私は、活動を続けました。──娘あなたを残す、覚悟で。

 なぜなら千年の歪みは内部の誰かが止めなければ、ならない。──私が止めなければいつかあなたが止めることに、なる。──娘の人生を千年の歪みの犠牲にしないために私は自分の人生を賭ける選択を、しました」

 セレネは長くその文を見つめた。涙が、止まらなくなっていた。

 「──娘セレネ。──私の二十年の文通の書簡の写しを、ここに隠します。──いつか、あなたがこの書斎に入る瞬間書簡を見つけるはず。──書簡の内容を読み、私の活動の意味を理解してほしい」

 「──娘セレネ。──私の活動を続ける、必要はありません。──しかしもし、あなたが十六歳またはそれ以上になって自分の人生の意味を考える瞬間が来たら私の書簡があなたの選択の参考になるかもしれない」

 「──娘。──私はあなたを深く愛して、いる。──私がいなくなった後もあなたは強く生きて、ほしい」

 セレネは、書簡を両手で抱きしめた。

 涙が、流れ続けた。──しかしセレネの目には深い安らぎも、宿っていた。──母の二十年の活動の意味を、母自身の声で確認できた安らぎ。

 稜と、ロッテとマテウスは長く見守っていた。

            ─── ─── ───

 セレネは、書斎の中で長く書簡を抱いていた。

 しばらく、後セレネはようやく立ち上がった。書簡の束を、両手で抱えた。──そして稜の前に立った。

 「師」

 セレネの声は、震えていた。──しかし深い決意も、宿っていた。

 「──母の死の真相を受け止め、ました。──そして母の二十年の活動の意味も受け止め、ました」

 セレネは続けた。

 「──師。──次は、ヴィスカルト殿下と直接お会いしたいのです」

 稜の息が、止まった。

 長くセレネを見つめた。

 「殿下。──なぜ、今ヴィスカルト殿下とお会いしたいのですか」

 セレネは長く考えた。──そして無言で頷いた。

 「師。──ヴィスカルト殿下のお家も母のお家と同じように千年の歪みに囚われている、からです。──母はヴィスカルト皇太子家の傍系の男フリードリヒと二十年文通して、いました。──ヴィスカルト皇太子家の内部にも計画を止める側に立つ人物が、いました。──そしてトレスト家が両方を、殺しました」

 「ヴィスカルト殿下自身も母のように千年の歪曲の被害者の可能性が、あります。──父帝の罪。──兄ヴァレンの死。──そして十年の神崎閣下の教え。──殿下は千年のひずみの内部で苦しんでいる可能性が、ある」

 稜は、長くセレネを見つめた。

 「殿下。──十六歳のあなたが、三十四歳の皇太子と対面する覚悟をお持ちなのですか」

 セレネはわずかに頷いた。

 「師。──私は母の二十年の活動の続きを十六歳で、引き受けます。──母は文通で、活動を続けました。──私は対面で、活動を続けます」

 稜は一度頷いた。

 (──以前、セレネ殿下が書いた第二層中期の外交案。──ヴィスカルト殿下との直接対話。──その伏線が、ここで確認される)

            ─── ─── ───

 稜は長く考えた。

 そして深く頷きを返した。

 「殿下。──分かりました。──ヴィスカルト殿下との対面の機会を神崎と共に設計、いたします。──しかし対面の時期は慎重に検討する必要が、あります」

 セレネは頷いた。

 「師。──私の覚悟を、お受けいただきありがとうございます」

 マテウスが、同意の表情を浮かべた。

 「殿下。──エリナ前王妃のご遺志を、十六歳で引き受けられるご決意深い勇気です」

 ロッテも一瞬の沈黙の後、頷いた。

 「殿下。──私も書記官の立場で母君の書簡の整理をお手伝い、いたします。──二十年の文通の内容を共に読み、理解いたします」

 セレネはゆっくりと頷いた。

 「ロッテ。──ありがとう」

 四人は、書斎を出た。──書斎の扉を、再び鍵で閉めた。──しかし今後、セレネはしばしば書斎を訪ねるようになるはずだった。

 セレネは、書簡の束を両手で抱えていた。

 稜は、セレネを無言で見つめた。

 「殿下」

 稜は静かに告げた。

 「──お母様は十六歳のあなたが母の二十年の活動を引き受ける瞬間をずっと見守って、こられたはずです。──今夜お母様の魂があなたの傍にいる、はず」

 セレネの目に、涙がまた滲んだ。──しかし流さなかった。深い安らぎ。

 「師。──ありがとう」

            ─── ─── ───

 夕刻、稜は王宮の書斎に戻っていた。

 革の手帳を開いた。最初の頁の裏に、新しい紙を添えた。

 書いた、一行。

 「──エリナ前王妃の毒殺の実体確認。トレスト家、二十年の文通フリードリヒ・フォン・ヴァランディン。──セレネ殿下、十六歳で母の活動を引き受ける覚悟。──次の軸:トレスト家の調査と、ヴィスカルト殿下対面の設計」

 稜は、紙を革の手帳に挟んだ。

 窓辺に、立った。

 若葉月、半ばの夕陽が王宮の白い壁を金色に染めていた。──稜の胸の中で、セレネの十六歳の覚悟の深さが響いていた。

 (──エリナ前王妃。──二十年、文通で千年の歪みを止めようと戦ってこられた女性。──そして十六歳の娘が、母の活動を引き受ける瞬間を迎えた)

 稜は深く息を、吐いた。

 扉が、ノックされた。

 「稜殿。──神崎閣下から、密書お届けいたしました」

 書記官の声。稜は、扉を開けた。書記官は、密書を差し出した。──稜は、密書を受け取って書斎に戻った。

 稜は、密書を開いた。

 「稜。──お前の密書の予言書の断片の報告受け取った。──私の方も、進展がある。──ヴィスカルトに、父の罪を告げる準備が整いつつある。──次の月の半ばまでにヴィスカルトとの対面を計画している。──稜、お前とセレネ殿下をその対面にお招きしたい。お前たちのご都合を教えて、ほしい。

 玲」

 稜の目が、長く密書を見つめた。

 (──次の月の半ば。──若葉月から、若葉月の次夏萌月の半ばまで約一ヶ月。──ヴィスカルト殿下との対面の機会が、設計されつつある)

 稜は深く息を、吐いた。

 窓の外で、夕陽が徐々に沈みつつあった。──空が、紫に変わりつつあった。最初の星が、空に現れた。

 稜は静かに頷いた。

 (──殿下。──あなたの十六歳の覚悟が、夏萌月の半ばにヴィスカルト殿下との対面の形で実現する可能性がある)

 稜は、机の前に座って神崎への返信の密書を書き始めた。

セレネの母、エリナ前王妃の真相。

二十年の文通、密かな改革派活動、トレスト家の毒殺。

そして母が娘に書簡の写しを残していた事実。

セレネ三時間の沈黙の後の、十六歳の覚悟。

ここを書きたくて、第二部を温めてきた気がします。

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